ソフィアの証明
真夜中のネオンに一際明るく賑わうリゾートホテルのプールサイドバーで肩を並べ、カクテルを嗜む誠人と猪熊の姿があった。
「どうだよ、少しは楽しんでるか?」
「楽しむって、任務なんで」
「お前なぁ……仕事だからって、楽しんじゃいけねぇってことはねぇんだぜ、そんなずっと張りつめてたらよ、壊れちまうぞ」
「それでも、俺は国への責任があるんで」
猪熊はポケットからタバコを出し火を付け、煙をゆっくりと吐き出す。
「……お前は変わらないな」
誠人がカクテルをキュッと飲み干すと、プールからラテン系のスタイルのいい美人が猪熊に近づいて来ると、2人は熱いキスを交わす。
「誰?このいい男」
「俺の甥っ子のケイン、つらはいいがまだガキんちょだ」
「ども」
誠人は軽く会釈する。
「あ〜、あなたが噂のスーパールーキーのKT、噂よりもいい男ね、今度一杯奢ってね」
「おいおい、お前は誰の女だよ」
「さぁ誰のかしら、あんた、全然この街にいないくせに、どうせ他に女がいるんでしょ」
「悪かったよ、いつも言ってるだろ愛してるのはジェイニーお前だけだ」
また熱いキスをする2人の姿を誠人は引いた目で見ている。
「ケイン、このいい女がジェイニーだ、俺の女だからな手を出すんじゃねぇぞ」
「わかってるよ」
「ショーンのいない時にゆっくり会いましょ」
「おいおい、なあ、ジェイニーすまねぇがケインと話したい事があるから、また後でな」
「ええ、じゃあKTまた後で」
ジェイニーは誠人に投げキッスをし、賑わうダンスフロアに向かった。
「猪熊さん、あなたは何を……」
「だから言っただろ、任務だからって楽しんだっていいんだよ、それにジェイニーはこの辺のマフィアや裏の世界にも顔が効くんだよ、スパイってのは男なら女を女なら男を、恋愛を上手く使うんだよ、まぁお前がそっち気があるなら男でもいいぜ、俺は寛容なんでな」
「な、何言ってんすか」
「それより、お前サポート役とは接触したのか?」
誠人の脳裏には結花の顔と感触が蘇り、顔が少し紅くなる。
「何だよ?お前まさか!なんだよ十分楽しんでるようじゃねぇか」
「いやいや!違うから!そのなんて言うか…新山さんは同期なんすよ、だからドッキリしたって言うか、そのなんて言うか」
「なんだお前ら同期か?まぁ、なかなかいい女だからな、分からねぇでもねぇけど、程々にしろよ、任務なんだからよ」
「いや、それあんたが言える事か!?ってか何もないからね!」
「そうかよ、だが、それにしてもKTって……ガハハハハハ!」
「なんすか……」
「いいじゃねぇか!お前も今の役どころにしっかり馴染んでるってことだ、かっこもそれなりに良くなったようだしな……だけどな、お前はその役に呑まれるなよ、お前はお前だ」
「どういうことですか?」
「まあ、酒は飲んでも呑まれるなってことだ」
「何ですかそれ?」
猪熊がカクテルを飲み干すと、ジェイニーが2人の元に戻ってきた。
「ねぇ、KT一緒に踊りましょ!」
「いや、俺はいいです」
誠人は顔を逸らすよにカクテルをゆっくりと飲むと、バンと猪熊が笑顔で背中を叩く。
「ケイン踊ってこいよ!ダンスくらい出来るようになっておけ」
「いや、でも」
「どんな場でも出来ると出来ないじゃ、大きく変わってくるんだぜ……それにジェイニーのダンスはプロ級だ、教わってこい」
「KT、ダンスだけじゃなくて、いろいろと教えてあげる」
「ジェイニー」
「ウフフ、さあ早く」
誠人はジェイニーに促されるようにダンスフロアまで無理やり連れて行かれる。
ぎこちない誠人にジェイニーは笑顔でステップを教えるが、恥ずかしそうにする誠人の姿に猪熊も笑顔を向ける。
「はぁ…はぁ…はぁ、クソ、あと3日だというのに、まだ半分も出来ていない……」
汗だくでソフィアは課題の杭を作っているが、思った以上の重労働に両手を膝に着き、体力の回復を待っている。
「何とか形は良くなってきたが、スピードが上がらない……」
「ちゃんとやっているようだな」
誠人がソフィアの元へやってくると、出来上がった杭を回収して行く。
「誠人、何か助言はないのか?」
「助言?俺が口で説明してやってもいいが、それはただ杭の作り方を教えるだけになってしまう、お前は修行がしたいのか?それともただ俺に泡を吹かす為に杭作りを終えたいのか?」
「くっ、もういい!私は必ず完璧な形で作り上げてやる!」
「ふっ、それでいい、形にこだわるのはいいが広い視野で見ることも忘れるな」
「分かっている」
誠人は去り際にソフィアの包帯でぐるぐる巻きにされ、赤く染まった両手を見て行った。
「広い視野で見ろか……んー……とりあえず、続けるか」
ソフィアは両手の痛みを気にすることもなく、更に熱を入れて、黙々と杭作りに没頭した。
どれだけ続けただろうか、ソフィアは時間感覚がなくなる程、幾度も幾度も剣を振り下ろし、振り上げた。
「くそ!なぜ上手くいかない……これだけやっているのに、全然形は良くならないスピードは上がらない、どうしてだぁー!」
沈み行く太陽に向かい、ソフィアは悔しさと不甲斐なさを吐き出すように叫んだ。
ソフィアはその場に大の字で仰向けに倒れた。
「本当に、こんな事で私は変われるのか……いや!変わるんだ!信じろ!」
ソフィアが自身の両手を見ながら考えていると、偶然通り掛かったロベルトが話しかけてきた。
「ソフィア殿、このような所で何を?誠人殿に指南を受けていると聞いたのですがな」
「ロベルト殿、いや、そうなのだが……」
ソフィアはロベルトにこれまでの経緯を話した。
「そうですかな……」
「ええ、誠人は何を伝えたいのか……私はそれを理解できているのか、強くなる事とはなんなのでしょか?」
「強くですか……わしめにも分かりませんな」
「そうなのですか?」
「ソフィア殿……どうして誠人殿に指南を受けようと?」
「どうして?誠人は私には無いものを沢山持っていました、技術、戦闘センス、戦略、私では考えもつかない様な事を誠人は容易思い付き、困難を解決する、誠人からなら私は強くなれる、強さとは何なのか分かる……そんな気がしたのです」
「気ですかな……」
「ただの思い込みかもしれませんが、私は自分の直感を信じたい、そう思ったのです」
「直感を……そうですか…」
ロベルトはなんとも言えない様な表情をしている。
「ロベルト殿?どうかなさいましたか?」
「誠人殿はソフィア殿を……いえ、無粋ですな、誠人殿は我々とは違う物の見方をなさっている様ですな、我々に見えない物を誠人殿は見ていらっしゃるのかもしれませんな」
「誠人と私達では見ているものが違う……そうか!」
ソフィアは何かを気が付いたように立ち上がった。
「ロベルト殿、ありがとうございます、私にも何か見えたかもしれません!」
「そうですか、こんな老とるの拙い話がお役に立てたのなら、ではわしめはこれで」
「お時間を取らせてしまって、ロベルト殿、ありがとうございました」
「いえ……」
ロベルトは複雑な表情でソフィアの元を去っていった。
(私は切る事ばかり考えて、剣しか見ていなかった、切る物、対象を見てこなかった、そこに答えがあるかもしれない!)
ソフィアは丸太を良く観察してみて、何かを気付いた様な笑みを浮かべる。
「そうか、やはりな……よし!やるぞー!!!」
誠人はリリアナと城下を散策している。
「誠人、先日仰っていた事は本当に実現できると思いますか?」
「ああ、出来なければ負けるだけだ」
「そうですね……わたくしたちは手段を選んでいるような場合ではありませんね」
2人が神妙な面持ちで歩いていると、城の裏手に入口のような、古く雑草に塗れた通行口を見つける。
リリアナは気にもしていなかったが、誠人は不可解に存在するその通行口に足を止める。
「リリアナ、あれは何だ」
「随分古い通行口ですね、恐らく、昔に使われていた搬入口でしょうが……城内に繋がっているのかは分かりませんね」
「昔、オルスタットは王宮だったと聞いたが」
「ええ、三百年程昔にオルスタットは王宮でしたが、誠人どうなさったのですか?」
誠人は通行口を覗き込んでいる。
「誠人、どうするのですか?」
「俺はこの奥に行ってみる、リリアナは」
「当然、ついて行きますわ」
「そうか、行くぞ」
「はい」
2人は通行口を入って行くが、その道幅は狭く、何とか2人が並んで歩けるくらいの幅しかなかった為、自然と距離は近くなってしまう事にリリアナは少し照れた様だが、誠人は顔色を変える事はなくいつも通りの無表情であった。
「灯りはないようだな」
「誠人、少しお待ち下さい」
そう言うとリリアナは持っていた、法石を取り出し、下級魔法のライトを詠唱なく発生させた。
「これで見えますね、では行きましょう」
「リリアナ、今詠唱なしに魔法を使ったな」
「ええ、そうですね、言っていませんでしたね、わたくしは下級魔法でしたら詠唱なく使用できるのです」
「人間は詠唱なしに魔法を使用はできないんじゃないのか?」
「そうなのですが、わたくし自身、いつの間にか、としか説明出来ないのですが、下級魔法が詠唱なしに発生させる事が出来る様になっていたのです」
「人間は法石と詠唱なしに魔法を使用ができない……勇者もそうだったのか?」
「いいえ、勇者様は詠唱も法石も必要なく魔法を発生させておられました」
「そういことか……リリアナにも勇者の血筋が入っているから出来る事なのか、勇者とは」
「ええ、勇者様……ロクスエル様は父上……先代王の末の弟君で、わたくしの叔父です」
「そうなると、ローズベルトとも兄弟と言う事か……王族は皆、魔法力が強いのか?」
「そうですね……確かにほとんどのお方が上級魔法まで使用出来ます」
「ロベルトさんも上級魔法を使えるが、王族の血筋なのか?」
「いえ、ロベルトは王族の血筋は一切入っていませんわ……ロベルトは特別なのです」
「特別?」
「わたくしが知る限りでは、王族以外で上級魔法以上が使用出来るのはロベルト以外にあと1人……聖女と呼ばれ、国中から尊敬されていたお方……ニーナ様」
「ロベルトさんの奥方か……」
「はい……」
誠人はリリアナの悲しい雰囲気を察し、それ以上はこの話題について触れることは無かった。
「ここはなんなのでしょか、長い間使用されていない用ですが」
「思ったよりも深い」
しばらく進んで行くと少し開けた場所に出るが、街の子供達が遊び場所にでもしていたのだろう、落書きや玩具の様な物が落ちていた。
「子供達の遊び場の様ですね、フフ、でも少しだけ冒険をした様な気分が味わえました」
「いや、ここはただの遊び場ではないようだ」
誠人が奥の壁を調べていると、そこには長い間開かれた様子のない大きな扉が砂埃を被り壁と一体化したようにそこにあった。
「これは扉でしょうか、魔法陣が描かれていますね」
「開けれそうか?」
リリアナは扉の埃を払いながら調べている。
「そうですね……王族であれば開けられるかもしれません、試してみます」
リリアナは扉の魔法陣に触れながら詠唱を行っていると、魔法陣が光始め、複数の魔法が発生し、扉とリリアナが共鳴し始めた。
「開きます」
扉はゴゴゴゴと音を立て、ゆっくりと開くと、そこには巨大な空間があり、大きな建造物が1つ、異様に存在していた。
「ここはなんなのでしょ?」
「ようやく見つけた、俺はこれを探していた」
「誠人、どういう事ですか?」
「これは、俺たちが勝つ為に必要不可欠な物だ」
オルスタット地方に向け進軍する魔王軍の大群が禍々しく異彩を放つなかの中央に綺麗な白馬に騎乗したプルートが堂々とした姿で大群を見渡していると、ジュートが黒馬に騎乗し近づいてきて、隣を並走し始めた。
「プルートー様、あちらに……」
ジュートが示す方向には、馬に騎乗し大群に並走する、綺麗な白銀の髪を短く綺麗に切り揃えた、美人の女魔族が鎧を纏って凛としている、その姿を確認するとプルートーの穏やかな表情は一気に曇った。
「ふん、中央の雌犬が一体なんの用だ」
「監査でしょか?」
「どちらにせよ聞いてみればいいよ」
そう言うとプルートーは女魔族に近づいて行く。
「これはこれは、ヘンゼル殿ではありませんか、一体中央軍の参謀様がこのような場に何か御用ですか?それとも援軍でしょうか?」
「いや、私はこの戦に参加をしに来たのではない、敵の内情を物見に来ただけだ」
「敵とは、勿論、人間の事を言ってるんだよね?」
「何が言いたい?他に何があると言うのだ?」
「僕はね、物事は計画的にしっかりと行いたいんだよね、だからさ、僕の計画にズカズカと踏み込んで来る雌犬がいるとつい踏み潰したくなるんだよね!」
プルートーの凄まじい威圧感に大群全体に緊張が走るが、ヘンゼルは凛とした姿を崩さない。
「安心しろ、私は本当に物見に来ただけだ、だが、それでも、一戦交えようと言うならば私はかまわないが」
ヘンゼルは腰に刺している剣の柄に手をやると、プルートーが更に凄まじく禍々しい威圧感を放つ。
「雌犬が!」
大群の進行が止まり、2人の放つ威圧感に、そこにいる全ての者が恐怖で膠着してしまい、誰も声を出す事が出来ない。
「と、言いたい所だが、これはセルピナ様の命でなく、魔王様直々の命令なので本当に物見だけだ、邪魔はしない」
「魔王様の……」
「それでも、やろと言うならば私はかまわないが」
「ふん、くれぐれも邪魔はしない様に」
プルートーがヘンゼルの元から離れ、元の定位に戻ると、大群全体を覆っていた緊張が解かれ、再度進行を始めると、ジュートがプルートーの隣にすぐ様並走する。
「どうなさいますか?」
「ババアの命令なら放置できないけど、魔王様の命令だって言うんだから、雌犬は放っておいてもいいよ」
「はっ」
ジュートはプルートーの元を離れていく。
「魔王様がわざわざこんな場所を気に掛けるなんてね……フフ、楽しみだね……」
プルートは不敵な笑みを浮かべ、オルスタットへ向けて進行する。
リリアナが城の自室で書状を作成していると、扉をノックする音が聞こえ、リリアナは入室する様にロベルトを招き入れる。
「姫様、やはり、貴族方々は徴兵を渋っておられ、なかなかいい返答は頂けませぬ、面目ありません」
「そうですか……貴方に責はありませんわ、わたくしに力があれば、このような事にはなりません……」
「姫様……」
「まだ時間はあります、最後まで根気強く説得しましょう」
リリアナは話を終えたと思い、書状に手をつけようとするが、ロベルトがまだ何かを言いたそうな表情をしている事に気が付く。
「ロベルト、まだ何か?」
「はい……ソフィア殿の事なのですが、誠人殿に指南を受けている様でして」
「その事については、わたくしも承知していますわ、それがどうかしましたか?」
「そうでしたか……いえ、承知していらっしゃるのならば」
「心配いりませんわ、わたくしはソフィアを信じています、彼女なら必ず、わたくし達の為に立派に躍進してくれます」
「姫様……では、これで」
ロベルトは退室する際、リリアナの笑顔の奥に微かな冷たさを察し、儚い表情をしてしまっている、自身の顔を隠す様に退室した。
「ソフィア……貴方は光よ」
リリアナは窓に映る自身の顔を見て、ハッとして顔を逸らすと、マリアが紅茶を持って部屋へと入ってきた。
「ありがとう、マリア」
マリアはリリアナの表情を見て、察したがマリアは普段通りにリリアナの身支度を手際良く整えた。
朝、まだ陽も上がりきらないというのにソフィアは剣を片手に息を切らしていると、誠人がやって来てソフィアの作った杭を見ている。
「今日で7日だ、フッ、まさか8000本も仕上げて来るとはな、なかなか上出来だ、俺はああ言えばお前なら5000本は仕上げて来ると思っていたが想像以上だ、ソフィアお前はよくやったよ」
「お前は何を言っている」
誠人はソフィアの想定外の反応に少し驚いた。
ソフィアは誠人に森の方向を見る様に指で指し示した。
「あれを見てから、もう一度言え」
誠人はソフィアの指し示した森を見て驚愕した。
生い茂っていたはずの森が伐採され、2000本以上の木が高めに切られおり、木の幹が杭の様に形取られていた、その光景は地表から杭が飛び出しているかの様で、まさに精悍であった。
「これで1万と、不出来であったから350本余分に作っておいた、誠人、私はもう一度言う、私を強くしてくれ!」
誠人は杭の森を見ていたが、ゆっくりと振り返りソフィアの目を鋭い眼差しで見つめ答えた。
「これから、俺がお前に直々に修行をつけてやる、だが、その前に1つ言っておく」
「なんだ?」
ソフィアは真剣に誠人の目を見つめ返す。
「死ぬなよ」
「ああ、無論だ!」