24.「あぁ、寝台最高! 引きこもり万歳よ!」
「あぁ、寝台最高! 引きこもり万歳よ!」
「……お嬢様。せめて、ドレスをお脱ぎになってから……」
そんなリリーの小言に聞く耳も持たず、ドロシーは寝台でゴロゴロと転がっていた。
あれから時間は少し経ち。フォード伯爵家のパーティーから屋敷に戻ってきたドロシーは、化粧を落とすこともドレスを脱ぐこともなく、寝台にダイブした。そのまま、毛布を抱きしめる。
久々に社交界に顔を出したのは良いものの、やはり大層疲れる。周囲の視線にも疲弊するし、ジュリアナが側にいてくれていたとはいえ、退屈なのは否めなかった。社交の場とは、いわば腹の探り合いの場である。しかし、ドロシーはそういうまどろっこしいことはあまり好きではない。どちらかと言えば、正々堂々ぶつかって、力でねじ伏せればいい。そういう考えの持ち主だった。
「だって、腹の探り合いは嫌いなのよ。私、やっぱり引きこもってポーションを作っている方が性に合っているわ」
「……だとしても、ですね」
リリーはそう言って、ドロシーに向かってため息をつく。その後「湯あみの準備は済ませております。ですので、寝台から離れてくださいませ」と続けた。だからこそ、ドロシーは仕方がないとばかりに「……はぁい」と返事をする。リリーには、なんだかんだ言っても敵わない。やっぱり、長年側にいるだけはある。そう、ドロシーは思っていた。
「そのまま眠ってしまったら、お肌が荒れてしまいますよ。お嬢様は大層お綺麗なのですから、やはり気を付けていただかないと……」
「分かっているわよ。その小言、いつもいつも聞いているわ」
「……久々に言った気がするのですが」
確かに、リリーのその言葉は久々に聞いたような気もする。しかし、ドロシーからすれば鼓膜に焼き付いた小言であることに間違いはないのだ。実際、昔から何度も何度もリリーはそう言ってきた。その言葉はそっくりそのまま耳の奥に残っているくらいだ。
その後、ドロシーが鏡台の前の椅子に腰かければ、リリーは丁寧にその髪に着けられた髪飾りを取っていく。ドロシーの髪は大層綺麗だ。見ているだけでも、羨ましくなる。なのに、本人はあまり髪の毛には興味がないのか、バッサリと切ってしまおうとすることもある。曰く、「髪の毛って調合の邪魔なのよ」ということらしい。それを侍女総出で止め、せめて髪の毛をまとめるくらいにしてください! と説得したのもまた記憶に新しい。
「そういえば、お嬢様。ルーシャン殿下とは、何かがありましたか?」
次にドレスを脱がせている最中。リリーはふとそんなことをドロシーに問いかけてきた。その言葉を聞いたドロシーは「特には」と端的に言葉を返す。どうやら、ドロシーは何処までもルーシャンに興味がないらしい。それを実感しながら、リリーはこっそりとため息をつく。
「お嬢様。ルーシャン殿下は、お嬢様の一応とはいえ夫ですよ?」
「そんなもの、書類上のものよ。紙切れ一枚で夫だなんて思えるわけがないわ」
リリーの言葉に淡々と返してくるドロシーの声には、何の感情も籠っていない。だからこそ、リリーは「……本当に!」とボソッと呟いてしまった。
「お嬢様が男性のことを苦手だと思っていることは、知っております。ですが、いつまでもそのままではダメですよ」
まるで、妹に言い聞かせるかのように。リリーは優しくそう告げた。その言葉を聞いたためだろう。ドロシーは小さく「……分かっているわよ」と零す。多分だが、彼女も本当は分かっているのだろう。このままでは、ダメなことくらい。
(男性が苦手なのは、克服しなくちゃいけない。引きこもりもいつかは止めなくちゃいけない。分かっているわ。……でも、今の生活がずっと楽なのよ)
そう思っても、引きこもるという誘惑には勝てたためしがない。楽な方へ楽な方へと流されている感は否めないが、それでもドロシーはどうしても男性のことを好きにはなれなかった。外の世界を、眩しいとは思えなかった。キラキラとした社交界よりも、土まみれの薬草の方が魅力的だ。そう思ってしまうのは、きっとドロシーの性なのだろう。
「まぁ、私はいつまでもお嬢様の味方ですよ。……ルーシャン殿下と離縁をするにしても、婚姻関係を続けるにしても。いつまでも、お嬢様について行きます」
「……ねぇ、リリー。私、ルーシャン殿下とは確実に離縁するつもりなのだけれど?」
「万が一のお話ですよ。……お嬢様の魅力に、ルーシャン殿下が気が付かれるかもしれないじゃないですか」
そんな日は、一生来ないと思うが。だって、ルーシャンは大層な女性嫌いなのだ。ドロシーのことも、あまり好いていない。そう、ドロシーは思う。そんな彼が、ドロシーのことを好きになる日なんてきっと来ない。それに……。
(ルーシャン殿下だったら、私よりもずっといい女性を捕まえることも容易いわ)
こんな社交嫌いの引きこもりよりも、ずっとずーっといい女性を捕まえることが出来るに違いない。これは自虐なのか。はたまた、他者への羨望なのか。それは分からない。それでも、少なくとも――。
(……初めの頃よりは、嫌いって言う気持ちが、薄れているのよね)
調合に興味を持って、自分のマニアックな話も聞いてくれる。そんな彼に抱く嫌悪感は、消え始めていた。まぁ、恋愛感情はその中にこれっぽっちも含まれていないのだが。




