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13.「あの、弟子にしてくださいっ!」

「あぁ、もうっ! 本当に腹が立つったらありゃしないわ……!」


 それから数日後。ドロシーは私室にてすり鉢に八つ当たりしていた。中に入っている薬草はすでに薬草の形を成してはおらず、すりつぶされている。が、今のドロシーは怒りに身を任せているため気が付いていない。


「お嬢様。お嬢様~」


 近くからリリーの声が聞こえてくる。それにもお構いなしに、ドロシーはすり鉢に水を注ぎこむ。


(今日はルーシャン様がいらっしゃらないし、少しは冷静になれるかと思ったのに……!)


 本日、ルーシャンは何やら王太子である兄に呼び出されたと王城に出向いている。


 大方、今後のことや何やらを話すのだろう。彼がハートフィールド侯爵家に来たのは突然だったので、王家にもいろいろと不都合があるのだろう。だからこそ、呼び出しを受けているのだ。


(ざまぁみろっての。このまま帰ってこなくても大丈夫よ~)


 心の中でそう思うものの、何故か胸の中にちくりとした痛みが走ったような気がした。……気のせいだ。


「……お嬢様っ!」


 だが、耳元でそう大声で叫ばれるとそちらに意識を向けざるおえない。


 そのため、ドロシーが驚いて身を跳ねさせれば、リリーが呆れたような表情でこちらを見ていた。


「先ほどから何度もお呼びしているというのに……」


 彼女が額に手を当てて「はぁ」と息を吐く。だからこそ、ドロシーは気まずそうに視線を逸らした。


 気が付いていないわけではなかった。ただ、気が付いていないフリをしていたのだ。こっちの方が、質が悪いのはすぐにわかる。


「な、なによ……! だけど、そんな耳元で叫ばなくても……!」

「何度お呼びしても反応がないので、こうするほかなかったのです」


 確かに、彼女の言葉は一理どころかすべてだ。


 そう思い、ドロシーは観念した。肩をすくめ、すり鉢を近くにおいてリリーに向き直る。


(リリーがここまでしつこいって、結構重要なことよね)


 彼女はドロシーの性格を熟知している。それすなわち、後でもいい案件ならばドロシーの手が空いたときに回してくれるのだ。


 つまり、今は重要なことということだろう。


「どうしたのよ」


 困ったような表情でリリーにそう問いかければ、彼女は「お客様で、ございます」と深々と頭を下げていう。


「お客様ぁ?」


 今日は来客の予定などないはずである。そもそも、依頼者の来訪も聞いていない。


 それすなわち、アポなしの客人ということだ。……礼儀がなっていないと追い返しても、文句は言えまい。


(でも、なんていうか……追い返すのも面倒よね)


 なんとなく、なんとなーく追い返すのが億劫だった。


 もしも、しつこい相手ならば使用人たちの手を煩わせてしまうし、この際……応対してしまおうか。


「どういう用件?」


 しかし、用件を聞かないと何も始まらない。その一心でドロシーがリリーにそう問いかければ、彼女は「さぁ」と小首をかしげた。……用件も知らずに主を呼びに来たのか。何となく、呆れるほかない態度だった。


「私はほかの侍女からの言葉を言いに来ただけですので。用件などは聞いておりません」

「本当にこの家の使用人は良く出来てるわね」


 厭味ったらしくそう言えば、リリーはくすっと声を上げて笑う。


 こういう芸当が出来るのも、主一家が穏やかだからこそ。ドロシーの父と母が、あまり怒らないことが要因だろう。


 そのため、使用人たちものびのびと仕事が出来るのだ。……ドロシーの代になったら、そんなことが出来るだろうか?


(って、私は自由に生きるためにこの家は継がないんだから……!)


 そんな想像をして、やめた。ドロシーがこの家を継ぐということは、それすなわちルーシャンが継ぐということにも直結するような気がした。いや、それは間違いない。だって、ルーシャンはドロシーと離縁するつもりがこれっぽっちもないのだから。


「まぁ、いいわ。貴女たちが私を呼びに来るっていうことは、悪い人じゃないんだろうし。今は手が空いているから、会うわ」

「先ほどまで怒りの形相で薬草をすりつぶしていた女性の口から出るお言葉では、ありませんね」

「本当に貴女の口は減らないわね!」


 こんな会話を出来るのも、長年培ってきた信頼関係があるからなのだ。


 それを自覚しつつ、ドロシーは部屋を出て行く。途中で着替えた方がよかったかと思ったが、突然の来客に応対するのだからこれくらいで構わないだろう。元はと言えば、アポなしで訪れる相手が悪い。


(というか、本当にどういう用件かしら……?)


 顎に手を当てながら、そう考える。そもそも、何処の誰かも知らないのだ。


(こう考えたら、このお屋敷の警備って結構がばがば……?)


 もう少し、しっかりと警備をするように指示をした方が良いかもしれない。


 心の中でそう思いつつ、ドロシーは応接間に向かった。


 そして、応接間を開けると――中には、一人の青年がいた。


「あの、ドロシー・ハートフィールド様、ですよね!?」


 ドロシーの顔を見て、彼が勢いよく立ち上がる。確認というよりも、確証を持っているようだ。


 そう思いつつ、ドロシーがこくんと首を縦に振る。


「あの、弟子にしてくださいっ!」

「……はぁ?」


 けれど、この言葉は予想外すぎた。その所為で、ドロシーの表情は間抜けな表情になっていたはずだ。

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