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34.「これ、代金は全部出世払いでいいですよ」

 その言葉は、半分は本音、半分は嘘だった。


 ドロシーだって王子の立場をよく理解しているつもりだ。だから、彼が中途半端な気持ちでこれまで生きているわけではないことは知っていた。


 ……たとえ引きこもりだったとしても、ルーシャンにはルーシャンなりの葛藤があったはずなのだ。


「……私は侯爵令嬢です。なので、ルーシャン殿下の行動を咎める権力など、持ち合わせておりません」


 目を瞑って、凛とした声音で。ドロシーはただそう告げた。


 ドロシー以外、誰も話していない。ダニエルもリリーも、何も言わない。けれど、それでよかった。そう思いながら、ドロシーは「ですので」と言って一度だけ言葉を切る。


「頑張ってきてくださいませ」


 その声は、何処となく震えていた。


 それに自分で気が付き、ドロシーは自分の心がわからなくなってしまう。が、すぐに「やっぱり、未亡人になりたくないのよ」と自分に言い聞かせていた。


 若くして未亡人など、絶対に嫌だ。周囲に腫物を扱うように接されるのも、嫌だ。そのため、ルーシャンには生きて帰ってきてもらわなくちゃならない。


「……ドロシー嬢」


 そんな意味の分からない声音で、自分の名前を呼ばないでほしい。情が、移ってしまいそうだから。


 心の中でそう思いながら、ドロシーは「……辛気臭いのは、私たちには似合いませんわ」と言う。


「私たちは離縁前提の仮面夫婦以下の存在。……こんな愛し合う夫婦の永遠の別れみたいなの、似合わないわ」


 首を横に振りながらそう言えば、ルーシャンは「……そうだな」という言葉をくれた。その後、ダニエルに何やら指示を出していた。その指示にダニエルは淡々と従い、ドロシーに一通の手紙を差し出してきた。……意味が、分からない。


「それ、俺が万が一死んだら開けてくれ」

「……はぁ⁉」

「死ぬつもりはない。けれど、保険だ、保険」


 素っ頓狂な声をあげてしまったドロシーに対し、ルーシャンはけらけらと笑いながらそう続ける。


 だからこそ、ドロシーはカチンときてしまう。その手紙を乱暴に受け取り、リリーに「机の奥の奥の奥にしまっておいて」と告げた。


「……お嬢様」


 リリーの呆れたような視線が、ドロシーに注がれる。しかし、ドロシーはそんなものお構いなしとばかりにツンと顔をそむけてしまった。


「……不謹慎ですわね」


 その後、視線だけでルーシャンを見据えながら、ドロシーはそう言う。すると、ルーシャンは「俺は、これでもまだ王族だからな」と返事をくれた。


「王族だから、死んだら大変だ。だから、こういうこともしておかなくちゃならない。たとえるなら終活ってやつだ」

「まぁ、とても早いですわね」


 まるで煽るようにそう告げたドロシーだったが、ルーシャンの言っていることが正しいことだけは、わかっていた。


 そのため、ドロシーはルーシャンにかける言葉をそれだけにとどめたのだ。


「……ドロシー嬢」


 ルーシャンの、真剣な声音がドロシーの耳に届く。その言葉の続きを待っていれば、彼は「……ちゃんと、無事に帰ってくるつもりはあるさ」と言って目を瞑っていた。


「ドロシー嬢と円満離縁、しなくちゃならないからな」


 それから、彼は好戦的に笑いながらそう言っていた。その表情はとても美しくて、魅惑的で。ドロシーですら、見惚れてしまいそうになる。が、その気持ちをぐっと押し殺し、ドロシーは「わかっているならば、いいです」と静かに告げる。


(……もしも、私がここで乙女チックに『絶対に帰ってきてくださいませ』なんて、言ったら……)


 どうなるの、だろうか。


 そう思ったが、そんなものはキャラじゃない。自分にそう言い聞かせ、ドロシーは「……私からも、一つだけ」と言ってポーションの入った箱に視線を落とした。


「……これ、差し上げます」


 ポーションの箱の入った箱をルーシャン側に押し、凛とした声でそんな言葉を投げつける。すると、ルーシャンが目を見開いたのが分かった。


「……ドロシー嬢」

「勘違い、しないでくださいませ」


 顔を背けて、ドロシーはそう言う。


 しかし、ルーシャンにはその言葉の裏に込められた意味が、分かっていたのだろう。彼はくすっと声を上げて笑うと、「……素直じゃない」とボソッとつぶやいていた。……それが、ドロシーからすれば癪で。


「これ、全部でいくらになると思いますの?」


 だから、ドロシーは悪戯っ子のような笑みを浮かべて、そう口走っていた。


 実際、これだけの量と質のあるポーションを買おうとすれば、庶民の給金三ヶ月分程度に当たる。ドロシーたちにとってそれははした金かもしれないが、そんなことを言えば民たちに刺されかねないのだ。


「……はぁ、金をとるのか」


 ルーシャンの少し呆れたような表情が、ドロシーの目に映る。……正直に言えば、そんなつもりはこれっぽっちもない。お金の話を持ち出したのは、ルーシャンの言動が癪だったから。ただ、それだけ。


 そのため、今から告げる言葉は――。


「ですがこれ、代金は全部出世払いでいいですよ」


 お金はいらないという、意思なのだ。

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