53.「俺以外の男のことを考えると、妬くぞ」
視線を忙しなく動かすドロシーを見て、ルーシャンがくすっと声を上げて笑った。
彼のその態度にドロシーは自らがからかわれたことを理解する。
「……本当に意地の悪い人ですね」
ジト目になりつつ彼を睨むと、ルーシャンは肩をすくめていた。けど、表情はとても明るい。
「夫婦円満はいいことだ」
「そうですね。でも、私たちに必要だとは思えません」
最近ドロシーのツンは以前にも増していた。
ルーシャンに好意を寄せていると理解すると、どうしても照れくさくてツンケンしてしまうのだ。
彼はそんなドロシーをからかって楽しみ、遊んでいる。まったく意地が悪いことこの上ない。
「必要に決まっている。……俺はドロシーを一生手放すつもりはない」
ドロシーの指と自身の指をさりげなく絡められる。
振りほどくことも可能だったが、あいにくそういう気分じゃない。
「一年前のあなたさまに見せてやりたいです。こんなことを言うようになったんだって」
「そうだな。そして、俺も一年前のお前に見せてやりたい。俺の行動を拒否しないお前の姿をな」
ルーシャンの唇がドロシーの手の甲にキスを落とす。
その姿がまさに理想の王子であるため、ドロシーはなにも言えなくなった。
(お顔が良いって本当に得ね!)
ツンと顔を斜め上に向ける。それは頬に熱が溜まっていくのを誤魔化すためだった。
「……『あの人』は来たか?」
不意にルーシャンが真剣な声で尋ねてくる。
なので、ドロシーは「えぇ」と言葉を返した。
「とっても立派な馬車だったから、見間違えるはずがないわ」
「そうか。それはよかった」
胸をなでおろすルーシャンの姿に、ドロシーは一ヶ月前のことを思い出す。
パーティーについての話し合いの場。招待客の選定も終えたところで、ルーシャンが手を挙げて言ったのだ。
『俺が個人で招待したい人がいます』
彼の言葉に誰もが驚いたものの、彼の言う『招待したい人』の詳細を聞くと、さらに驚かざるおえなかった。
あの後ドロシーが理由を尋ねると、彼は素直に訳を話してくれた。
(あのお方に、私たちの気持ちが伝わるといいのだけど)
目を伏せて『その人物』に想いを馳せていると、手を握る力が強まったのがわかった。
「俺以外の男のことを考えると、妬くぞ」
ドロシーにだけ聞こえる声量でささやかれた言葉。
本当に彼は嫉妬深い。独占欲が強いというべきなのだろうか。
(恋なんて、惚れたほうが負けなのよね)
そして、それはドロシーも一緒で――この場合、引き分けということなのだろう。
「あら、あいにく私はあなたさま以外の男は未だに苦手なのよ。もちろん、身内以外」
「それは光栄だ。今後もそうであってくれ」
「えぇ、そのつもりよ。代わりに、あなたさまも女性嫌いを拗らせたままでいてちょうだいね」
「もちろん」
素直に「特別」を言葉にできない二人のやり取りに、少し離れたところで控えているリリーとダニエルが笑う。
ドロシーはそれに気が付いて、むっとしてしまった。
「リリーとダニエルは本当に困ったものね。主を見て笑うなんて」
「いえいえ、お嬢さま。これは本当にご立派になったなぁという感動からの笑みでございます」
「私は今までもずっと立派よ!」
リリーに突っかかっていくドロシーははたから見るとまさに子供だろうか。
一人娘として存分に甘やかされてきた。そのうえ、引きこもって他者とのかかわりを持とうとはしなかった。
そんなドロシーは人よりもわずかに未熟だったということを、リリーは知っているのだろう。
「本当、ご立派になられて……」
「リリーは私にとってどういう存在なのよ!?」
言い争いにも満たない言葉を投げ合いつつ、ドロシーはこんな日が訪れたことを不思議に思う。
(本当。私が恋をするなんて)
ルーシャンを一瞥すると、彼がドロシーの視線に気が付いてこちらを向いた。
絡み合う視線が恥ずかしくて、視線を逸らそうとする。ただ、これではもったいないような気がして。
ドロシーは彼に笑いかけた。心底からの、溢れんばかりの笑みだ。
「……ドロシー」
普段は素直になれないドロシーの笑みに、ルーシャンが嬉しそうに頬をほころばせる。
彼のこんな表情もまた――珍しいものだった。




