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19.「けど、俺はドロシーのそう言うところが大嫌いだよ」

「……ルーシャン様は、私のことをバカにしすぎなのでは?」


 そう思ったら、口が自然とそんな言葉を発していた。これ以上言ってはいけない。本能がそう訴えてくるのに、口が止まらなかった。


「大体、私は薬師です。私の持つ知識を、後世に残していく必要があると思っています」


 こういうのは積み重ねが大切だ。きっと、いつかはドロシーの作るポーションよりも安価で効き目の高いものが出てくるだろう。それは、わかってる。だけど、それを作る際に知識があるのとないのとではかかる時間が大幅に違う。


「……俺は、そういうことを言っているんじゃない」

「じゃあ、なにがおっしゃりたいのですか!?」


 ほんの少し、声を荒げてしまった。部屋に気まずい空気が漂う。でも、そんなことよりもルーシャンの態度や言動が、頭に来てしまったのだ。


「もしかして、大人しく貴族の令嬢らしく振る舞えとおっしゃるのですか? 商売を辞めろと、おっしゃるのですか?」


 ルーシャンはドロシーが商売をすることを納得してくれていた。それに、彼はひねくれていても筋は通す人物だ。なので、こんなことを言うとは思えない。……ただ、理不尽に自分の行動を責められて、無性に腹が立っていただけなのだ。


「……そうは言っていない」


「けれど、ルーシャン様の行動を見ると、そう思われても仕方がないと思いませんか?」


 彼の目をまっすぐに見つめて、そう告げる。……ルーシャンが、息を呑んだのがわかった。


 その後、額を押さえてしまう。……話しにならない。そう思われたのかもしれない。


「じゃあ、はっきりと言えばいいのか? それで、ドロシーは納得できるのか?」


 問いかけに問いかけで返された。……ごくりと息を呑む。彼の真意がこれっぽっちも分からない。それに、なんだかやけくそになっているようにも感じられた。……気まずくて、視線を逸らす。


「……わかりません」


 はっきりと言われても、元より気の強いドロシーである。納得できるかどうかは、約束できない。


 視線を彷徨わせてそう言えば、ルーシャンは「やっぱり」と呟いた。


「多分、世間一般的にはそこがドロシーのいいところだろうな」


 小さく彼がそう零す。……褒め言葉だった。が、何処となく怒りを孕んでいる。……意味がわからない。


(褒めているのに、怒っているの……?)


 彼の本心が、わからない。そもそも、彼は本心を人には見せない人種だ。いつだって自分を作り上げ、その自分を演じている。


 もしかしたら――彼の本心を、ドロシーは一度も見せてもらっていないのかもしれない。


「けど、俺はドロシーのそう言うところが大嫌いだよ」

「っつ」

「あと、鈍感なところも。……俺は、嫌いだ」


 誰が鈍感だ、誰が!


 普段ならばそう言えただろうに、その言葉は口からは出てこなかった。ぎゅっと膝の上で手を握るのが、精一杯だった。


「……本当、どうすれば俺たちは分かり合えるんだろうな」


 彼が小さくそう呟いた。……そんなの、ドロシーだってわからない。


「そんなの、分かるわけないじゃないですかっ……!」


 今まで半年一緒に過ごしてきて、分かり合えていないのだ。だったら、今更どうこうすることも出来ない。そう、思う。


「大体、私たちは普通の夫婦じゃない。……分かり合おうと、してこなかった」

「……そうだな」

「だから、もう手遅れです」


 静かにそう言った。だって、初めから壊れたような関係なのだ。修復も、修繕も。そんなこと、出来るわけがない。


「初めからねじれていたんです。……それって、戻りようがないんです」


 ぽつりぽつりと、そう零す。……ルーシャンは、ただ黙って聞いていた。


「初めから壊れていたら、元の形なんて、わからない……」


 両親のように仲のいい夫婦になろうとしたところで、自分たちは初めが間違えていたのだ。


 それに、ドロシーはそんなこと望んじゃいない。……離縁して、自由になることを望んでいる。


(たとえ、ルーシャン様がそう思っていなかったとしても。私は、そう思っている)


 結婚生活は双方にそれ相応の妥協と覚悟が必要だと思っている。あとは、割り切ること。


 でも、ドロシーは割り切れていない。覚悟もない。妥協するつもりもない。初めから破綻を望んでいた。それは、間違いない。


「じゃあ、元の形になんて戻らなくていい」

「……は?」


 彼の言葉の意味が、分からなかった。きょとんとして彼の目を見つめれば、彼はその美しい目にドロシーだけを映している。


 ……何故か、胸が高鳴ったような気がした。


「元の形がないんだったら、新しい形になればいい」

「……だ、としても」

「どうせ、いずれは新しい形が出てくる。それが今か、未来か。それだけだ」


 自然と息を呑んでしまった。彼の言葉が、胸にすとんと落ちてくる。


「いずれ、貴族の女性が商売をすることに偏見を持たなくなる。……それを、俺は保証する」

「……いずれって、いつですか」

「そうだな。百年後か、二百年後か。はたまた、もっと先かもしれない」

「……私、死んでます。そこまで生きていたら、正真正銘の魔女です」

「それは、間違いないな」


 なんだか喉が震えているような気がする。無理やり作った笑みは、痛々しいだろう。……しかし、別に苦しくなんてない。

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