54.「そうか。――お前は、ようやく素直になれたんだな」
◇◇◇
ハートフィールド侯爵家でパーティーが開かれるのは、実に十年ぶりだった。
高位貴族ながら派手好きではない現当主夫妻は、他家が主催のパーティーに赴くことはあっても、自ら主催することはなかった。時折夫人がお茶会を開く程度だ。
ゆえに今回のパーティーは社交界の注目を集めた。貴族たちは理由を憶測し、囁き合った。
当日の会場でもそれは変わらない。ただし、一つだけ違う点がある。
「どうしてここにいらっしゃるのかしら?」
「確かに参加されてもおかしくはないが……」
招待客たちの視線は一人の男に注がれている。その男は他者の視線を気にも留めず、唇を歪める。
「さぁて、お前たちの結論でも聞こうか」
◇◇◇
ドロシーたちがホールに入ると、一瞬で場が静まり返る。
自分たちに注がれる視線を気にも留めず、二人は前へと進んでいった。
「本日はご参加いただき誠にありがとうございます」
侯爵家の娘として完璧な立ち振る舞いでドロシーがあいさつを口にする。礼をした際にふわりと髪の毛が揺れた。伏せられた目はあまりにも美しく、人々が感嘆のため息を零す。
「ぜひ、思い思いに楽しんでいただければ嬉しく思いますわ」
顔を上げたドロシーが隣に立つルーシャンに微笑みかけた。すると、ルーシャンも目元を緩める。彼の手がドロシーの肩に回ったのを見て、誰もが息を呑む。
「――美しい」
誰かがつぶやいた。
元々美しい容姿を持つ二人である。仲睦まじく寄り添うと、そこだけまるで別世界になったかのように錯覚させる。
「ところで、みなさま。お気づきでしょうが、本日は特別なお方を招待しております」
ルーシャンが一歩足を踏み出し、高らかに声を上げる。元王族というだけはあり、威厳のある声だった。
その声に聞き惚れた後、招待客たちがざわめいた。そして、彼らの視線が一人に集まる。
波が割れるように自然と道が現れ、一人の男が二人の前に立った。
「随分と偉くなったものだな。――ルーシャン」
彼はルーシャンとまた違う美しさを持つ男だった。鋭い目がルーシャンを射貫く。
「えぇ、お久しぶりです。――兄上」
胸に手を当てて、ルーシャンは男――パーシヴァルのことを呼んだ。
王族特有の衣装を身にまとう彼は、次期国王としての権威を存分に見せつけている。堂々とした立ち方は、ある種の畏怖さえ人に与える。
「お前がこういう場に俺を招待することなど、想像もしていなかった。どんな変化なのだか」
わざとらしい言い方にドロシーはわずかにもやもやとする。
(ルーシャンさまはおっしゃった。王太子殿下が、私たちを離縁させるつもりだと)
王太子の権力を使えば、二人を離縁させることなど容易いだろう。彼は権力を振りかざしたりしない人物だ。が、ルーシャン曰く「弟はその対象に入らない」ということだった。
「喜ばしい変化でしょう、兄上?」
「あぁ、もちろんだ」
腹の探り合いのような言葉を交わし合い、二人の視線が交わる。
ドロシーが見守っていると、ルーシャンが一度だけ息を吐いて口を開いた。
「――俺は兄上に感謝しております」
凛とした声と表情。真剣な色を瞳に宿らせ、ルーシャンはパーシヴァルに言葉をぶつけていく。
「ほう」
「俺の背中を押してくれたこと。俺を奮い立たせてくれたこと。兄上が『アレ』を提示なさらなければ、俺はなにも変わらなかったでしょう」
パーシヴァルの目が少し瞬いた。
「兄上は横暴です。いつだって自分勝手で、傲慢だ。……けど、自分が悪者になってでも人を幸せにしようとできる」
誰もなにも言わない空間。パーシヴァルの息を呑む音が、ドロシーの耳にやたらと大きく届いた。
「俺はあなたの弟でよかったと思います。心の――底から」
ルーシャンが笑う。心底嬉しそうな表情で。
「ですから、どうか俺とドロシーが夫婦で居続けることを認めていただきたく思います」
「私のほうからも、お願いいたします」
前に一歩進んで、ドロシーが頭を下げる。パーシヴァルはなにも言わない。
しかし、少しして顔を片手で覆った。
「そうか。――お前は、ようやく素直になれたんだな」
後半の声は小さく、きっと周囲の人には聞こえていないだろう。ただ、ドロシーとルーシャンには届いていた。
「残念だ。ぜひともお前にはこの国のため、どこぞの王女にでも婿に入ってほしかったがな」
大きな声にわざとらしい言い方。ドロシーはこれが彼なりの照れ隠しであるということを理解した。
彼はどこまでも――素直になれない人物らしい。
(本当、ルーシャンさまと一緒だわ)
あまり似ていないと思っていたが、やはり血のつながった兄弟だった。
「兄上は偉そうな王太子だ。……でも、あなたの行動原理はいつだって国のためで、人のためだ。だから、俺はあなたを心の底から尊敬している」
「……どうしてそうも恥ずかしいことがこの場で言える」
続けられた言葉にパーシヴァルの頬が赤くなっていく。誤魔化すように顔を背け、そのまま踵を返した。
「王太子としての命令は取り下げる。そのうえで、新しい命令だ」
――この国のため、今後も夫婦共々尽くすように。
それは素直になれない彼なりの――最大の祝辞だったのだろう。
あと2話くらいで終わります。
どうぞ最後までよろしくお願いいたします(o_ _)o))




