47.「ルーシャン殿下は、本日帰還されます」
魔物退治の部隊が王都に帰ってくる予定日はあれから五日後と言うことになった。諸々の後処理などを考えれば、それが妥当だということだ。
そして、いよいよルーシャンたちが帰ってくるとなった日。ドロシーは浮かない表情でポーションの調合に当たっていた。
何となくだが、やはり嫌な予感がぬぐえない。そう思いながらも自分に課せられた役目を全うしようとポーションを調合する。兵士や騎士、王子たちの人数を考えるにかなりの量があっても問題はないはずだ。
そんなことを考えながら何時間が経っただろうか。不意に部屋の扉がノックされ、リリーの「お嬢様」という声が聞こえてくる。時計を見れば、時刻は午後三時。どうやら、昼食も食べずに調合に没頭していたらしい。
「どうしたの?」
ドロシーが扉越しにそう返事をすれば、リリーの「いえ、ダニエルさんが、いらっしゃいました」と静かな声で告げてくる。そのため、ドロシーは慌てて立ち上がり部屋の扉を開ける。
しかし、すぐにリリーはダニエルとしか言わなかったことに気が付く。ルーシャンは、来ていないのだろうか?
(いえ、もしかしたらもうすぐ帰還するというお知らせかもしれないわ。……まだ、帰ってきたわけではないのよ)
自分自身にそう言い聞かせ、ドロシーはダニエルを部屋に入れるようにとリリーに指示をした。私室ならばまだしも、ここは仕事部屋である。男性が入っても特に問題はない。
それからしばらくして、ダニエルが顔を見せた。が、彼の表情は何処となく暗い。主が今日帰ってくるというのに、どうしてそんなにも苦しそうなのだろうか。
「……ダニエル、どうしたの?」
応接スペースに腰を下ろしドロシーがそう問えば、彼は少し視線を彷徨わせる。だが、意を決したように「……驚かずに、聞いてください」と静かな声で告げてくる。
リリーがドロシーとダニエルの前にお茶の入ったカップを置く。そのまま、彼女は下がろうとした。しかし、それをドロシーは止める。
「リリーも、一緒に」
ゆるゆると首を振りながらそう言えば、リリーは「……ですが」と遠慮がちに呟く。それに対し、ダニエルは「構いません」と言葉をくれた。だからだろうか。リリーはその場にとどまる。
「……それで、一体どうしたの?」
お茶の入ったカップを手に持ち、口に運びながらドロシーはそう問う。すると、ダニエルは何処となく苦しそうな表情のまま「……ルーシャン殿下の、ことでございます」と言葉を零す。
「ルーシャン殿下は、本日帰還されます」
「……聞いているわ」
それくらい、後方支援の指揮を執っていたドロシーは知っている。彼は、わざわざ律儀にそんなことを教えに来たのだろうか? いや、先ほど「驚かずに聞いてほしい」と言っていた。つまり、この先に何かがあるのだ。
(やっぱり、何となく嫌な予感がするわ)
どうしてこんなにも胸中がざわめくのか。そんなことを考えお茶の入ったカップをテーブルの上に戻した時だった。
「――ルーシャン殿下は、重傷の状態だそうです」
ダニエルは意を決したようにドロシーの目を見て言葉を続けた。
(……え?)
その言葉に、ドロシーは内心で声を漏らした。が、口からその声は出てこない。ただ目をぱちぱちと瞬かせていれば、ダニエルは「……先ほど、一人の兵士が馬に乗って一足先に帰ってきました」と言う。どうやら、その兵士がルーシャンの状態を知らせたらしい。
「……どうして?」
そんなことをダニエルに聞いたとて、わかるわけがない。それはわかっていたのだが、ドロシーはそんな言葉を零してしまった。
それに対し、ダニエルは「……王太子殿下を、庇ったと」と淡々と言葉を告げる。しかし、その言葉は何処となく震えている。……彼も、主の状態に動揺しているのだ。
「でも、結界を張り終えたのはもうかなり前よ? そんな、どうして今更……」
「……結界はあくまでも外のものを入れないようにするためのものです。すでに中に入っていた場合、それは意味を成しません」
つまり、ルーシャンはすでに王国内に入っていた魔物に襲われたということなのだろう。いや、違う。魔物はルーシャンの兄を狙い……彼が、それを庇ったのだ。
「……もうじき、ほかの人間も戻ってくるはずでございます」
「そう、なのね」
ダニエルの言葉が正しければ、もうすぐルーシャンも戻ってくるということか。そう判断し、ドロシーはおもむろに立ち上がり――調合を終えたポーションを保冷バッグに入れていく。
「……ダニエル。私、王城に行くわ」
その後、意を決したようにそう言えば、ダニエルは「……ダメでございます」と言う。
「どうしてよ」
「もしかしたら、毒の類もあるかもしれません。ドロシー様を危険に晒すわけには……」
ダニエルはどうやらドロシーの心配をしてくれているらしい。それを理解するものの、ドロシーはここでルーシャンの回復を祈るような乙女になるつもりはない。
「問題ないわ。……私は、解毒薬も持っているもの」
少なくとも、自分はルーシャンの妻である以上に――薬師なのだ。自分の得意分野で、ルーシャンの傷を癒してやろうではないか。そう、思うのだ。




