55.「――じゃあ、私のこと。絶対に離さないでくださいね」
あれからいくつかの季節が過ぎて――。
王都にある大聖堂。花嫁の控室にて、ドロシーはリリーに髪の毛を結ってもらっていた。
「まったく、どうして挙式をすることになるのよ」
ため息をついたドロシーにリリーが肩をすくめた。
今日はドロシーとルーシャンの挙式の日。とはいっても、招待客はいない。完全に二人だけの式だ。
「まぁまぁ、お嬢さま。ルーシャンさまも思うところがあったのでしょうから」
ドロシーにヴェールを被せつつ、リリーが笑う。鏡に映るドロシーは誰が見ても立派な花嫁だった。
姿見に手を当てる。純白のドレスを身にまとう自分自身は、とても美しい。
(一生着ることがないと思っていたのに)
男性嫌いを拗らせ始めた頃も。ルーシャンが挙式を拒んだときも。
自分には一生着る機会がないものだと認識した。けど、今。ドロシーはウェディングドレスを身に着けている。
(なんなのかしらねぇ、この気持ちは)
柄にもなくワクワクしているような気がする。自分は薬学以外ではワクワクしない人種だと思っていたのに――。
「そういえば、クルトさんへの罰も確定したようですね」
不意にリリーが声を上げるので、ドロシーは数日前にクルトから届いた手紙を思い出す。
クルトは無罪放免とはならなかったが、刑罰としては異例の軽さだった。元よりエーメリー男爵が不正をしていたことや、彼の家庭環境などが考慮された結果だった。
「えぇ、そうね。クルトは数年間奉仕活動に出ることになったけど……」
「けど?」
「折角だし、うちで引き取る手続きをしたわ」
正直、このまま彼を見放すことが出来なかった。だから、侯爵家で面倒を見るという文面を国に提出したのだ。
「もちろんしばらくはただ働きよ。こき使ってやるわ」
クルトが働いた分は王国へと支払われ、初めに設定された金額分を納めると晴れて自由の身となることができる。
「……さようでございますか」
「えぇ。そうだわ。ダニエルの下につけてやろうかしら?」
すっかり侯爵家に馴染んだダニエルは相変わらずルーシャンに振り回されている。同僚たちからはひっそりと同情されており、なにかと労われていることが多い。
「それはとてもいい案だと思います。ダニエルさんは面倒見もいいですからね」
リリーが賛成してくれたので、ダニエルに打診することを決めた。
「これでルーシャンさまに振り回される彼の心労が減るといいのだけど――」
「――誰が振り回すだ」
ドロシーの言葉に、誰かが言葉をかぶせた。
振り返って扉のほうを見ると、扉の側にはルーシャンがいた。花婿の衣装に身を包んだルーシャンは呆れたような表情をしていた。
「俺は俺なりにアイツを労わっている。基本は自由にさせているだろう」
「まぁ、それはそうなんですけど」
ダニエルは別定の建設を手伝ったり、ドロシーの薬草園の草抜きを引き受けてくれたり……。
「お前のほうが勝手にアイツをこき使っているだろう。この間は蜂の巣の駆除をさせたそうじゃないか」
「……そんなこともありましたねぇ」
視線をさまよわせる。彼の言葉に覚えはあった。
「――それくらい、俺にもできるんだが」
しかし、ルーシャンの次の言葉は予想もしていなかったことだ。
ドロシーが目を瞬かせると、ルーシャンは「はぁ」とため息をもらす。
「アイツばかり頼らなくてもいい。俺だってそれなりに役に立つ」
彼のむっとした態度に、ドロシーは気が付いた。
――彼が、嫉妬しているということに。
「ルーシャンさま、私がダニエルばっかり頼るから嫉妬ですか?」
にやにやとしながら問いかけると、彼は一瞬だけ驚き、小さな声で「悪いか?」と問いかけてくる。
「ダニエルとあんまり楽しそうにされると、俺としてはいろいろと思うことがあるだけだ」
額に手を当ててもごもごとつぶやくルーシャンが、なんだか可愛く見えるのは気のせいではない。
「大丈夫ですよ。ダニエルって私にとって頼りになる兄貴分みたいな?」
ドロシーは一人っ子だ。ゆえに兄弟姉妹という存在に微かに憧れがあった。
「私は一人娘なので。兄がいたらこんな感じかなぁって思っているだけです」
「……だったら、いいが」
これでルーシャンの機嫌が直ってくれるといいのだが――。
「あんまりアイツに懐いたら、俺が妬くぞ」
真剣な面持ちで宣言されて、ドロシーは心の底からの笑みを浮かべる。
「――じゃあ、私のこと。絶対に離さないでくださいね」
彼の首に腕を回して、顔を近づける。甘く微笑んで挑発してみると、ルーシャンが唇の端を上げたのがわかった。
「わかっている。ドロシーほど危なっかしい女はこの世にいないだろうからな」
次回、最終話です。




