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11.「……見ていて、面白いですか?」

 ルーシャンがハートフィールド侯爵家の屋敷に来てから、早くも一週間が経った。


 あれ以来ルーシャンは何かとドロシーにちょっかいを出してくるようになり、ドロシーにとって屋敷にいても気が休まらない日が続いている。


 もう正直なところ、誰か何とかしてほしい。


 そう思いながら、ドロシーはハートフィールド侯爵家の敷地内にある庭を移動する。


 実は、庭の隅の隅にドロシー専用の薬草栽培スペースがあるのだ。


 普段は庭師に任せているものの、そろそろ育った頃だろうか……と思い、様子を見に行くことにしたというわけである。


「ねぇねぇ、リリー」

「どうなさいましたか?」


 後ろをついて歩くリリーにそう声をかければ、彼女はきょんととしたような表情でドロシーを見つめてくる。


 だからこそ、「最近、疲れているのよ」と言ってがっくりと肩を落とす。


「さようでございますか。それで、理由は?」

「決まっているじゃない。ルーシャン様が毎日のようにちょっかいを出してこられるから」


 ゆるゆると首を横に振りながらドロシーがそう言えば、リリーは「そりゃあ、夫婦ですからね」とあっけらかんと答える。


 しかし、ドロシーにとってルーシャンとは名目上の夫でしかない。


 実際に夫婦……と言えるかどうかは、微妙なラインだ。いや、違う。間違いなく言えない。


「でも、私、初めに離縁前提だって言ったのに……!」


 ドロシーには普通の貴族の妻として一生を終えるつもりはさらさらない。


 いずれは修道院にでも行って、そこで薬学の研究をするつもりだった。


 でも、離縁には双方の同意が必要である。このままでは離縁が出来ない……つまり、ドロシーの薬学の研究という夢は途絶えることになる。


「でも、ルーシャン様はお嬢様が薬学をされることに反対はされていませんよね?」


 リリーがそう告げてくるので、ドロシーはこくんと首を縦に振る。


 妻が仕事をするなど、夫にとっては言語道断のことである。


 最近ではその考えは廃れつつあるが、古い貴族の中にはそう思っている人間も多い。


 もちろん、聖女という立場ならば名誉なことなので、別の扱いとなる。


「そ、そうだけど……」

「だったら、いいではありませんか。どうせ離縁されても、旦那様は新しい夫を見つけようとされるだけですよ」


 リリーのその言葉は、正しい。


 一人娘のドロシーを溺愛する両親のことだ。何が何でも修道院になどやるものかと言いそうだ。


「でしたら、このままルーシャン様の妻として過ごすのも、悪くないと思いますよ」


 ……次に見繕われた夫が、ドロシーの仕事を許容する可能性は低い。


 ならば、やはりここはリリーの言葉通りに――。


(って、流されちゃダメよ。……それに、離縁前提を取り消してしまえば、私は……)


 そこまで考えて、止めた。


 このまま考え続ければ、余計な方向に思考回路が行くことは目に見えている。


「……あ、ルーシャン様」


 そんなことをドロシーが思っていると、ふとリリーが声を上げる。


 その声に反応してドロシーがリリーの視線の先を追えば、そこにはルーシャンがダニエルと共に突っ立っていた。


 彼の視線の先には建築中の建物があり、どうやらそれを見ていたようだ。……ちなみに、これはドロシーとルーシャンのために建てることが決まった別邸である。ただいま工事中だ。


「何を、お話しているのかしら?」


 ルーシャンとダニエルは何かを話している。


 何となく、会話の内容が気になってしまう。


 そう思ってドロシーが彼らに近づこうとすれば、不意にルーシャンがこちらを振り返った。その所為で、彼とぱっちり視線が合う。


「あ、ドロシー」


 彼はそう呟いて、ふんわりと笑った。その笑みが大層美しく、自分以外に向けてやればいいのにとドロシーは思う。


 だが、彼は筋金入りの女性嫌い。そんなことはしない。少なくとも、ドロシーが例外なのだ。


「ご、ご、ごきげんよう……」


 引きつった笑みを浮かべ、ドロシーが誤魔化すようにそう言う。


 すると、ルーシャンは「朝もあったけれどね」と言いながらやれやれと言った風な態度を見せる。


 ……全く、可愛くない奴だ。


「まぁ、いいや。ドロシーも見ていく?」


 が、どうやらルーシャンはすぐに切り替えたらしく、ちらりと視線を建築現場に向ける。


「……見ていて、面白いですか?」


 気になったことを素直に問いかければ、彼は「うん、結構」とあっけらかんと答えた。


「俺、ずっと引きこもってたに等しいからね。こういうの新鮮で面白い」


 くすくすと笑いながらルーシャンがそう言う。


「それに、建築現場は男しかいない。……女性がいないだけでも、ゆっくりできる」


 だが、どうやら彼はやはり何処までも女性が嫌いなようだ。


 そう思いながら、ドロシーは「私は男性が苦手なのですが」と言って肩をすくめた。


「苦手っていう割には、結構平気そうだけれど」


 ドロシーがルーシャンの隣に並べば、彼はそう問いかけてくる。


 だからこそ、ドロシーは「私に恋愛感情を持っている人以外ならば、まだマシです」と言ってにっこりと笑ってやった。

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