26.「お気になさらず。……これでも、彼女は俺の妻ですので」
ドロシーの問いかけに、ルーシャンは少し迷ったような態度を見せる。
少しの沈黙が、場を支配した。しんと静まり返った空間は、なんだか重苦しい。
「……いえ、答えたくなければ、答えなくてもいいのですが」
ついには空気に耐えきれず、ドロシーの口はそんな言葉を発した。
なのに、ルーシャンはなにも言わない。いたたまれなくて、自然と視線が宙を彷徨う。
「答えたくない……というわけでは、ないんだよな」
しばらくして、彼がそう言う。その伏せられた目は、驚くほどに美しい。
(ルーシャンさまって、こんなにもきれいな目をされていたかしら……?)
今まで幾度となく見てきた目。しかし、これほどまでに美しいと感じたのは初めてのような気がした。
……もちろん、記憶にある限り、でしかないが。
「……ま、言うのが癪と言うことだろう」
「なんですか、それ……」
結局、彼は答えを教えてくれないのか。
ここまで待っていたのに。そう言葉を口に出そうとしたとき、部屋の扉がノックされた。
慌てて返事をすれば、顔を見せたのはドロシーの母、ハートフィールド侯爵夫人。
「……お母さま?」
母は今日、知り合いが主催するお茶会に参加していたはずだ。
まだ、帰ってくるような時間じゃない――と思って、今更時計を見る。
夕方どころか、もう夜と言ってもいい時間帯だった。
(え、そんなに眠ってたの!?)
そう思って目をぱちぱちとさせていれば、母はずかずかとドロシーのほうに歩み寄ってくる。
大股で近づいて来て、ドロシーの顔を見る。……いたたまれない。
「全く、本当にあなたという子は……!」
「……う」
開口一番に、そんな言葉をかけられた。
けれど、思い返せば当然である。最近では減ったとはいえ、ドロシーは元々無理ばかりをする性格である。
寝不足で倒れたことは、過去に何度もある。
「手遅れにならなくてよかったけれど、どうしてそう無茶をするの?」
母がドロシーの顔を覗き込んできて、そう問いかけてくる。
無茶なんて、していない。そう言おうとした。けれど、言えなかった。
「……ごめんなさい」
唯一口から出たのは、小さな謝罪の言葉だった。
その言葉を聞いた母は、大きくため息をつく。かと思えば、「まぁ、お小言はこれくらいにしましょうか」と言う。
「だけど、今後は本当に気を付けるのよ。あと、夕食はここに運ばせます。……今日は、ここで摂りなさい」
「……はい」
まぁ、それは妥当なところだろう。
まだ少し頭は痛いし、無理に歩くのは危険だ。合わせ、リリーがいない状態では、どうしても一人行動が増える……と、思う。
(ほかの侍女が付くだろうけど、やっぱりリリーじゃなきゃ……)
リリーほどドロシーのことを理解してくれる侍女はいないのだ。本当、彼女には感謝してもしきれない。
「ルーシャンさまにも、迷惑をかけてしまったわね」
次に母はルーシャンに向き直ってそんな謝罪を口にした。頭を下げた母に対し、ルーシャンはゆるゆると首を横に振るだけだ。
「お気になさらず。……これでも、彼女は俺の妻ですので」
「……そう言っていただけると、幸いです」
ルーシャンがわざとらしく『妻』の部分を強調したような気がしたのは、気のせいじゃないと思う。
なんだか胸がむず痒くて、毛布を手繰り寄せて抱きしめた。……この感情の正体は、なんなのか。
「どうかこの子に愛想を尽かさないでください。……この子は、本質はとてもいい子なのです」
「……お母さま、本人を目の前にそう言うのはどうなのです?」
「仕方がないじゃない。あなたはそういう子なのだから」
ドロシーの抗議を、母はバッサリと切り捨てる。清々しいほどに、虚しく切り捨てられた。
「あと、もう少し先になりますが、うちでパーティーを開くことになったわ」
「……え」
けれど、いきなり落とされた爆弾発言に、ドロシーは目を丸くしてしまった。
ちらりとルーシャンの様子を見てみる。彼は、特に動揺していないようだ。
「……欠席、は」
「無理に決まっているじゃない」
また、バッサリと言葉を切り捨てられた。
でも、そりゃそうなのだ。主催の娘が理由もなく欠席なんて許されるはずがない。
(まぁ、お父さまもお母さまも、そこまで社交好きではないから……。今まで開かなったから、今後もそうかと思っていたわ……)
まさに、青天の霹靂だ。
そう思いつつ、ドロシーはルーシャンに視線を向ける。今度は、しっかりと。
「ルーシャンさまは、参加します……?」
一応、確認しなくては。
その一心で問いかけたが、回答なんて一つに決まっているだろう。
「当たり前だろ。……俺は、一応この家の跡継ぎなんだから」
(まぁ、そうですよねー)
ドロシーと婚姻関係を続けている以上、ルーシャンはこの家の跡継ぎである。
そんな彼は、ドロシー以上に欠席が許されるような立場ではない。
「社交、お嫌いだったのでは?」
「必要なときだけはする。自ら好んではしないだけだ」
今まで引きこもっていたのはどこの誰だ……と突っ込む気力も、今のドロシーにはなかった。
だから、結局項垂れることしか出来なかったのだ。




