6.「……殿下に変人呼ばわりされたら、終わりですよ」
「ククッ、はははははっ!」
「……殿下、遂に頭がおかしくなられましたか? 医者を呼びますか?」
ドロシーが帰った直後。不意に笑いだしたルーシャンに、ダニエルは冷たい視線を向け、そんな言葉をぶつけた。ようやく冷静になったダニエルが理解したこと。それは、ドロシーとルーシャンの明らかな「おかしさ」だった。……何故、二人そろって別居婚に納得したどころか喜び、挙句の果てに円満離縁などという発想になるのか。異性嫌いを拗らせた二人は、明らかにおかしい。そう思ったら、ダニエルはただひたすら笑い続けるルーシャンに「落ち着いてください」と刺々しい言葉を投げつけた。
「いや、最高じゃん。あのドロシー嬢。噂には聞いていたけれど、変人だな」
「……殿下に変人呼ばわりされたら、終わりですよ」
ただひたすら笑い続けるルーシャンに、ダニエルはこっそりとため息をついてもう一度冷たい視線を向けた。このルーシャンという王子は、一度笑い出すと止まらない。それがわかっていたからこそ、もう止めることは諦めた。
「というわけで、ダニエル。俺はこれから一週間に一度ドロシー嬢と対面することになったのだが……。出迎える準備は、ダニエルに全部押し付け……いや、頼む」
「今押し付けるっておっしゃいましたよね? まぁ、いいですよ。その分ほかの従者に仕事を割り振りますが」
「侍女やメイドではないのならば、それでいいよ」
そう言ったルーシャンに、ダニエルは「では、俺はいったん休憩に向かいます」とだけ告げ、従者の一礼をすると颯爽と部屋を出て行った。残されたルーシャンは、すでに冷め切っているであろう紅茶に手を付ける。ドロシーが来るまで飲んでいたものだが、まだ飲めるだろう。そう思いながら、口元にカップを運べば中身は予想通り冷めていた。……まぁ、別にいいのだが。
「さて、ドロシー嬢はどう出てくるか」
ルーシャンの持っているドロシーの情報といえば、名門侯爵家であるハートフィールド侯爵家の一人娘ということや、男性が大層苦手だということ。さらには、絶世の美女と言っても過言ではないほどの容姿を持っているということ、ぐらいだろうか。だが、今日で分かったこともある。それは、かなりの変人だということだった。
(ドロシー嬢は同族嫌悪の可能性を示していたけれど、同族同士上手くいくことだって、多いんだよ)
心の中でルーシャンはそうぼやくが、決して自らたちがそういう風にうまくいくとは予想しちゃいない。これからは週に一度対面して、しばしの夫婦生活を送る。別居夫婦も仮面夫婦も笑えるレベルの夫婦の関係だが、互いが納得しているのだからそれでいいだろう。そう思いながら、ルーシャンは紅茶の入ったかぷをまた口元に運び、そのままグイっと一気に飲み干してしまった。
(ドロシー嬢が次に来るときは、異国のお茶菓子でも取り寄せてみるか)
確か、王妃である母が異国のお茶菓子を取り寄せていたはずだ。母が懇意にしている商人の伝手を頼れば、きっとすぐに異国のお茶菓子は手に入るだろう。そう思って、近くにあった紙にペンで今の考えをさらさらと綴っておいた。
「……そういえば、ドロシー嬢の好きなものも嫌いなものも、趣味さえも知らないなぁ」
普通ならば、婚約者時代にいろいろと知っておくべきことなのだろうが、ルーシャンとドロシーは婚約者時代に対面したことは一度もない。それどころか、婚姻後三か月も会っていないのだ。ドロシーの言葉を借りるのならば、「女神様も天で大爆笑ものの結婚」だろうか。
「さて、いろいろとダニエルにドロシー嬢について調べておくように、指示でも出しておくかなぁ」
……今までのルーシャンならば、女性に興味など微塵も持たなかった。ましてや、調べておいてもらおうなどと思うことなど一度もなかった。しかし、ルーシャンはそれに気が付かない。……自分が、ドロシーに興味を持っているなど、認めたくなかったのかもしれない。……これも、円満な離縁に向けた準備だ。そう、自分自身に言い聞かせていた。
こんなことを思っている時点で、ルーシャンはドロシーに興味を持ってしまっている。きっと、ダニエルならばそう指摘しただろうが……生憎、今ここにダニエルはいない。まぁ、そちらの方がダニエルにとってもルーシャンにとっても、よかったのかもしれないのだが。ルーシャンは無駄に怒る必要が減り、ダニエルは殺意を抑え込むことが出来た。何事も、ポジティブに考えるのが大切なのである。