10.「……バカにするのならば、してくださって構いません。ですが、これは私の生きがいなのです」
「ドロシー嬢。何か、面白いことを話してくれない?」
「無茶をおっしゃらないでくださいませ。私だって、来たくて来ているのではありませんから」
ドロシーがルーシャンの元を訪れて一時間と三十分後。二人はすっかり話すことがなくなっていた。互いの好きなもの嫌いなものを話そうにも、会話はいまいち弾まない。ただひたすら和菓子を食べ、お茶を飲み続ける音だけが聞こえてくる空間にて、完全にドロシーは帰りたくなっていた。
しかし、帰るにもまだ少し時間が早い。だからこそ、ポーションのことでも考えておこう。そう思い、ドロシーは無礼を承知の上で鞄からノートを取り出し、数ページ捲った。
「……ドロシー嬢?」
「いえ、会話が弾まないのならば時間の無駄かと思いまして。……失礼を承知の上でお仕事でもさせていただこうかと」
リリーはルーシャンにポーションのことや調合のことを話してみてはどうか、と言ってくれていたが、やはりドロシーにはそれを話す勇気がなかった。そのため、ルーシャンはドロシーが実はポーションを作り商売をしているということを、知らない。
「ドロシー嬢は、仕事をしているの?」
「えぇ、まぁ」
ルーシャンの問いかけに、ドロシーは静かにそう返す。どうせ、ルーシャンだってドロシーの商売には興味がないだろう。そう、ドロシーは決めつけていた。男性、特に高位貴族の生まれの人間は女性が仕事をすることを嫌う傾向がある。それを、ドロシーは今までの経験上よく知っていた。そのため、ルーシャンに適当に言葉を返したのだ。どうせ、興味もないだろうしと、ドロシーは思っていた。
「へぇ、どんな仕事?」
しかし、意外にもルーシャンはドロシーの仕事について食いついてきた。それに軽く驚きながらも、ドロシーは「……調合の、仕事です」とだけ端的に返し、ノートに思いついたレシピをまとめていく。調合は腕の勝負でもあるが、アイデア勝負の部分もある。いかにして、今まで誰も思いつかなかった効果の高いポーションのレシピを作るか、ということも重要だ。もしもそれを生み出すことが出来れば、レシピとして販売することも可能だからだ。
「……調合って言うことは、薬とかを作ったりする仕事? ポーションとか」
「まぁ、そう言うことになります……かね」
調合の仕事に就くのは下位貴族の人間、もしくは優秀な平民と相場が決まっている。薬学は一歩間違えれば命を奪ってしまう。そう言うこともあり、学のある人間が就くのが常。だが、高位貴族が就く職種ではない。高位貴族は泥にまみれ薬草を探したり、徹夜してレシピを考案するのを嫌う傾向にある。
「……バカにするのならば、してくださって構いません。ですが、これは私の生きがいなのです」
ドロシーは、ずっと調合が大好きだった。しかし、その趣味を認めてくれるのは家族やごく一部の人間のみ。大体の人間は「侯爵家の娘なのにはしたない」とバカにしてくるだけだ。高位貴族の娘は、良妻賢母を目指し学び、婚活をするのが普通だから。だが、ドロシーは「普通」や「常」という言葉を毛嫌いしていた。「普通」という枠の中に、納まりたくなかった。
「今まで多数の方にバカにされてきましたが、私はこれを取り上げられては生きていけないのです。もしも、こんな妻が嫌でしたら一年間待っていただければ円満に離縁――」
「……別に、バカにするつもり何てないけれど?」
ドロシーが苦笑を浮かべながら自虐の言葉を口にしていると、不意にルーシャンはそんなことを言ってきた。その後すぐに「興味があるって、良いことじゃん」と言ってくれる。それに、ドロシーはかなり驚いてしまった。まさか、王族がそんなことを言うとは思わなかったのだ。
「俺も、剣術とか結構好きだし。ま、俺の場合は父上の方針が『王族が一番強くあれ』だったから、剣を持たされたのが始まりだったけれど。でも、無趣味よりも趣味が合って、生きがいを持つ人間の方が輝いているって、俺は思う」
そして、ルーシャンはそんな言葉を続けた。ルーシャン曰く、現国王であり父であるスペンサーは「王族が一番強くあれ」とルーシャン王子に、常々言い聞かせているらしい。それから、「守られるだけの王ならば、人形でもできる」と教えられた、とも。そのため、ルーシャンをはじめとした三人の王子は剣を振るうことが得意であり、魔法の腕も一流だった。……まぁ、それでも立場上護衛を付けることは必須なのだが。
「……ルーシャン殿下」
「ま、俺的な考えだけれどさ。世界にはいろいろな考えの人間がいるし、俺の意見がすべてだとは思わない。……っていうか、こんなのを言うのは俺っぽくないな。俺、ひねくれ王子なのに」
「……そうでしたね」
ドロシーはそう言って、くすっと声を上げて笑ってしまった。確かにルーシャンはひねくれ王子と呼ばれていた。だが、今のルーシャンには素直に好感が持ててしまう。ま、ドロシーの好感は決して恋愛感情には結びつかないのだろうが。ただの、友情に近しい感情だろう。
「だから、俺はドロシー嬢の趣味をバカにしないし、興味がある。……出来れば、調合について教えてくれる?」
さらに、ルーシャンがそう言ったので……ドロシーは目をキラキラとさせてしまった。ドロシーは、自他ともに認める「調合バカ」なのだ。




