50.「私は知りたい。あなたさまの本当の気持ちを」
エーメリー男爵邸での出来事から数時間後。夜も深まり、日付が変わる手前の時間。
ドロシーはソファーに腰掛けて今日の慌ただしい出来事を思い出す。
あの後、ルーシャンがエーメリー男爵を王城に引っ張っていった。エーメリー男爵がどうなったのかは知らない。ルーシャンに聞いてみたものの、彼が「教える必要はない」という返答しかくれなかったからだ。
クルトについては、ドロシーが連れて帰った。本人は戸惑っていたが、ドロシーが命じると渋々といった風に納得したようだ。
(クルトの処遇については、また明日ね)
今はとにかく、疲れているので早く眠りたい――と思っていたとき。不意に部屋の扉がノックされた。少しイラっとしつつ返事をする。扉が開いて顔を出したのは、予想通りルーシャンだった。
「あら、こんな夜更けにどうなさいました?」
苛立ちから眉間がぴくぴくと動く。だが、ルーシャンは気にするような様子もなく部屋に入ってきた。
彼はドロシーから見て対面のソファーに腰掛け、じっとドロシーの顔を見つめてくる。……居心地が悪い。
「別に用はないな」
「でしたら、さっさと帰ってください。淑女のお部屋に夜中に訪れるのはマナー違反です」
一応言ってみるが、どうせ彼は納得してくれないだろう。
「妻の部屋に夜中に訪れるのはマナー違反じゃないだろ」
「……う」
やっぱりこう言ったか。大体予想は出来ていた。というか、この場合ルーシャンの言い分のほうが正しいのだ。
「まぁ、用事はあるんだがな」
「じゃあ、さっさと用事を済ませてください」
ルーシャンをにらみつけて言うと、彼は立ち上がってドロシーの隣に移動する。
肩と肩が触れ合いそうなほどに近い距離にドロシーは気まずくなってしまう。視線をさまよわせてしまった。
「――お前は、俺のことをどう思っている」
「ほぇ?」
いきなりの言葉に驚いて、彼のほうを見る。彼の表情は真剣なもので、からかっているようには思えない。
「嫌いか好きか。言え」
ルーシャンの視線がドロシーを射貫いた。
視線は鋭い。彼の口調も強く、誤魔化すことや冗談で返すことは出来そうにない。
「どうして、いきなりそんなことを問いかけるのですか」
彼が真剣ならば、自分も真剣になるべきだ。今までのように軽口をたたいていい場面ではない。
「大したことじゃない。ドロシーの本当の気持ちを知りたいと思っただけだ」
「嘘ですよね」
彼の言葉に一拍の間も置かずに返した。彼が大きく目を見開く。
「どうしてそう思う」
「だって、ルーシャンさまは焦っているから」
まっすぐに目を見つめて、視線を絡め合わせて。ドロシーは口を開く。
「まるでなにかに追われているかのようです。離縁の日が近づいているからですか?」
着々と日が進む。それはつまり、初めに二人が定めた離縁の日が近づいているということだ。
ドロシーの問いかけに、ルーシャンはなにも返さない。しばらくして、俯いて額を押さえた。
「違う。俺はそんなことどうでもいい」
「嘘」
「本当にどうでもいい。離縁には双方の許可が必要だ。俺が了承しない限り、出来ない」
今までのドロシーならば、彼の言葉を聞いて「約束を破った」と怒っただろう。けど、怒る気にもならなかった。
「ルーシャンさまって、本当にバカですよね」
「は?」
唇から紡がれた突拍子もない言葉。ルーシャンが間抜けな声を上げた。ドロシーは天井を見て、続ける。
「もしくは臆病でしょうか」
「なにが言いたい」
「いえ、別に」
ルーシャンに視線を戻して笑った。彼をじっと見る。
「あなたさまは怖がりで、臆病で。まるで、子供みたい」
「――なにが言いたい」
彼の手がドロシーの肩をつかんだ。遠慮のない強い力だ。
でも、怯まない。視線も逸らさない。彼を見つめ続けて、言葉をつむぎ続ける。
「言葉のままの意味ですよ。それ以外の意味なんてない」
冷たい声で言うと、ルーシャンはドロシーの肩を強く押す。ソファーの上に倒れると、彼がドロシーの上にのしかかってきた。
「ドロシーにはなにも分からないだろう。俺の苦しみも、辛さも」
「――えぇ、わかりませんよ」
ドロシーとルーシャンは別の人間だ。彼の気持ちも考えも、わかるわけがない。
「――だから、言葉にしていただかないとわからないんですよ」
すべてを察してほしいなんて思ったところで、無駄だ。自分は超能力者じゃないのだから。
「あなたさまは臆病です。自分の気持ちを言葉にすることを拒んでいる。人に伝えるのを恐れている」
「っ」
「ずっとそうやって生きていくつもりですか?」
彼の立場を考えると、彼が自分の気持ちを押し殺してきたことにも納得できる。当然だと言える。
なのに、ドロシーは不満だった。
「終わりが見える関係だったとしても、今の私はあなたさまの妻です」
「……ドロシー」
「私は知りたい。あなたさまの本当の気持ちを」
彼はドロシーを「好き」だと言う。けど、それだけじゃない。彼の心の底からの叫びを、ドロシーは知りたい。




