表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
74/108

22.「最低、です」

 けれど、それさえ上手くはいかなくて。ルーシャンから離れようともがくのに、それも上手くいかない。


 きっと、ルーシャンからすれば赤子が暴れている程度の感覚なのだろう。……なんといっても、彼は普段騎士同様に鍛錬をしているのだから。


「る、ルーシャン様、熱でもあります!?」


 結局、ようやく口から出た意味のある言葉は、そんなものだった。


 熱があるとすれば、間違いなくルーシャンではなくドロシーのほうだろう。でも、今のドロシーの頭はそこまで回っていない。


「きょ、今日変ですってば――!」


 嫉妬したとか、妬ましいとか。そんなの、冷静なルーシャンの口から出るとは思えない。


 そういう意味を込めて言葉を投げつけるのに、ルーシャンはふっと口元を緩めただけだった。……不気味なこと、この上ない。


「さぁ、どうだろうな」


 そのうえ、はぐらかされた。


「なんだったら、俺に少し触ってみるか?」


 挙句、そんなことを言われて。


 ドロシーは余計に目を回すことしか出来ない。


「セクハラという言葉は、ご存じで!?」

「言っておくが、俺たちは一応夫婦だからな」


 それを言われたら、なにも言い返せない。


 むぐぅと口を閉ざすドロシーを見て、ルーシャンが笑ったのがわかる。


 本当に食えないというか、あぁ言えばこういうというべきなのか……。


「本当だったら、別に触れていてもおかしくはない関係だ」

「そ、そうですけど!」


 それはドロシーだって理解している。でも、そんなことを言われてもどうすることもできない。


 だって、ドロシーはそれを受け入れられそうにないのだ。……現状は。


(そう、私はルーシャン様に触れたくないし、触れられたくない……)


 その気持ちを思い出そうとした。が、上手く思い出せない。案外悪くないのかも――とまで思って、表情が強張る。


 自分の気持ちを一番理解しているのは自分だと思ってきた。しかし、今は自分の気持ちを一番理解しているのが自分だとは思えない。


「そ、その、そうですね。え、えっと、えぇっと……」


 しどろもどろになりつつ、なんとか言葉を探そうとする。……上手い言葉が、欠片も出てこない。


 結局ぐっと唇を噛んで、俯く。上手い返しが思い浮かぶまで、こうしていようか。一瞬思い浮かんだ考えが打ち消されるのは、一瞬だった。


「――っ!」


 不意に、顎をすくい上げられて唇になにかが触れた。


 驚いて目を見開けば、間近にルーシャンの顔がある。その所為で、理解する。理解することしか、出来ない。


(く、く、口づけされた――!?)


 多分、これが普通の令嬢ならば。喜ぶべきことで、照れるべきことで。ちょっと恥じらうとか、そういう可愛いことをする。そんな仕草や態度を取る。それは嫌というほどにわかる。


 けど、そんなこと出来るわけがない。


「る、ルーシャン様!」


 ルーシャンの顔を引きはがして、彼の目を見つめる。微かに視界が歪んでいるのは、どうしてなのだろうか。


 ……もしかしたら、自分が泣いているのかもしれない。いや、認めたくない。この男に泣かされたということを、理解なんてしたくない。


「最低、です」


 小さな小さな声だった。抗議にもならないであろうほどに、小さな声。


 ルーシャンが大きく目を見開くのがわかった。もしかしたら、ドロシーのこの態度は彼にとって予想外のことだったらしい。


「……もう、いいですか。……私、戻ります」


 慌ただしく立ち上がって、そのまま部屋を早足で出ていく。途中、リリーとダニエルとすれ違ったものの、気にも留めない。


 はらりと涙が頬を伝うのがわかった。


(……可愛くない、可愛くない)


 自分の態度が可愛くないことくらい、重々承知の上だ。だけど、あそこで照れるということも、喜ぶということも。恥じらうということも、出来なかった。


(こんなの……無理だわ)


 別に口づけられたのが嫌だったというわけじゃない。むしろ、その逆だった。


(どうして、嫌だっていう気持ちが、あまり芽生えてこないの――?)


 今まで男性に触れられるのなんて、絶対にごめんだと思ってきた。


 それなのに。今、ルーシャンに口づけされたとき。「嫌だ」という感情がちっとも芽吹かなかった。


(これは、いわば私への落胆。……ただの、八つ当たり)


 ルーシャンに告げたのは、自分の本心じゃない。怒っているのは自分に対してで、彼に対してじゃない。


 もちろん、いきなり口づけてきた彼にも非はあるだろう。が、そんなの本当に些細な事だった。


(私、どうすればいいのかが、わからない……)


 あんなことを言っておいて、自分は次にどういう表情をして彼と顔を合わせればいいのか。


 一番の不安は、それ。二番目は――。


「……私が、私自身が。今後どうしたいのかが、わからない――」


 今までみたいに「絶対に離縁する!」と言い切れなくなり始めた。自分の心の変化が、どんどん不安になる。


 このままだと――今までの自分には戻れない。そんな危機感が、あった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ