リスク
会議室ではリリアナの発言に一同が困惑し、ざわついている中も、リリアナは毅然とした面持ちで凛とし起立している。
「ひ…姫様、それは誠にごさいますか?」
「ええ、わたくしは本気でそう考えています」
「ですが、わざわざこちらから攻めて出て、戦力を分断するなど……」
「そうですね、大きな犠牲を伴うでしょう」
リリアナは一切弱味を見せない表情で重い一言を言い放った。
一同はその言葉の重圧に緊張を隠しきれない顔で皆油汗がじっと出でた。
「現在、確かに戦況は好転しています……ですが、それもいつまでも続くとは思えません」
「それはそうですが、攻め入ったことで多くの戦力を失い、戦況が悪化してしまったら元もこうもありませんぞ」
「皆様の仰りたいことも分かります、この戦いにリスクが無いことなどないのです!戦わない事にはこの戦いは終わりません!今までもそうだったはずです、魔王軍はそんな甘い敵ではない事は皆様御承知のことです」
そこにいる者たちは、リリアナの鋭い言葉に困惑しつつも、リリアナに意見することが出来ず顔をしかめていると後方で会議に参加していた隻眼の騎士が声を上げた。
「発言をお許しください」
「ベネディクト、控えぬか!」
「クワイエン男爵、いいのです、あなたはたしか……」
「はっ、自分はクワイエン男爵付きの騎士、ベネディクト・ゼラと申します、リリアナ姫、どうか発言することをお許しください」
「発言を許します」
「感謝致します、この状況下でこちら側から攻めるとなると戦力はどう分割なさるのおつもりですか?我が方は全兵力、急造の者を合わせても3000がいいところでしょ、攻めるとなれば防衛にも残す兵力も考えなくてはなりませんが、敵は恐らく少なく見積もっても1万以上の戦力を抱えております、そうなればこちらもそれ相応の戦力を出さなければなりまん、2500、少なくとも2000の戦力を出さなければなりません、ですがそれも何か勝算がなくては到底出せぬものです、リリアナ姫、何かお考えがあっての事でしょうが、私は納得のいくお答えを頂かない限りは断固として反対させていただきます」
ベネディクトの鋭い指摘と眼光にもリリアナは怯むことなく凛とした姿勢を崩すことはなかった。
「ベネディクト!姫様に失礼ではないか!姫様わたくしめの家臣が失礼を致しました、どうか」
「よいのです、ベネディクト、貴方の仰ることはごもっともな御意見だと思います」
「姫様……」
「無礼はご承知ですが、何かあるのですか?」
ベネディクトの追求は続く。
「200だ」
それまで沈黙していた誠人が突然発言すると一同の注目が注がれる。
「今なんと!?」
ベネディクトは想像もしなかった数字に度肝を抜かれた顔した。
「攻める戦力は200だ」
「馬鹿な!敵は裕に1万を超える戦力だ!たった200人で攻めるなど!ただ兵を無駄死にさせるだけのそんな事に何の意味がある!」
ベネディクトは誠人に詰め寄り、途方もない発言に対しての怒りをぶつける。
「ああ、兵は死ぬだろな、だが無駄でも無意味でもない」
「では、何があると言うのだ!」
「ゲリラ戦を行う」
「ゲリラ戦?」
「ああ、お前の言う通り1万以上の兵力に対して戦うのにはそれ相応の兵力が必要だ、だが、この200人は敵本陣の制圧を目的とするものではない、勿論、敵戦力の減退は行う、最大の目的は敵戦力の分散と陽動だ、狙いは本陣への道を切り開く事にある」
「ふん、何も考えが無いわけではない様だな、だかその様な事を行うにしても数が少な過ぎる!出来る確証がなければ戯れ言に過ぎない!」
「そうだ、戯れ言だ」
「なに!?」
「成す前に何を言っても全てが戯れ言で終わる、だが、成そうともしない人間にこの先何がある?現状維持か勝利か?目の前にいる敵はそんな甘い連中か?お前たちは良く分かっているだろ」
「くっ……」
「お前は何かを成せるのか?」
ベネディクトの目の奥の瞳孔が開き揺れた。
「まあいい、この戦略についてはこちらからは人選を行う事はしない」
「何!?」
「この作戦に命の保証もしなければ成功するとも言わない、ただ、大きな敵に手をこまねいて、負けを待つつもりはない」
ベネディクトは誠人の目をギラっと睨みつけ、しばらく沈黙した。
「こんな危険な賭けの様な作戦は貴様が言い出したのだろう?」
「ああ、そうだ」
「誠人!それは!いえ、わたくしが言い出した事なのです!」
リリアナはそれまでの凛とした表情から一転し、焦ったように自身の発案である様に言った。
それは誠人の発案である事が知られる事に懸念があったからだ。
「リリアナ姫、いいのです、この様に人をただの駒の様にしか扱わない作戦をリリアナ姫やロイド様がお考えなるなど到底思えません!皆様もこの者の口車に乗る必要はありません!」
「確かにベネディクトの言う通りですぞ、この様な作戦思い通りに運ぶとは思えませんな」
「無駄に戦力を減らすだけだ!」
ベネディクトの発言により、一同の作戦への不安感は煽られ、作戦の決行に難色が示しされ始めた。
「先刻言った様に、この作戦は人選はしない、この作戦に参加するかどうかはあんたたちに任せる、もしこの作戦に参加するのであれば、今夜、夜の内に領外に出る」
誠人はベネディクトから離れるように会議室から退出した。
「おい!誠人!」
ソフィアが誠人を追い掛ける様に退出する。
「皆様、確かにこの作戦は非常に危険な賭けになります、ですが、わたくしたちはもう二度とこれ以上故郷を奪われる訳にはいかないのです!どうか、どうか皆様のお力お貸しください」
リリアナは深々と頭を下げるとざわついていた一同は静まり返った。
「……リリアナ姫、なぜあの者をそこまで信用できるのですか?」
ベネディクトがそう問い掛けると、リリアナはゆっくりと顔を上げた。
その真剣に真っ直ぐな目はベネディクトの目を見ていた。
「わたくしは、縁もゆかりも無い彼が命を懸けて下さっている、それにどんな事情があったにせよ、わたくしが誠人を信用する理由です」
「そうですか……不躾に意見した事をお詫び申し上げます」
「いえ、ベネディクトありがとうございます」
その後会議はしばらく続いたが事態は変わる事なく定例報告だけで終わった。
会議が終わり、城内をベネディクトがクワイエン男爵の後方で歩いてると男爵は突然立ち止まった。
「ベネディクト」
「ソイス様、もう訳ありません、会議中にあの様に出過ぎた真似を」
「いや、構わない、お前があそこまで食ってかかるなど珍しくてな、確か誠人殿であったかな、あの御仁が現れてからはこのオルスタットを魔王軍から取り戻し、南側関所での大勝も指揮するなど武功を残しているそうだ」
「確かにそれは評価すべき功績だと思います、今回の作戦に関してヤツには勝算があっての事でしょう」
「そこまで分かっていてなぜだ?」
ベネディクトは考えた様子で答えた。
「ヤツの目です」
「誠人殿の目?」
「はい、ヤツの目は普通どんな者であってもどれだけ訓練したところで目には感情が出てしまうものなのですが、ヤツからはそれが一切感じられなかったのです、一体何がヤツをそうさせているのか……」
「そうであったか、だが、それだけではないのだろ?」
「ええ、まあ」
その日の夕刻関所前で兵が集まるのをじっと待つ、誠人とリリアナとロイドの3人の姿があった。
「やはり、人選なしというのは難しかったのではないでしょうか……」
ロイドが心配そうにしているとソフィアとロベルトが遅れてやって来たが、その姿は戦闘に向けての完全装備でやって来た。
「私はこの作戦に参加させていただきます」
「わしめも老体ながらも着いて行かせていただきたいですな、よろしいですかな?誠人殿」
「ああ、構わない」
少し遅れて、その後ろをレオリオとマリアもついてやってきていた。
「ソフィア……やはりお前も行くのか?」
「すみません、兄様」
「いや、はじめから分かっていた事だ、お前がこの大事な局面で大人しくなどしないことを、無粋にとめたりしないさ」
「兄様……ありがとうございます」
「ただ1つだけ約束してくれ」
「はい……?」
「必ず、生きて敵本陣で会おう」
「必ず!」
ロイドはソフィアを抱き寄せ、頭を優しく撫でた。
「姫様、このロベルト、恩義ある誠人殿と共に行く事をお許しください」
「ロベルト、よろしくお願いします、ご武運をお祈りしております」
「はっ!」
ロベルトは深々と一礼する。
「誠人さん、僕は……」
「レオリオ、お前はお前のすべき事をすればいい」
「……はい」
誠人は膝を着き、レオリオの目線まで腰を下ろした。
「レオリオ、必ずお前の力が必要な時がやって来る、お前はその時に皆に力をかしてやってくれ、お前はこの国を担う未来だ」
「はい!」
誠人はレオリオに向けて頷くと、立ち上がり辺りを見渡した。
するとケラーもまたソフィアたちと同様に完全装備でやって来た。
「ロイド様、ソフィア様、どうかソフィア様、副団長と共に戦う事をお許しください」
「ケラー、私からもお願いできるか、ソフィアを支えてやってくれないか」
「兄様……ケラー私から頼む」
「このケラー、必ずや副団長と共にこの作戦を成功に導いてみせます」
「頼んだよ2人とも」
「はい!」
ロイドは2人を信頼した表情で見つめた。
「誠人、しかし、この人数しか集まらなかったか……」
「誠人殿、やはりここはオルスタットの部隊で行くべきかと」
「誠人、わたくしも……」
「いや、オルスタットの部隊は出来る限り残しておきたい、リリアナ、ロイドお前たちはここで防衛の指揮をとっていてもらわなくてはならない、本陣を攻める際に大部隊を指揮する人間が必要だ」
「ですが……わたくしは……」
「……それに来たようだ」
誠人がそう言うとベネディクトがやって来て誠人の目の前まで迫った。
「やはり、この様な作戦に人は集まらなかったようだな」
「ベネディクト殿、それは」
ソフィアが口を挟もうとするが誠人が制止する。
「お前に聞きたい事がある、お前はこの作戦で我々を勝利に導くと約束できるのか?」
「いや、約束は出来ない、成功の保証も命の保証もな」
「おい、誠人!そんな事!」
「いいのですソフィア様、戦いとはそういうものなのです、約束など必要ない、お前にそれが分かっていればいい」
「えっ?」
「お前はなぜ戦う?」
「俺に必要な事だからだ、それ以上でもそれ以下でもない、勝つ必要があるからだ」
「そうか……ならばこのクワイエン騎士団団長ベネディクト・ゼラ、以下200名の騎士団の命、如何様にも使え!勝つ為に」
ベネディクトの後方から200名の騎士団がゾロりと現れた。
「我々はもう失うものはない!あとは1つでも多く奴らの御魂を道ずれにするだけだ!この機会、他の誰にも邪魔はさせない」
「ベネディクト殿、あなたは始めから……」
オルスタットの闇夜に屈強な先遣の騎士団が揃った。
「この作戦は魔王軍の部隊を分散させている事を悟られる訳にはいかない、その為には慎重さと正確さが必要となる、ゆえに作戦は長期戦を想定している、敵以外にも困難が待っているが、心してかかれ、では行くぞ」
張り詰めた緊張の中、騎士団は生唾を飲み込む様に緊張を抑え、これから行なわれる過酷な戦いに臨むため闇夜の森へと消えていった。
「わたくしはまた見送る事しか出来ないのですね……」
「姉様……」
「いえ、わたくしたちにもすべき事があります、必ずこの作戦成功させましょう、レオリオ、貴方にも期待しています」
「はい!」