49.「言っておくけれど、私って途中で放り出すのが好きじゃないのよ」
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室内にいた二人――クルトとエーメリー男爵――の視線が、ドロシーに注がれた。
クルトは驚いたような視線を。エーメリー男爵はまるで救いの女神でも見るような視線を向けてくる。
胸糞悪いと、ドロシーは思う。到底、貴族の令嬢が口に出せるような言葉ではないのだが。
――かつん。
そんな音を立てて、ドロシーが部屋に入る。
ドロシーの立ち振る舞いは、洗礼された美しいものだ。それこそ、誰もが見惚れるような。
「クルト、帰るわよ」
なんてことない風に、ドロシーはクルトに手を伸ばした。クルトがぽかんとしているのがわかる。
どうしてそんなことをするのか。それが、わかっていないようだ。
「ドロシー、さん……その、僕、は」
クルトが気まずそうに視線を逸らす。
「僕は、もう、あなたのお側には……」
苦しそうな声だと思った。……まったく、自分勝手もいいところだ。
「言っておくけれど、私って途中で放り出すのが好きじゃないのよ」
腕を組んで、ドロシーははっきりとそう告げた。この場の誰もが、その言葉にぽかんとした。
「あなたの腕はそれなりに認めているわ。持っている知識も、確かなもの。……かといって、一人立ちを許可した覚えはないわ」
ドロシーは他者を見下すような視線を醸し出し、高圧的な態度を取った。
「あなたがドロシー・ハートフィールドの弟子である以上、中途半端は許さない」
「……ドロシーさん」
苦しげに唇を噛むクルトから、エーメリー男爵に視線を動かす。
彼は先ほどまでぽかんと二人を見ていたようだが、ハッとしてドロシーのほうに這ってきた。
「……く、クルトは、人殺しです。みなを殺そうとして……!」
エーメリー男爵がドロシーに手を伸ばした。その手をひらりと躱して、クルトのほうに歩み寄る。
「ほら、さっさと帰るわよ」
もう一度、はっきりとそう言った。
「ぼ、くは」
「――言っておくけれど、言い訳はいらないわ。それに、あなたは無関係な人を殺そうとはしていないじゃない」
クルトの目的は、間違いなくエーメリー男爵だけだった。
だって、そうじゃないか。毒を振りまき確実に殺すためには、退路を断つのが一番なのだから。
(クルトは逃げ道を用意していた。だから、使用人たちや夫人は逃げられた)
窓からちらりと外に視線を向ける。困惑したような使用人たちが、こっちを見ているような気がした。
「ねぇ、クルト。……私には、あなたがどういう気持ちで私の元を訪れたのか。それは、わからないわ」
アポなしで突撃してきて、弟子にしてほしいと頼んできて。
そんなクルトは、何処までもまっすぐに見えた。
「本来の目的は、私の元から毒薬を盗むことだったのよね」
「……」
「効率的に殺す方法を、探っていたのよね」
しんと静まり返った空間に、ドロシーの声だけが響く。
途中、逃げ出そうとしたのだろう。エーメリー男爵が這って移動するのが視界の端に映った。だが、彼はルーシャンに手の甲を踏みつけられ、逃げることを遮られる。
「でも、あなたは踏みとどまったじゃない」
「そんなのっ!」
「いいえ、踏みとどまったわ。私の部屋には、もっと強い毒だってあった。それなのに、あなたは……弱いものを選んだ」
だから、間違いないのだ。彼は踏みとどまった。少しはためらう気持ちがあったのだ。
「ねぇ、クルト」
「……うっ」
「もう、いらないものにはバイバイしちゃいましょう」
クルトのほうに一歩足を踏み出して、ドロシーが笑ってそう言う。
「ば、バイバイ?」
「えぇ、そうよ。あなたを苦しめる父親にも、継母にも。兄弟姉妹にも。いらないものは、全部捨てちゃうのよ」
戸惑っている。困っている。ドロシーにはそれがよくわかる。
「捨てられるくらいならば、こっちから捨てたほうがいいわ。……ね、クルト」
ゆっくりと彼のほうに手を伸ばして、その身体を抱きしめた。
「もう、あなたは苦しまなくていい。……あなたが一人前になるまで、守ってあげるわ」
「……っ」
「私は一度懐に入れた人間には、甘いのよ。……しっかりと面倒を見てあげる」
何処までも傲慢で、何処までも高圧的な言葉だ。
それでも、今のクルトにはそれが効果的だったのだろう。
「……うっ」
クルトがその腕を控えめにドロシーの背中に回した。
「ぼ、くは、ずっと、憎かった……」
「……うん」
「その男が、僕のことも、母のことも。……全部、苦しめたから」
「えぇ、そうね」
ドロシーがちらりと視線を送れば、ルーシャンが困ったように肩をすくめた。
でも、すぐにエーメリー男爵の手の甲を踏みつける足に力をこめる。
「――言っておくが、これはクルトのためじゃない」
「ひぐっ」
「――俺はあくまでも、ドロシーのために動いたに過ぎない」
ルーシャンがそう言って、その場にしゃがみこむ。エーメリー男爵の髪の毛を引っ張って、無理やり視線を合わせた。
「相当好き勝手しているみたいだな」
「ぁっ……」
「領主としての職務を放棄していると聞き及んでいる。……今後、どうなるかは楽しみにしておけ」




