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25.「好きじゃないですけど」

 ゆっくりと瞼を開ける。


 ドロシーの視界に入るのは、見慣れた天井。……どうやら、自分は寝かされているらしい。


(……えぇっと、どうしたんだっけ)


 まだ混乱する頭を必死に冷静にして、ドロシーは周囲を視線だけで見渡す。


 ここは、ドロシーの私室だ。机の上に乱雑に積まれた薬学の本が、その証拠。……ただ、唯一普段と違うところがある。


 それこそ――。


「あぁ、起きたのか」


 寝台のすぐそばに持ってこられた椅子。そこに腰掛けたルーシャンが、ドロシーの顔を見つめる。その手にはいつもドロシーが読んでいる薬学の本がある。ただし、ドロシーのものではなさそうだ。


 なんといっても、ドロシーの所有している本よりも、真新しく見える。


「……ルーシャン様」


 彼のことを呼べば、彼はドロシーの額に手を当てた。その手は冷たくて、何処か心地よくも感じられる。


「熱はないな。全く、あんなところで倒れるなんて、なにを考えているんだ」

「……なにって」


 そんなもの、ルーシャンには関係ないだろう。……たとえ、ドロシーがルーシャンのことを考えていて、水分補給を怠っていたとしても。彼には微塵も関係ない。


「まぁいい。……水でも飲め」

「……あ、はい」


 差し出されたカップを素直に受け取って、ドロシーはそのまま口に運ぶ。


 カップの中に入っている水は生温かった。


(確かに、こういうときは生温い水のほうがいいけれど……)


 でも、どうして彼がそんなことを知っているのだろうか?


 怪訝に思ってルーシャンの顔を見る。が、彼の視線は本に向けられている。その文字列を追う目は、真剣そのものだ。


(黙っていれば、本当に美形なんだから……)


 自然とそう思ってしまって、その考えをねじ伏せる。


 これじゃあまるで、彼に絆されかけているみたいじゃないか。そんなことはない。絶対にない。


 ゆるゆると首を横に振って、自分にそう言い聞かせて。ドロシーはカップに入った水を飲み干した。


「お手間をかけて、申し訳ございません」


 形式的な謝罪の言葉を口にすれば、ルーシャンはようやく本を閉じてくれた。


 その目がドロシーを見つめる。かと思えば、露骨にため息をつかれた。


「本当に迷惑だ。……どうして倒れるまで無理をする」

「……別に、無理なんて」


 そうだ。普段ならば倒れるようなものじゃなかった。


 ただ、いろいろと頭の中が混乱していて、ぐちゃぐちゃだった。あとは、多分。


 ――単純に、心労が溜まっていたのだろう。


「それともなんだ、ドロシーは無茶をすることが好きなのか?」

「好きじゃないですけど」


 自分の限界は自分で把握している。もちろん、勉強面では無理をすることは確かにある。だが、それだけだ。


 ――決して、体力面では無理をしない。


「じゃあ、今後は倒れないようにすることだな。……無理ばかりされると、こっちも気が気じゃない」


 ため息をついたルーシャンが、そう言う。気まずくて、そっと視線を逸らした。


「……ところで、ルーシャン様」


 この空気をなんとかしたくて、ゆっくりと彼の名前を呼んでみる。彼は返事こそくれなかったが、視線をこちらに向けてくれた。

 ……続きを促しているかのようだ。


「その、そちらの本は、私のものではありませんよね?」


 話題はなんでもよかった。ただ、この気まずい空気を脱せるのならば、それでいい。


 そう思いつつ、ドロシーはそんな問いかけの言葉を口にする。ルーシャンは「そうだな」と言っていた。


「それは、薬学の専門書のようなものです。……お言葉ですが、一般の方が読むのには適さないかと」

「知っている」


 彼はなんてことない風にそう言ってくる。……知っているのならば、わざわざ読まなくてもいいだろうに。


「ただ、入門書や初心者用は読んでしまったからな」

「……え」

「なんだ、意外だったのか?」


 彼の問いかけに、少し困って頷く。ルーシャンは、本の表紙に視線を落とした。


「中級者向けにしようかとも思った。……だが、せっかくだからと一度目を通そうとしてみただけだ」

「……へぇ」


 ということは、今の彼の頭の中には薬学の基礎はあるということだろう。もちろん、基礎だけだろうが。


「だが、ここまで来ると実践したほうが頭の中に残りやすそうだな。これは所詮、知識でしかない」

「まぁ、そうですね」


 研究者ならばともかく、それで商売をするともなれば知識だけで威張り散らせるわけじゃない。


 しっかりとした知識と経験。それが、必要なのだ。そうじゃないと、顧客からの信頼など得られない。


「……ですが、どうしていきなり薬学など勉強し始めたのですか?」


 そうだ。彼は薬学に一定の興味こそ示していたが、熱中するような気配はなかった。


 なのに、こんな専門書のようなものまで読み出すということは、一定の熱意はあるということだろう。


(熱意がないと、専門書なんて読もうとはしない。……それに、ルーシャン様の専門書には、付箋が貼ってる)


 色分けされた付箋が付いているということは、それだけ読み込んでいるということなのだろう。


 ……興味だけで、やれるようなことじゃない。

そういえば、本日コンテストに出すための新連載を始めました。


【転生王女ジェーンは運命に従わない~絶体絶命から始まる、奪還ライフ~】

というものです。作者ページから飛べますので、よろしければどうぞ……!

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