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26.「……ドロシー嬢、人の話を聞く気がないでしょ?」

(このお方も、こんな真剣な表情が出来たのね)


 心の中でそんなことを思いながら、ドロシーは「どうぞ」と貼り付けたような笑みを浮かべて返事をする。そうすれば、ルーシャンは少しだけ顔をしかめ、「……この間のパーティーのことだけれどさ」とゆっくりと用件を切り出した。


「この間のパーティーと言うと……フォード伯爵家での?」

「そうそう。……そのパーティー会場で、俺、ブラックウェル公爵家の令嬢に声をかけられたわけ」


 ドロシーの言葉に、ルーシャンは淡々とそう言ってきた。ブラックウェル公爵家。それは、王国でも名門に名を連ねる公爵家だったはずだ。ただし、そこの令嬢の名前は上手く思い出せない。ドロシーの素晴らしい記憶力は薬学にのみ作用すると言っても過言ではない。それ以外のことでは、あまり作用しないのだ。


「……えぇっと、どちら様、でしょか?」

「確か……エイリーン。エイリーン・ブラックウェル嬢」


 しかし、まさかのルーシャンも彼女の名前をよく覚えていなかったらしい。少し思い出すような素振りをしながら、その名前を引っ張り出す。

 エイリーン・ブラックウェル。その名前を、ドロシーは知らない。やはり、人間に対する興味はどうにも薄いらしい。それを実感しながら、ドロシーは「そのエイリーン様が、どうなさいましたの?」と言葉を返す。その視線は、本に向いていた。


「……ドロシー嬢、人の話を聞く気がないでしょ?」

「いいえ、聞く気は一応あります。ただ、興味がないだけです」


 本のページをめくりながら、ドロシーは目を瞑ってそう返す。実際、ルーシャンの話が薬学に関することならば、食いついていただろう。ただ、女性絡みのこととなると大方恋愛事情とかそういうことだろう。だから、興味がそそられない。どうせならば、興味がそそられる話をしてほしい。そう思うのは、ドロシーだけではないはずだ。


「……そういうところ、直した方が良いと思う」

「私、これで苦労したことがないので」


 苦労したことがないというよりも、人と深く関わることを避けてきたという方が正しいのだろうが。内心で苦笑を浮かべながらそんなことをぼやけば、ルーシャンは「まぁ、いいや」とだけ言い、「そのエイリーン嬢なんだけれどさ」と話を戻してきた。ちなみに、彼の視線も本に向けられた。


「しつこいんだよね」

「まぁ、しつこいとは、何が?」

「大体察しろ。……俺たちみたいな人間には、日常的なこと」


 ルーシャンがそう言うので、ドロシーは「あぁ、言い寄られているのか」と瞬時に理解した。ドロシーだって男性に言い寄られることは少なくない。むしろ、引きこもりになる前はそれが日常だった。そのため、そういう考えに向かうのに時間はかからなくて。


「言い寄られているのですね」

「そう。……なんでも、俺に一目惚れしたらしくて」


 普通の人間がそんなことを言えば、嫌味と受け取られるのだろう。しかし、生憎と言っていいのかルーシャンやドロシーのような整いすぎた容姿を持つ人間にとって、それは普通のことで。側にいるダニエルとリリーの考えなど知りもしない二人は、本に視線を向けたまま会話を続ける。


「エイリーン嬢、王城にも来るし、会わせろって喚くし、ろくな子じゃなくてさ」


 ルーシャンのその言葉に、ドロシーは内心で「一時期の私か」と内心で思っていた。ルーシャンと婚姻した当初、ドロシーはエイリーンと同じような行動をしていた。とは言っても、その気持ちに好意など一ミリもない。あるのは「薄情な妻と思われたくない」と言う思惑だけ。


「挙句、ドロシー嬢との関係が上手く行っていないんだったら、自分なんてどうだ? って売り込んでくる」


 ぺらりと本を捲る音と、ルーシャンの続けられる言葉。それから、ドロシーの相槌だけが部屋を支配する。ドロシーは適当に相槌を打っているように聞こえるが、実際はかなり考えていた。


(ルーシャン殿下との関係が上手く行っていないこと、他者にもバレていたのね)


 主に、そういうことを。ついでに言うのならば、エイリーンはかなり図々しくちゃっかりとした人間らしい。普通、自分を堂々と売り込むことなんて出来ないだろう。もしかしたらだが、それほどまでにルーシャンの妻の座に収まりたいのかもしれない。少なくとも、ドロシーにはない気持ちだ。


「それで、どうなさいましたの?」


 特に興味もないようにそう返事をすれば、ルーシャンは「追い返した」と淡々と答える。


「正直、俺、ああいうタイプ好きじゃないし。公爵令嬢だから大々的に蔑ろには出来ないけれど、一応俺妻帯者だし。妻帯者に言い寄る方が、悪いし」

「まぁ、そんな時だけ私のことを利用するのですね」

「……お互い様」


 確かに、ドロシーもルーシャンを利用したことはある。だから、ルーシャンの言うことは間違いない。そのため、これ以上は言えない。まぁ、元々からかう意味合いでそう言っているので、本気ではないのだが。それもルーシャンにも伝わっているはずである。

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