5.「誰が間抜け面ですか! 誰が!」
それからしばし他愛もない話をして、ルーシャンは王城へと戻ることとなった。なんでも、国王である父に呼び出されているらしい。
何も、そんな大切な日にここに来なくても。そう思って頬を引きつらせるドロシーに対し、彼は何でもない風に「会えてよかったよ」とまっすぐな言葉を伝えてくる。そこに、ひねくれ王子の姿はない。
その所為なのだろうか。ドロシーはルーシャンのことをぼうっと見つめてしまう。そんなドロシーを見てか、ルーシャンは笑いながら「その間抜け面も、今後毎日拝めるんだね」なんて言うのだから……ドロシーは一気に赤くなった。それは、照れているわけではない。怒りからだ。
「誰が間抜け面ですか! 誰が!」
「間抜け面に間抜け面って言って、何が悪いんだ?」
彼は肩を揺らしながらそう言う。それは間違いなくドロシーをからかっているということ。それはわかっている。ここは、大人の対応をしなくてはならないということも分かっている。
けれど……うまくいかない。
「まぁ、いいや。……じゃあね、ドロシー」
その後、彼はひらひらと手を振りながら王城へと帰っていく。その後ろ姿を憎々しく見つめていれば、リリーの「お嬢様」という声が聞こえてきた。なので、ドロシーはそちらに視線を向ける。
「どうしたのよ」
少し不機嫌そうなままでそう言えば、彼女は「いえ、旦那様と奥様を今のうちにお止めしたほうがいいかと、思われます」と真剣な面持ちで告げてくる。
それは一体どういう意味だと視線だけで訴えれば、彼女は「いえ、旦那様と奥様のことですので、お嬢様とルーシャン殿下を離縁させない方向に動くと思われます」と目を瞑って言う。
「それが、どうしたのよ」
「いえ、私の杞憂ならば問題ないのですが……もしかしたら、お嬢様の私室とルーシャン殿下の私室、すぐそばになるのでは? と思いまして」
彼女は何でもない風に淡々とそう告げてくるが、その言葉を聞いたドロシーは……大絶叫した。
「あ、あ、ありえないわよ! だって、私たち……私たちっ!」
「ですが、戸籍上は夫婦でございます。それに、結婚して半年も経っているのですから、ご懐妊されていてもおかしくはありません」
ゆるゆると首を横に振りながらリリーがそういうものだから、ドロシーは「お父様とお母様を、止めるわ!」と言いながら駆け出す。
「お嬢様っ! 走ってはなりません!」
「わかっているわよ!」
リリーのお小言に適当に返し、ドロシーはあくまでも優雅に、ゆっくりと早歩きをする。ゆっくりとした早歩きなど、矛盾した言葉だろう。が、実際にその通りなのだから仕方がない。
(私とルーシャン様の私室が隣ならば、まだいいわ。……寝室を一緒にされたら、たまったもんじゃないわよ!)
そう思っていれば、父と母と出くわす。そのため、ドロシーは「……お父様、お母様、お話が」とにこやかな笑みを浮かべて告げれば、父は「ルーシャン殿下の私室なんだが……」といきなり本題を切り出してくる。
「どうせだし、ドロシーの隣の部屋が良いと思うんだよ」
……どうやら、リリーの予想は本当になってしまったらしい。それがわかるからこそ、ドロシーは「嫌です」と言おうとした。だが、母の嬉しそうな表情を見るというに言えない。……ドロシーにだって、家族想う気持ちはあるのだ。
「しばらくの間はドロシーの私室の隣にしておくわね。どうせだし、いずれは改築しようと思うのだけれど」
「……改築、ですか?」
「えぇ、貴女とルーシャン殿下ようのお屋敷……まぁ、いわば別邸を敷地内に建てようかと」
確かに、新婚夫婦のために敷地内に別邸を建てるというのが今のネイピア王国の金持ち貴族の流行である。ハートフィールド侯爵家はお金も地位も名誉もある素晴らしい家。そのため、それくらい容易いことなのだろう。だろうが……。
「えぇっと、それは、嫌かと……」
「あら、どうして? 貴女の調合室も広くなるし、何だったら薬草園も作ってもいいわよ?」
母がきょとんとした風にそう言うので、もう何も言えなかった。……いや、違う。
(調合室が広くなって薬草園を作れるって知ったら、嫌がる意味がなさすぎるのよぉ……!)
愛よりも金をとるドロシーである。デメリットよりもメリットの方が大きいと知れば、すぐに納得してしまうのだ。……今回は、ルーシャンとの共同生活よりも薬草園や調合室の広さが勝ってしまっただけだ。
「……うぅ」
「旦那様、ドロシーも納得したようだし、さっそく別邸の設計に移っていただかない?」
「あぁ、そうだな。……じゃあ、明日にでも設計士を……」
未だに新婚気分の抜けない両親の後ろ姿を憎たらしくドロシーは見つめる。そんなドロシーの肩を、リリーはとんとたたいてくれた。その仕草に込められた意味は――あきらめろ、である。それは、嫌というほど伝わってきた。




