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33.「……王子様って、大変ですのね」

「お嬢様」


 それから、一体何時間経っただろうか。リリーがドロシーのことを呼びに来た頃には、空はオレンジ色に染まり始めていた。それに気が付き、ドロシーは顔を上げ、満足げに頷く。


「あら、リリー。……ルーシャン殿下、いらっしゃったの?」


 視線をリリーに向け、ドロシーはそう問いかけた。すると、リリーは「はい。いつも通りダニエルさんと一緒です」と目を伏せながら答えてくれる。


(私が、こんなことをするなんてね)


 自身の作り上げたポーションの数々を見つめながら、ドロシーはふっと口元を緩めた。その後、リリーに対し「運ぶの、手伝って頂戴」と言う。リリーは初めは何のことなのか分からなかったらしく、怪訝そうな表情を浮かべていた。が、すぐにドロシーのやっていたことに気が付き「かしこまりました」と一度だけ頭を下げてドロシーの作り上げたポーションが詰まった箱をを手に取る。


 瓶に詰まった黄金色の液体は、さらさらとしているように見えた。ポーションは色も粘度も様々だ。魔法と掛け合わせるためなのか、一概に美しいものとは限らない。中には禍々しく、「これは毒?」と思われるような場合もあるのだ。まぁ、性能が良ければ見た目など後回しでいいという考えの人間が多いため、そこから改良されることは少ないのも関係している。


「リリー、ルーシャン殿下は何処にいらっしゃるのかしら?」

「玄関に一番近い応接間でございます」


 いつもとは違う場所に案内したのだな。一瞬だけそう思ったものの、ドロシーはすぐに納得する。今は、一分一秒が惜しいのだろう。だから、移動時間を削った。魔物退治に行くとなれば、体力だって温存しておきたいはずだ。ハートフィールド侯爵家の屋敷はとても広く、ドロシーの生活スペースは屋敷の奥の奥。……移動距離もバカにならない。


「……ねぇ、リリー」


 ポーションの詰まった箱を持ち、ルーシャンの待つ応接間に向かいながら、ドロシーは後ろを歩くリリーに声をかけた。その言葉を聞いたリリーは「どう、なさいましたか?」と静かに問いかけてくる。なので、ドロシーは「ルーシャン殿下、無事に生きて帰ってきてほしいわね」と小さな声で告げる。


「……お嬢様」

「あっ、勘違いしないで。私、未亡人になりたくないだけよ」


 プイっと顔を背けながら、ドロシーはそう告げる。リリーはドロシーの父から事情を聴いているらしく、ドロシーの言葉に特別反応を示すことはない。ただ「……そうで、ございますね」と言葉をくれるだけだ。


(……そうよ、そうに、決まっているわ)


 どうして、そこまで自分にそう言い聞かせるのか。それは、ドロシー自身にもよくわからない。本当に未亡人になりたくないだけなのか。はたまた……本当は、ルーシャンに好感を抱き始めているのか。


(なんて、それはないわね。私は男性が苦手なのよ)


 怖いわけではない。出来れば、関わりたくないだけ。今まで家族や使用人たち以外の男性を遠ざけてきた。男性はドロシーの容姿しか見ない。そんな奴に自分の心など捧げてたまるか。そう、思い続けていたのに。


(……ルーシャン殿下は、変よね)


 ドロシーが言うのもなんだが、ルーシャンは変だ。ドロシーの容姿に見惚れない。それどころか、ドロシーの調合という趣味に興味を持った。……こんな人、これから先現れるだろうか?


(そんなの、関係ないじゃない。私は、私たちは一年後に円満離縁する。それだけよ)


 心の中に芽生えた意味の分からない感情をかき消すかのように、ドロシーは首を横に振った。その様子を、リリーはどう見たのだろうか。彼女は小さく「……お嬢様」と呟くだけだ。その声は淡々としており、何の感情も宿していないようにも感じられた。


 それからしばらく歩き、玄関に最も近い応接間にたどり着く。ここは主に商人などを呼んだ際に使用する部屋だ。王族を招くにはいささか質素かもしれないが、ルーシャンがいいと言えばいいのだろう。実際、王族とはそれほどまでに権力を持つ存在である。


 ポーションが入った箱を持ち直し、ドロシーは応接間の扉をノックした。


「ルーシャン殿下。……ドロシーでございます」


 静かにそう告げれば、中から「どうぞ」という声が聞こえてきた。その声は、ルーシャンのものではなくダニエルのもの。どうやら、ルーシャンの意を汲み取ってダニエルが声を発したらしい。


 応接間の扉を開けば、中ではソファーでルーシャンが寛いでいた。が、その視線はとても鋭く、何か考え込んでいるのは一目瞭然で。ドロシーはその眼力に押されながらも、「お手紙、拝見いたしました」と言う。そして、ポーションの詰まった箱をテーブルの上に置いた。


「……ドロシー嬢」


 ルーシャンの目が、ドロシーを射貫く。その目は、様々な感情が混ざり合ったかのように揺れている。普通の女性ならば怯んでしまいそうなその眼力に、ドロシーは思わず息を呑んだ。だが、すぐに持ち直しルーシャンの対面に腰を下ろした。


「……王子様って、大変ですのね」


 にっこりと笑って、重苦しい空気を変えるかのようにドロシーはゆっくりと口を開いた。

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