18.「そうそう。もっと俺に感謝してくれてもいいんだよ?」
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「ふぅ、疲れた」
馬車に揺られながら、ルーシャンはそう零す。今はハートフィールド侯爵家の屋敷から王城に帰るまでの道。目深にかぶっていたフードを取り、ルーシャンは目の前に座るダニエルを見据えた。ダニエルは相変わらず疲れたような表情を浮かべているが、その原因を自分自身だと分かっているので、ルーシャンは何も言わない。言えば、お小言が飛んでくるのだ。さながら姑のようだなと思いながらも、ルーシャンはダニエルの忠誠心や自分を想ってくれる気持ちを好意的に受け止めていた。
「殿下。お言葉ですが、今回のことは完全に殿下のわがままではありませんか。ドロシー様だって、戸惑っていらっしゃいました」
「そうだけれどさぁ……夫婦なんだし、これくらい当然でしょ?」
「仮面夫婦以下の、お飾りの夫婦ではありませんか」
ダニエルのそんな言葉に、ルーシャンは「言うね」なんて言いながら窓の外に視線を移す。王城から侯爵家までの道のりは比較的整備されており、馬車が大きく揺れることはほぼない。だからこそ、ゆっくりと出来る。そう思いながら、ルーシャンは「衣装を仕立てなくちゃダメだな」なんて零す。衣装とは、もちろんフォード伯爵の誕生日パーティーに参加するためのものだ。
「父上に頼めば、衣装代くらいくれるかな?」
「適当にくださるかと思いますよ」
ルーシャンの言葉に、ダニエルは適当に返す。ルーシャンの父であるスペンサーは賢王と名高いが、私生活はかなり適当である。さらに言えば、妻である王妃ディアドラに完全に尻に敷かれている。そのため、王家のお金を管理しているのはルーシャンの母であるディアドラだ。それに、ディアドラ自身贅沢を好まないため何の問題もない。
「ですが、王妃様にお願いした方が確実かと」
「だよね」
きっと、母ならばルーシャンが社交界に復帰すると聞いた時点で喜ぶだろう。なんだかんだ言っても、子離れできていないのだ。ルーシャンのことを最も心配しているのも、母だった。
「しかしまぁ……殿下は、ドロシー様にお会いして変わられましたね」
「そう?」
「はい、楽しそうに笑われるようになりました」
「……自覚ないんだけれど」
ダニエルの言葉に、ルーシャンはそう返しながら苦笑を浮かべる。だが、ダニエルの言葉はいろいろな意味で正しいかもしれない。ドロシーと一緒にいるときは、新鮮でいろいろな発見がある。今まであんなにも疎ましいと思っていた女性という人種。そんな女性に興味が湧くなど……思いもしなかった。
「ま、ドロシー嬢が俺の妻でよかったとは、思っているけれどね。新鮮なことが多いし、発見も多い。暇つぶしには最適」
「自身の妻を暇つぶしと称するのは、いかがなものかと」
「やっぱり?」
そんなことを言うルーシャンの声音は、とてもご機嫌で。もしかしたら、ドロシーに社交の場への同行を了承してもらえたからだろうか……とダニエルは思う。ルーシャンも、きっと彼自身が思うよりもドロシーに好意を抱いている。それが恋愛感情なのかははっきりとはしないが、嫌悪感を抱いていないことだけは一目瞭然だった。そんな主の変化を嬉しく思いながらも、ダニエルは「ドロシー様は、ちょっと変わったお方ですよね」という。その言葉を聞いたからだろうか。ルーシャンは「ちょっとどころじゃないでしょ?」なんてぼやいていた。
「普通の令嬢は調合になんて興味は持たない。普通にタッパーなんて触らない。薬草なんて保管しない」
「そうですけれど……人がオブラートに包んでいったことを、直球に直さないでください」
「嫌だ。俺はひねくれ王子だから、こういうのは当然でしょ?」
「こんな時はひねくれ王子の呼び名を利用するのですね」
ルーシャンの言葉を聞いて、ダニエルは露骨にため息をついた。本当に、この主は。ダニエルは忠誠心は強いものの、ルーシャンの行動には心底呆れている部分がある。それでも面倒を見て、側にいるのは……ただ単に、恩があるから。
「そういえば、ダニエルってこの季節に俺の従者になったよね」
「そうでございましたね。三年ほど前、でしたっけ?」
「そうそう。もっと俺に感謝してくれてもいいんだよ?」
「感謝していますよ。ですが、これ以上感謝をしますと殿下が調子に乗られますので、言葉に出すのは嫌ですよ」
「そっか」
ダニエルのあっさりとした言葉は、間違いなく正しい。ルーシャンはダニエルの前限定で、少し子供っぽくなる。だから、調子に乗ってしまう。それはきっと――ルーシャンが、誰よりもダニエルのことを信頼しているから、だろう。




