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7.「……いえ、お嬢様。それはとてもではありませんが、結婚生活とは言えませんよ」

 ☆★☆


「リリー! リリー!」


 ハートフィールド侯爵邸に帰ってきたドロシーは、真っ先に自室を掃除しているであろうリリーのことを呼んだ。リリーは度々王城に同行しているが、本日は通常業務にあたっていた。ドロシーは邸に帰ってくると、いつもあっさりと「会えなかったわ」というだけである。しかし、本日はどうにも様子が違う。帰ってきていきなり、リリーのことを呼んだのだ。


「お嬢様? どうなさったのですか? 本日もどうせ会えなかった……」


 リリーはドロシーに顔を見せながら、どうせいつも通り会えなかったのだろうと考える。だが、ドロシーはただ一言「いえ、会えたわよ」とあっけらかんと答えるので、リリーは「……はいぃ?」と間抜けな声を上げてしまった。その後「……ついに、お嬢様は幻覚を見てしまったのですか?」と不敬な言葉を口走ってしまった。


「リリー。貴女、失礼じゃないかしら? 私が幻覚を見ただなんて……」

「で、ですが、ルーシャン殿下ですよ? あの人嫌いのルーシャン殿下が、いきなりお嬢様に会うなんて、そんな……」

「私も驚いたわ。けど、本当なの。それに、ルーシャン殿下にお会いできたから、私も自分の気持ちを伝えることが出来たのよ」

「……それは、おめでとう、ございます?」


 ドロシーの言葉に、リリーはそんな風に返す。ドロシーの言う自分の気持ちとは、大方この間リリーに一方的に語ってくれた「円満離縁計画」のことだろうか。だが、あの計画はとても無謀なものであり、拙い……というか雑なものだ。「一年後に離縁する」ということを最終目標に掲げただけのもの。あれでは、了承されるわけがない。


「ですが、あんな計画を……」

「あら、リリー? 意外なことに、ルーシャン殿下はあの計画を了承してくださったのよ? というわけで、私一年後に離縁して、また独身に戻るわ。その後修道院に行くかもしれないけれどね」

「……はいぃぃぃ?」


 本日二度目のリリーの間抜けな声を聞きながら、ドロシーは「ふふっ」などと声を上げて笑った。そんなドロシーを見つめながら、リリーは「……ルーシャン殿下は、どんな変人なのですか?」と返すことしか出来ない。何故、あんな拙くも雑な計画を了承してしまうのだ。まぁ、人間嫌いのルーシャンにとって婚姻さえ嫌なものだったのだろう。なので、離縁に賛成する気持ちはあったのかもしれない……が。いや、ほんのちょっぴり、本当にちょっぴりだけ、だが。


「……お嬢様。ルーシャン殿下は、どんなお方でしたか?」

「どうって言われても……そうねぇ。噂通りとんでもない美貌の持ち主だったわ。私と並んだら、私が見劣りしてしまうぐらい……かしら?」

「まぁ、それは……」


 とんでもない美貌の持ち主、ですわね。そう言葉を続けようとしたが、リリーはその言葉を飲み込んだ。リリーにとって、ドロシーはとても大切な主である。だから、主を蔑ろにするルーシャンを褒める言葉は慎みたかった。まぁ、ドロシーは気にもしないのだろうが。


「さて、リリー。というわけで、私はルーシャン殿下と週に一度だけ会うことになったの。週に一度だけ会って、退屈な結婚生活を送るの」

「……いえ、お嬢様。それはとてもではありませんが、結婚生活とは言えませんよ」

「あら、貴女もそう思う? 私もそう思うのだけれどね。でも、私は大層男性が苦手だし、ルーシャン殿下は大層女性が嫌い。そんな私たちの精一杯の譲歩が、これなのよ」

「では、何故ルーシャン殿下はお嬢様と婚姻したのですか……」


 ドロシー側の婚姻理由は、リリーだって知っている。しかし、ルーシャン側の理由は一切わからない。何故、わざわざドロシーだったのだろうか。ドロシーは別に気にもしていないどころか、「ラッキー」ぐらいにしか思っていないだろうが、普通の令嬢ならば暴れ狂う案件である。


「そんなの、知らないわ。でもいいじゃない。これは双方にとってメリットがあるのだから。それに、結婚生活なんて人それぞれよ。本人たちが『これは結婚生活だ!』って言えば、そうなるの。別居婚だろうが、同居婚だろうが、結婚生活に変わりはないわ」


 確かに、そんなドロシーの言葉には一理ある。だが……いいや、本人たちが納得し満足しているのだから、自分が口出しをするわけにはいかない。リリーはそう思い直し、「かしこまりました。私は何も言いません」とだけ告げた。それに納得してくれたのか、ドロシーは「さぁ、お茶を飲みましょう。私、喉が渇いたから貴女を呼んだのよ」と言い、ソファーに腰を下ろす。そのため、リリーは慌ててお茶を入れに走った。


(……本当に、お嬢様は変な人なのですから……)


 決して口には出さないが、心の中でリリーはそうぼやく。ドロシーの大好きな茶葉で紅茶をいれながら、ゆっくりと深呼吸をした。……しかし、これからどうなるのだろうか。そう思ってしまうと、気が重くなりため息が零れてしまう。ドロシーはご機嫌だが、自分はどうにもご機嫌になれないなぁ。そんなことを、思ってしまったのも関係していた。

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