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32.「ちょっとやることが出来たわ。だから、私、お部屋にこもる」

 ☆★☆


「お嬢様、こちらルーシャン殿下からのお手紙でございます」


 ルーシャンが父に魔物退治を命じられた数時間後。ドロシーの元にはルーシャンからの手紙が届いていた。それを見たドロシーは思わず眉を顰めた。ルーシャンが手紙を出すのは、週に一度程度。それに、ほんの少し前に手紙は受け取っていたので、今週はもうないと思っていた。


「……珍しいわね」


 それだけを呟き、ドロシーはリリーから手紙を受け取った。王家の紋章がスタンプされた封筒をひっくり返せば、そこには「速達」という判が押してある。……もしかしたら、急用なのかもしれない。そう思い、ドロシーは慌ててペーパーナイフで封筒を切った。


 そして、ドロシーはルーシャンが綴った文字を指でなぞりながら目で追う。そこに綴られているのは、ルーシャンが魔物退治に行くことになったということ。無事生きて帰ってくるつもりではあるが、もしかしたらの可能性を考えておいてほしいということが綴られていた。最後に書いてあるのは「少し話がしたいから、今日の夕方屋敷に行く」と端的な文章だった。


(……魔物、退治)


 ルーシャンが綴ったその文字を指でなぞり、ドロシーは脳内でその言葉を反復する。魔物は、大層強いと聞く。そんな今まで引きこもっていた王子に何とかなるわけがない……とも言い切れないのだろう。実際、ルーシャンは鍛錬をしていたと聞いているし、それが王族の務めだと理解しているようだった。


「お嬢様? どうなさいましたか?」


 呆然としていたドロシーを見てか、リリーがそう問いかけてくる。だからこそ、ドロシーはハッとして「な、何でもないわ」と言ってぎこちない笑みを作った。実際、何でもないのだ。……ほんのちょっと、ほんの少しだけルーシャンに情が湧いているのかもと思ってしまったが、それは所詮間違いだろう。……そうだ、そうに決まっている。


「リリー。今日の夕方、ルーシャン殿下がいらっしゃるそうよ。だから、準備をしましょう」

「……いきなり、ですね」


 ドロシーの言葉に、リリーは勘繰ったようにそう言葉を告げてきた。確かに、いきなりであることに間違いはない。ドロシーだっていきなりだと思ったし、普段ならば拒絶していただろう。……しかし、今回はほんのちょっぴり事情が違うのだ。考えたくもないが、最悪の展開が脳裏に浮かんでしまうから。……これで、最後。そんな嫌な考えが、脳内を反復する。


(……そんなの、嫌よ。だって、私たち一年後に円満離縁するつもりじゃない)


 こんな形での別れなんて、不本意すぎる。そう思うからこそ、ドロシーは一つの行動に出ることにした。


「お嬢様!?」


 いきなり立ち上がり、調合スペースに向かったのだ。それを見たリリーが「今日はお休みだと……!」と言いながら慌てふためいているのが分かる。


 確かに、今日は休むつもりだった。その理由など簡単であり、納期が近くないためだ。でも、今はそんな休むなんてこと出来なかった。


「ちょっとやることが出来たわ。だから、私、お部屋にこもる」


 それは、ドロシーなりの「一人にしてほしい」という言葉だった。長い付き合いのリリーはそれを瞬時に察したのか、微妙な表情を浮かべるものの「かしこまりました」と言って下がっていく。そんなリリーに内心で謝りながら、ドロシーは調合用の机の前に腰かける。


(……そうよ。私、未亡人になりたくないのよ)


 きっと、そうに決まっている。若くして未亡人になどなったら、周囲から腫物扱いされるじゃないか。それに、死ぬのならば自分と離縁してから死んでほしい。……なんて、不謹慎かもしれないな。心の中でそう思いながら、ドロシーは薬草のストックをチェックした。……大丈夫。まだ、ストックはある。


「時間がかからないもので行きましょう。……回復能力がある程度高くて、数が作れるものとなれば……」


 自身が作り上げたレシピの数々とにらめっこをして、今の状況に最も適したものを探し出す。そして、そのレシピを開き必要な薬草を棚から取りだした。


(……無事、帰ってきてなんて、私じゃないわ)


 自分自身の気持ちが分からない。だから、苦笑を浮かべてしまう。そんなことを考えながら、ドロシーは調合に移った。ルーシャンが来る時間は予測できない。そのため、スピード勝負になる。それに、ドロシーにだってプライドがあるのだ。薬学と付き合ってきた日々。調合を勉強した日々。それが築き上げてきたプライドを、こんなところで崩したくなかった。


「やるわよ」


 まずは、薬草を煎じるところから――。


 自身に言い聞かせるようにそう呟き、ドロシーは調合に移った。ルーシャンが来るまでの数時間、ずっと薬草に向き合っていた。

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