52.「いいのよ。こんな私のことが好きだっていう物好きもいるわけだし」
この日、ハートフィールド侯爵邸は賑わっていた。
使用人たちは忙しなく動き回り、ドロシーの両親は招待客の出迎えに追われている。
邸宅の前にはたくさんの馬車が止まり、着飾った客人たちがホールに入場していくのが窓から見えた。
「お嬢さま。どうぞ」
「あら、ありがとう」
目の前に置かれたカップに口をつけて、ドロシーは「ふぅ」と息を吐いた。
(ついに侯爵邸で開かれるパーティーの日が来てしまった)
紅茶を口に入れて、目を伏せる。
両親が開くと決めたパーティーは、主に侯爵家と付き合いのある貴族を招いたものだ。両親の古い友人や商売仲間。最近縁付いた貴族などなど……。
とにかく招待客が多い。そして、特別な人物も招待していた。
「それにしても、お嬢さまは着飾れば本当に絶世の美女ですねぇ」
リリーがぽつりと言葉をこぼした。
今日のドロシーは社交用の装いだ。シンプルなパープルのドレス。髪の毛は編み込み、これまた大きな紫色の髪飾りをあしらっている。メイクは薄めで素材の良さを活かすタイプのものだ。
「あら、知っているわ」
鏡台に映る自身を見つめて、ドロシーは言葉を返した。
「私はこのネイピア王国で今最も美しいと言われている令嬢よ? しかも、頭もいいときた」
「……それをご自分で言ってしまったら、台無しですよ」
薬師としてのドロシーの評判はとてもいい。
王妃が直々に支援をしているともなると、取引先は倍増どころの騒ぎではない。
元々育てていた薬草園の土地も広がり、商売の幅も広がった。これぞまさにチャリンチャリンだ。
「いいのよ。こんな私のことが好きだっていう物好きもいるわけだし」
頬杖をついて、窓の外に視線を向けた。
今止まった馬車は、ドロシーとルーシャンが招待した『特別な人物』が乗って来たものだろう。
(今後、私はルーシャンさまと共に歩んでいく)
そう決めてからも月日が流れるのは早い。当初予定していた離縁日は今日から一週間後だ。
「ねぇ、リリー。一年前のあのとき、こうなるなんて誰が想像したのかしらね?」
自分でも予想していなかったことだった。リリーに問いかけると、彼女は「さぁ」と言いながら笑う。
「少なくとも私は予想していませんでしたよ。願望はありましたが」
「願望ねぇ」
たとえ願望があったとて、叶うとは限らない。
でもこの場合。ドロシーとリリーの対決はリリーが勝ったということになるのだろう。
「ま、たまには人の思い通りになるのも悪くないのかもしれないわ」
「本当にお嬢さまは素直じゃないですねぇ」
リリーが笑うと同時に、部屋の扉がノックされた。少ししてドロシーが返事をすると、扉が開いて一人の男性が現れる。彼は深々と頭を下げた。
「ドロシーさま。ルーシャンさまの準備も整いました」
彼――ダニエルの凛とした声が耳に届く。ドロシーはダニエルに視線を向け、「続きは?」と言葉を促した。
「というわけで、こちらに――」
「――まどろっこしい。さっさと呼べ」
ダニエルの言葉を遮って、誰かが部屋に入ってきた。
視線を奪われ、惹きつけられてしまう。それほどまでに美しい人だ。
「あら、勝手に部屋に入ってくるなんて随分な行動ですね」
「今更だろ」
そう言った彼――ルーシャンの衣装は黒を基調としたものだ。こちらもシンプルな造りの衣装は、着る者を選ぶと言われる一品。
衣装に身を包んだルーシャンはいつもよりもずっと美しい。
「お前が遅いから来てやったんだろ。感謝をされることはあっても、文句を言われる筋合いはない」
「定刻通りですけど?」
すぐそばでにらみあう二人の側でリリーとダニエルが笑ったのがわかった。
「まぁいい。始まりまで少し時間があるが、どうする?」
確かに時計の針は始まりの三十分前を指していた。
両親が客人の出迎えは自分たちに任せてほしいと言っていたので、二人にやることはない。
「どうするもこうするも、やることなんてないでしょうに」
この格好では調合もできそうにないし――と思ったとき、ルーシャンの顔がドロシーのすぐそばにやってきた。
顔を覗き込まれて、頬に熱が溜まるのがわかった。
「そうだが、時間がもったいないだろ?」
「もったいないって」
「お前はいつも薬学に没頭する。だから、二人の時間などほとんどないだろう」
「うっ……」
真実だからこそ、返す言葉がなかった。
視線を逸らすと、ルーシャンが「ほらみろ」と声を上げる。
「この調子で円満な夫婦関係が続くとでも?」
「別に円満なんて必要ないでしょう!?」
やけくそになって叫べば、彼がドロシーの手首をつかんだ。
手首をつかむルーシャンの手は移動し、ドロシーの手を掴んだ。流れるようにぎゅっと握られて、顔全体が熱くなる。
「夫婦円満には言葉を交わすのも重要だし、二人の時間も必要だろう」
「どこの知識で!?」
「俺の両親」
そう言われてしまうとうまい返しが出てこない。




