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49.「言っておくけれど、私って途中で放り出すのが好きじゃないのよ」

 ★☆★


 室内にいた二人――クルトとエーメリー男爵――の視線が、ドロシーに注がれた。


 クルトは驚いたような視線を。エーメリー男爵はまるで救いの女神でも見るような視線を向けてくる。


 胸糞悪いと、ドロシーは思う。到底、貴族の令嬢が口に出せるような言葉ではないのだが。


 ――かつん。


 そんな音を立てて、ドロシーが部屋に入る。


 ドロシーの立ち振る舞いは、洗礼された美しいものだ。それこそ、誰もが見惚れるような。


「クルト、帰るわよ」


 なんてことない風に、ドロシーはクルトに手を伸ばした。クルトがぽかんとしているのがわかる。


 どうしてそんなことをするのか。それが、わかっていないようだ。


「ドロシー、さん……その、僕、は」


 クルトが気まずそうに視線を逸らす。


「僕は、もう、あなたのお側には……」


 苦しそうな声だと思った。……まったく、自分勝手もいいところだ。


「言っておくけれど、私って途中で放り出すのが好きじゃないのよ」


 腕を組んで、ドロシーははっきりとそう告げた。この場の誰もが、その言葉にぽかんとした。


「あなたの腕はそれなりに認めているわ。持っている知識も、確かなもの。……かといって、一人立ちを許可した覚えはないわ」


 ドロシーは他者を見下すような視線を醸し出し、高圧的な態度を取った。


「あなたがドロシー・ハートフィールドの弟子である以上、中途半端は許さない」

「……ドロシーさん」


 苦しげに唇を噛むクルトから、エーメリー男爵に視線を動かす。


 彼は先ほどまでぽかんと二人を見ていたようだが、ハッとしてドロシーのほうに這ってきた。


「……く、クルトは、人殺しです。みなを殺そうとして……!」


 エーメリー男爵がドロシーに手を伸ばした。その手をひらりと躱して、クルトのほうに歩み寄る。


「ほら、さっさと帰るわよ」


 もう一度、はっきりとそう言った。


「ぼ、くは」

「――言っておくけれど、言い訳はいらないわ。それに、あなたは無関係な人を殺そうとはしていないじゃない」


 クルトの目的は、間違いなくエーメリー男爵だけだった。


 だって、そうじゃないか。毒を振りまき確実に殺すためには、退路を断つのが一番なのだから。


(クルトは逃げ道を用意していた。だから、使用人たちや夫人は逃げられた)


 窓からちらりと外に視線を向ける。困惑したような使用人たちが、こっちを見ているような気がした。


「ねぇ、クルト。……私には、あなたがどういう気持ちで私の元を訪れたのか。それは、わからないわ」


 アポなしで突撃してきて、弟子にしてほしいと頼んできて。


 そんなクルトは、何処までもまっすぐに見えた。


「本来の目的は、私の元から毒薬を盗むことだったのよね」

「……」

「効率的に殺す方法を、探っていたのよね」


 しんと静まり返った空間に、ドロシーの声だけが響く。


 途中、逃げ出そうとしたのだろう。エーメリー男爵が這って移動するのが視界の端に映った。だが、彼はルーシャンに手の甲を踏みつけられ、逃げることを遮られる。


「でも、あなたは踏みとどまったじゃない」

「そんなのっ!」

「いいえ、踏みとどまったわ。私の部屋には、もっと強い毒だってあった。それなのに、あなたは……弱いものを選んだ」


 だから、間違いないのだ。彼は踏みとどまった。少しはためらう気持ちがあったのだ。


「ねぇ、クルト」

「……うっ」

「もう、いらないものにはバイバイしちゃいましょう」


 クルトのほうに一歩足を踏み出して、ドロシーが笑ってそう言う。


「ば、バイバイ?」

「えぇ、そうよ。あなたを苦しめる父親にも、継母にも。兄弟姉妹にも。いらないものは、全部捨てちゃうのよ」


 戸惑っている。困っている。ドロシーにはそれがよくわかる。


「捨てられるくらいならば、こっちから捨てたほうがいいわ。……ね、クルト」


 ゆっくりと彼のほうに手を伸ばして、その身体を抱きしめた。


「もう、あなたは苦しまなくていい。……あなたが一人前になるまで、守ってあげるわ」

「……っ」

「私は一度懐に入れた人間には、甘いのよ。……しっかりと面倒を見てあげる」


 何処までも傲慢で、何処までも高圧的な言葉だ。


 それでも、今のクルトにはそれが効果的だったのだろう。


「……うっ」


 クルトがその腕を控えめにドロシーの背中に回した。


「ぼ、くは、ずっと、憎かった……」

「……うん」

「その男が、僕のことも、母のことも。……全部、苦しめたから」

「えぇ、そうね」


 ドロシーがちらりと視線を送れば、ルーシャンが困ったように肩をすくめた。


 でも、すぐにエーメリー男爵の手の甲を踏みつける足に力をこめる。


「――言っておくが、これはクルトのためじゃない」

「ひぐっ」

「――俺はあくまでも、ドロシーのために動いたに過ぎない」


 ルーシャンがそう言って、その場にしゃがみこむ。エーメリー男爵の髪の毛を引っ張って、無理やり視線を合わせた。


「相当好き勝手しているみたいだな」

「ぁっ……」

「領主としての職務を放棄していると聞き及んでいる。……今後、どうなるかは楽しみにしておけ」

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