51.「でも、ドロシー嬢だけは違うみたいだな、どうやら」
★☆★
「んんっ」
身じろぎをして、目を覚ます。ぼんやりとする脳内の中、見慣れぬ天井が視界に入って一気に意識が覚醒した。
「……起きたか?」
さらに、何処からともなく聞こえてくるその声にドロシーはハッとする。慌てて起き上がれば、近くの椅子にルーシャンが腰掛けていた。彼は何やら分厚い本をめくりながら挑発的に笑う。
「る、ルーシャン、殿下……」
恐る恐るその名前を呼べば、彼は少しだけ噴き出して「あんなところで寝たら、風邪ひくぞ」と声をかけてくる。その声には今までのような皮肉がこもっていないような気がして、ドロシーは一瞬だけドキドキとしてしまった。
(って、何しているのよ、私!)
しかし、そんな胸キュンをねじ伏せる。その後、誤魔化すようにゆるゆると首を横に振り「……もう、大丈夫ですか?」と問いかける。
「あぁ、もう大丈夫だ。……俺からすれば、ドロシー嬢の方が大丈夫かと言いたいんだけれどな」
「……どういうことですか?」
「ダニエルからいろいろ聞いた」
そう言って、ルーシャンは露骨にため息をつく。多分だが、彼はドロシーが無茶をしたと思ったのだろう。……今までならば、彼はそんなことを言わなかっただろうに。そう思い疑問を抱くものの、ルーシャンのその手がドロシーの額に伸びる。そのまま指先を押し付けられ、ドロシーの顔が一気に赤く染まった。
「……熱は、ないみたいだな」
ルーシャンのその言葉にドロシーは「な、な、なっ!」と声を上げながら狼狽える。
彼は生粋の女性嫌いのはずだ。女性にあまり触れたくないはず。なのに、今あっさりとドロシーに触れた。……それが、どうしようもない感覚だった。
そもそも、ドロシーだって覚悟が決まっていなかった。男性に触れられるのは、嫌なのに。
「る、ルーシャン殿下!」
「……どうした」
「ルーシャン殿下は、女性がお嫌いでしたよね?」
ゆっくりとそう問いかける。もしかしたら、死にかけて心境に変化があったのかも……と思わないこともない。が、そんなもの滅多なことであるわけがないだろう。そう思うからこそその考えをねじ伏せれば、彼は「……あぁ」と端的な返事をくれる。
「今だって部屋にいれたくないし、触れたくもない」
「……で、でしたらっ!」
「でも、ドロシー嬢だけは違うみたいだな、どうやら」
ドロシーの抗議をものともせず、ルーシャンは挑発的に笑ってそう告げる。その笑みがやたらと色っぽくて魅力的で。ドロシーの胸が、また高鳴った……ような気が、した。
(それは、私だけ特別ということ……?)
それに、ルーシャンの言葉は言葉の意味を素直に受け取ればそういう意味にも聞こえてしまう。そのためさらに顔を赤くしていれば、彼は「……こんなにも必死になってくれる奴を、好きになるなっていう方が無理だ」と呟く。が、その言葉は幸か不幸かドロシーの耳には届いていない。
「……なぁ、ドロシー嬢」
何でもない風にそう話しかけられ、ドロシーは「な、なんですか?」と恐る恐る声を発する。それが何処となく面白かったのだろうか。彼はけらけらと笑いだす。
何だろうか。そういうところはやはり無性に――腹が立つ。
「笑わなくてもよくないですか⁉」
身体にかかっていた毛布を引き上げ、顔を隠しながらそう言えば彼は「面白いものは面白い。笑って何が悪い」と開き直ってくる。……やっぱり、腹が立つ。
(この男はやっぱりひねくれ王子だわ!)
内心でそう思いながら、ドロシーは「帰ります!」と言って寝台を降りる。
「……おい」
「私、元々ルーシャン殿下が目覚めるまでのつもりでしたから。……目覚められた今、私がここにいる理由はありません」
そのまま身に纏っているワンピースをきれいに整え、歩き出そうとする。しかし、その手首をほかでもないルーシャンに掴まれた。驚いてそちらに視線を向ければ、彼の紫色の目とばっちりと視線が交わってしまう。
「……なぁ、ドロシー嬢」
真剣な面持ちで声をかけられ、ドロシーの胸がとくんと音を立てた。もしかしたら、もしかしたら――そんな想像をして、それはないと思いなおす。彼のことだ。どうせ「冗談だ」とか言って蹴り飛ばしてしまうのだから。
ルーシャンの手がドロシーの髪の毛に伸びる。そのまま彼の手はドロシーの髪の毛を撫でた。……とても優しい手つきだった。
「――寝ぐせ、ついているぞ」
だが、何もそんなことをそこまで真剣な面持ちで言わなくてもいいだろう。
そんなことを思いながら、ドロシーは顔に熱をためる。カーっと熱くなった頬を押さえこみ――。
「――そんな真剣な表情で、おっしゃらないでくださいっ!」
と叫んだ。
(意識した私が、バカだったわ……!)
そして、そう思う。無駄にドキドキして、彼を意識して。そんな自分が本当にバカだった。
そう思いながら、ドロシーは自身の髪を撫でつけ寝癖を直して、「今度こそ、帰ります!」と言葉を告げて部屋を出て行った。
部屋を出て行く前に、小さく「……面白いよな」というような言葉が耳に届いたのは、気のせいだと思うことにした。




