27.「結構です!」
それから、しばらく時間が経って。
部屋に夕食が運ばれてくる。メニュー的にはいつもと大して変わらないのは、母なりの気遣いだろう。
ドロシーは、病人用の食事が嫌いだったりする。
(食感的に、合わないのよねぇ……)
そう零しつつ、ドロシーはパンをスープに浸して口に運ぶ。
……ちらりと正面を見つめる。そこには、いつもと全く同じ態度で食事をするルーシャンがいた。
「……あの、ルーシャンさま」
「うん? どうした?」
「どうして、私と一緒に食事をされているのですか?」
本当に、それが疑問だ。
「それは、俺がハートフィールド侯爵夫人にお願いしたからだが?」
「それは知ってます。ただ、どうしてお願いをしたのかを尋ねているのです」
若干眉間にしわを寄せつつ、続けて問いかける。彼は、「ふぅん」と言葉を発した。
「別に、大した理由はないよ。ドロシーが倒れないか、監視してるだけ」
「監視って……そこはせめて、観察とか、見守りとか……」
「それで、納得する?」
絶対にしないな。
心の中で、ドロシーはそう付け足す。間違いなく観察や見守りと言われたら、「必要ない!」と言う自信がある。
その点、監視ならば強制的な意味合いが含まれている……と、思う。すなわち、納得せざる終えないということだ。
「夫人にも許可は取っている。むしろ、ドロシーのことをよろしくとまで言われた」
「……お母さまって、最近私の扱い雑ですよね?」
「むしろ、逆だろう」
ドロシーの言葉に、ルーシャンがすかさず言葉を返してきた。
驚いて、彼の目を見つめる。彼はグラスに入った水を飲んで、ドロシーを見つめる。
「多分ではあるが、俺とドロシーの仲を縮めようとしているんだろうな」
「……そん、なの」
「心当たりは、あるだろう?」
確かに、それはある。
(私がルーシャンさまに歩み寄る機会を、作ってくださっているのよね……)
あと、純粋にドロシーとルーシャンが離縁しない方向にもっていこうとしているのだ。
母は誰よりも娘の幸せを願ってくれている。その延長線だ。
(私にバツが付くことを、嫌がっていらっしゃるのよね)
離縁された妻という汚名が付かないようにと、母は頑張っている。……そこにドロシーの気持ちが伴っていなくても、だ。
(大体、ルーシャンさまとお父さま、お母さま。その三名は、結婚生活の続行を望まれている。対して、離縁を望むのは私一人。……多数決で、ぼろ負けじゃない)
以前まではルーシャンがこちら側だったので、まぁ、均等は取れていた。
でも、今はまったく均等が取れていない。多数決を取られれば、ドロシーは瞬時に敗退だ。
そう思って額を押さえる。そうしていれば、ルーシャンが「頭でも痛むのか?」と聞いてきた。
……半分はあなたの所為です。
そう言おうとして、言葉を飲み込む。
「まぁ、そうですね。……ルーシャンさまの距離が、近くなっていることに対して、悩んでいるのです」
「そうか。……あきらめて慣れろ」
彼はそう言って、パンを口に放り込んだ。
(あきらめて慣れろとおっしゃりますが、それが出来ていたらとっくの昔に楽になっているのよねぇ)
あきらめることが出来たら。自分はこんなに苦しむことはない。それは、ドロシーにもよくわかるのだ。
「それともなんだ。……荒療治でもしたほうがいいか?」
「結構です!」
バンっとテーブルをたたいて、そう叫ぶ。
そもそも、荒療治なんてありえない。彼の場合、一体なにをするかわからないのだ。
「大体、ルーシャンさまの荒療治なんて、怖くて受けられません!」
「そうか」
ドロシーの言葉を聞いても、ルーシャンは特に表情を崩すことはなかった。
その態度に、若干どころかかなり腹が立つ。頭に血が上るのを感じつつ、ドロシーは視線を横に向ける。
カーテンは閉められている。が、空いた窓から吹いてくる風が、カーテンを揺らしていた。外の景色が、見える。
(……別邸、順調に建てられているわね……)
夜ということで工事は中断しているが、着々と建設される別邸。その姿を見て、なんだかいたたまれなくなる。
(薬草園は拡大できるし、いろいろと良いことはあるんだけど……)
今の薬草園はこじんまりとしているし、育てられる種類も限られている。薬草園が広くなり、様々な設備が整えば。今よりも薬師として幅広く活動することが可能だと言えるだろう。
……ただ、そこについてくるオプションが、邪魔なだけであって。
「そういえば、ルーシャンさま。別邸になにか欲しいものはあります?」
なんだか話題が欲しくて、小首をかしげて問いかける。ルーシャンは、その話題の変化に異を唱えることはなく「そうだな」と零した。
「別に個人で欲しいものは大していない。ただ、書斎でもあればいいと思う」
「……へぇ」
「元々本を読むのは嫌いじゃない。特に、最近は」
ちらりとドロシーの顔を見つめて、彼がそう呟く。その言葉は、ちょっと意外だったかもしれない。
「最近、なにかありました?」
気になったので、続けてそう尋ねた。その言葉を聞いた彼は、露骨にため息をついた。




