43.「では、そちらにお通しして頂戴。……話を聞くわ」
(ブラックウェル公爵家のエイリーン様、ね)
ダニエルの言葉にドロシーは内心でそう呟く。その後、ダニエルにもう一度視線を向けた。
彼はあまりいい表情をしていない。やはり、会うのはあまり得策ではないと思っているのだろう。
それにドロシー自身もエイリーンにいい印象は抱いていない。以前のパーティーで、彼女は確かルーシャンに言い寄っていたはずだ。
(大好きなお方の妻と二人きりで話がしたいなんて、きな臭いことこの上ないわ)
そう思い、ドロシーはゆるゆると首を横に振る。が、すぐに愛想笑いを浮かべたかと思えば、ダニエルに「どこか空いているお部屋はあったかしら?」と問いかけた。
「……えぇ、第三休憩室が、空いていたかと」
「では、そちらにお通しして頂戴。……話を聞くわ」
それだけを告げ、先ほどまで指示を飛ばしていた場所に戻ろうと踵を返せば、ダニエルの「ドロシー様!」という声が聞こえてきた。その声を聞いたドロシーは後ろを振り返る。その際に金色の髪がさらりと揺れた。大層美しい光景だった。
「お言葉ですが、あのお方にはあまりいい噂がありません。……以前だって、ルーシャン殿下に言い寄って……」
「そうね」
ダニエルの心配そうな言葉をあっさりと肯定し、ドロシーは口元に手を当てる。その後挑発的に笑ったかと思えば、少しだけ首を傾げた。その表情や態度はとても妖艶なものである。
「でも、私は王子の妻。たとえあまりいい印象を抱いていなかったとしても、民の声に耳を傾けるのは必要なことを」
余裕たっぷりにそう言えば、ダニエルは「……そこまで、おっしゃるのならば」とまで言って下がっていく。どうやら、エイリーンを第三休憩室に通すようだ。
そんな彼を見送り、ドロシーはそっとため息をつく。先ほどの言葉はあくまでも表向きの言葉である。ドロシーは王子の妻であることに執着はないし、民の声に耳を傾けるべきは自分ではないと思っている。が、あの場でああいわなければダニエルは納得しなかっただろう。もしも彼がルーシャンにドロシーのことを託されているのだとすれば。いい噂を持たない人間をドロシーに近づけることはしないだろうから。
(だけど、一応私の意見を聞いてくれるから助かったわ)
もしも、ダニエルがそのままエイリーンを追い出していたとしたら。それはそれで情報を得るチャンスを逃してしまう。そうならなかったことを今は安堵しよう。そう思い、ドロシーは近くにいた聖女の一人に声をかける。
「どうにも、私に客人が来たみたいなの。……情報提供があるかもしれないから、しばし席を外すわ」
「……かしこまりました。しばらくの指揮は誰が執りましょうか?」
「貴女にお願いするわ」
聖女と小さな声で会話を交わし、ドロシーは第三休憩室に向かって歩き出す。
(……エイリーン・ブラックウェル、か)
彼女自身のことはそこまで詳しくは知らない。だが、ドロシーが侯爵家の令嬢である以上、意図せずに貴族の噂は耳に入ってくるものである。
エイリーンはルーシャンを好いている。それはドロシーも知っていることだ。というか、ルーシャン自身から言い寄られて迷惑だと以前聞かされてる。相談も受けた。……まぁ、ドロシーはそれを適当にあしらってしまったのだが。
(……彼女が、何かをしたとは考えられないかしら?)
タイミング的に、その可能性はゼロではない。そもそも、結界を壊すためには聖女である必要があるのだ。聖女ではないと、結界を壊すことも張ることもできない。エイリーンは聖女見習いだというし、結界を張るための部屋に入る資格はある。
(結界は、張るのは大変だけれど壊すのは簡単よ。……力が小さくても、出来るもの)
エイリーンは聖女『見習い』なのだ。そこまで強い力は持っていないだろうし、高度なことが出来るとは思えない。
でも、壊すくらいならばできる。
物を壊すことは簡単なのだ。修理することは難しいが、壊すのならば赤子だって出来てしまう。
(まぁ、彼女がどう出てくるかはわからないけれど……何か握っていることは、確かなはずだわ)
たとえエイリーン自身が結界を壊したわけではなかったとしても。彼女が誰かに情報を漏らした可能性だってあるのだ。そう思い、ドロシーは第三休憩室の前に立つ。
一度だけ深呼吸をして、扉を開ける。すると、中にはエイリーンがいた。その傍にはダニエルもおり、彼はしかめっ面でエイリーンを見据えている。
「お初にお目にかかります。ドロシー・ハートフィールドでございます」
一応とばかりにそう挨拶をすれば、エイリーンは下唇をかみしめる。それから、「……エイリーン・ブラックウェル、よ」と消え入りそうなほど小さな声で自己紹介を返してきた。
「ところで、私に一体どんな要件でしょうか? 私はこれでも忙しい身なのです」
あまり長い時間を取ることは出来ないぞ。遠回しにそう伝えれば、エイリーンは「……わかっている、わ」と返事をする。その後、その真っ青な目でドロシーのことを見据える。その目の奥は、何かに怯えるように揺れていた。




