17.「……初耳だわ」
「はぁ、疲れたわ……」
ルーシャンが帰った後、ドロシーはその場にまた崩れ落ちた。そして、酷い後悔が脳内をよぎる。何故、自分はあの説得に折れてしまったのだろうか。ただでさえ引きこもりなのに、隣に美貌のひねくれ王子を連れてパーティーに参加など、心労で死にそうだ。そう思って、頭を抱えてしまう。
「お嬢様、お疲れ様でした」
そんなドロシーの様子を見かねてか、リリーが声をかけてくれる。その後「部屋に戻って、お茶を飲みましょう」と言ってくれた。その気遣いがとてもありがたく、ドロシーは「そうね」と言って立ち直る。それに、本日のお茶菓子は何だろうか。そう思えば、まだ心が軽くなる。
「フォード伯爵の誕生日パーティーは、来週でしたね。明日、デザイナーの方がやってこられて、パーティー用のドレスを仕立てるそうですよ」
「……待ってくれる? 誰がデザイナーなんて呼んだのかしら?」
「旦那様でございます。せっかくなので、お嬢様に新しいドレスをプレゼント……ということで」
「……はぁ」
リリーの言葉を聞いて、ドロシーは露骨にため息をつく。ドロシーはドレスなど滅多なことでは着ない。なんといっても、引きこもりなのだ。ドレスを着る機会など滅多なことではありゃしない。そもそも、家では動きやすいワンピースを愛用している。……まぁ、ここ三ヶ月ほど毎日のようにドレスを身に纏い、王城に通い詰めていたのだが。
「まぁ、気を取り直してくださいませ。最近お嬢様は健康的になられて、使用人一同喜んでいるのですから」
「……前までの私が、不健康だったとでも言いたいの?」
「はい。夜まで調合に没頭し、挙句朝は起きてこられない。外には出られないので、太陽の光も浴びていない。それのどこが健康的だと言えたのですか?」
「……そうね」
そんなリリーの言葉に納得し、ドロシーは「……まぁ、部屋に戻りましょう」と言って歩き出す。その後、部屋に戻る途中で父である侯爵に「……大丈夫だったか?」などと不安げに問いかけられたので、「大丈夫です」とドロシーは返しておいた。侯爵だって、いろいろと微妙な気持ちなのだろうな。それは、ドロシーにだってよくわかる。ドロシーだって、もしも自分の子供がひねくれ王子の妻になるとなれば、不安になってしまうだろうから。……まぁ、ドロシーに子供はいないのだが。
「ジュリアナ様も人が悪いわ。ルーシャン殿下を招待しているのならば、先に教えてくださればよかったのに」
自分の部屋に戻るなり、ドロシーはそんなことをぼやく。リリーはお茶を淹れに動いているため、今は側にいない。だが、忙しなく手を動かしてお茶とお茶菓子の準備をするリリーに、ドロシーはふと意地悪をしてみたくなった。だが、決して物理的な意地悪はしない。ただ、精神的な意地悪だ。
「そうだわ、リリー。ダニエルとリリーって、お似合いじゃない?」
「……お嬢様!?」
手をパンっと叩いてドロシーがそう言えば、リリーは露骨に慌てだす。しかし、その顔はまんざらでもないと言いたげで、嫌悪感は持っていないことは一目瞭然だった。そのため、ドロシーは「まんざらでもないの?」とたたみかけるように問いかける。そうすれば、リリーは「……まぁ、いい人ですからね」と端的に返してきた。
「いい人って……」
「性格もですけれど、人として尊敬できるところが多い方ですから。お嬢様とルーシャン殿下がお話している間、私たちもお話をすることが多々ありましたので」
「……初耳だわ」
それは、正真正銘ドロシーにとって初めての情報だった。もしかしたらだが、ドロシーの知らないダニエルの情報を、リリーは手に入れているのかもしれない。そう思ったが、別段ドロシーはダニエルに興味がない。抱く印象としては「ルーシャン殿下に振り回されて可哀想」というものだけだ。
「主へのあの忠誠心、見習うべきものです」
「……そ、そう。リリーの忠誠心も素晴らしいと思うわよ」
「いいえ、あの人には敵いませんよ」
リリーはそれだけを言うと、ドロシーの前にお茶を出してくれる。まだ湯気が上がるその温かいお茶を口に運べば、少し気分が落ち着いた気がした。
「ダニエルは、どうしてルーシャン殿下の従者をしているのかしら?」
「……元騎士で、怪我をされて続けられなくなったと言っておりました。そこを、ルーシャン殿下に拾われたとかなんとか」
「……そうなのね」
なんだか、想像以上に仲良くなっている気がする。そう思いながら、ドロシーは目の前に出された本日のお茶菓子であるマドレーヌをつまむ。そして、こっそりと「仲が良いじゃない」とぼやいておいた。それはリリーには幸い聞こえていなかったようで、「お嬢様、何かおっしゃいましたか?」と返してくる。そのため、ドロシーは「いいえ、独り言よ」とだけ告げた。これ以上からかうのは、得策ではない。そう、判断したのだ。




