20.「――妬ましいんだ」
(なんていうか、ルーシャン様にも意外な面があるというか……)
こういう風にドロシーを励ましてくれるのは、素直に好ましいかもしれない。
心の中に一瞬だけ浮かんだ考え。でも、それを打ち消す。そもそも、自分たちは今、言い争いというか、痴話喧嘩をしていたのだ。和やかな空気になるのは、少し違うような気がした。
(……正直、ルーシャン様のお気持ちを聞いても私は納得できそうにない)
それは、わかる。だって、自分たちは今まで売り言葉に買い言葉で会話をしていたようなものなのだ。
今更、それが覆るようなことはないだろう。けれど。ここでいつも通りにしていたら、自分たちはなにも成長しないのではないだろうか?
そんな小さな考えが、ドロシーの頭の中に浮かぶ。
「……あの、ルーシャン様」
彼の目を見て彼のことを呼ぶ。ルーシャンが、ドロシーをまっすぐに見つめる。ごくりと息を呑んで、口を開く。
「納得できるかどうかは別として、あなたさまのお考えを、お聞かせください」
はっきりとそう告げれば、ルーシャンが驚いたように目を見開いたのがわかった。……引けない。
「一応、なんでしょうか。……聞いておいたほうが、いいと思いました……といいますか」
しどろもどろに言葉を紡いで、視線を逸らす。なんだか、照れくさくて彼の顔をじっと見つめていられなかった。
震える喉から無理やり言葉をひねり出して、彼に伝える。……彼は、ごくりと息を呑んだ。それは、よくわかる。
「もちろん、言いたくなければ言わなくても大丈夫です。……ここに関しては、ルーシャン様にお任せいたします」
伝えたくもない気持ちを、無理に伝える必要はない。そう付け足せば、彼が肩をすくめたのがわかった。
もしかしたら、なにかに呆れているのかも――と思ったとき、ルーシャンの手がドロシーのほうに伸びてくる。
そして、ドロシーの前髪に触れた。
「……本当、呆れた」
彼が小さくそう言葉を零す。やっぱり、彼は呆れていたのだ。それを理解しつつ、ドロシーは彼を見つめ続ける。言葉を待つ。
「なんだろうな。……ドロシーも大概、ひねくれている」
「……ルーシャン様ほどでは、ありません」
投げつけられた言葉を、跳ね返す。なのに、その言葉には覇気がないようにも聞こえた。
それはもしかしたら、ドロシーも自分がひねくれていることを理解しているからなのかもしれない。
(なんていうか、ルーシャン様のひねくれが移ったのでは……?)
いっそ、そう思ってしまうほどだ。
「まぁ、はっきりと言えば……そうだな。俺は、ドロシーが割と好きだ」
「……存じております」
それは知っている。はっきりとそう言えば、彼が「可愛げのない返事だ」と呟いたのがわかった。
「もっと、照れるとか、ほかの反応はないのか?」
「……言っておきますけれど、そんなの私じゃないですよね?」
ジト目になりながらそう問いかければ、ルーシャンがため息をついたのがわかった。……可愛げのない女と、思われたのだろう。
(まぁ、別にそれでいいんだけれど)
ドロシーは彼と添い遂げるつもりなんてこれっぽっちもない。ならば、可愛げがないと思われたところで――問題ない。
「まあ、そうだな。ここで照れるような反応をする女なら、俺はこんなに心を乱されていない」
……なんだか、彼の態度がおかしいような気がする。
だって、普段。彼はこんなことをいうようなタイプじゃない。ここぞとばかりにひねくれていて、悪態をつくような人で――。
「なぁ、ドロシー」
彼の両手が、ドロシーの頬を挟み込んだ。驚いて目を見開けば、ルーシャンが「間抜け面だ」と小さく零す。
……誰が間抜け面だ、誰が。
「だ、れがっ……!」
「――妬ましいんだ」
だが、抗議の言葉は遮られる。
なんてことない風に、ルーシャンが言葉を発する。……妬ましいと。彼の口から出た言葉としては、意外なものだった。
「簡単に言えば、嫉妬だろうな。……こんな感情を抱いたのは、生まれて初めてかもしれない」
ルーシャンの声が、静かな場に響く。いや、実際は響いていなかったのだろう。ただ、ドロシーの頭の中で反復して、響いているように聞こえるだけなのだろう。……ごくりと、息を呑んだ。
「人から慕われる兄にも、愛想がよくて可愛がられる弟にも。嫉妬したことなんて、なかった」
「……ルーシャン様」
「上手に生きられなくても、苦しいと思ったこともなかった。……なのに、今はとても苦しい」
彼の言葉を聞いたためか、ドロシーの心臓が跳ねる。……苦しいなんて。彼から聞いたのは、初めてではないだろうか?
(いつだって、この人はひねくれた態度で、流していた)
苦しいなんて言葉、聞いたことがない。魔物に襲われけがをしたときも。人に重圧をかけられていたときでさえも。
彼は「苦しい」なんて言葉、一度も口にしていない。……いつだって悪態をついて、誤魔化していた。
だから、余計に。彼の「苦しい」という言葉が、ドロシーの胸に突き刺さったのかもしれない。




