6.「――それ以上は、言わない約束だ」
★☆★
「殿下、殿下っ!」
半ば叫ぶように名前を呼ばれ、ルーシャンは対面に腰かけるダニエルに視線を向けた。
彼は何処となく怒ったような、呆れたような表情を浮かべており、明らかに面倒なことになるのは目に見えるようにわかる。そう思いつつ、ルーシャンは「うるさい」と言いながら肩をすくめた。
「今回のこと、陛下や王妃様になんと説明するのですか」
ダニエルはそう言うと露骨に頭を抱えてしまう。だからこそ、ルーシャンは「お前に任せる」とすべてを丸投げしておいた。そうすれば、ダニエルは「本当に殿下のそういうところがっ……!」と言いながら髪の毛を掻く。
「俺のそういうところが、何?」
にっこりと笑ってそう言葉を返せば、ダニエルは「そういうところが、俺は途方もなく苦手です」と真剣な面持ちで告げてきた。
ダニエルは嘘をつけない性格だ。何事もまっすぐに向き合い、自分の気持ちをストレートに伝えてくる。そんなところも、ルーシャンは気に入っていた。なんといっても、からかうと面白いから。……本人に言えば、渋い顔をされるのはわかっているので言わないが。
「まぁまぁ、どうせ父上も母上も何にも言わないって。……元々結婚する際に出て行くはずだったんだからさ」
けらけらと笑いながらダニエルにそう伝えれば、彼は「……まぁ、そりゃそうですけれど」と言いながら眉を下げる。
「俺のわがままで、ネイピア姓を名乗らせてもらって、王城に住まわせてもらっていたんだからさ。……出て行っても喜ばれることはあっても、悲しまれることはないよ」
「ですが、殿下は……」
「俺のこと、もう殿下って呼ばないで」
ダニエルの言葉を正せば、彼はぐっと息を呑んだ後「……ルーシャン様」と呼んでくる。……その表情は、何処となくぎこちない。
「っていうか、ダニエルに様付けで呼ばれると変な感じだな」
「そんなことおっしゃると、いっそ呼び捨てにしますよ」
「できないくせに」
ダニエルの言葉にそう返し、ルーシャンは馬車の窓から外の景色を眺める。
ドロシーには「わがままでネイピア姓を名乗らせてもらい、王城に住んでいた」と説明してある。……実際は、違う理由なのだが。それを本人に言うことも必要ではないはずだ。
「そもそも、ルーシャン……さ、まは、わがままでネイピア姓を名乗っていたわけではないじゃないですか」
しかし、ダニエルはそこを突っ込んでくる。だからこそ、ルーシャンは笑って誤魔化しておいた。が、彼は誤魔化されてくれない。
「ドロシー様の経歴に傷がつかないように。……離縁することになったら、全部自分が悪いようにするために、ネイピア姓を――」
「――それ以上は、言わない約束だ」
はぁとため息をつきながらダニエルの言葉を止める。
(……まさか、ドロシーがあそこまでしつこいとは思わなかっただけなんだよな)
普通の令嬢ならば、挙式も行わずに婚姻届け一枚屋敷に送ったら怒り出すだろう。さらには、令嬢の親族側もよくは思わないはずだ。
ルーシャンはドロシーが離縁前提の結婚生活を提案してくるよりも前に……離縁を、考えていた。
(全部俺のせいにして離縁できるようにって、ネイピア姓を名乗っていたし、王城に暮らしていた)
ドロシーに離縁前提の結婚生活を提案されてからも、その考えは変わらなかった。あちらもそれで構わないと思っていたのならば、なおさらだ。
が、ルーシャンはドロシーに惹かれてしまった。このまま離縁するのは惜しいと思ってしまった。なので、このタイミングで――ルーシャンは、ハートフィールド家に正式に婿入りし、あちらに移り住むことを選んだのだ。
(あんなにも面白い女を、俺が逃すわけがない)
大の女性嫌いであることに、変わりはない。だが、多分ドロシーならば一緒にやっていけると思うのだ。……なんといっても、彼女も筋金入りの拗らせ女だから。
「はぁ、ルーシャン様は、本当に面倒ですね」
そんな風に思っていれば、対面のダニエルが露骨にため息をつく。そんな彼を一瞥すれば、彼は「……きちんと、気持ちをお伝えすれば、ドロシー様だって拒否しないでしょうに」と言ってくる。……そんなもの、百も承知だ。けれど、やらない。
「俺が素直に気持ちを伝えたところで、気持ち悪いと一蹴されるのがオチだ。……だって、俺はひねくれ王子だし」
「……まぁ、そうかもしれませんけれど」
「そこは否定してくれてもよくないか?」
「否定出来るような日ごろの行いですか?」
そんな言葉の攻防戦をしつつ、ルーシャンは考える。
実のところ、やらないのではない。できないのだ。
(こんな気持ちになったのが初めてだから……だろうな。ドロシーとどう関わればいいかが、これっぽっちもわからない)
今まで、放っておいても女性は寄ってきた。その所為だろう。女性とうまく関わる方法が全く分からないのだ。……まったく、面倒なことになったものだ。自分の気持ちを考えつつ、ルーシャンはそう思ってこっそりとため息をついていた。




