24.「あーやっちゃった」
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ルーシャンとの一件があってから、数日後。
ドロシーはハートフィールド侯爵邸の裏手にいた。裏手にあるのは、ドロシーの薬草畑だ。ここでは日当たりの悪い場所でしか育たない薬草を育てている。日当たりのいい場所にある薬草畑よりはこじんまりとしているが、ドロシーはどちらも大切に管理していた。
「……あー、なんで私がこんなにも……」
ブツブツと言いながら、必要な薬草を摘み取っていく。
少し前に大きな依頼があり、ここ数日のドロシーは忙殺されていた。おかげですっかり寝不足である。
「大体、ルーシャン様は自分勝手なのよ。えぇ、そう」
だが、忙しいということはルーシャンのことを考える時間が減るということでもある。
そのため、ある意味忙しいのはありがたい。……とはいっても、こういうことをしているとどうしても頭の中に彼のことが思い浮かぶ。
「なんで、こんなにも……」
こんなにも、彼に心を乱されるのか。
そう思いつつ薬草に手を伸ばすと、ちくりとした痛みが指に走った。
「あーやっちゃった」
この薬草には鋭い棘があり、触れる際には細心の注意を払う必要があった。普段ならばこんなミス、絶対にしないのに。
これもそれも、ルーシャンの所為だ。完全な責任転嫁をしつつ、ドロシーは上着のポケットに入っていた絆創膏を傷口に巻く。
「……本当、面倒だなぁ」
正直、こんな気持ちを抱くくらいならば。
世間体とか気にもせず、さっさと離縁していればよかった。そう思ってしまう。
「私、本当どうしたいんだろ……」
自然と口からそんな言葉が漏れた。
そのとき、ふと後ろから「ドロシーさん」という自身を呼ぶ声が聞こえてくる。ハッとして、そちらに視線を向けた。
そこには、ルーシャンとのいざこざの原因となった弟子、クルトがいた。
彼は屋敷の裏口で手を振っている。
摘み終わった薬草の入った籠を持ちつつ、そちらに近づく。クルトの手には、数枚の紙がある。
「これ、新しく入った依頼です」
「……あぁ、そういえば、届けに来るって言ってたわね」
すっかり頭から抜け落ちていた。
そう思いつつ、クルトから依頼の綴られた紙を貰う。
(この種類の奴で、この納期だと焦ることはなさそうね。……とりあえず、今の奴を完遂してからでも大丈夫そう)
頭の中で素早くスケジュールを立てて、ドロシーはクルトに依頼書を手渡した。
「これ、私の調合部屋の机の上においておいて。いつもの場所ね」
「はい!」
ドロシーの言葉に、クルトは大きな返事をして強く頷いてくれる。……今は、正直なところその元気な声が頭に響く。
そう思うからこそ、ドロシーは額を押さえた。
「ドロシーさん?」
クルトが、ドロシーの顔を心配そうにのぞき込んでくる。
(以前は、こんな風に男性に顔を覗き込まれることも、嫌だったのに……)
どうしてなのか。ルーシャンとの関係が変化するにつれ、男性という生き物が若干平気になっているような気がする。
……もちろん、若干である。完全に平気ではないし、苦手意識は払拭できていない。
「あぁ、ごめんなさい。……ちょっと、頭が痛いだけ」
苦笑を浮かべてクルトにそう返事をすれば、彼は眉を下げた。多分、心配してくれているのだ。
それに気が付きつつ、ドロシーは「じゃあ、私は薬草摘みに戻るから」と言って踵を返す。
「……あの」
そんなドロシーの背中に、控えめに声がかけられた。
普段ならば無視するような声だ。けれど、クルトの声があまりにも心配そうだから。ドロシーは、ついつい振り返ってしまう。
「その、無理だけは、なさらないでください……」
もどかしそうな視線と声だった。止めたい。でも、自分に止めるような権利はない。
彼の視線はそう物語っている。賢明な判断だと、思った。
「えぇ、無理はしないわ。自分の限界は、わきまえているつもりよ」
彼にそう言葉を返して、また薬草摘みに戻る。てきぱきと薬草を摘みつつ、頭の中では新しい調合のレシピを考える。
(……なんだろ。ちょっと、頭くらくらする)
今日の気温は、この季節にしては高いほうだったような気がする。合わせ、日当たりが悪いとはいえ、涼しいということではない。蒸しっとした空気は、むしろ余計に暑いような感覚にさえ、陥らせる。
額を流れるべとっとした汗を拭いつつも、あと少し、あと少し……と、休むのをどんどん遅らせた。
その所為なのか――頭がふらふらとして、徐々に視界がぐるぐると回るような感覚に襲われた。
(……やばい)
それに気が付いたときには、時すでに遅し。
ドロシーはふらっとして……倒れこみそうになった。
(今日はリリーは休暇だし、私がここにいることを知っているのは……)
きっと、クルトだけだ。だが、彼はドロシーのことをまだ深くは知らない。
予想すると、彼はドロシーの戻りが遅くても「熱中している」と受け取る可能性がある。
(……はぁ、水分不足って、確か最悪の場合死ぬのよね……)
何処か冷静な頭で、そう考えた。そして、意識を失いそうになって。
遠くから「全く、なにやってるんだ」というような声が、聞こえてきたような……気が、した。




