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31.「……ルーシャン。お前、珍しいな」

 その日、ルーシャンは珍しく父に呼び出されていた。現国王である父は気まぐれな部分が強く、ふらっとどこかに行ってしまう。その結果、ルーシャンたち王子もあまり深く関わることがなかった。かといって、父は家族を愛していないわけではない。父として、教えてくれたことは現在とても役に立っている。


「しかし……陛下は一体何の御用なのでしょうか?」


 ルーシャンの後ろに控えていたダニエルが、不意にそう声をかけてくる。それに対し、ルーシャンは「……さぁね」と素っ気なく言葉を返した。父は気まぐれだ。しかし、つまらない用件でわざわざ自分を呼び出すとは考えにくい。きっと、何か重要な案件なのだろう。それが分かるからこそ、ルーシャンはぐっと手を握りしめた。……なんとなくだが、嫌な予感がする。


「父上、ルーシャンです」


 扉越しにそう声をかければ、中から父の「入れ」という声が聞こえてきた。それに合わせ部屋の扉を開けば、部屋の中には兄である第一王子パーシヴァル、それから弟である第三王子アルバートもいた。彼らもどうして呼び出されたのかが分かっていないらしく、頭上に疑問符を浮かべているようで。


「……全員、揃ったか」


 疑問符を浮かべる三人の王子に、父は「……面倒なことに、なってな」と言いながら髪の毛を掻く。その姿が何処となく印象的であり、ルーシャンは息を呑んだ。パーシヴァルはいつも通りのきりっとした表情をしている。アルバートの目は、何処となく不安そうに揺れていた。


「実は、王国を守る結界が、壊されたんだ」


 淡々とそう言う父だったが、その声音は何処となく迫力がある。その言葉を聞いて、ルーシャンは驚いてしまう。


 このロゼア大陸には魔物が住んでいる。そのため、魔物が王国内に侵入してくることも多々あったのだ。まぁ、それを防ぐために聖女の力を使った結界を四方に張ってあるのだが。魔物は光の魔力を嫌うため、聖女の力は魔物除けにぴったりだったのだ。


「……父上、それは何処の結界でしょうか?」

「王都に一番近いところだな」


 パーシヴァルの問いに、父はそう言葉を返す。……王都に近い。それはつまり、魔物が侵入して来れば被害がとても大きいということではないのだろうか。その考えに至ったのはルーシャンだけではなかったようで。パーシヴァルは「……被害は」と目を瞑って問いかけていた。


「今のところ、被害はない。ただ、魔物が王国内に侵入したというのは間違いないらしい」


 そこまで言うと、父はパーシヴァル、ルーシャン、アルバートの順番で顔を見る。その後「……お前たち、魔物退治に、行けるな?」と尋ねてきた。いや、違う。これは尋ねているのではない。半強制的なのだ。


「俺も行きたいが……生憎、家臣に『年齢を考えろ!』と言われちまってな」

「そりゃそうですよ」


 父の言葉に、アルバートがそう言葉を返す。実際、父はもう五十近い年齢なのだ。見た目はかなり若々しいが、肉体的な衰えはあるだろう。それが分かるからこそ、ルーシャンは何も言わなかった。


「……父上。ここは、俺たちに任せてください」


 何も言わないルーシャンに対し、パーシヴァルはそう言う。その後、彼は「ルーシャンも、アルバートも、いいな?」と問いかけてくる。だからこそ、ルーシャンは少ししてから頷いた。迷う気持ちはある。しかし、父に教えられてきたのだ。王族は、王国のために死ねと。


「……そうか。頼もしいな。いろいろと準備があるからな。明日の早朝に、向かってもらう。今日は仕事をすべてキャンセルして、明日に備えるように」


 その言葉で場を締めくくると、父は部屋を出ていく。その背中を見送れば、部屋に残されたのは三人の王子とその従者のみ。


「……ルーシャン。お前、珍しいな」

「……何がだ」

「いや、こういう時絶対に嫌だというのがお前だっただろ」


 パーシヴァルのその言葉に、ルーシャンは「まぁな」と端的に言葉を返す。実際、今までのルーシャンならばそう返していただろう。しかし、今はそう言っている場合ではないはずだ。


「けど、今はつべこべ言っている暇はないだろ。俺としても、王子としての務めは果たすつもりだ」

「……そうか」


 ルーシャンの変化をどう思ったのか。パーシヴァルはそれだけの言葉を残すと自身の従者を連れて部屋を出ていく。その背中を見送れば、今度はアルバートが「ルー兄様」と声をかけてきた。


「どうした」

「いや、俺は……その」


 言いたいことは、大体分かる。魔物退治は命を落としてもおかしくないとことだ。だから、怖いのだろう。その気持ち、少なくともルーシャンにも分かる。が、そもそも易々と死ぬつもりはこれっぽっちもないのだ。


「怖いのは、分かる。だけど、易々と死ぬつもりじゃないだろ?」


 そう問いかければ、アルバートは「は、い」と返事をした。その声音は何処か弱々しいが、彼なりの決意はしっかりと表れている。だからこそ、ルーシャンは何かを言うこともなく「ダニエル、行くぞ」と言って部屋を出ていく。


「……殿下」

「あぁ、言いたいことは分かる」


 エイリーンの言動。そして、このタイミング。多分、この結界の破壊にはエイリーンが関わっているのだろう。それが分かるからこそ、ルーシャンは内心で舌打ちをした。


「ダニエル、至急手紙を。ドロシー嬢に会いに行く」

「殿下!?」

「……俺は死ぬつもりはこれっぽっちもないが、万が一のことを考えてだ」


 いきなり夫が死んだなんて教えられるのは、迷惑だろう。そう、思った。


(そうだ。これは、ドロシー嬢の迷惑にならないため)


 それ以外の感情なんて――ありえない。求めても、いないはずだ。

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