12.「じゃあ、俺のことも嫌いなんだ」
「ほら、私って大層容姿が整っているじゃないですか。……だから、幼少期からその点で嫌な思いをすることが多くて」
肩をすくめながらそう言えば、ルーシャンはただ笑う。しかし、その笑みは何処となく意地の悪そうなものだ。
その所為で、ドロシーの背に汗が伝った。
「じゃあ、俺のことも嫌いなんだ」
少ししょぼくれたような声音で、ルーシャンがそう告げてくる。が、その表情は素晴らしいほどの笑顔であり、これが単にドロシーをからかっているだけだというのは一目瞭然だった。
しかし、ここでどう答えるかが重要だとドロシーは理解している。
(素直に嫌いって言ったら、後でどういう目に遭うか……)
ルーシャンはひねくれている。つまり、素直に「嫌いです」と言えばあとで仕返しを受ける可能性がある。それだけは避けたい。かといって、「いえ、嫌いじゃないですよ」というのもいささか問題がある。
……さて、どうしたものか。
(私のちっぽけなプライドが邪魔をして、嫌いじゃないですの言葉が出てこない……!)
髪の毛を掻きむしりたい気分になるが、そこをぐっとこらえる。
そして、出来る限りふんわりと笑って「好きとか嫌いとか、そういう問題ではないかと」とはぐらかすことに決めた。
「へぇ」
「だって、私たち所詮離縁前提の夫婦じゃないですか。好きも嫌いも何にもありませんよ」
ころころと声を上げて出来る限りお淑やかに笑えば、ルーシャンの口角が上がったのがドロシーにも分かった。……多分、今彼はよからぬことを考えている。
何故か手に取るように彼の思考回路がわかる。それを嫌な慣れだと思いながらも、ドロシーは踵を返そうとした。だが、その手首をほかでもないルーシャンに掴まれてしまう。
「……何か?」
自身の眉間がぴくぴくと動いているのがよく分かる。けれど、出来る限り声を荒げまいと反応すれば、彼は面白いものでも見つけたかのように笑っていた。……大層、憎たらしい。
「離縁前提じゃないよ。……今後、一生を共にする夫婦だ」
ルーシャンがさも当然のようにそう言う。その所為で、ドロシーの眉間がまたピクリと動いた。
大層美しい女性がそんな風に怒りを我慢している様子はとても迫力がある。でも、ルーシャンは特に気にも留めない。
多分、ドロシーをからかって遊んでいるのだろう。
「私たち、初めに約束しましたよね? 離縁前提だって」
「そうだね。でも、離縁って夫婦両方の許可がいるから。俺が許可しないと、俺たちは一生夫婦だ」
顔をぐっと近づけてきて、ルーシャンがそう告げてくる。……本気で、腹立つ。
「へぇ、ルーシャン様は私のことを惚れさせるご自信がおありで?」
だからこそ、応戦してやろうとにっこりと笑ってそう言葉を返す。そうすれば、彼は「もちろん、あるよ」と言葉を投げつけてくる。
「あら、残念ですが私は男性に惚れたことが今までないのです。……ルーシャン様に惚れる可能性なんて、なくないですか?」
「さぁね。だけど、俺も今まで女性をいいなぁって思ったことがないんだよ。なのに、ドロシーに惚れた。……恋って、いつ落ちるかわからないんじゃないかな?」
「随分とロマンチックなことをおっしゃいますのね、ひねくれ王子と呼ばれていらっしゃるのに」
「もう俺は王子じゃないけれどね。……その呼び名も、残念ながらもうすぐなくなるんだよね、これが」
言葉と言葉の投げつけ合いは未だに続く。
ドロシーの眉間がぴくぴくと動くのがルーシャンにとったら、面白いことなのかもしれない。
ドロシーだって、自分が完全にからかわれていることくらい理解している。が、引くに引けない理由がある。
(ここで引いたら女が廃る……!)
まぁ、完全に自分のプライドが原因なのだが。
こんなことになるのならば、あのときルーシャンを助けなければよかった。看病なんてしなければよかった。
心の中でそう思うが、結局あの行動をすると決めたのはほかでもないドロシーなのだ。……誰かを責める権利はない。
「……やれやれ、強情な女性だね」
その後、しばらく言葉の投げつけ合いをしていれば、ルーシャンがそう言葉を零しため息をつく。
どうやら、彼はこの言葉の殴り合いに飽きてしまったらしい。それは、嫌というほど伝わってくる。
「まぁ、俺はそれくらいドロシーにべた惚れっていうことだよ」
「……嘘を」
「確かに嘘かもしれないね。……惚れているのは真実だけれど、べた惚れっていうかはまた別問題だ」
本当に、気に食わない男だ。またまた眉間をぴくぴくと動かしながら、ドロシーはルーシャンのことをにらみつける。が、彼は特に気にも留めない。
そのため、ドロシーはさっさとルーシャンの側から離れることにした。こういうときは、関わらないに限る。関わってしまえば、間違いなく相手のペースに巻き込まれていくのだから。
(本当に、一緒に住むのが億劫だわ……!)
そして、今後の生活にどうしようもないほどの不安を抱くのだった。




