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8.「あぁ、もうっ! どうして私がこんなに心を乱されるのよぉぉ!」

 そのままずんずんと屋敷の中を進み、ドロシーはルーシャンを私室に案内する。


 彼の私室はとてもシンプルな内装になっており、彼自身の好みで弄っていいということになっていた。


 というのも、ルーシャンに要望を聞いた際に「どんな室内でも構いません」という回答だったためだ。


 全く、外面は本当にいいのだから。ドロシーはそう思いつつ、こっそりとため息をつく。


「どうぞ、こちらでございます」


 ほんの少し引きつった頬を誤魔化しつつ、ドロシーは一つの扉を開ける。


 そんなドロシーの後ろから部屋を覗き込み、ルーシャンは「へぇ」と声を上げた。


「結構シンプルだね」

「えぇ、ルーシャン様の好みで弄っていただくためなので」


 素っ気なくそう言葉を返せば、ルーシャンは「お気遣いどうも」と言いながら露骨に肩をすくめる。


「ところで、ドロシーの私室は?」

「……不本意ながら、お隣です」


 そっと視線をそちらに向け、ドロシーはそういう。それを聞いたためなのか、ルーシャンは「じゃあ、いつでも遊びに行けるか」とボソッと言葉を零す。


 だからこそ、ドロシーは「遊びに来られたら困ります」とはっきりと告げる。


「どうして?」

「どうしてもこうしても、です。そもそも、私にはお仕事が……」

「じゃあ、仕事がないときを狙って遊びに行こうかな」


 ニコニコと笑いながらルーシャンはそういう。なので、ドロシーは思考回路を張り巡らせなんとか断りの文句を考えるが……何も出てこない。仕事という切り札を失った今、彼の行動を止める手立てがない。……まったく、詰みだ、詰み。


 そう思いドロシーが渋い顔をしていれば、助け舟を出してくれたのは意外にもダニエルだった。


「ルーシャン様。お言葉ですが、突然遊びに行ったら失礼ですよ」


 ダニエルはそう言ってため息をつく。


「夫婦なんだし、いいじゃん」

「お言葉ですが、女性には見られたくないものだってありますからね。……そもそも、陛下だって王妃様の部屋に突然遊びに行っては殴られているではありませんか」

「あれは仕事をさぼって行っているからだよ」


 ダニエルの言葉にルーシャンがそう返す。


 ……しかし、何となく知ってはいけないことを知ってしまったような気がする。


 二人の会話を聞いてドロシーがさらに頬を引きつらせていれば、ルーシャンは「まぁ、とりあえず俺は荷解きでもするか」と言いながら部屋の中に入っていった。


「じゃあね、ドロシー。また食事の時にでも会おうか」

「……私は、出来れば会いたくないです」

「残念だけれど、共同生活をする以上は絶対に会うから。……じゃあね、ドロシー」


 露骨に口元を歪めながら、彼がそう繰り返す。


 その言葉とその表情。すべてが、ドロシーの頭に血を上らせる。


 心の中で「こっちは会いたくないですー!」と大絶叫しつつ、ドロシーは露骨にため息をついた。


「……疲れたわ。とりあえずリリー、お茶を淹れて」

「かしこまりました」


 ボソッとそう言葉を零して、ドロシーは隣にある私室に足を踏み入れる。


 リリーにお茶を淹れるように指示を出し、ドロシー自身はソファーに腰掛けた。


(っていうか、初日からこれでどうするのよ、私! この調子であと半年過ごせるの……?)


 初日からこの状態だと、あと半年も過ごせないような気がする。いや、絶対に過ごせない。


 いっそ、もう一回引きこもってやろうか……と思う気持ちはあるのだが、なかなか踏み切れない。一度外に出てしまった以上、もう一度引きこもるというのは少々難しいのだ。


 そもそも、ドロシーだって屋敷の中は移動していたのだ。正真正銘、部屋だけの引きこもりになるのは絶対に無理である。


「あぁ、もうっ! どうして私がこんなに心を乱されるのよぉぉ!」


 きれいな金色の髪の毛を掻きながら、ドロシーはそんな風に大絶叫する。


 そんなドロシーを一瞥し、リリーはお茶を目の前のテーブルの上に置いた。


「……お嬢様。その調子で、今後一生ルーシャン様と過ごせるのですか?」


 何でもない風にリリーがそう問いかけてくる。……だが、今の言葉には一つだけ、不本意すぎることがある。だから、訂正しなくては。


「リリー。あのね、私とルーシャン様は半年後に離縁するのよ!」

「……この調子で、出来ますか?」

「うっ……」


 リリーの言葉に、ドロシーは視線を逸らすことしか出来ない。


 確かに、この調子では離縁は難しいかも……と思わないこともない。


 だけど、ドロシーは思うのだ。


(私が惚れなかったら、絶対に離縁できるわ!)


 と。


「大丈夫、私がルーシャン様に惚れなかったら絶対に離縁できるわ」

「そ、その根拠は何処から……」


 若干リリーが引いているのがわかる。


 でも、ドロシーはルーシャンに突き付けたのだ。


 離縁したくなかったら自分を惚れさせてみろ、と。


「大体、私が男性に惚れるなんてこと死んでもないわ。……それに、あんなにもひねくれた人絶対にごめんですー!」


 そう言ってお茶の入ったティーカップを手に取ったときだった。


 不意に部屋の扉が開き「ひねくれていて悪かったね」という声と共にルーシャンが顔を見せたのは。

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