7.「お嬢様。ルーシャン様が到着されました」
★☆★
そして、あっという間にルーシャンがハートフィールド侯爵邸に引っ越す日がやってきた。
ハートフィールド侯爵家の屋敷は朝から、いや、いっそ昨日の夜から慌ただしくなっている。なんといっても、新しい住人がやってくるのだ。しかも、その人物が王子殿下ということから、使用人たちは色めき立っていた。
「ねぇねぇ、リリー。本当に、本当にダメなの……?」
本日幾度目になるかわからない問いかけに、リリーは嫌な顔一つせずに「当たり前です」と言い、ドロシーの言葉を一蹴する。
「だってぇ……今日からルーシャン様と同居なんて、どういう顔をすればいいかが……」
「……お嬢様。もう結婚して半年が経っているのですよ?」
リリーの言葉はもう耳にタコが出来るほど聞いた。
そう思い項垂れるドロシーを他所目に王城の使用人たちが次から次へと荷物を運んでくる。
もちろん、最低限の家具などはハートフィールド侯爵家が用意している。が、衣服や私物などはこうやって王城の使用人が持ってくることになっていたのだ。
王城の使用人たちの中にはドロシーを初めて見る者もいたらしく、彼らは皆そろって頬を染めていた。ちなみに、ルーシャンの要望で引っ越しの手伝いをしている使用人はみな男性である。……まったく、筋金入りの女性嫌いもいいところだ。
(本当にぃ……!)
ルーシャンがこっちに引っ越すと聞いてから、いろいろと考えすぎてよく眠れていない。
その所為で目の下に隈があるのも、化粧で隠している始末なのだ。父や母は緊張しているからとよく受け取ったが、実際は考えすぎているだけである。緊張などこれっぽっちもしていない。……多分。
「お嬢様。ルーシャン様が到着されました」
そんなことを考えていると、ハートフィールド侯爵家の執事がそう声をかけてきた。そのため、ドロシーは「……え、えぇ、わかったわ」と言いながら渋々ソファーから立ち上がる。
「行きましょうか、お嬢様」
リリーがそう耳打ちをしてくるので、ドロシーは憎たらしそうに彼女を見つめつつ頷く。
その後、玄関へと向かって歩を進める。玄関からルーシャンの声が聞こえてくる。和やかに会話をしていることからして、相手は父だろうか。
そう思いつつ階段を下りて玄関に来れば、そこでは予想通り父とルーシャンがいた。二人は和やかに会話をしつつも、お互いの腹を探り合っているようだ。……まだ少し互いに警戒心があるのかもしれない。
「……やぁ、ドロシー」
先にドロシーに気が付いたのは、ルーシャンだった。彼はにこやかな笑みを浮かべつつ、ドロシーに手を挙げて挨拶をする。
だからこそ、ドロシーはぺこりと頭を下げた。
「ルーシャン……様。本日からよろしくお願いいたします……」
嫌々という感じが前面に押し出された挨拶に、ルーシャンはプッと噴き出す。
それがドロシーの癪に障ることに、彼は気が付いているはずだ。けれど、彼は悪びれた風もなく目元を拭いながら、「嫌だって、顔に書いてあるね」と言って口元を歪めるだけだ。
……まったく、食えない王子だ。
「まぁ、いいよ。とりあえず、部屋に案内してくれる?」
「……こちら、です」
ルーシャンの言葉に渋々頷きつつ、ドロシーは屋敷の中を進む。
そうすれば、後ろからルーシャンとダニエルがついてきた。
ルーシャンからの要望では、ダニエルも専属従者としてこっちに連れてきたいということだった。嫁入りや婿入りに侍女や従者を一人連れてくることは普通のことなので、父や母は何も言わなかったらしい。……まぁ、ドロシーとしても気にすることではないのだが。
「ルーシャン様」
歩きながら、ルーシャンに声をかける。すると、彼は「どうしたの?」と言いながらにこやかな笑みを向けてくれた。
この笑みが、老若男女問わず魅了する笑みなのだ。そんなことを再認識しつつ、ドロシーは「本当に、余計なことをされましたよね」と言いながらため息をつく。
「私たち、離縁前提だったのに……」
ボソッとそう言葉を零せば、彼は「……俺に気に入られて、嫌な顔をする女性なんていないと思っていたんだけれど」と自信満々に告げてくる。その言葉に、ドロシーは余計にかちんと来てしまった。
「あら、随分と自信満々ですねぇ」
嫌味たっぷりにそう返してやれば、彼は「まぁね」とさも当然のように返してくる。……やっぱり、食えない。
「俺は美貌の王子だからね。……こんなことを言っては何だけれど、身分も合わさって女性には苦労しないよ」
「でしょうね」
これはドロシーの嫉妬を煽ろうとしているのだろうか?
恋愛経験値が全くない所為で、ドロシーには何が何だか判別がつかない。
(……こんなことになるんだったら、少しくらい経験値を積み……無理ね)
しかし、心の中でそう思いなおす。ドロシーが男性を苦手としているのは、もう魂レベルのことなのだ。だから、治りようがない。そんな状態で経験値など積めるわけがない。
そんなことを思いつつ、ドロシーはまた一歩を踏み出した。




