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ある自衛官の物語

深夜0時00分、某国大森林にて、銃弾飛び交う暗闇の森を走り抜ける黒い影が複数、機密特殊部隊「seed」隊隊員精鋭5名による、邦人救出作戦が行われている。


「邦人は3名、南南西2キロの修道院内に潜んでいる模様」

「5分後に救出、その後10分で脱出地点へ、総員時計を合わせろ」


闇夜の森、亡霊のように動く5つの影が通ったあとにはゲリラ兵が次々と倒れていく。

 1つの影が綺麗な並んだ隊列から飛び出し始めた。


「Seed4出過ぎだ」

「Seed1、了解」


瞬く間に隊員達は修道院前まで到着した。

 Seed隊隊長、猪熊康介が手信号を総員に送り指示を出す。

 2名が入口で待機、猪熊と他2名で修道院内に突入する。


「Seed4先行しろ」

「了解」


 修道院内は灯りもない暗闇の中を先行した隊員、佐山誠人がゲリラ兵3名を無駄弾を使うことなく一発づづ狙撃し、一瞬で排除た。

 その後、他の隊員による修道院内の確認も終わると、誠人は個室に隠れ潜んでいた、邦人3名を発見した。


「邦人3名女性2名男性1名発見」


 邦人の3名の怯えきった様子を確認した誠人は近づき、邦人に対し自身が救助に来た人間であることを確認させるために付けていた暗視スコープを額まで上げた。


「救助に来ました、これより北側にある谷まで移動します。我々が先行しますのでついて来てください」


 邦人たちは誠人の言葉を聞き安心した様子で揃って頷く。

 直ぐに修道院を脱出し、邦人たちの前に1名、両サイトに各1名斜め後方各1名囲むように北の谷までの移動を開始する。


「後方300メートルより敵兵の追跡あり」

「Seed3と5で足止めしろ」

「了解」


 前で先行する猪熊が指示を出すと後方2名が離脱し足止めを開始すると両サイドの2名が後方の護衛へとポジションを変えた。

 後方では銃声が響き渡り始め、一同の脱出地点までの足取りは速くなる。


「ポイントまで1キロ」

「キャー!」


 女性の悲鳴と同時に隊員たちは足を止め救出対象に注目すると、邦人女性の1人が地面に這いつくばっている。

 誠人は直ぐに近づいていき問いかけた。


「大丈夫ですか?」

「すみません、何かに足を取られてしまい…痛い!」


 誠人は女性の足に怪我を確認すると女性の腰に手をあてた。


「担ぎます」

「え…あ、はい」


 そのまま片手で軽々と肩まで女性を担ぎあげ、先程と変わりない速さで移動を開始した。

 誠人の鍛え上げられた肉体は女性を完全に固定し、森の険しい障害物もまるで気にもせず、なだらかな平野を走るかの如く足を進めた。

 森を抜け、谷へ到着すると先行していた猪熊が発煙筒に火をつけ、崖際で円を描くように回しはじめると、風を切るような機械音がどこからともなく聞こえてくる。

 誠人が猪熊の元に到着すると同時に、風を切るよに救助ヘリがやってきて崖沿いにホバー飛行し受け入れ体制を整える。


「急げ、直ぐに脱出する」


 直ぐにSeed隊員が1人がヘリに飛び乗り、次々に邦人を引き入れる。

 誠人から女性を受けとったところで足止めを行っていた隊員2名も森を抜け出し、合流を試みるが多くの敵兵に追尾され苦戦している。


「こっちだ!早く!」


誠人は援護のために狙撃を行い、敵兵の足止めを試みる。

しかし想定よりも多くの敵兵を容易くは足止めするこができない。


「もう時間がない、Seed4乗れ!」


すると敵兵が放った銃弾が逃げるSeed隊員の太腿に直撃し、隊員は倒れたまま立ち上がれなくなっている。


「待て!どこへ行く気だ!」

「俺なら助けられる!」


猪熊が誠人の腕を掴み、制止するが手を振りほどき、負傷した隊員の元に走る。


「佐山ー!ちっ、くそ!バカヤロウが」

「隊長どうしますか!?」


猪熊は奥歯を噛み締めるように答える。


「少し待つ、直ぐに離脱できるようにしておけ!」


誠人は負傷隊員の元へ走るさなかも敵兵を狙撃し、アサルトライフルのカートリッジのリロードも目にも留まらぬ速さで行い敵兵を圧倒する。


「大丈夫か、担ぐぞ」

「佐山…助かった」


直ぐに負傷隊員を担ぎ、移動スピードは変わることもなく、誠人は救出ヘリの元へかけ戻る。

負傷隊員が背後の敵兵にハンドガンで応戦するが迫る敵兵は数を増すばかりで太刀打ちできない。

銃声と怒号とハンドガンの弾切れの掠れた音が耳に鳴り響くが集中力の極限を超えた誠人には無音の世界を感じられた。


「はぁっはぁっはぁっ」


呼吸は安定している、乱れることなく落ち着いている、銃撃戦のさなかではないように、誠人には世界がスローモーションに見える。

救出ヘリまであと少しで着く。


〈たすけ…〉


誠人には女性の声が聞こえたような気がしたが気にしている間はない。

ヘリまであと数メートル。


「んーおら!」


誠人は担いでいて隊員を走ったままの勢いで、ヘリで待機する隊員に投げ渡す。


「佐山!」


猪熊が手を差し出す。


〈たすけて…〉


誠人にははっきりと先程の声が聞こえ、後ろに殺気を感じると、すぐに振り向く。

敵兵がこちらにむけ、ロケットランチャーを撃とうとして構えている。


「くそ」


誠人は直ぐに敵兵を狙撃し倒すも放たれたロケット弾はヘリから逸れるも誠人の数メートル手間で着弾する。

 爆風に吹き飛ばされバランスを崩すも飛び立つヘリに飛び乗ろとするが届かない。

 猪熊が乗り上げ手を伸ばすがギリギリで届かず、無情にも誠人は谷底へ落下してしまう。


「佐山ーーー!!」


誠人は落下する中、空を眺め、死を覚悟した訳では無いが心は何故か落ち着いている。


…………子供の頃こんな風に光を見上げてた。…………

瓦礫の中から外の光を見上げる、絶望の中の希望は小さな手では掴もうとするが届かない。


「たすけ…助けて…誰か助けて…」


光の中から大きくたくましい手が、小さな子供の手を掴み、光の中へと引っ張り上げてくれた。

それは誰だったのだろう。


光に包まれ誠人の意識は消えていく。











「おい、佐山」


男の声が聞こえる。


「おい!佐山!」


ふと気が付くと目の前には、レンジャー隊の仲間が声を掛けている。


「おい、誠人お前へ今回の地獄の脱出島訓練歴代最高タイムだったらしいぞ!これは特殊か第一も有り得るな」

「ああ、だといいな」


同期と談笑をしていると、突然後ろから大きな声がした。


「佐山3等陸曹!」


レンジャー部隊の上官が大きな声で誠人を呼びつけた。

誠人は直ぐに上官の元に駆け寄り、姿勢を正し敬礼をした。


「レンジャー!」


上官は答礼した後声の大きさを変えることなく、周りの人に聞かせるように話始めた。


「佐山!貴様を1等陸佐がお呼びだ!直ちに向かえ!」

「レンジャー!」


周りの人達はその言葉を聞くと囁かに歓声をあげる。

誠人は部屋の前までつくとノックを1回、間を空けて2回ノックした。


「佐山3等陸曹であります!」


部屋の中から中年男性の声がした。


「入れ」

「入ります!」


中に入るとデスクの前に立っている1等陸佐と陸佐用の椅子に座る高級スーツを着た、大柄で顔の濃い男性がそこにはいた。

誠人がデスクの前まで移動し、姿勢を正すと、1等陸佐が号令をかける。


「気をつけ!林田幕僚長に対して敬礼!」


誠人が敬礼をすると林田は立ち上がり、答礼をした。


「1等陸佐いいかな」

「はい、では」


林田が声を掛けると何かを察したように陸佐は部屋をあとにした。


「佐山陸曹君がここに呼ばれた理由が分かるかね」

「いえ、辞令交付だと思っていましたが、幕僚長が直々にいらっしゃる理由が…」


誠人が答えていると、背後に殺気を感じとり、咄嗟に振り返りながら刃物で切り付けられそうになるのを回避した。


「初めてだな、完全に避けられたのは」


突然背後から現れ切りつけてきたのは猪熊であった。


「随分な歓迎ですね」


誠人は猪熊を睨みつける。


「林田さん、コイツは逸材ですね」

「猪熊陸尉、君が褒めるなら能力は確かだな」


2人のやり取りを見て呆気に取られる誠人に猪熊は近づき、肩に手を置く。


「これはどういう事ですか?」

「佐山誠人、君をスカウトに来た」


誠人は不思議そうな顔を猪熊に向ける。


「第一や特殊が君を引き抜くつもりでいろいろ動いているみたいだが、うちが君をもらうことにしたから」

「それは辞令交付ですか」


誠人は真剣な眼差しで猪熊に問い掛けた。


「あっタバコいいですか」

「ああ構わんよ」


猪熊は林田に確認をとるとおもむろにポケットからタバコを出し咥え、見るからに高価そうなジッポで火をつけ、ひと吸いし天井に向い煙をゆっくり吐き出した。


「佐山君、自衛隊とはなんぞね」

「自衛隊とは国の安寧のために任務に真っ当し、国民の奉仕者として厳正に勤務を遂行する組織であり、公務員として国民の模範となるものです」


唐突な質問にも誠人は迷いなく答えると、猪熊はタバコを咥えながら拍手をする。


「100点満点の答えだ」


そう答えると猪熊はタバコをふた吸いすると、タバコを消し、気だるそうな顔つきから迫力ある真剣な顔つきへと変え、誠人に問い掛ける。


「じゃあ聞くが、今の自衛隊はそれができてるか」

「そうできるよう、みなが一団となり」


猪熊は誠人が答えてるのを遮るように手のひらを誠人の顔に向け発言を止めた。


「そんな教科書みたいな答えはいいんだよ、お前の本心を言え」

「…完璧にはできていません、ですが皆そうできるように全力で勤務を遂行しています」


猪熊は厳しい顔つきのまま、来賓用のソファに腰掛ける。


「正確にはできていないじゃなくて、できないだ、これは俺の私的な考えだがな、法律が改正されて昔に比べれば動き安くなったが、自衛隊ができることはまだまだ足りねぇ、自国の守りや邦人救出も他国任せのおんぶにだっこ状態、災害派遣すら命令待ち、こんなんじゃこの国を守ることなんかできねぇし、ましてや国民を守ることすら困難だ、俺たちはただただ訓練訓練で上の命令待ちで何もできやしねぇ、世界でもトップクラスの能力を保有しながら、ただのお飾りで、毎日毎日他国の侵入を許して抑止力にすらなってねぇ、他国からの侵略にはザル状態、呑気なヤツは力を持つことは戦争の引き金になりかねないなんて言うが、そもそも侵略されりゃ戦争は必死だ、それをさせない為の力が必要だってのにのこの国自身がそれを邪魔しやがる、お前はこの現状をどう思う」

「それは…」


猪熊の熱の入った論法にたいして、誠人は何も言う事ができない。


「なにも俺は戦争がしたい訳じゃねぇ、安寧な国作りにはそれ相応の力が必要だってことだ、法律に縛られることなく、自由に振る事のできる剣がな」

「そんなことできるのですか」

「できる!我々なら!」


林田がデスクから身体を乗り出し答える。


「ああ、俺たちならできる、機密特殊部隊seedならな」

「機密特殊部隊seed」


林田は誠人にゆっくり歩み寄る。

「陸海空どの組織体にも所属しない完全機密の部隊、内閣の命令も待つことなく独自の判断で任務を遂行し、何もにも縛られることなく我が国の安全を守る精鋭中の精鋭、それがseedだ」

「完全機密の部隊…」

「佐山3等陸曹お前はどうしたい」


手を差し出す猪熊の手を見つめる誠人は眉間に皺をよせ考える。


「俺は…俺を救ってくれた自衛隊の為にできる事をしたい」


そういうと誠人は猪熊の手をしっかりと握り、固い握手をかわした。


「今から君、存在しない自衛官となる、防衛省のデータベースから君の名前は削除され痕跡すら残らない、この部隊については一部の政府高官しか知らず、総理もこの部隊の存在を知らない、君が任務中に捕まろうが死のうが我が国が責任を負ったりしない」

「ようこそ地獄の入口、seedへ」










誠人は目を覚ますと綺麗に清掃されたアンティーク調の洋室のベッドに横たわっていた。

谷底に落下して行くさなか光に包まれ意識を失ってから今までの記憶がない誠人は周りを見渡し、自身の身体が治療されていることを確認した。


「ここは…」


窓が1つあるのに気づき、ベッドから出た誠人は窓から外を確認する際も慎重に外から自身の姿が見えないようにした。

外は綺麗に手入れされている芝生が広がっており、太陽の光が庭の美しさを際立たせていて、数百メートル先には深い森が広がってる。

窓からの風景で、誠人は森の中の大きな洋館の2階にいることが分かった。

誠人は突如床に耳をつけ、目をつぶり物音を集中して聞いている。


「1…2…3…4…5」

(4人と子供が1人)


誠人は状況を確認すると室内を確認し、ロウソク立てを手に取り、人が部屋に近づいてくるのを察した。

誠人は直ぐにベッドに戻り横たわり目をつぶる。

ガチャっと扉が開く音がし、洋風調のメイド服を着たブラウンヘアの女性が水の入った桶とタオルを持ち室内へ入ってきた。

女性は枕元まで近づくと誠人が寝ているのを確認し、桶を机に置きタオルを濡らし介助をしようとベッドに目をやると誠人の姿はそこにはなかった。


「はっ!」


誠人は女性の背後から口を塞ぎ首元にロウソク立ての尖った部分をあて、耳元で囁くように言葉を発した。


「Don't make a loud voice」


女性は頷く、誠人は首元にロウソク立てを突き付けなが振り返らせた。


「あの…わたしはお世話しに来ただけで…」

「日本語が分かるのか?」


女性は怯えた表情のまま、軽く首を傾げた。


「にほんご?何のことですか?」

「俺の言ってることが分かるのか」

「それは…分かります」


誠人は少し話しが噛み合わないことが気になったが、女性に質問を続ける。


「ここはどこだ?」

「ここはオルスタット地方のグリンウェル伯爵邸です」

(オルスタット?そんな名前の地はあの場の近辺にはなかった…現地人の呼び方か…)

「日本語をなぜ話せる?発音も完璧だ、どこで覚えた?」


女性は困ったように答える。

「に…にほんごとはなんですか?本当に分からないんです…」


女性は泣きそうな目で嘘を言っている様子もなく本当に怯えているように見えた。


「まあいい、騒がなければ危害は加えるつもりはない、治療までしてもらっていて悪いがこのまま下まで案内して貰いたい、それと俺の着ていた服と持ち物を返して貰いたい」

「わ…わかりました、ご案内します」


そういうと、女性を前に進ませ案内させた。

部屋の外へで長い廊下を進みしばらくすると下へ降りる階段が見えてきた。

すると背後に忍び寄る気配を察知したが、気付かないふりをした。


「マリアを離してもらおうか」


そういうと忍び寄ってきた、ブロンドヘアでボブスタイルの騎士のような鎧マントを身につけた、まだ成人して間もないであろう女性が誠人の背後に剣を突き付けた。


「ソフィア様!」

「マリア大丈夫か?おい貴様大人しくマリアを離せ」


誠人はマリアを離し両手をあげ振り返ると同時に目にも留まらぬ速さでソフィアから剣を奪い、正面から首元に剣を突き付けた。


「うっ…貴様…」

「案内はお前でも構わない」


ソフィアの整った顔は厳しい表情に変わり、青く綺麗な瞳で誠人を鋭く睨みつけ、降伏はしない構えをとっている。

すると階段の方向から聞き耳のいい美しく落ち着いた声がした。


「お目覚めになりましたか」


満天の青空のような空色の髪をした、ソフィアと同じ歳くらいにも関わらず、貴賓高い絶世の美女が現れた。


「どうか剣を納めてはいただけないでしょうか」

「……それはあんた達しだいだ」

「リリアナ様お逃げ下さい!」


ソフィアが叫ぶがリリアナはゆっくりと誠人へ歩み寄ろうとするが隣りに付き添っていた初老の騎士ロベルトが歩み寄ろうとするリリアナを制止しようとするが、リリアナは構わず進む。


「姫様、危のうございます」

「大丈夫よロベルト、このお方がその気になればもうここにいる全員殺されているでしょう、貴方のお望みはなんでしょうか?」


誠人はリリアナの表情を見ている。


「俺の服と持ち物を返して貰いたい、それと俺の質問に答えてもらう」


リリアナは少し以外そうな顔したが直ぐに落ち着いた表情に戻り、誠人に歩み寄る。


「わかりました、わたくしにできることでしたらなんでも」


その言葉を聞くと誠人は剣を下ろし、ソフィアに返した。


「いいのか、剣をこうも簡単に私に返して」

「始めからあんたたちに危害を加えるつもりはない、悪いがあんたたち素人に最初から武器は必要ない」


ソフィアは眉間に皺を寄せ誠人を睨みつける。


「どういう意味だ、私はこれでも姫様にお仕えする近衛隊の副隊長だぞ」

「そうか、それは悪かった」


誠人はソフィアを気にすることもなく背にしリリアナと共に階段を降りっていく。

ソフィアは余裕の誠人の背中を見て、悔しさを押し殺した。


「くっ…私など始めから…」


階段を降ると大広間に案内され、そこには大きな長方形のテーブルと複数の席があり、座るように勧められた誠人は目だけで周りを見渡しリリアナと向い合うように席に着いた。


「まずは貴方様のお名前を伺ってもよろしいでしょうか?」

「質問をするのは俺の方だ」

「貴様!姫様に対して失礼ではないか!」


誠人が不躾に返答すると、リリアナの隣りに立つロベルトが即座に誠人を叱責する。


「良いのです、約束をしたのはわたくしの方です、申し訳ありません、わたくしに分かるのことでしたら何でもお答えします」

「しかし、姫様」

「世話になったあんたたちにこういうのもなんだが、俺は自分の情報をそんな容易に教えるつもりはない、特にあんたたちが何者か分かりもしないうちは」


不穏な空気が流れるなか、マリアが準備していたお茶をリリアナに出し、誠人にも出そうとする。


「悪いが、そちらのお茶にして貰えないか」

「随分警戒しますのね、わかりました、これも信頼していただけるのでしたら」

「姫様、何と無礼なヤツだ、この方がどなたか分かっているのか!!」


誠人がリリアナに出されたお茶との交換を要求し、交換されたお茶をようやく口にする。

「そうだな、じゃあまずはどなたか教えてもらおう」

「貴様!」


リリアナは怒るロベルト窘める。


「失礼しました、まずはわたくしが名乗らせていだきます、わたくしはこのアスタルト公国の第一王女リリアナ・リズ・アスタルトです」


リリアナのその答えに対して特にリアクションをとることなくお茶をすする。


「で、そのアスタルト公国ってなんなんだ?」


誠人のその問いを聞き、その場にいた全ての者が驚きを隠せない様子であった。


「貴様ふざけているのか!」

「いや、俺は至って真面目だ」

「そうですか……本当にご存知ならないのですね、アスタルト公国とは10年前までこの大陸全域を治めていた王政国家のことでして、勇者様の敗北後は魔王軍の進行により、27あった領地も現在はグリンウェル伯爵家が治めているここオルスタット地方とローズベルト公爵家が治めるフィガロ地方の2つだけになってしまったのですが」


話しの区切りがついたとこで、マリアが誠人の服と装備品を持ってきた。

手渡されたのは、ハンドガン1丁、カートリッジ1つ、手榴弾2個、ナイフ1本だ。


「あんたたちは俺をどこで見つけたんだ?」

「貴方様を見つけたのはソフィアなのですが、ここから西に2キロほどにある川の畔で倒れているところを見つけたそうです」


誠人は装備品を装備し席についた。


「また後で俺を見つけた場所まで案内してくれないか」

「わかりました、ソフィアに案内させます」


ソフィアが広間に入ってきて、ロベルトとは逆のリリアナの隣りに陣取った。


「ところでさっきからそこの扉の前で聞き耳を立てている、子供は誰なんだ」

「えっ、レオリオそこにいるのですか?入っていらっしゃい」

「はい」


リリアナが声を掛けると10歳前後の少年が扉をあけ、少しうつむきながら入ってきた。


「こちらはわたくしの弟のレオリオ・ロクスエル・アスタルト、第3王子で現在王位継承権1位です」


そう話すリリアナを見てソフィアとロベルトは驚いた。


「姫様、こんな得体の知れない男にそんなことまで」

「良いのです、今は人間同士が争っているような場合ではありません」

「しかしですね、姫様」

「それで魔王っていうのはなんなんだ?」


これまでの話を聞いても一切顔色を変えることなく淡々と質問を続ける誠人に対しソフィアとロベルトは疑念を抱いた表情で睨みつけるがリリアナは柔らかな表情のまま疑う余地もなく時折2人を窘め続けながらも答える。


「魔王とは、元々はアスタルト公国とは別の大陸、魔の大陸と呼ばれる魔族と魔物が住まう大陸の統治者で、魔族の王ルキウスのことです」


ルキウスの名前を出すと、これまで冷静に話を進めていったリリアナの表情にも緊張と悔しさが浮かび上がる。


「ルキウスはこれまで干渉し合うことのなかった種族間の均衡を破り、多くの種族を次々に支配下に置き、遂に20年前人間の統治するこの大陸まで進行を開始したのです…魔王軍との戦いは熾烈なものでしたが何とか大陸の進行は防げることが出来ていました、それも勇者ロクスエルの力があったからに他なりません…11年前、勇者ロクスエルは魔王ルキウス討伐のため魔の大陸に討って出たのです…そして1年を掛けようやくルキウスとの直接対決までこぎ着けたのですが………勇者ロクスエルは…魔王の前に敗北したのです…勇者ロクスエルを失った、わたくしたち人間にはそれ以降、魔王軍に対抗しうる力はなく、領土や民を奪われ…現在の状況に…」


そう話し終えるとリリアナの目から涙がこぼれ落ち、ソフィアとロベルトも悔しい表情を見せながらも、涙を流さないように堪えている。

しかし誠人は一切表情も変えることなくお茶を啜り上げ、飲み終えた。


「そうか、それは大変だったな」

「貴様!何を他人事のように!私たち人間がここまで苦境に立たされているのだぞ」


ソフィアが激高し叱責するも一切意に介することなく、誠人は席を立ちハンドガンをホルダーから出し、銃口をリリアナへ向けた。


「あまり俺を舐めるのもいい加減しろ、金持ちの道楽に付き合うつもりはない、コスプレ遊びをすれば喜ぶと思うな」

「何をおしゃっていらしのか、それは何ですか?」


銃口を向けるがそこにいる誰もがハンドガンをなんなのかわらないという表情をしている。


「貴様、いいかげんに」


ソフィアが誠人の元に駆け寄ろうとする。

誠人は銃口をリリアナから外しホルダーへとハンドガンを納めた。


(コイツらは誰も銃口を向けても怯える様子がない、本当に自分たちを変な妄想の登場人物だと信じきっているな、建物内も特にカメラが仕掛けてある様子もない、通信機器も…そもそも電気が通っていない、これ以上関わっている場合ではないな、チームと早く連絡を取った方が良さそうだ)

「すまない、俺も現状が理解できなくて混乱していたようだ、申し訳ないが俺を見つけた場所まで案内してくれないか…」

「なんなのだ、急に」


先程まで表情変えることなく、冷静な態度をとっていた誠人が突然困惑した表情で頭を抱えた様子を見て、一同は誠人の突然の変わり様に困惑する。


「そうですね、あれだけの怪我をおっていたのです、混乱していてもおかしくありません、ご案内します、ソフィアわたくしと一緒についてきていただけますか」

「姫様、案内でしたら私1人で大丈夫です」

「姫様が行かれるのでしたらワシめもついて行きます」


リリアナは立ち上がり、出かける準備を始める。


「ロベルト貴方はここでレオリオと居てください、ソフィア、わたくしは一緒に行きます、魔王軍の先遣隊が防衛線で戦闘しているという情報も入っています」


マリアがリリアナの装備品と弓矢を持ってくる。


「でしたら尚のこと私が1人で行った方が」

「リリアナ様お持ちしました」

「ありがとうマリア、ソフィアわたくしは大丈夫です、それにまだあのお方には聞きたいことがあります」


誠人はリリアナの装備品とやりとりを見て呆れたように小さくため息をつく。

 外へ出るとロベルトが馬を3頭引いてやって来た。

ソフィアとリリアナは颯爽と馬へとまたがったが誠人は目を丸くしている。


「どうした?馬に乗れないのか?」

「いや、大丈夫だ」


誠人は馬へと慣れたように乗る。


「なんだ乗れるではないか、こっちだ」

「姫様、お気を付けください」

「ええ、ロベルト留守をお願いします」


ソフィアが森の方へ入って行き、その後ろをリリアナ、誠人がついて行く。

森には見慣れない植物や生物、この地域では見るはずのない植物が生息しており、誠人は不思議に思いつつも先行する2人について行く。


(まるで不思議の国にでも迷い込んだ気分だ)


しばらく行くと遠くの方で川の流れる音が聞こえ、しばらくいくと開けた場所に出た、川は濁りもなく透き通った綺麗な水が流れていた。

ソフィアは川の畔につくと馬を止め下馬した。


「ここだ、ここでお前を見つけた」


続いて誠人、リリアナも下馬した。


「俺はここで…俺は他に何か持っていなかったか?」

「分からない、おそらく上流から流されたのだろうから、川を登って行けば何かあるかもしれないな」


誠人は上流方へ歩き始める。


(本当に不思議の国迷い込んだ気分だ、あの地域はこれ程綺麗な水ではなかった、水質も違う、どこなんだ、まるで別の世界に…いや、早く通信機器を探そう)


誠人は歩いているとポーチを見つけた。


「探していた物ではないが神はまだ見捨てないな…」

「どうかしたのか?それはなんだ?」


誠人はポーチを拾うと中身を確認する事なく腰のベルトに付けると、誠人は辺りを警戒しだす。


「おい、どうかしたのか?」

「何か多くの者が近づいてくる」

「本当ですか?わたくしたちには何も…もしかしたら防衛線の兵士たちかもしれませんね」


誠人は耳を澄まし自然の音と異なる物音を聞き分けている。


「どうしたのだ?」

「馬の足音でも、人間の足音とも違う、まるで獣が歩くような音…こちらに来ているな」

「獣のような……魔王軍かもしれません」


誠人は音のする方を目を凝らし見ていると、人間の見た目とは全く違う、人型で鎧を着た化け物のような容姿の軍勢を目にし驚きを隠せなかった。


「なんだ…あれは?」

「オークの軍勢!?あれは魔王軍です」

「なぜこんな所に!行くぞ逃げるんだ!」


誠人がオークの軍勢に目を奪われていると、二人はすぐに馬にまたがり、逃げる体勢にはいる。


「早くしろ!撤退だ!」

「お早く!」


2人の声を聞き、誠人はすぐに冷静さを取り戻し馬にまたがり足速に撤退を始めた。


(なんだあれは、特殊メイクにしても、いや、混乱するだけだ)

「今どこに向かっている?」

「すぐに屋敷に戻りたいが、いくら結界を敷いて見つけにくくしているとはいえ、追跡されてしまったら見つかってしまう!とりあえずヤツらを撒く!」


ソフィアが先行し、3人は森の中を全力で疾走する。


「ヤツらは鼻がとても効く、しばらく森の中を走る!」

「いや、もう遅いようだ…囲まれている」

「そのようですね、ソフィア!あそこの丘で迎え撃ちましょう!」


3人は森の大岩でできた丘の上まで着くとすぐに下馬し、馬をどこかに行くように追い払う。


「おい、馬を逃がしてもいいのか?」

「迎え撃つのに馬は邪魔だ、それにあの子たちは呼べば戻ってくる」

「お二人共、来ます」


オークの軍勢がぞろぞろとこちらへ向かってくるのを確認するとリリアナは弓を構え、ソフィアは腰のロングソードを抜刀し戦闘態勢にはいった。


「姫様、援護をお願いします、お前は素人ではないのだろう?戦えるな」


そういうとソフィアは単身で撃ってでると、誠人もゆっくりと前進しだした。


(なんだこの状況は…オークだと、映画の撮影でもしているのか、コイツらがいかれているのか、それともここは本当に別の世界だというのか?)


誠人の目の前にはオークの軍勢が迫りくる。

誠人はハンドガンを構え、オークの足に射撃したが、オークは少し気にした様子を見せるが、お構いなしに迫る。

すると誠人の背後からリリアナが放った矢が飛んできてオークの頭を撃ち抜き、横ではソフィアがオークの首を切り飛ばす。

鼻を覆いたくなるような死の香りが辺り一面に漂っている。


(これは現実なのか、血の匂い、この得体の知れない化け物は、夢でも見ているのか)


オークの軍勢は容赦なく迫り、オークが誠人に対して剣を振り下ろすと、それを意に介することなく簡単による。

次々に迫りくるオークたちの攻撃も誠人は避け、受け流し、足払いと対応しながら周りの様子を伺っている。


「くそ、数が多すぎる」


ソフィアは数に押され始めると呪文を詠唱し始め、剣の刃に触れ「フレイムブレイド」と唱えると剣の刃に炎の魔法を付与し、リリアナも詠唱後に「ウィンドアロー」と唱え、矢に風の魔法を付与し放つとオークを3体同時に貫いた。


(なんだ今のは、魔法?剣を燃やしている訳でもない、刃に炎がくっついている、矢は威力が何倍も跳ね上がった、物理的に…いや、それでもこれは現実か)

「おい!何をしている!ぼーとするな!」

「危ない!」


立ち止まりハンドガンを納めた誠人の背後からオークが脳天目掛けて、剣を振り下ろす。


「馬鹿者!戦え!」


オークが振り下ろした剣はオーク自身の胸に突き刺さった。


「今何が?」


ソフィアの目にはオークの振り下ろされた剣は誠人を捉えているように見えたが、誠人は振り下ろされた剣を受け流して奪い取り、オークに突き刺した。


「いったい何が」


オークたちが次々と誠人に襲いかかるが、ゆっくり前進し始めた誠人を止めることは出来ず、バタバタと抹殺されていく。


「姫様、私にはオークたちがあの男に斬りかかっているのに、まるで自分を自ら攻撃している様に見えます」

「本当にお強い方」


ソフィアとリリアナは戦いに加勢する必要がなくなってしまった。

誠人の猛威にオークたちは後退を余儀なくされたが、とっておきを用意していた。


「姫様!あれは!」

「ベヒーモス!あんな怪物を連れてたなんて、防衛線はどうしたのでしょうか」


誠人の前にはヒグマの2、3倍はあろう大きさのベヒーモスが殺気立っていた。


(まさかベヒーモスだと?神話の中の化け物まで出てくるとは…疑う余地もないな…ここは異世界ってか)

「危ない!」


ベヒーモスは誠人に食らいつこうと飛び込んできたが、避ける為に何とか前回り受け身をとった。


「いけない、あの方でもベヒーモス相手では!ソフィア援護を!わたしくは魔法で何とかします!」


そういうとリリアナは先程よりも上位の魔法の詠唱を始めた。


「くそ!邪魔だ!」


援護に向かおうとするソフィアをオークたちが立ち塞がる。

ベヒーモスは誠人に向け再度突撃を開始すると誠人はハンドガンを抜き、ベヒーモスの頭部に複数回発砲するも効かない。

そしてベヒーモスは銃弾を気にすることなく誠人に食らいつこうとするがまたギリギリのところで誠人が回避する。


「間に合え、どけー!」


ソフィアとリリアナは急ぐがオークたちに阻まれ、なかなか援護が出来ない。


「グオーーーー!!!」


ベヒーモスはなかなか捉えていることが出来ずイライラし始め、周りにいるオークたちをしっぽや爪で吹き飛ばし、怒りを露わにしていた。


「姫様!」


リリアナは魔王軍の妨害にあい、詠唱に上手くはいれない。


(間に合って、間に合って!)


ベヒーモスは、ゴォーと音を出し身体から赤い禍々しい気のようなものを発しはじめ、本気で誠人に食らいつく準備をし始めた。


「くそ!あれはまずい!おい!お前逃げろ!」


ソフィアが逃げるように叫ぶが、誠人は聞く耳を持たなかった。

誠人は落ち着いていた、まるで全ての音が静まったように感じる。

そしてポーチから誠人はタバコとジッポライターを取り出し、タバコに火を付け落ち着いたようにひと吸いし、ゆっくり煙を空に向かい吹いた。


「異世界でも空は変わらないな」


そんな誠人をお構いなしと準備の整ったベヒーモスは先程の倍のスピードで「グガァー」と地鳴りの様に叫びながら風を切り襲いかかる。

誠人はタバコを左に持ち、右手で腰の手榴弾を取り、安全装置をカチンと慣れたように解除し、レバーを引き、目の前に手榴弾をトスした。

ベヒーモスは周りの物全てを吹き飛ばす様に一直線に食らいつこうとするも、誠人は流れる様に受け流し、そしてベヒーモスは勢いそのままに木々を破壊しようやく止まった。

ベヒーモスは完全に仕留めるつもりの力で襲いかかったにも関わらず、捕らえる事が出来ない様子で再度突撃を試みようとしたその時。

口から体内に入った手榴弾が「バーン」音をたて爆破、ベヒーモスは腹から弾け飛び、絶命した。


「うそ…」

「ベヒーモスを一撃で仕留めた…」


ベヒーモスが倒されたことでオークの残党は急ぎ撤退した。









誠人たちは川の畔まで戻り、安全を確認していた。

誠人は川辺りの座るのに丁度いい岩に座り、「ふー」とタバコを吸っている。


「それは何をやっているのだ」

「ああ、これはタバコを吸ってる」


ソフィアは不思議そうな目で誠人を見ている。


「それがタバコなのか?」

「ああ、紙タバコってヤツだ…この国はタバコは煙管かなんかで吸うのか、吸うか?」


タバコを差し出すが、ソフィアはそれを拒む。


「いや、私には必要ない」

「そうか、まあ、身体には良くないからな」

「そうなのですか?ではなぜ吸うのですか?」


誠人は咥えタバコをしながら、ジッポライターを見ていしみじみ思う。


「俺もそんなに吸わないんだが、まあ心を鎮めたい時にな…」










山岳地帯で誠人は猪熊に武器使用の体術訓練を受け、猪熊の技に圧倒されている。


「おーい!なんだ佐山そんなもんか!」


仰向けで倒れている誠人に対して佐山が笑いながら、喝を入れる。


「はぁはぁはぁ…くそー、そんな訳ないだろ!」

「じゃあ、さっさとかかってこい!口だけか?」


誠人は立ち上がり、猪熊に立ち向かうがすぐに倒される。


「はっははは、まだまだだな!おら、早くこい!」

「くそがー!」


いつの間にか気を失って目が覚めると、夕焼け空のなか、倒れている誠人の横で猪熊がタバコを吸っている。


「め、覚めたか?」

「はい……」


誠人は猪熊の横顔を見ている。


「なんだタバコ吸うか?」

「いえ、自分は要りません、身体に良くないんで吸いません」


猪熊は誠人の答えを聞き、大笑いしている。


「佐山、おめぇは真面目だな、そんなに長生きしてぇのか?」

「やっぱり、長生きはしたいです」


猪熊はタバコを吹かしながらケラケラと笑い話し始めた。


「佐山、これからこの国はどうなると思う」

「なんですか藪から棒に、どうなんですかね…難しいですね」

「こんぐらいの質問すぐに答えられるようにしとけ、未来なんて誰にも分かんねぇんだから、予測や憶測で構わないんだよ」

「そんな簡単に言いますけど」

「簡単なんだよ、この国は変わらね、技術や経済の発展してもこの国は変わらね、変わろうとしねぇんだよ、仮染めの平和で安定した生活を自分だけがおくれればいい、未来がどうなろうとな、お偉いさんも国の為と野心を語るが言葉だけで、頭中は金のことばかり、つまらない地位の確立のために進歩することを拒んでやがる、そんなくだらねぇもんを守るために命を懸けてるヤツらがいることも知らずにこの国の人間はのおのおと生きてやがる」

「でも、そんな人たちを救うのが俺たちの仕事です」

「優等生が、まあ、要するに何が言いてぇのかってのは、予測も憶測もたてれねぇヤツに進歩はねぇってことだ、いつまでたっても俺に一本も入れれねぇぞ」

「予測に憶測ですか…」

「お前は優等生過ぎなんだよ、型にはまってて、予測しやすい、少しは悪知恵でも働かせねぇとな」

「優等生ですか……」

「まぁ考えな」

「タバコ…タバコ俺にもください」

「ガキに吸えるかな、ほい」


猪熊は誠人にタバコとジッポライターを投げ渡した、初めて吸うタバコにどうしたら火が着くのかも分からず困っていたがひと吸いしてみると、煙が喉に入くるのがわかった。


「けほけほけほ、不味い…喉痛いし頭痛い、全然良くないです」

「はっははは、だろーな、まぁこれからだ優等生」


ケラケラと笑う猪熊に誠人は苦い想いとどこか懐かしい心地よさを感じていた。









オルスタットの川辺りでソフィアは誠人に再度問い掛ける


「ところでお前のあれだけの強さ、そして何よりもあのベヒーモスでさえ一撃で倒す魔法…いったい何者なのだ?」

「……ここはどこだ?」

「お前はさっきから何を言っているのだ!」

「ソフィア」


ソフィアが体を乗り出し誠人を責めようとするのをリリアナが制止する。


「それはどういった意味ですか、スピカ大陸ということですか?それとも…この世界全体ルナリアということですか」

「姫様それはどういう事ですか?」

「貴方はこの国の人間ではないのでしょ?貴方の治療を行った際に失礼でしたが貴方の性質も調べさせていただきましたが貴方は紛れもなくわたくしたちと同じ人族、人間でした、ですが貴方程に強いお方がこの国で知れ渡らない訳がありません、人間が他の大陸で生存している可能性は低い、そして先ほどベヒーモスを倒された攻撃にしても魔法力は感じられませんでした、世界広いとはいえあの様な物わたくしは知りません、異邦の方と考えた方がしっくりときます」

「そうだな、俺もそう考えた方がしっくりくる」

「んん…お二人が何を言ってらっしゃるのか私には分かりませんが、お前が異邦人?ということはルナリアとは別の世界、異世界から来たというのか?」

「有り得ないことではありません、強大な魔法力を持った存在であれば異世界から召喚を行ったという事が記載されている古文書もありますし」

「まあどうかは分からないが、ここにくる前の最後の記憶では女の声がしたが」

「女の声?フフフ、まさかアルテミシア様の声でも聞いたというのか?」

「アルテミシア?」

「アルテミシア様はこのスピカを創造れたとされる女神様です、……そうですね、アルテミシア様がわたくしたち人間を憂いて、貴方を遣わしてくれたのかも知れません」

「ふっ、だったらその女神は間違った人間をよこしたな」


誠人はタバコを消し、森に向けて歩き始める。


「おい!お前はこれからどうするのだ!?」

「さあな、俺は自分の世界に帰るだけだ」

「どうやって、帰るというのだ」

「女神にでも聞いてみるかな」


リリアナが意を決したように誠人に駆け寄って行く。


「これもアルテミシア様が導いて下さった縁なのかも知れません!今わたくしたちアスタルト公国は滅亡の危機に陥っています!どうか!わたくしたちに貴方様のお力をおかしください!」


リリアナはそういうと溢れそうな涙を抑え、誠人に対し深々と頭を下げた。


「悪いが、俺があんたたちに命を懸けてまで力を貸す理由がない、俺はこの国にも世界にも縁があるわけでもない、ましてや魔族に恨みもない、あんたたちが魔族に滅ぼされるのならそれは自然の摂理だ」

「そうですか…御無理を言って申し訳ございませんでした」


誠人は涙を堪えてうつむくリリアナの横を気にすることもなく通り過ぎる。


「待て!」


振り向かず足を止める誠人に駆け寄るソフィアは真っ直ぐに見て力強く話始める。


「お前は理由がないと言ったな!理由ならある!」

「俺が命を懸けてまでお前たちに力を貸す理由とはなんだ?」


誠人は振り返りソフィアを真っ直ぐに眼を見て話を聞く。


「お前は理由があれば我々に力を貸すのか?」

「ああ、当然」

「まず1つは私たちと行動した方がお前の世界に帰る方法の情報を入手しやすい、そして2つ目は魔族は人間に対して敵意しかないお前に対しても同じだろう」


ソフィアは目を瞑り、深呼吸をしてまた誠人の眼を真っ直ぐに見て意を決して発言した。


「守ってやる!お前のことを私たちが守ってやる!」

「ふっ」


誠人は少し笑った。


「これがお前が私たちに力を貸す理由だ!」


ソフィアのブルーの綺麗な瞳が誠人の眼を真剣に見ている。


「1つで十分だ」

「ん?」

「誠人だ」

「なんだ?」

「俺の名前は誠人だ」

「マサトか…変な名前だな」

「俺の国では在り来りな名前だ、俺は命を懸けてお前たちに力を貸す」

「私の名前はソフィア・ミラ・グリンウェルだ、姫様直下の近衛部隊の副団長をしている、誠人、よろしく頼むな」


子供のような、満面の笑みを浮かべるソフィアの顔を夕日が綺麗に照らす。


「誠人様!本当にありがとうございます……」


リリアナは堪えていた涙が零れ落ちるのを両手で拭き取った。


「改めてまして、わたくしはリリアナ・リズ・アスタルトです、どうか……これからよろしくお願いたします!」

「姫様、もうすぐ夜になります、お屋敷に戻りましょう」

「そうですね、帰りましょう」

「誠人、お前はどうするのだ?」

「誠人様、もう遅いですし気になることもおありでしょうが、本日はお屋敷の方へ」

「そうだな……厄介になる」


ソフィアは「ピィー」と指笛を鳴らすと森の方から3頭の馬が戻ってきた。


森を抜け屋敷に着いた時にはあたりは暗くになり月夜になっていた。


「やっぱりここは別の世界なんだな……」


誠人はそう言って見上げた夜空には元いた世界とは違う、一回り大きい青い月が闇夜を照らしていた。


「どうかしましたか?」

「ルナリアの月は大きくて青いな」

「お美しいですよね、あの青い月にはアルテミシア様が宿っていらっしゃると言伝えられております」

「女神が……」

「ですからルナリアの民は皆、月を崇め祈りを捧げているんです」

「誰か月に行ったりしていないのか?」

「フフフ、誠人様も冗談を言うのですね」

「冗談?」

「誠人、人が月になど行ける訳がないだろ」

「そうか、そうだな……それにしても……いや、行こう」


屋敷の前に着くとロベルトたちが出迎えている。


「おかえりなさいませ、姫様、ソフィア様」

「随分と遅くなりましたな、ご無事で何よりです、心配しましたぞ」

「ごめんなさいロベルト、御心配お掛けしました、留守をありがとう」

「姉様、ソフィア、それに……」

「誠人様ですわ」

「誠人さん、おかえりなさい」

「ささ、お三方中へ」

「そうですね、誠人様、本日はいろいろありましたし、また明日これからについてお話しましょう」

「……そうだな」


屋敷の中へ入って行く最中にも誠人は外の様子を伺い、何とも言えない違和感にかられた。



翌朝、大広間に集まる一同。


「昨夜は休めましたか?」

「それなりにな……」

「マリアから伺ったのですが、朝早くからお部屋にはいなかった様ですが」

「ああ、森へ出ていた」

「森へ!?」

「何と無茶を…」

「調べておきたいことがあってな」

「調べておきたいことですか?」

「ああ、いくら結界が張ってあるとはいえ、あんたたちの警戒心のなさに違和感を感じてな、理由はすぐに分かったが、結界は夜になれば威力が増すようだな、森へ入った瞬間後ろに有ったはずの屋敷が見えなく…というより見つけられなくなって、朝方まで見つけられなかった」

「夜に森に入るなっていくらなんでも命知らずにも程がある、夜はモンスターだって多く出るのだぞ」

「それなんだが、この屋敷の周囲を確認して回ったんだが、モンスターはおろか獣すら余り見当たらなかった」

「そんなははずは…」

「そのことについてなんだが気になったことがあるんだが……そのことより、まずは俺はこの世界について知らないことが多すぎる、これからどうするにせよ、全く知らないではどうすることも出来ない、まずはルナリアについて教えてくれないか?」

「はい、アルテミシア様によって創造されたことはもうお話しましたね、世界の歴史が記された文献によると、アルテミシア様はルナリアを創造されると、そこに住まう種族たちを生み出しました……形となる人族、魔法をなす魔族、知恵のエルフ族、探究のドワーフ族、力の獣人族、豪の竜人族、自然の根源となる精霊族、そして創始種と呼ばれる名前以外未知の種族、これら8つの種族たちにはアルテミシア様よりそれぞれ土地が与えられ個々の力を使い繁栄していったのです」

「人間が与えられたのがこのスピカということか」

「そうです、各々の種族はそれぞれの国を発展させていくなか1000年前、強い魔法力を持つ魔族と強い力を持つ獣人そして数は少ないものの天変地異とも言える最強の武力を持つ竜人の間で三つ巴の覇権争いが起きました、戦いは熾烈を極め、長い間均衡状態でしたが、そんな中、魔族は強い魔法力を持つものの戦闘に向かないエルフが治めるエルフィン王国と多くの民を抱える人間が治めるスピカ大陸を支配し、エルフと人間を従えた魔族は長く均衡状態だった戦いを優位に進め、獣人と竜人は劣勢を強いられ、竜人は戦線を退き誰にも目に触れることのない山岳地帯へと隠れ住み、獣人たちは徹底抗戦の末、滅亡の危機に瀕し、散り散りとなりました、魔族は覇権争いに勝利し、魔族による世界の支配が始まりました」

「……」

「魔族の支配が始まったルナリアではエルフと人間、生き残った獣人たちは、為す術もなく魔族に虐げられ続けました、そんな中、500年前、虐げられる運命を変える出来き事が起きました、それこそが勇者リズ・アスタルトの誕生です」


リリアナの話にも力が入り緊張感が高まる。


「微量の魔法力しか持たないはずの人間の中に強い魔法力を持った彼は虐げ続けられる人の先頭にたち、これまで中立を貫いていたドワーフと精霊の協力を得て、遂には魔族たちを魔大陸へと追い返したのです、それ以来500年間、他の種族との交流は一切なくなり、世界は平和へとなったのです」


誠人は目を閉じ、リリアナの話に集中している。


「その後、リズ・アスタルトによりスピカに王政国家アスタルト公国が建国され、現代に至ります、これが古代からの文献に記されたこの世界、ルナリアの歴史です」

「……なぜ500年もの間、種族間での交流がなくなったんだ?」

「それは……20年前まで一切の干渉をしていませんでしたから他の種族については文献に記載されていることしか、わたくしには分からないのです」

「そうか……まあ、大体の実状は分かった」


誠人は多くの違和感を感じながらも、それ以上の追求を止めた。


「あとは、魔法についてだ、俺の元いた世界では魔法は存在しない…いや、正確には知らないか…魔法は俺でも使えるのか?」

「はい、誠人様も微量ながら魔法力が感じられましたので、特訓次第では使用できると思います」

「そうなのか?魔法力ってのは感じとれるものなのか?」

「いいえ、誠人様の場合は治療…治癒魔法を使用した際、お身体に直接触れ魔法力を注ぎ込みますので…その際に魔法力を少し感じとることができたのです」

「そうか、その節は助かった…今更だが、ありがとう」

「いいえ、わたくしよりも、ソフィアが誠人様をここまで手当てして連れて来てくれたのです」

「そうだったのか…ありがとう、ソフィア」


ソフィアは照れたように少し顔を紅くし、誠人から目をそらす。


「わ…私は別に…騎士として当然のことをしたまでだ!」


ロベルトが不思議そうな顔している。


「誠人殿は昨日までとは全くの別人ですな」

「フフフ、誠人様は昨日まで演技なされていたのでしょ」


一同は何気ないリリアナの言葉に驚く。


「気付いていたのか?」

「ええ、誠人様はどんな時であっても冷静でしたし、常に観察している様に見えましたから、そうではないのかと」

「今のはブラフか…姫様、あなたは油断のならない人だ」

「これでも王女ですので、公女として場数を踏んでおります、それなりの観察眼はありますわ……」


そういうと突然リリアナは少し恥ずかしそうにした。


「……それと誠人様、わたくしのことはリリアナとお呼びください…誠人様は家臣ではありませんし、対等の立場で接していただきたいのです」

「そうか、リリアナ、俺の事も様なんて付けなくていい」


誠人は特に顔色を変えることもなくリリアナを呼び捨てする姿を見た、ロベルトとソフィアは咄嗟に指摘した。


「姫様!いくら誠人殿が異国の人間とは言え、さすがに対等というのは…」

「そうです!誠人!お前もお前だ!権威ある方に対して礼儀をだな」

「俺はこの国の礼儀や文化については全くの無知だ、だからこそこの場に居る権威ある方の言うことを聞く事が、最大の敬意であり礼儀だと思うのだが、違うか?」


ロベルトとソフィアは「グッ」と揚げ足取りされたような表情で何も言い返せない。


「フフフ、お二人とも、言葉でも誠人には敵わないよですね」


ロベルトとソフィアは溜め息をつき、俯く。


「話が脱線してしまいましたね、魔法についてですが、魔法とは個人が保有する魔法力を放出させ、発生、構築させる物なのですが、人間は精霊の加護を得なくては魔法を発生、構築させることが出来ないのです…いえ、発生に耐えられないが正確ですね」

「耐えられない?」

「はい、加護なく無理に発生させれば、運が悪ければ、腕が吹き飛びます、魔法によっては命も落としかねません、これには諸説あるのですが原因はわかっておりません、ですので普通は精霊の加護が宿った法石という物を使用して魔法を発生させます」


マリアがお茶の準備を整え、丁寧にそれぞれに配った。


「では少し実践してみましょう」


そういうとリリアナはティスプーンを持ち、詠唱を始めた。


「ウィンド」


ティスプーンの先を包むように小さな竜巻が起きている。


「これが自然魔法です」


ティスプーンの竜巻をリリアナはお茶ににつけて砂糖を混ぜると直ぐに収まった。


「この世界の物は微量の精霊の加護を得ていますので、法石が使用されていない物でも多少は魔法を出現させることができるのですが、とても戦闘に使える代物ではありません」

「精霊の加護か…」


誠人は少し考えている。


「魔法は大きく分けて、今使った自然、豪炎、水流、地原、暗域、光域、治癒、無属、単独の9種類あるのですが、各種については、実際に魔法を行使できるようになって、各種を取得する際に説明した方が宜しいかと思いますので省略しますが、この9種にも例外があります、それが治癒魔法と単独魔法、治癒魔法は放出と発生までは同じなのですが、精霊の加護ではなく対象者の魔法力、人体に直接構築させる魔法です」

「要するに人体を法石の代わりに使用するということか…」

「少し乱暴ですが、その通りです、ただこの治癒魔法に関しては他種族には使用できません」

「人間同士だけと?それで俺が人間だと判断したのか」

「それだけではありませんがそうです、わたくしたちは他種族に治癒を施すことが…他種族の魔法力に干渉ができないのです、これについても理由は分からないのですが…」

「ん…ではなぜ精霊の力を使用できるんだ?」

「それは精霊の魔法力に干渉しているという訳ではないからなのです、精霊とは精霊族と呼んではいますが、身体を保有する生物ではなく、精霊とは魔法力その物、魔法力体ですので、通常の精霊は実体がないのです、中には実体のある大精霊という個体も存在するようですが……実物は見たという方を知りません、精霊についてもまだ分からないことが多く解明がされてはいないのが実情です」

「エネルギー体といったところか…」

「はい?」

「いや、なんでもない、単独魔法について気になるが、具体的な魔法の使用方を教えてくれないか?」

「そうですね、でしたら、実際に使用してみますか?」

「ああ、できるものなら」

「マリア、お願いします」


マリアから手のひらに収まる程度の青白く輝く小石を受け取る。


「そちらが法石です」

「これが?」

「魔法には下級、中級、上級、特級、極級、神聖級の6段階あるのですが、まずは低級の基礎である無属魔法をお教えします」

「よろしくたのむ」

「無属魔法は治癒、単独以外の6つの魔法の基礎にあたる魔法です、無属魔法を使用する場合は魔法の基本の肯定、放出、発生、構築で行使できる魔法なのです、その他の6つの魔法は構築に性質変化が追加されるので、より複雑な物ですので初めて使用する魔法には向きません。百聞は一見にしかずですので、試してみましょうか……では早速お庭に出ましょ」


誠人たちは場所を庭へ移動し魔法に試みる。


「まずは放出ですが、体内にある魔法力をイメージしてみて下さい」

「魔法力をか?」


今まで感じた事のない自身の力を探ることに戸惑うが目を閉じ、精神を研ぎ澄ます。


「自身の体内にある……魔法力」

「ここが最初の難関なのですが、魔法力がイメージできたらそれを法石に放出してみて下さい、それができたら発生なのですが、プロセスとしては詠唱を行ないます、わたくしの様にしてみてください」


そういうとリリアナは目を閉じ法石に魔法力を放出しながら詠唱を始めた。


「ローウェル、イルマナラ、サラ…」

「ちょっと待ってくれ」


誠人は詠唱をするリリアナを止めた。


「詠唱するのはいいが、何と唱えているのかが分からない、何か特別な言語なんだろが…」

「えっ?」


リリアナは不思議そうに誠人を見ている。


「わたくしは特に普段と変わらない言葉で詠唱を行なっていますよ」

「そうなのか?普段の会話では分からなかったが、この世界には言語は何種類あるんだ?」

「言語?ですか?よく分かりませんが…1つです」

「……」

(言語は1つ……日本語と同じかと思っていたが、たしかに英語でも通じていた、そうなると話す言葉を魔法か何の力で通じる様に変換されているのか、そういう世界なのか…)

「魔法詠唱はそうはいかないという事か……すまない、音で覚える続けてくれ」

「は…はい」


リリアナは詠唱を始めしばらくすると「ポップ」と魔法名を唱え法石の持つ指先で、「バーン!!」と空気が弾ける大きな音が鳴った。


「この魔法が基本と言える、無属魔法爆烈系呪文のポップです、詠唱後は魔法名を唱えることで構築するですが、今わたくしの指先で行使しましたが、このままでは戦闘では使えません、そのためには魔法を飛ばしたり付与したりするのですが、これを指定と言います、そして常に行使したい魔法のイメージは持っていて下さい、この一連の流れは同時進行しなければ魔法を行使することは叶いません」

「やはり魔法は難易度が高いな」

「そうですね、通常、魔法を行使できるまでは2年から3年掛かりますので、今は練習だけでも」


誠人は詠唱を行ない、そして「ポップ」と唱えた。


パリッと窓ガラスに少しヒビが入った。


「俺は明日までにこの魔法を仕上げる」

「んがー!誠人殿!屋敷を傷つけないでくだされー!」


ロベルトは割れた窓に駆け寄りヒビ割れた部分を触り確認している。


「明日までって、誠人、そんなに何を焦っているのだ?」


誠人は風の音の中から不自然な音がするのを察した。


「どうしたのだ?」


誠人は地面に耳を当てた。


「誠人何を?」

「馬の群れが…20から30程近づいてくる」


ソフィアは両耳に手を添え、耳を澄ました。


「そんな音どこから………確かに聞こえる」


森から馬の群れが近づく音が耳を澄まさなくとも聞こえると、ロイド・グリンウェルの率いる騎馬隊がやって来た。


「兄様!」


騎馬隊は近くまでやって来ると全員が足早に下馬し、リリアナとレオリオの元まで赴き片膝をつき揃ってひかえた。


「レオリオ様、リリアナ様、ロイド・グリンウェル以下30名只今参上致しました」

「ロイド、ご苦労様です、防衛線の状況はいかがですか?」

「戦況は芳しくありません…魔王軍の2南方軍2000の兵及び幹部オルクスにより、東側関所の防衛線もいつまでもつか…誠に申し訳ありません」

「仕方がありません、貴方たちは死力を尽くしてくれています、わたくしたちは感謝しております」

「もったいなきお言葉です、それと、昨日の戦闘の際、魔王軍を一連隊こちら側まで突破されてしまい、急ぎ追跡して来たのですが」


誠人は2人のやり取りの様子を見ている。


「ロベルトさん、あれがグリンウェル伯爵か?」

「はい、あのお方がソフィアの兄君であり、このグリンウェル領領主で近衛隊の団長ですな」

「ロベルトさんが団長ではないのか?」

「いやいや、わしめは姫様のただのお付です」


ロイドはリリアナの後方でロベルトと話す、見知らぬ存在の誠人に気付き目をやる。


「ところでリリアナ様、あの御仁は何方ですか?」

「兄様あの者は誠人と言って、別の…」

「誠人様と仰られる旅のお方です」


ソフィアが素直に誠人の事を話そうとしたがリリアナが直ぐに割って入いる。


「実は誠人様は記憶が御座いませんの」

「記憶が…」

「姫様?」


誠人はロイドに近づき一礼する。


「グリンウェル伯爵、お初にお目にかかります、私は誠人と申します、旅の途中に負傷した所、皆様にお助けいただきまして、感謝してもしきれません」

「誠人殿は記憶がないとお伺いしましたが」

「誠人様は大変重傷を負われていましたので…そのためかもしれませんね、そんな状態のお方を見過ごせません、わたくしたちで記憶が回復されるまで保護いたします、同じ人間同士、助け合わなくてわなりません」

「記憶のない私のような者にも暖かく迎えていただいた御恩、私は少し武を心得がありますのでお役に立てたら幸いです」

「そうですね…誠人殿よろしくお願い致します」


誠人とリリアナが平然と言繕う姿を見てレオリオとソフィアは目を丸くしている。


「お疲れでしょう、ロイド、詳しく現状を聞きたいので屋敷の方でお伺いします」

「しかし、リリアナ様まだ魔王軍の残党を追っていますので」

「それでしたら、もう対処いたしましたわ」

「誠ですか!?ベヒーモスも連れていましたが…」

「ええ、誠人様の御協力のおかげでベヒーモスもなんとか討伐致しました」

「そ…そうですか………しかし、リリアナ様、誠人殿はローズベルトの差し金かもしれません…十分お気をつけを……」

「大丈夫ですわ」


リリアナとロイドと数名の騎士は屋敷へと入っていった。


「誠人なぜ、兄様に記憶がないだのと嘘を」

「リリアナの判断は正し、味方や親族であっても必要以上に俺の正体を話すことはない、混乱を招くだけだからな」

「そうなのか?まあ姫様の判断なのなら」

「それに全て嘘って訳でもないしな…」

「んっ?」

「俺は魔法の訓練をする」

「それでしたら!わしめが教授して差し上げましょう!これでも上級魔法師ですからな」

「それはありがたい、よろしくお願する」

「心得ましたぞ、ワッハッハ」


誠人とロベルトは魔法の訓練を始め、何度やっても同じことの繰り返し指先でシャボン玉でも割れたかの様な状態を繰り返し繰り返し魔法を行っている。

その姿を眺めながらレオリオは切なそうにしている。


「誠人さんはすごいね…僕なんてまだ発生すらできないのに…」

「大丈夫です!レオリオ様は必ずできる様にますよ、凄い力を秘めているのですから♪」

「ありがとうソフィア……でも僕は…」

「レオリオ様…」


レオリオはうつむき屋敷へと戻っていくその背中を見てソフィアはそれ以上声が掛けられなかった。



しばらくして状況報告を終えたロイドたちが険しい顔して屋敷から出てきた。

ソフィアは直ぐに駆け寄り険しい顔のロイドに声を掛ける。


「兄様、防衛線の状況はいかがですか?余りよろしくはありませんか?」

「状況は良くない、だが私たちは全力で防衛線は死守するよ」

「兄様、私も…私も防衛線で戦います!近衛隊副団長として最後まで死力を尽くしたいのです!」

「ソフィア、お前はリリアナ様とレオリオ様の元でお二人を御守りしていてくれ、頼りにしているよ」

「…私は……」


俯き共に戦いたいと言いた、わがままだと分かっていても、その気持ちを抑え悔しがるソフィアの頭を優しく撫でるロイドの手からは妹を想う優しい気持ちが伝わってくる。

ソフィアは本音を押し殺す事しか出来なかった。


「兄様……ご武運を……」

「ああ……ソフィア、ありがとう」

「……」

「ロベルト殿!誠人殿!よろしくお願いいたします!」


ロイドは深々と頭を下げ、それに応えるように誠人は少し離れた場所でロイドに会釈した。

立ち去るロイドの背中を見送る事しかできない、不甲斐なさにソフィアは流れる落ちる涙に堪えられなかった。


「さあ!皆の者、戻るぞ!」

「はっ!」


ロイドと騎馬兵たちは防衛線へと戻っていった。


「ロベルトさん、ソフィアは副団長にも関わらず、前線にいないのは女だからか?」

「ええ、そうですな、ソフィア殿は女の身でありながら副団長と言う立場でありますが……こんな情勢でなければ、ソフィア殿は騎士としてはいられなかったでしょうな……」

「女だからか?」

「そうですな……この国では女性は戦場にいるものではない、ましてや騎士などと、女は家で男を支えるものだ……というのがこの国のいや、人間の考え方ですな」

「ロベルトさんもそう考えているのか?」

「ええ、勿論……いや、かつてはそうでありましたね……幼子の頃から姫様やソフィア殿を見てきて、彼女たちは、女の身でありながら男には負けぬ程に誇り高く、強く有ろうと努力成され続けていました、そんなお姿を見ていたら……わしめの考えは間違っていた…そう思ったのです…もっと早く気付けていたら、妻は…」

「どうかしたか?」

「いやいや、なんでもありませぬ、ワッハッハー」

「……レオリオが王位継承権1位だと言っていたが、悪いが俺には仕来りを考えず純粋な能力でいえば第一王女であるリリアナの方が王位継承するに相応しいと思うんだが」

「なぜ、そう思われるのですかな?」

「俺はレオリオがどんな力を秘めているかは分からないが、平時であればいざ知らずレオリオには、今の国の状態では政治の道具になるのがオチだろ、だがリリアナは洞察力、統率力も申し分ない、そして戦闘でも先陣できる程の力もある、嘘と真実の利用価値を良く分かってる」

「嘘と誠ですか…」

「ああ、初めて会った時からリリアナはその両方を上手く使っていた」

「……」

「最初にリリアナは俺が全員殺せると言ったが、あれは俺の油断を作る為のフェイクだろうな、まぁ、それに乗らせてもらったが……本当はあんたという隠し剣を持ちながら、あんたも随分と演技が達者なんだな、ロベルトさん」

「……ハッハハハ!それは過大評価というものですよ!」

「政治は綺麗事ではやっていけない、リリアナはそれを十分に理解しているよ、そして、本当の意味での誠実さも持ち合わせているようだしな、王たる器には十分だと思うんだが」

「誠人殿はお若いのに随分と苦労と修羅場を潜って来られたようですな、いったいどんな修羅場を潜ればその洞察力が得られるのですかな?それともその聡明さは、異常に優れた聴力が関係しているのですかな?」

「ふっ」

「たしかに姫様は王位を継承するだけの技量はお持ちです…ですが」

「結局性別か…」

「そうですな、女性に王位継承権はないのですよ」

「いくら能力があっても、女である以上、王位継承することができないのは歯痒いだろうな、だからこそのレオリオなのだろうが……」

「レオリオ様はとても賢く、何よりとてもお優しい方です」

「良き王が優れた王とは限らないからな、それに人は変わる……女だからといって能力ある人間を登用できないようではこの国に進歩はない」

「誠人殿の世界では男女共に平等なのですか?」

「いいや、この国とさほど変らない…いや、別の形になっているか」

「えっ?」

「リリアナとの話で気になった部分があるんだが、いくら勇者が敗れたからといって、魔族がどれ程のものかはわからないが、10年でここまで劣勢になるのに疑問を感じるのだが……いや、ここまで劣勢になっているのに10年ももっているのには何か要因があるのか?……公爵家が関係しているとか?」

「お恥ずかしながら、お察しの通り、アスタルト公国は一枚岩というわけではありません……」


ロベルトは俯き悔しさを滲みだしながら、一つ一つ語り出した。


「……先代王、アルバート王が魔王軍との戦火の中でお亡くなりになって以来、我がアスタルト公国では陛下のご子息とローズベルト家との間に王位継承争いが起こりました…通常であればご子息が王位継承することに問題はありませんでしたが……度重なる魔王軍との戦で王家の兵力は衰え、ローズベルト家は援軍要請にも何かしらの理由をつけて軍の派遣に応じませんでした…そして第1王子ラクラス様、第2王子ハロルド様までもお亡くなりに……元々アスタルトの半数近くの軍事力を保有していたローズベルト家が力を増していき…今では……」

「こんな状況であっても王位継承争いか…」

「誠にお恥ずかしながら……」

「どこの世も変わらないな……」

「何か?」

「いや、ロベルトさん、いろいろ教えてくれてありがとう、魔法の訓練に戻ろう」


誠人は少しの休憩を挟み再び魔法の訓練を繰り返し続けた。













「おい!佐山聞いたか!?」


高等工科学校敷地内の寮の食事で誠人が食事をしていると、突然、同級生の生徒がやって来て誠人に話し掛けてきた。


「なんだ?また誰か無断外出でもしたか?」


誠人は食事を中断した事に後悔するように気のない返事を返した。

どうせくだらないゴシップだと分かっていたからだ。


「違う違う!勇者が出たんだよ!勇者!」

「はあ」

「山田の奴が新山結花に告白したんだってよ!いやー勇気あるよな!確かに見てくれは可愛いしスタイルもいいけどさぁ…あの鉄仮面ゴリ子だぜ!勇者だわ!」

「へぇー、で、どうなったんだよ?」

「それはそれは見事に玉砕!挙句の果てにはボッコボコにされたらしい!怖いねぇ!いくら可愛いくてもゴリ子に告るなんて勇者だな!な!」


誠人は得意気にゴシップを話す同級生に苦笑いを向ける。


「佐山なんだよ?ビックニュースだろ?うん?」


同級生が誠人の様子がおかしく思い、自身の後ろを気にしているのを不思議に思い振り向くと、そこには新山結花が鋭く睨みつけていた。


「げっ、新山…さん……いたの?」

「ゴリ子で悪かった……ね!」

「いーてー!」


結花は同級生の足を力強く踏みつけた。


「佐山君、次の野外での演習の準備、私と佐山君でするように教官から言われたから、さっさとご飯終わらせてね」

「了解」


誠人は直ぐに食事の残りを食べ終わらせ、準備に向かう結花の後を追うが、同級生が足を痛そにしながらも誠人の腕を掴み止めた。


「おい、佐山いつからお前気付いてたんだよ」

「勇者のくだりからだ」

「言えよ」

「自業自得だな、じゃあなぁ」


そういうと誠人は同級生に笑い掛け、結花の後を追った。

用具室で演習用の備品を2人で黙々と台車に乗せていると、結花が唐突に話し掛けてきた。


「佐山君、前回学科試験と実技試験、ダントツで1位だったね」

「ん?あ…ああ、まぁ頑張ったからな」

「あの成績は努力で出せる様なものじゃないよ…才能があるからだよ」

「そうかな?でも新山さんもさ、女子なのに男子に全然引けを取らないし、学科だって良かったじゃん」

「私そういう言い方、嫌い」

「えっ、あ、ごめん」

「女だから何?女だから女のくせに、だから?女だから訓練を努力しちゃ駄目なの?女だから強くあろうとする事が駄目なの?自衛官になることがおかしいの?バカみたい!男か女じゃないの!私は私として強くありたいの、それってそんなにいけない事?」

「いや、そんな事ないよ」

「私、佐山君に負けないから、卒業までに佐山君を追い抜くから!」

「じゃあ、俺は負けない様に全力で努力するよ」


誠人が結花に笑顔を向けると、普段は絶対に笑わない彼女が少し笑った様な気がした。













翌朝、朝焼けが綺麗な早朝から魔法の訓練を行っている誠人にロベルトが教授している。


「爆裂系の魔法が基礎と呼ばれるのは構築から発生まで単純であるからなのですよ、魔法力の塊を指先にイメージしてみてください、できるだけ丸ものを、それをパン!と弾けさせるそんなイメージです」


誠人はロベルトのアドバイスを聞き入れ、何度も繰り返す。


「ポップ」


繰り返し繰り返し魔法を行使することで指先から風船を割る様な音と感覚が発生するまでに進歩した。


「しかし、誠人殿は体力があるのか魔法力があるのか、少量の魔法力しか放出できていないとはいえ、これだけ繰り返し魔法を行使し続ければ、魔法力切れで意識を失うか、体力切れで動けなくなるかなろうものなのに、流石ですなぁ」


ロベルトは誠人の根性とも言える訓練への執着心に心から関心している。


「魔法力切れだと意識を失うのか…通りで何度か記憶が薄れているのか」

「何ですと!?いったい昨日からどれだけしておられるのですかな!?」

「それよりも魔法発動の指定が思った以上に困難で考えたんだが、この法石に魔法を付与して物理的な方法、例えば置いたり投げたり」

「爆裂魔法をですかな……確かに発想はありませんでしたが、可能だと思いますが…姫様が矢に魔法を付与し放ってはいますが、

それは発生した魔法を放っていますので、爆裂魔法の場合に同じ効果があるかどうかは……」

「爆発してから放っても意味がない…」

「まぁそうなりますな」

「……魔法力を放出して法石に留めておくことはできないか?」

「んんん?どうでしょうか…そのような事は行ったことがごさいませんのでな」

「試すにも、それなりに法石がいるな、法石はどうやって作っているんだ?」

「作っているのではなく採取しているのですよ、法石は精霊がの加護を得ていることは知っていますな」

「要するに、精霊がいる場所には法石があるということか?」

「そうですな」

「だが、どうやって精霊を見つけるんだ?」

「精霊は見つける事は不可能です、ですから感じとるというのが法石を見つける方法ですよ」

「感じとる……」

「まぁ、今の誠人殿なら出来なくもない事だと思いますが、そのような事をわざわざしなくとも、グリンウェル領は風の大精霊シルフが宿ると言われる土地ですから、法石が良く採れる採石場があるので、備蓄には困っておりません」

「そういう事か、グリンウェル領が未だ占領されきらなかった理由か…それなら尚のことグリンウェル領を魔王軍に抑えられる訳にはいかないな」

「そうですな……ですが、このグリンウェル領も、もはや風前の灯火、主城は占領され…民の住む居住地も多く抑えられ、農地に工業地も……」

「民はどうしているんだ?」

「民は逃げ隠れしている者いますが、ほとんどは、捕虜になっております」

「生きているのか?」

「魔族とて、拠点を築くのに、労働力は必要ですからな、そう簡単には殺しはしないでしょうが…虐げられるでしょうな」

「ローズベルト領が奇しくも抑止力になっているのか…だがそれを聞いて安心した」

「なぜですかな?」

「何をするにも人材は必要だ、それに城は攻めるよりも防衛する方が難しかったりもするからな」

「それは?」

「ロベルトさんありがとう、あとは何とかなりそうだ」

「いいえ、こんな老とるがお役に立てたのなら、法石はご用意致します」

「助かる、面倒ついでにもう1つお願いしたいことがあるんだがいいか?」

「ええ、わしめにできることでしたら」




広間の食卓でリリアナとレオリオがアフタヌーンティーを所望している様子を傍らでソフィアが静かに控えている。


「ソフィア、誠人の様子はいかがでしょうか?」

「はい、誠人は魔法の訓練に休む間もなくひたすらに打ち込んでいます」

「そうですか、あのお方は本当に不思議ですわね、無理難題でも誠人なら実現してくれそうな気がしますわね」

「そうですね…そうだと信じたいですね」

「ですが……現状はよろしくありません、もはやこのグリンウェル領も魔王軍の猛威には耐えられないでしょう…ここを退き、機会を伺うしかないかもしれませんね、奥の手は使いたくはないのですがやむを得ない時が来るやもしれませんね……」

「姫様、必ずこのグリンウェル領は兄様たちが必ず…必ず死守して下さいます」

「そうだと良いのですが……私たちの役目はレオリオを守ることなのです、レオリオさえ生きていれば…王がいればまた民は立ち上がることができるのです、その為にはローズベルト領に逃げ落ちることも考えなければなりません、ソフィアやロベルト、それに誠人がいれば正統な王家が継承していける、わたくしは確信しています」

「はい…姫様

俯き自分の不甲斐なさを感じるソフィアの様子を見て、レオリオはリリアナに何か言おうとする。


「姉様……僕は…あの」

「どうかしましたか?レオリオ?」

「いえ……なんでも…なんでもありません」


レオリオは最後までリリアナに何か伝えたい事がある様だが、気高く凛々しい姉に何も意見することができない。

すると突然、屋敷入り口近辺から「ドカ!」と人が堕ちるような、大きな音がし、ソフィアは直ぐに様子を見に向かう。


「どうしたというのだ!?」


入り口では近衛隊の兵士が傷付いた姿で、早馬で駆け付けたのだろう、息も絶え絶えに蹲っている。


「姫様…に…グフ!」


リリアナも続けて駆け付け、直ちに治療魔法を兵士に行う。


「どうなさったのですか?」

「姫様…お逃げ下さい…ウウウ」

「何があったのだ!?兄様は?」


誠人が外から歩いてやってきた。


「思ったよりは早かったな」

「誠人!何を言っているのだ!」

「俺は戦線の様子を見に行く、馬を貸してくれないか?」

「ええ、お願いできますか?」


誠人が屋敷を出て馬の納屋に向かう後をソフィアが追いかける。


「誠人!私も行く!」

「そうか、それじゃあ案内を頼む」


2人は馬に乗り、急ぎ足で戦線へ向かう。


「くそ!いったいどうなっているのだ」

「恐らく防衛線は明け方に魔王軍の襲撃にあったのだろうな」

「だが、防衛線がそう易々と突破されるとは」

「いや、用意周到に計算されて突破されている」

「何?」

「前回の襲撃で1連隊ではあるが突破されている、あれは防衛線と始めから戦うための部隊ではない、後方にいるリリアナ、レオリオの居所の特定、後方の情報収集が目的だろうな」

「だとしても、なぜこのタイミングなのだ?」

「奴らは元々防衛線を破るだけの戦力の準備は整っていたのだろう、だが後方の様子もわからないまま攻めるには危険すぎる」

「偵察だったと…」

「ああ、そんな偵察から連絡がない、となると本隊で攻めるべき相手だと判断に至ったんだろう」

「私たちが偵察を倒したから……」

「いずれはこうなった、俺の予測では今夜夜襲を掛けてくると思ったんだが、森に魔王軍が潜んでいたしアイツらは先導役だろな」

「なに!」

「安心しろ、全員片付けた、そう簡単に屋敷にはたどり着けない」

「しかし」

「何せよ急ぐぞ」


森を駆け抜け続ける2人の目に撤退し疲れ果てた数十名の騎士団の団員を発見した。ソフィアは直ぐに下馬し、傷付いた兵士たちに問い掛ける。


「何があったのだ?」

「ソフィア様…申し訳ありません…魔王軍の奇襲を受け…クッ」


兵士たちは悔しさを滲みだし、涙する者もいた。


「兄様は?」

「ロイド様は私たちを逃がす為に殿を……申し訳ありません…」

「兄様……」


ソフィアの怒りは頂点に達し、決意した、ロイドと共に戦い魔王軍に一矢報いてやると。

ソフィアは直ぐに馬にかけ乗り、戦火へ向けて駆ける。


「ソフィア様!いけない!」


力の限り駆け抜ける、一歩でも1秒でも早くロイドの元に駆けつけれるように。


(兄様…兄様…兄様!今参ります!)


間に合え間に合えと、ソフィアは祈り続け、森を抜けそこに広がった風景は、願ったものとは真逆の絶望的なものだった。


「そんな……」


防衛線のあった、関所は見る影も無く、多くの屍がそこにはあった。


「なぜ…なぜこんな…」


ソフィアは涙を堪え、屍を見渡した、そこには知った顔もあり、ソフィアの心は締め付けられた。


「兄様…」


ソフィアは屍の中にロイドを探した。

絶望を押し殺し、ロイドの姿を探し続けるソフィアの目には怒りの炎が満ち満ちと溢れる。


「許さない…そなたたちの無念、必ずやヤツらに一矢報いてみせる」


ソフィアが進もうとすると後ろから誠人の手がソフィアの腕を掴み、復讐へ進むソフィアを留めた。


「待て、死にに行くつもりか?」

「離せ!私は騎士として、最後まで戦う!」

「今行けば無駄死にだ」

「じゃあ!じゃあ…どうしろというのだ…ここは私の故郷なのだぞ、退く事などできない……それでもお前は止めるのか」

「ああ、わざわざ死に行くヤツを行かせるわけないだろ」

「私は!私は……アアアァァァ」


雨の降りしきる中、ソフィアは膝から崩れ落ち、自身の不甲斐なさを呪う様に泣き続けた。






…………俺の記憶は瓦礫の中の暗闇からはじまる、苦しくて、酷く痛む、怖い、どこなのかもわからない、「怖い…誰か助けて僕はここにいるよ……お願い、誰か助けて……死にたくないよ」……………






降りしきる雨は誠人とソフィアを容赦なく濡らし続ける。


「私はなんて無力なんだ……何が騎士だ!……誠人、私は女の身でありながら騎士としてあろうとすることは駄目なのか?」

「それは俺にはわからない、ソフィア、お前自身が決めることだ、世界中の誰でもない、どうありたいかはお前が決めることだ」

「だが……私は…」

「立て……ソフィア、立て!まだ何も終わった訳じゃない」


ソフィアはゆっくり立ち上がり、顔を拭って振り向いた。


「すまない…そうだな、行こう」

「……」

「すまない、必ずお前たちを弔ってやる…今は待っていてくれ」


ソフィアは馬に乗り、屋敷へと手網をきった。










屋敷に着く頃には、先程まで大地を濡らすように降っていた雨は静かに止んでいた。

屋敷の前では傷付いた兵士たちをマリアとロベルト、そしてリリアナが治療を施している。


「ソフィア様!」


ソフィアを呼ぶ声の方向から白髪混じりの無精髭を生やした騎士がソフィアの元に厳しい顔してやってきた。


「ソフィア様……誠に面目ありません……」

「ケラー、無事だったか、そなたたちは死力を尽くしてくれた、感謝しかない」

「オルスタットを守ることも……ロイド様を……うっうぅぅ」


ケラーはソフィアの前に跪き、面目なさと不甲斐なさで涙を流し謝罪する。


「生きていてくれて、ありがとう」


ソフィアが優しくケラーを慰める姿を見て、誠人は過去の風景を思い出した。






……瓦礫の中から救われた僕に対して優しく語り掛けるのは誰?顔を思い出す事のできない青年自衛官「生きていてくれて、ありがとう」涙を流し、何度も何度も振り絞るよいに言い続けてくれた……。




「誠人、どうでしたか?」


リリアナが思い詰めたように語り掛けてきた。


「事態は最悪だろうな、だが」


誠人がリリアナの問に答えようとしていると、リリアナの元に血相を変えた騎士たちが集まってくる。


「姫様!もはや、オルスタットは終わりです……フィガロに落ち延びる他ありません!」

「魔王軍には敵いません!逃げるしかありません!」

「もう戦いたくない!」


次々とリリアナの元に恐怖にかられた騎士が押し寄せる。


「お待ち下さい!どうか落ち着いてください!」

「落ち着いてなどいられません!ここも直ぐに魔王軍が攻めてくる!早く!」


今の騎士たちにはリリアナの声は聞こえなくなってしまっている。


「落ち着け!!!バカ者共!!!」


混乱する騎士たちにソフィアが一喝を入れると、騎士たちは静粛する。


「皆様落ち着いてください、事態は良くありませんが、こんな時だからこそ、わたくしたちは焦らず冷静に情報を整理しなくては生き残ることは出来ません」

「しかし、姫様、事態は急を要します」

「そうです!我々にはもう選択肢はありません!例えフィガロに落ちのびようと、レオリオ様とリリアナ様がいればまたいつか…我々はアスタルト公国を再興することができましょう、悔しいですが、今はそうするしかありません!」

「待て、お前たち!オルスタットを放棄するのか!?」

「ソフィア様、これはロイド様の願いでもあるのです……ロイド様は少しでも多くの兵を残し…リリアナ様……アスタルトの未来を想うて…お独りで殿を勤めてくださいました……」

「兄様が…兄様は?」


ソフィアの顔からは血の気が引いた、考えないようにしていた事態に対して、最悪の結末を余儀なくされた。


「恐らく……もう……」

「兄様……くっ」

「もはや……もはや、オルスタットはもう人間のものではありません」


その場にいる誰もが絶望的事態に落胆し、恐怖と不安が支配していた。


「ロイドはまだ死んではいない」


後ろでそう言い放つ誠人に注目が集まる。


「何を言っているんだ!」


騎士たちから批判の声が多く上がるなか、ケラーが騎士たちを制止する。


「貴方は、誠人殿ですね?ロイド様からは聞いております、ロイド様が生きていると言う根拠が何かあるのですか?」

「戦場を見たが、ロイドの死体は見当たらなかった、捕虜になっているからだろうな」

「それだけでは、ロイド様が生きているとは」

「勿論そうだ、だが、魔王軍の目的にはロイドは捕虜に最適だからだ、魔王軍はレオリオの確保が最大の目的だ、それには情報が不可欠だろうな、それを聞き出すなら、部隊を指揮している人間だろう、それにロイドはこの土地の領主でもある、土地の情報を聞くには最適な存在だ」

「ですが、魔王軍がそんな情報を必要としている事がなぜ分かるのですか?」

「魔王軍は偵察を出し、森に手引きする者を配置していた、そこまでしても情報が必要なのだろうな…だが何よりも魔王軍が人間に対して持っている、余裕がロイドを生かす最大の理由だろうな」

「余裕?」

「ああ、このオルスタットが戦場になって、2年立つそうだが、悪いが魔王軍の戦力からして、ここが2年ももっているのは奇跡だ、魔王軍の全容は分からないが、魔王軍が本気を出していれば半月ももたないだろな、だが2年も耐えられているのは、他にも要因はあるだろが、最大の要因は魔王軍の余裕だろうな、そんな奴らなら、ロイドから情報を得る為に生かして捕虜にする可能性は十分にある」

「それは可能性の話ですよね、それを信じるには」

「仲間の生存を信じるには十分な可能性だ」


誠人の力のある言葉にケラーはそれ以上何も言う事が出来なかった。


「兄様は生きている……だったら、直ぐに助けに行くべきだ!」

「しかし、ソフィア様……」


一筋の希望にソフィアは賭けたかった、しかし、騎士たちは俯き言葉や歓声を上げる事もなかった。


「皆、どうしたと言うのだ?まだオルスタットを諦めるにはまだ早い!兄様が生きているなら必ず事態は好転する!共に戦おう!」


騎士たちはソフィアの激励に対して乗って来る者はいなかった。沈黙する騎士の1人がぽつりと口を開く。


「ソフィア様は、我々に死ねと言うのですか?」

「えっ?」

「我々はこれまで戦線で死力を尽くして参りました!それは死ぬ為でなく、生きてオルスタットを守る為です!」

「私は…違う!そうではない!」

「ソフィア様は分からないんだ!奴らの強さも恐怖も!いつも安全な場所にいたから!」

「止めぬか!」


ソフィアに食って掛る騎士たちをケラーが制止する。


「私は……そんなつもりでは……すまない……」

「ソフィア様、この者たちが無礼を働き申し訳ありません、ですがみな、疲弊して、思ってもいない事を口にしてしまったのです、どうか許してやって下さい」

「いや……私が考えなしな事を言ってしまったからだ……すまない…」

「ソフィア様……」


騎士たちはリリアナの元に集結し、懇願する。


「姫様!ここがいつ攻め込まれてもおかしくありません!」

「早くフィガロまで撤退いたしましょう!」

「姫様!御決断を!」


リリアナは騎士たちに早急の決断を迫られるが、自分に付き従ってくれるソフィアへの想いが決断を鈍らせている。


「姫様!」


騎士たちは迫る魔王軍への恐怖心に支配され、リリアナの想いには気付く事なく、撤退の決断を迫る。


「そうですね……」

「姫様!」

「ここまでですね…」


リリアナは恐怖に支配された騎士たちにこれ以上戦いを強いることができない、オルスタットを撤退する決断をしようと心に決めた。

ソフィアもリリアナの想いに気付き、故郷や家族への想いを心の奥へとしまった。



………………「お兄さん?なんで泣いてるの?」その自衛官は僕を抱き抱え涙を流し続けていた、理由なんて分からないかった、でもそこがこの世の地獄だって事は幼いながら理解はできた、そこは目に映る全てが瓦礫と化していた。

「ごめんね、もっと早く助けてあげられなくて……でも君を救出出来て良かった……生きてくれて、ありがとう……」

僕を抱き抱える自衛官の腕は強く逞しかった。

「僕もいつか……」…………………………






「ふっ、はっははははは!」


突然大きく笑う誠人に騎士たちは注目する。


「なんだ貴様!何が可笑しい!」

「いや、すまない、余りにあんたたちが滑稽過ぎて」


騎士たちが誠人の発言に対して怒りが芽生え、誠人に迫る。


「俺たちの何が滑稽だと言うだ!だいたい貴様は何者だ!」


一触即発の事態にロベルトが焦って、間に割り込む。


「まあまあ、皆の者落ち着くのだ、誠人殿も言い過ぎですぞ」

「言い過ぎ?こんな自分自身の仲間も家族も故郷も見捨てて、さっさと逃げる連中にか?」

「貴様に何が分かる!俺たちはずっと戦ってきたんだ!だけど……魔王軍は強過ぎる……俺たちだけではどうしようもできない……」


騎士たちは俯き悔しさを滲みだしながら涙を流す。


「皆さん……」

「俺たちだって悔しい、家族だっている、故郷を守りたい、だけど騎士としてやらなければならない事はアスタルトの為にレオリオ様たちを救う事だ……それはロイド様の願いでもあるんだ……だから!」

「だからなんだ?あんたたちが騎士?俺の知ってる騎士ってヤツはどれだけ周りから認められなくても、朝から晩まで手が血豆だらけになっても剣を振り続けて、どれだけ絶望的な事態であっても守りたいものの為に1人でも最後まで騎士としての誇りを持って戦い抜こうとする、俺はそんなヤツしか知らない」

「誠人……」

「別にあんたたちがどうしようと勝手だが、俺は行く」

「誠人!無茶です!貴方お1人では!」

「たった一つの命であっても諦めるつもりはない、救える命があるなら俺は、俺たちは命を懸けて救う」


誠人はその場を立ち去ろとする。


「誠人!なぜお前がそこまでしてくれるのだ?」

「これは俺の使命……いや、誇りだからだ」

「ならば、私も行く、私自身がそうしたいから、私自身の誇りにかけても」


誠人はソフィアの方に振り向き、右手を差し出し握手を求める。


「ああ、よろしく頼む」


誠人の行動にソフィアは少し驚き、頬を赤らめながら誠人の握手に応えた。


「こちらこそ、よろしく頼む」


青い月がソフィアの綺麗な微笑みを照らしだしていた。


「では、わたくしも行きます」


リリアナが2人の元に駆け寄る。


「姫様が行くというのでしたら、わしめも当然ついて行きます」


この信じ難い様子に騎士たちは戸惑う。


「待ってください!姫様!どういうことか分かっているのですか!ロベルト殿もあなたは姫様を止める立場でしょ!」

「皆様、もうお気付きのはずです、もはやわたくしたちには選択肢がないことを、この場を退いて生き残ったとしても、必ずまた同じ様に退かなくてはならなくなります、もはや人間が生き残るには戦う他ありません!これ以上逃げて誇りを失い続けたくありません……ですから、わたくしは最後まで誇り高く、わたくしらしく最後まで戦い抜きます!」


騎士たちはリリアナの圧倒的威厳の前にもはや言葉を返す事が出来なくなった。


「姫様!私も行きます」


ケラーがリリアナの前に跪く。


「私も最後まで騎士として戦い抜かせて下さい、どうかご同行することをお許しください」

「ええ、よろしくお願いいたします」

「ソフィア様……いえ、副団長、最後まで共に戦わせてください!」

「ああ、頼む」


騎士たちは困惑していたが、お互いを見つめ直す。


「俺もついて行きます!」

「俺も副団長!」

「最後まで戦います!」


リリアナの言葉、ソフィアの言葉に騎士たちは覚悟を決め、騎士としての誇りが蘇り、奮い立った。


「皆!ありがとう!我々は最後まで誇り高く、戦い、奴らに一矢報いてやろう!」


ソフィアの激励に騎士たちは感化され「おー!」と奮い立ち歓声を上げる。


「誠人、あなたはこうなる事を分かっていたのですね」

「流石に俺1人で魔王軍を撃退することは無理だからな」

「ずるい御方、でも、ありがとうございます、これで悔いなく最後まで戦い抜けます」

「リリアナ、嘘は人を動かすことは出来る、だが人を奮い立たせられるのは真実だけだ」

「えっ?」

「オルスタットを救うぞ」

「はい」


誠人の言葉にリリアナは希望を持つことができた、目を潤ませ笑顔で応えた。






グリンウェル邸、大広間において、大テーブルにオルスタットの地図が敷かれ、作戦会議が行われていた。


「では明朝、日が昇り始め、我々騎兵隊10数名が東方側から奇襲後、残りの50名で東方関所跡に本陣の構成でよろしいでしょうか」

「もはや、その方法しかないか、私たちは死力を尽くして戦う他道はない…」

「そうですね……誠人、何かありますか?」

「そうだな、まあ、この作戦だと、半日ともたないな」

「誠人、仕方あるまい……だが一矢報いてみせる!」

「誠人、他に何か作戦があるのですね?わたくしたちが勝つ方法が?」


一同は驚き、誠人に注目する。


「その前に、あんたたちはなぜ夜襲を掛けようと思わない?」

「そんなの当たり前だ!夜は奴らの方が断然有利だからだ、私たちが夜襲を掛けようと思えば暗闇で見えない、そうなれば、たいまつが必要となってくる、そうなれば、たいまつの光に奴らの攻撃は集中し、私たちは直ぐに全滅だ!それに何より、奴らには鋭い鼻がある、直ぐに見つかる、夜襲は私たちには不利過ぎるのだ」

「そうか……ならば尚の事、夜襲を掛けるべきだな」

「バカな事を!」

「誠人、良い方法があるのですね?」

「ロベルトさん、頼んでいた物は準備できたか?」

「はい……ですが、あの様な物何にお使いになるのですか?」

「ありがとう、俺たちは夜襲を掛ける!」

「何!?バカを言うな、姿を消すでもしない限り無理だ!」

「そうだ、今夜は俺たちの姿を消す絶好の機会だ」

「姿を消す?そんな事出来るのか?」

「ああ、出来る、そして俺たちの主戦場はここだ!」


そう言うと誠人はナイフで地図の真ん中を突き刺す。


「オルスタット城……」

「ああ」





作戦開始前、準備に急ぎ慌ただしい屋敷前、誠人は自身の馬に荷物を括り付けているとリリアナが荷物を手に近づいてきた。


「誠人、これをお使いください」


リリアナは盾と鎖帷子と短剣を誠人に手渡した。


「誠人は短剣を好まれとお聞きしましたので、竜の鱗も貫くと言わる程のミスリル合金でできた、ショートソードと鎖帷子です、必ずお役には立つと思います、そしてこちらの盾をお使いください」


「この盾は?」


リリアナが渡した盾は他の物とは違い、魔法力を感じられない誠人でも、凄い力を感じる程の物であった。


「この盾はイージスといい、勇者様がお使いしていた物です、もう勇者様が使っていた物はこれしか残っていませんが、貴方にこの盾を使って頂きたいのです、受け取って頂けますか?」

「ああ、イージスか……」


誠人は、イージスの名前を聞き、少し笑った。


「どうかなさいましたか?」

「いや、この名前には愛着があってな」

「そうなのですか?」

「有難く使わせもらう」


誠人は馬に素早く跨った。


「ロベルトさん、準備はいいか?」

「いつでも、姫様、わしめがお傍を離れる事を…」

「ロベルト!誠人をよろしく」

「リリアナ、俺たちは先に行ってる」

「ご武運を」

「お前たちもな」


誠人とロベルトは森へと駆け出して行った。


「姫様、私たちも準備が整いました」

「ええ、行きましょう」


レオリオがリリアナの元に駆け寄る。


「姉様、僕は……」

「レオリオ、もし、わたくしに何かあったら、残った兵とフィガロへ向かうのです、マリア、レオリオをお願いします」

「はい、この命に変えても、レオリオ様を御守りします、リリアナ様ご武運を」

「姉様……ご武運を…」


リリアナは勇ましく馬に跨った。


「皆様!この戦いが最後になるかもしれません!ですが、最後までわたくしは……いえ、違いますね、アスタルトの、人間の運命を今夜、変えましょう!」


騎士たちは腹の底から「おー!」と叫び、運命を変える戦いへと奮い立たせた。


「皆の者!行くぞ!」






東方関所前では数名の魔王軍の兵がたいまつを炊き、談笑している。


「フハハハハ、しかし長かったオルスタットの侵略も遂に終わったな、本当によ、幹部はさっさと攻め落とせばいいものを、長々と楽しみやがって」

「まあ、そういうな、甘い汁のおこぼれは味わえたんだからな」

「違いない、フハハハハ」

「んっ?」

「どうした?」

「臭いぞ、お前へ……クソでも漏らしたか?」

「バカを言うな!獣共がその辺でしているんだろ!」

「それにしても、もはや、人間もいないのに見張りなど意味あるのか?」

「一応残党はいるようだからな、少し霧が濃くなってきたな……」

「それだ、人間の姫はたいそう美しいそうだぞ、俺たちも味わえたらな」

「バカが、そんなものオルクス様に献上されるに決まってるだろ、あのお方は相当な女好きだからな、迂闊に手でも出したら……」

「おー怖い怖い」

「だが残党には女騎士がいるそうだ、その娘なら、もしかしたら……」

「ダーハッハハハハ……」


霧の中から、鋭い音とがした瞬間に矢が飛んできて笑うオークの頭を射抜いた。


「なっ!」


驚き、声をあげようとした瞬間に気配も音すら出すことなく霧から現れた刃が関所跡にいた全ての魔王軍兵を殲滅した。


「オールクリア……」


オルスタットは深い霧へと包まれた、そこから市街地に次々と狼煙が上がり始めた。


「始まったな……」


ソフィアがバンダナで鼻と口を覆った姿で馬に跨って、手で前進の合図を出すと、騎兵隊が進行を始めた、たいまつを使わず迷いなくオルスタット城へ向け駆け出した。


「しかし、酷い臭いですね、鼻がもげそうだ」

「ああ、だがこの臭いのお陰で見えなくても、迷いなく進める!誠人、お前は凄いヤツだ」








時はグリンウェル邸での作戦会議に戻る。


「ぐっ、それはなんだ?酷い臭いだ」

「魔物の糞だ」

「そんな物何に使うのだ?」

「これを狼煙に混ぜる」

「狼煙に?」

「ああ、まず俺とロベルトさんで市街地に潜入して、狼煙を出来る限り広域に上げる、お前たちはそれを合図にオルスタット城へ進行してくれればいい」

「簡単に言うが、いくら拡散できたとして、狼煙などで、それに簡単に潜入出来る訳ないだろ」

「大丈夫だ、今夜は冷えそうだ、潜入には最高の条件が揃ってる、お前たちは臭いを追って突き進め、俺を信じろ」

「……分かった、誠人、お前を信じる」







「誠人、お前を信じて正解だったよ」


ソフィアたち騎兵隊たちは迷うことなく、オルスタット城へとずいずいと突き進む。




「誠人殿、ここまでは上手く事が進んでおりますな」

「ああ……1つ気になったのだけれど、ソフィアは俺が握手を求めた時、様子が変だったのだけれど、こちらの世界では握手に何か特殊な意味でもあるのか?」

「特殊な意味はありませんが、通常騎士が握手を求めるのは戦友への最大の信頼の証ですから、男同士の騎士の習慣でしかないですから、ソフィア殿にとっては強者と認める誠人殿から求められたのですから、本当に嬉しかったのでしょう」

「そうなのか、変な事でなければいい、そろそろ合流しよう」

「そうですな」


2人は馬を走らせ、オルスタット城城門前まで駆ける。


「誠人殿いよいよですな」

「ああ、ここからが正念場だ」


城門前に架かる桟橋前に到着した2人は周囲を警戒しつつ下馬し、馬を逃がした。


「そろそろ来る頃だ」


馬の駆ける音が少し離れた場所から聞こえ、その音はどんどん近づいてくる。


「来たか」

「誠人、待たせたな」

「本当にここまで来れてしまった……」


到着したソフィアは誠人の言った通りに城門前まで到着した事実に驚き戸惑う騎士たちを尻目に直ぐに下馬し、馬を走らせた。その様子を見て騎士たちも直ぐに下馬し、四方八方に馬を走らせた。


「誠人、次はあの城門をどうするかだ、門は対魔法仕様で物理的に壊す以外方法がないが、時間は掛けらない」

「その為にはこれを出来るだけ広範囲に城壁に向かって投げろ」


誠人は何か詰まった袋を騎士たちに配った。

騎士たちは戸惑いながらも袋を中身が飛び散る様に次々と城壁に向かって投げ、袋は城壁に当たると中身の粉が噴き出し城壁には粉が舞っている。


「良し、城門を破る準備をしろ」


騎士たちは破城槌を桟橋前に準備し、構えた。


「一撃で破壊出来なければ、集中砲火で全滅だ、これで良いんだな?」

「ああ、十分だ」

「誠人殿、あれは小麦粉ですな?」

「こ…小麦粉!?誠人どういう事だ!?目眩しのつもりか?小麦粉なんて何を考えているんだ、冗談なんてやってる場合か」

「小麦粉は良く燃えるんだ」

「何をバカな……」


誠人は腰から手榴弾を取り安全装置のレバーを「カチン」と上げ、城門に向けて投げると、手榴弾は城門に当たると同時に爆破し城壁中に舞っている小麦粉にも引火し城壁の広範囲で紅の爆炎が上がり、真夜中の漆黒を紅く染め上げた。


「何だこれは!」


ソフィアや騎士たちは余りの爆炎の大きさに驚いた。


「粉塵爆発って言って、これ事態に威力はそんなにないがカモフラージュと合図には十分だ、準備はいいな?行くぞ」

「大丈夫ですよ!」

「勿論だ!皆の者行くぞ!突き進め!」


騎士たちは「おー!」という怒号と共に破城槌を城門へと走らせた。


「突き破れー!」


手榴弾によってダメージを負った城門は騎士たちの全力の突進により「ドカーン!」という大音を立て破壊された。


「ここは私たちの故郷だ!取り戻す為に死力を尽くすぞ!」


騎士たちは一気に城門内になだれ込み、突然の事態に混乱する魔王軍を意に介さない闘志で、次々に守護兵のオークたちを倒していき、城内へと進行していった。






オルスタット城、謁見の間では魔王軍南方軍幹部オルクスが長く伸びた白銀の髪を垂らし裸で玉座に座っていた。その周りには裸で息絶えた女性の亡骸が転がっている。


「ふぅ……」


謁見の間の扉が荒々しく「バタン」と音を立て開き、魔族の近衛兵が焦った様子で入ってきた。


「オルクス様!城内にアスタルト兵の残党が侵入した模様です!」

「あぁそう……で、なんだ?」

「えっ……いやその、残党は50名程ですが、勢いは凄まじく」

「フッハハハッハハハハハハ!」


オルクスは玉座に深く座り大笑いをした。


「オ…オルクス様…」

「ちょうど良いでわないか、わざわざ残党狩りに行く手間も省けたな!」

「はぁ…」

「たかが人間風情がここまでこれるか楽しみだな、ハァッハハハハハハハ!……なあ、そうだろ人間?」


オルクスの目線の先には、傷だらけで両手を縛られ、蹲るロイドが厳しい表情をしている。


「貴様が命懸けで逃がしたものが、わざわざ殺されに来るとは、人間とは本当に愚かで、下等な種族だな」


そう言うとオルクスはロイドの顔を踏みつけ、不気味に笑う。


「良く見ていろ、無様に死んでいくお前の仲間を、アーハハハハハハハ!」

「くっ……」








オルスタット城に赤赤と火が灯る、その様子を離れた場所で眺めるリリアナと数名の兵はその様子を見て動き出す。


「リリアナ様、合図です」

「始まったようですね、次はわたくしたちの番です、急ぎましょう」





「リリアナは俺たちと別働隊として動いて欲しい」

「わたくしも皆様と戦いたいです!最後の最後まで……もう守られるだけではいたくないのです!」

「悪いがリリアナ、俺は負けるつもりは一切ない、必ず勝つつもりでいる」

「勝つために?」

「ああ、今ここにいる戦力では、魔王軍に勝つ事は到底できないだろ、俺たちが城を奪取できたとしても必ず奪い返される、それをさせない為に必要なのは、今まさに捕虜として捕らえられ、戦意を失っているオルスタットの民達だ」

「オルスタットの民……」

「この中でオルスタットの民達を奮起させられる、他でもないリリアナ、お前だけだ、俺たちは絶対に勝つだから」

「分かりました、必ずやり遂げてみせます……勝つ為に!」

「ああ、頼む」






リリアナは馬を走らせ、詠唱を始め、数本の矢を同時に弓で放った。


「セイントアロー」


夜空に眩しく光り輝く矢が辺り一帯を照らしだし、リリアナがその中心に立つ。


「オルスタットの民よ!お聞きください!」


突然のリリアナの声に隠れ潜んでいたオルスタットの民達が顔を出す。


「リリアナ様だ」

「姫様ー!」


魔王軍の兵達が城の異変に混乱し、持ち場を離れている間に使命を成功させなければならないというプレッシャーに押し潰されそうになるが、大きく深呼吸をし、気持ちを落ち着かせ、集まってきたオルスタットの民達に語り掛け始める。


「このオルスタットは、いえ…アスタルト公国は魔族によって支配されようとしています、ですが、わたくしたちは、最後まで抗います!」


リリアナはオルスタット城に向けて指を指した。


「今まさにあそこで命を賭けて戦っている人達がいます!あの方達は誰1人諦めていません!勿論、わたくしたちも、そして皆様も侵略されるだけの運命に抗いたいはずです!諦めたくないはずです!取り戻したいはずです!」


民達はザワつきながらも、リリアナの声を聞く。


「わたくしは勝ちたい!ですが、その為には力が足りません!ですから皆様のお力をどうかお貸しください!」


民達のは驚き困惑する。


「ですが……姫様、私らに何ができますか?」

「確かに魔王軍相手にどうしたらいいか……」

「み…皆様……」


民達はリリアナの想像以上に落胆しており、誰もが戦いに赴く事に戸惑っていると、1人の少女がリリアナに近づいてきた。


「姫様…私は何をしたらいいですか?」


リリアナは少女の目線まで腰を下ろし、優しく頭を撫でた。


「貴方、御両親は?」

「私…パパが戦ってるの!だからお手伝いがしたいです!だから……だから……何か出来る事はありますか?」

「そうですね……そうですね、ありがとう」


リリアナは立ち上がり、民達に再び語り掛けた。


「皆様!何が出来るかではないのです、何をするかのです!小さいな事だっていい、何だってよろしいのです!出来る事を致しましょう!この戦いは負け続け、奪われるだけだったわたくしたちにとって、失ってきたものへ報いる時なのです!皆様!立ち上がりましょう!」


子供たちがリリアナの周りに集まってきた。


「僕!僕は武器を集める!」

「私は兵隊さんが捕まってる所知ってるよ!」

「俺はこの石をアイツらにぶつける!」


子供たちのその様子に渋っていた大人達も心を決める。


「姫様!ワシは何の役に立つか分かりませんが、戦います」

「私は治療ができます!」

「俺は戦える者を集めてきます!」


リリアナの周りにはその場にいた全ての者が集まってきていた。


「ありがとうございます……」


リリアナは馬に乗り込み、詠唱を始めた。


「セイントグロー」


リリアナは剣を抜き天に掲げると刃が青白く輝き、その輝きは強く美しく民達の心を捉えた。


「皆様!わたくしたちの故郷を取り戻しましょう!」

「オー!」


リリアナはオルスタット城へ向け走り出した。

リリアナの放つ青白く美しい輝きに次々と民達は集っていき人々の持つたいまつの光は青白く美しい光に続くように大きな光となっていった。





オルスタット城内では、血肉が飛び交っう激戦の中でソフィアが魔王軍の兵を相手に奮戦している。


「皆の者!敵将まで一気に攻め込むぞ!」


誠人は盾で攻撃を弾き、ショートソードで急所を的確に刺し進行していくが誰もがその勢いを止めることが出来ない。


「さすが誠人殿といったところですな」


ロベルトは奮戦するソフィアの後ろで迫る複数の敵を歴戦の剣技で流れるように倒していった。


「ええ、私たちも負けていられませんね、皆の者!誠人に続け!」


魔王軍の兵たちは、突然城内に突入して来た鬼気迫る兵団に驚き戸惑いながらも制圧を試みるが、兵団の勢いを止めることが出来ずどんどん進行していった。


「地下と上の階に分かれて行く、恐らく地下には捕虜が捕らえられている!ケラー、頼めるか」

「分かりました!」

「上の階には敵将がいるはずだ!私たちはそれを討つ!」

「捕虜の者を解放したら、直ぐに援護に向かいます!」

「誠人!私たちは上の階を目指す!いいな!」

「ああ、勿論だ」


兵団は二手に分かれて編成し、別々のルート向かって行こうとするが後方から魔王軍の増援が次々に迫っていた。


「ロベルト殿?」


ロベルトは1人後方の一本道に向かい立ち止まる。


「皆様、行ってくだされ!ここはわしめにお任せ下さい!」

「しかし、いくらロベルト殿でもあの数は!」

「ソフィア、行くぞ」


ロベルトの提案にソフィアは賛同できない姿勢にでるが、誠人は振り返ることなくソフィアを引き止め、この場をロベルトに任せるように諭した。


「ロベルト殿!絶対に死んではなりませんよ!」

「ええ、この場を切り抜けましたら、必ずや援護に向かいます」

「ロベルト殿……ご武運を!」

「誠人殿ソフィア殿、頼みましたぞ」

「ああ」


ソフィアと誠人は上の階へと向かって行く、その姿をロベルトは背中で見送った。


「ここからは誰1人1歩足りとも進ませぬ!」


ロベルトは背中に刺していた剣を抜き二刀流の構えをとった。


「ゆくぞ!!!」


迫り来る軍勢にロベルトは特攻を仕掛けた、死力を尽くし進む仲間の道を阻ませまいと戦った。






突き進む誠人たちの行く手を阻もうと次々に敵兵が襲い掛かるが誠人とソフィアはそれらを返り討ちにしていく。


「誠人もうすぐだ、恐らく敵将オルクスは謁見の間にいる、あそこならば敵を迎え撃つのに最適だからな、多くの敵兵が待ち構えているだろ…だが!ここで引く訳には行かない!」

「そうだな」


すると突き進む進行方向に黒いローブを羽織った魔族の近衛兵が複数待ち構えていた。


「あれは……近衛兵団か!まずい!」


近衛兵団は両手を前方に構え、炎系の中級魔法を一斉に放ってきた。


「全員!盾で防げ!」


ソフィアの号令に騎士たちは即座に盾を構えたが、数名間に合わず火だるまとなった。


「ギャー!」


火だるまとなった騎士たちはそこら中に響き渡る様な叫び声とともに熱さにもがき苦しみ息絶えた。


「くっ!皆の者!盾を構え密集し進むぞ!」


ソフィアを中心に騎士たちは密集するが、誠人はお構い無しに突き進む。


「誠人!無茶を……」


近衛兵たちは突撃して来る誠人に向けて魔法を放つが誠人はそれらを盾で弾き飛ばしながら突き進んだ。


「いい盾だ」


誠人はフルフェイスの近衛兵の喉元にショートソードを突き刺し、近衛兵の喉元からは大量の血が吹き出た。


「グフー」


誠人はショートソードに付いた血を払う、その姿を見た近衛兵たちは驚いたが、魔法での攻撃を諦め一斉に剣を抜き誠人に襲い掛かる。


「皆の者!今だ!進め!」


ソフィアは空かさず、突撃の号令を掛け近衛兵たちに攻撃を仕掛け混戦状態となった。


「ソフィア様!ここは我々に任せお進み下さい!」


騎士たちはソフィアの進む道を作るべく奮戦の中近衛兵団を両サイドに押しやった。


「皆、すまない……ここは頼んだ!」

「行って下さい!」

「ソフィア、行くぞ」

「ああ!」


ソフィアと誠人、2人は謁見の間へと向かった。





「ここだ、この扉の向こうが謁見の間だ」


2人は両開きの大きな扉の前まで到着した。


「準備はいいか……誠人どうしたのだ?」


誠人は扉に耳を当て中の様子を伺っている。


(広い空間に人の気配は……)

「待ち伏せはないようだ、中には2人しか居ない」

「そ…そうなのか?」

「行くぞ」


そういうと誠人は重い扉を両手で押し開ける。

重い扉の向こうには、社交パーティでも出来そうな大広間が広がっており、奥には少し古いが立派な玉座が存在感を出していた。


「誰かいる」

「何だか凄い威圧感だ、私の体が本能的に恐怖しているようだ」


凄い威圧感を2人は感じていたが、ここで引き返す選択肢は2人の脳裏に一変もなく、玉座へと近づいていった。


「人間風情がここまで来れるとはな……フッ、フハァハハハハハハ!」


玉座には上半身裸で赤ワインを嗜みながら座るオルクスが高笑をしている。その横には傷だらけで倒れているロイドの姿もあった。


「兄様!今お助けします!」

「なぜだ……なぜ来た!ソフィア!」

「大丈夫です兄様、城下では姫様が民達と共にオルスタットを取り戻さんと立ち上がろうとしております」

「ソフィア……お前たちは分かっていない……」

「オルクス!オルスタットの民は立ち上がろうとしている、もうお前たちの好きにはさせない!」


オルクスはため息を少しつき、グラスに入ったワインをクッと飲み干しグラスを放り投げた。


「フフフフフフッハアッハアッハハハハハハハ!」

「何がおかしい!?」

「おかしいな!貴様ら人間如きがこの俺に勝てると思っているのか?貴様ら劣等種が何百何千来ようが結果は同じだ、まとめて死滅させるだけだ!ハアッハハハハハハハ!」


誠人は無表情でオルクスを見ている。


「魔族といっても、お前の見た目は人間と同じだな」


誠人がそう言い放った瞬間、轟音がなり響いた。ソフィアは轟音が鳴った誠人の方を見ると誠人の姿は無く、そこにはオルクスの姿があった。


「そんな……」


誠人はオルクスに入ってきた扉まで蹴り飛ばされ、大きな爆発音を立て破壊された扉には誠人の姿を確認出来なかった。


「誰が人間と同じだ!!!…クソ、殺ってしまった……」


オルクスは頭を軽く抱えていた。


「ゆっくりなぶり殺すつもりでいたのに、呆気なく殺してしまった……まぁ、よいか…」

「き…貴様!!!」


ソフィアは怒りに任せて力の限りオルクスに向け剣を振り下ろす。


「なっ!」


オルクスはソフィアが振り下ろした剣を見ることなく片手で余裕で受け止めた。


「勝気な女は嫌いじゃない」


オルクスはソフィアの溝内に力を込めた掌底をぶつけると後方へと飛ばされるがソフィアは耐えた。しかし、反動は強く、片膝を着いてしまった。


「くっ……」

「ほぉ、手加減したとはいえ鎧にヒビが入らなとはな、劣等種とはいえ人間は優れた武具を作る、その点では感心させられる、だが」


オルクスは瞬時にソフィアの横腹に蹴りを入れる。


「グッ」

「それは簡単には死ねないということだ、どれだけ痛ぶろうともな!」


オルクスはまた目では追えないスピードで瞬時にソフィアの元まで行き、溝内に拳をぶつける。


「グハッ……クソ……」


オルクスの攻撃の衝撃の強さにソフィアは両膝を着き手をも着いたが辛うじて剣を離さなかった。


「フハハハハハハハ!まだまだこれからだ、お前にはさっきのヤツの分まで楽しませてもらはないとな」

「ウッウ……ソフィア……」

「そうだな…私がここで倒れている場合ではないな!」


ソフィアは力を振り絞り、オルクスに切り掛る。何度も何度、諦めないように力の限り剣を振り続けるがオルクスは嘲笑うようにソフィアの攻撃を避け続ける。


「ハハハハハハハ!威勢だけはいいが」


オルクスは振り下ろされた剣を蹴りで弾き、そのままの勢いで回転し後ろ蹴りをソフィアの溝内に入れる。


「ガハッ……くっ」


ソフィアは堪らず片膝を着いてしまう。


「ほぅ、これでも少しヒビが入った程度か、ハハハハハハハ!まだまだ楽しめそうだな」


ソフィアはゆっくりと立ち上がる、その目にはまだ闘志の火が灯っている。


「女、なかなかいい顔をしているな」


オルクスは整ったソフィアの顔を見て舌なめずりをするも、ソフィアは気にする事なく詠唱を始めた。


「フレイムブレイド」


ソフィアは剣の柄の部分から手でなぞる様に先端まで炎を纏わせ、オルクスに向け剣を構えた。


「人間は武具に魔法を付与するがいつ見ても珍妙だな」

「ゆくぞ!」


ソフィアはオルクスに自身の持てる、心·技·体全てをぶつけるように連撃を繰り返すがオルクスを捉えることができない。


「剣に炎を纏わせ攻撃範囲を広げて焼切るか、なかなか悪くはない」


オルクスは炎を纏った剣を弾き、ソフィアの溝内に今までの攻撃よりも強い力で鎧を破壊する程のボディブローを放つ。


「うっぐ!」


ソフィアは後方まで飛ばされ数メートル離れた柱にぶつかった。


「ぐっはぁ……」


ソフィアは血の混じった嘔吐した。


「しかし、殺さないようにするのも骨が折れるな」


オルクスはソフィアに近づいていく。


「くっ」

「ソフィア……もういい…逃げてくれ…」


ロイドの願いも虚しく、ソフィアは近づいてくるオルクスに最後まで抵抗しようとするが為す術なく、首を片手で掴まれ軽々と持ち上げらる。


「ぐっ!」


ソフィアはボロボロの体で必死に抵抗するがオルクスの力の前に手を離させることが出来ず、首はどんどん絞まっていく。


「この状況にあってもまだ目が死なないとは……ハァハハハハハハハ!決めたぞ、鎧を一つ一つ剥いでやろう!そして貴様の前で大切な妹を慰め者にしてやろう!何度も何度もよがらせてやろう、殺して欲しいと頼みたくなるくらいにな!アーハハハハハハハ!」

「だ…誰が貴様などに…ぐっはぁ」


オルクスは更に首を絞める力を強めた。


「アーハハハハハ!アーハハハハハハハ!まだ死ぬな!アーハハハハハハハ!まだ死ぬな!ハハハハハハハ!」

「ソフィア……もう…やめて…くれ…」

「アーハハハハハハハ!死ぬな死ぬな死ぬな死ぬな死ぬな死ぬな死ぬーな!」

「やめて……くれ!」

「アーハハハハハハハ!」


目の前で力尽きようとしているソフィアを助けることも出来ず蹲っているだけの自分にロイドは心から幻滅し、涙を流しながら、救いを求めた。


「カハ……」


ソフィアの視界は薄暗くなり、もはや身体には力が入らなくなろうとしていたその時、風を切る音と共にオルクスに向けて刃が襲い掛かる。


「げほごほ!」


オルクスは堪らずソフィアを離し、後方に飛び攻撃を回避した。


「大丈夫ですかな!ソフィア殿!」

「ロベルト殿、助かった……何とか」

「なんだ、女の次は老いぼれか、人間は随分人材不足だな」

「誠人殿はどうなされた?」

「誠人は……くっ」

「そうですか……ソフィア殿、ロイド殿を頼みます、ここはわしめが」

「しかし、お1人では」

「これ以上若い命を散らさせる訳にはいかない……ロイド殿を頼みましたぞ!」

「ロベルト殿……」

「この老いぼれが相手をさせていただきます、これ以上そなたの好きにはさせない!」


オルクスはロベルトによって付けられた腕の切り傷を見ている。


「ふぅん、そうか……思い出したぞ、二刀流のロベルト、貴様はロベルト・ウォーカーか」

「ん!?」

「そうかそうか!道理でここまで人間如きができる訳か!ハァハハハハハハハ!……まさかこんなところでお前の様なヤツに会えるとはな……剣聖ロベルト・ウォーカー」

「そのように呼ばれた時もありましたが……わしめは剣聖などと呼ばれるような資格はありません」

「ふん、なんにせよ元剣聖を相手にするんだ、少しは本気を出しても問題はなかろう」


 そういうとオルクスは玉座の後ろに置いていた家紋の入った一本の剣を取り出した。


「なっ!」

「得物を使うのは久しいな」


 ロベルトはオルクスの剣を見て驚きを隠すことができなかった。それはロベルトにとっては記憶に刻まれる程に見覚えのあるものだったからだ。


「貴様がなぜそれを持っている……」


 ロベルトの脳裏にはまだ若い青年騎士の顔が過ぎる。


「んん?なんだ」

「なぜ貴様の様な奴がグエンの剣を持っている!!!」


 ロベルトは先ほどまでの冷静さとは打って変わって、怒りで血相を変えている。


「この剣は中央戦線で手に入れた、確か…ああ、そうか、ハァハハハハハハハ!そうかそうか!あの剣士も、ウォーカーだったな」  

「貴様の様な奴が、息子の剣を持つな!!!」


 ロベルトはオルクスに向け切りかかる。

 オルクスは即座に剣を鞘から抜きロベルトの剣撃を受けたがロベルトは休むことなく流れるような連撃を放ち続ける。


「さすがに剣聖といったところだな」

「貴様がグエンを、メルロー村を焼き払ったのか?」

「さあな、それはどうかな」

「どちらにせよ、これ以上貴様の好きにはさせない!」


 ロベルトの達人級の剣技は圧倒的なオルクスの力と互角に渡り合っている。


「兄様、大丈夫ですか?」

「ソフィア、なぜ来た…うっ!」


 ソフィアはロイドの手当てを始める。

 辺りはロベルトとオルクスの剣がぶつかり合う音が響き渡る。


(わしの剣をこうも簡単に…だが!)

「フフフフ、なかなか楽しめたぞ元剣聖、次は俺の番だな」

「何?」


オルクスは不敵な笑いを浮かべ、身体に力を入れると魔法力のオーラがオルクスを包む様に発生し始めると禍々しい威圧感に辺りは満ちる。


「では、行くぞ」


オルクスが踏みと同時に空間が歪んだような感覚に襲われる程の速さでロベルトに切り掛った。     

 ロベルトはなんとか反応し防御することはできたが、反動は凄まじく大きく吹き飛ばされてしまった。


「ぐっ!」

「ハハハハハハハ!まだだ!」


ロベルトは体制を崩していたが、オルクスはお構い無しにまるで先程とは別次元の動きで連撃を加え続ける。


「グワーッ!」


ロベルトは辛うじて防御はするが、攻撃を受ける度に反動で壁や柱にぶつかり、ダメージを受け続けることしか出来ない。


「これが元剣聖とはな、随分衰えたものだな!ハァハハハハハハハ!」


オルクスの容赦のない攻撃は続くなか、ロベルトは何とか斬撃を受けないように防御をするが反動に身体がもたなくなってきたその時、防御を下ろしてしまった。


「しまった」


オルクスがその時を逃す事はなく、無情にもオルクスの切り上げた斬撃をロベルト受けてしまった。


「ぐあー!」


なんと急所を逸らしたがロベルトは蹲って動けない。


「終わりだな、剣聖ロベルト・ウォーカー」

オルクスはロベルトに近づき、トドメを刺さんと剣を振り上げたが、この隙を狙っていたロベルトは斬られて直ぐに行っていた詠唱を終え、油断したオルクス目掛け魔法を放った。


「エクスプロージョン!」


ロベルトが放った上級魔法はオルクスに直撃した。ロベルトの放った魔法の反動でロベルトの左薬指に填められていた、指輪の法石の結晶は砕け散った。


「ロベルト殿やったか!」


ロベルトは左薬指の壊れた指輪を見つめて、物思いに老ける。


「ニーナ……俺は……」


辺りは状況を確認出来ない程の爆煙で満ちている。


「ハァハハハハハハハ!」

「そんな……」

「くっ!」


爆煙が晴れると徐々にオルクスの姿が現れてくるとロベルトたちの絶望感が増すのが、身に染みて感じられる。


「ハァハハハハハハハ!惜しかったな、俺でなければ倒せていたかもしれないな」


爆煙の中から現れたオルクスの姿は更なる絶望を感じさせた、手のひらが少し焦げている以外は無傷の状態であったからだ。


「所詮貴様もただの劣等種に過ぎなかったと言う事だ」


オルクスは力を使い切り動けなくなったロベルトを遠慮なく蹴り飛ばす。


「人間如きが何かをなそうなど無駄な事だったのだ」


ゆっくりと歩み、オルクスは倒れているロベルトに近づいて行く。

「劣等種が分不相応な考えを持ち夢をみる、挙げ句の果てには誇りなどとのたうち回る、笑わせる」


ロベルトは何とか立ち上がり剣を構えようとするが、オルクスに剣を払われ前蹴りで吹き飛ばされる。


「お前が誰かを守ろうなど考える事事態が無意味、お前に何が出来る?お前に息子が守れたか?妻は、家族は、友人は?国王すら守れなかったお前に、お前たち人間に尊厳などある訳がない、支配だけされていればいいのだ!アーハハハハハハハ!」


オルクスは倒れて動くことが出来なくなってしまったロベルトの前に立ち剣を振り上げた。


「家族の元に送ってやろう、死ね」


オルクスの剣がロベルトに振り下ろされようとしたその時、ソフィアが斬撃を剣で受け止めた。


「まだ抵抗するとはな」

「人の想いを笑うな……」

「あぁん?」

「人の想いを笑うな!私たちは貴様に支配などされない!」


ソフィアは残った体力を振り絞りオルクスに立ち向かう、剣を何度も振り続けるがオルクスは難なく受ける。


「確かに私たちはお前に比べて弱い、だがどれだけ劣勢になろうともう諦めたりはしない!それは皆同じだ!」

「ふん」

「今このオルスタットの民達は立ち上がった、貴様にも聞こえるだろ、外では民達が故郷を取り戻さんと奮起し歓喜する声が、誰1人貴様に支配などされない、思い知れ!想いを!誇りを!人の強さを!」


オルクスはソフィアの剣を弾き飛ばし、ソフィアの剣は後方へと飛んでいった。


「くだらない、ただの戯れ言だ、ゴミのような戯れ言だ!」


オルクスの表情は先程までの余裕な顔とは違い、怒りに満ち溢れた表情へと変わった。


「俺の強さの前では無意味だ!人間如き何人来ようが血祭りに上げてやろ、何が人の強さだ、所詮貴様の兄も老いぼれも俺の前に敗れ去ってそこに這いつくばることしか出来ない、貴様ももはや武器もなく戦う手段すらない、それにお前の隣りにいたヤツはさっさとくたばった、貴様ら劣等種にはどうすることも出来ない!」

「それでも、諦めない!最後まで戦うことを諦めたりはしない!」


ソフィアの折れない心の強さと曇ることのない強い輝きを持った目にオルクスはイライラし怒りが満ち満ちと溢れる。


「目障りだ!くたばれー!」


オルクスは怒りに任せ、力いっぱい剣をソフィアに振り下ろしていく。


「ソフィアー!」

「ソフィア殿」


それでもソフィアの目は輝きを失うことはなかった。最後まで誇り高く自分らしくある為に。









大広間中に金属と金属のぶつかり合う大きな音が鳴り響いた。


「選手交代だ」


最後を覚悟したソフィアの目の前には、誠人がオルクスの斬撃を盾で受け止めていた。


「誠人……生きているなら、早く出て来い!」

「勝つ為にはいろいろ仕込みが必要なんでな、まあ、こいつ程度にはその仕込みも使う必要はなくなったがな」


誠人は盾でオルクスの剣を押し払った。


「貴様、謀ったのか?」

「さぁな」

「劣等種が舐めたことをしてくれる!貴様は元の形が分からなくなるぐらいズタズタにしてやる!!!」


オルクスは激怒し、誠人に襲い掛かる。

誠人に一切の隙を与えることなく連撃を放ち続ける。


「ハハハハハハハ!どうした!さっきまでの威勢は何処へ行った?」


「ドーン!!!」誠人は盾で防戦一方でオルクスの力の入った一撃で壁まで吹き飛ばされる。


「単独魔法というやつか」

「ほぅ、まだ余裕があるようだな、貴様ら劣等種には使用することの出来ない高尚な魔法だ、貴様は幸運だな、この魔法を味わえるのだからな死と共にな!」


誠人は盾で防御し続けるがオルクスの力の入った一撃を受ける度に吹き飛ばされ、致命傷は防ぎ続けるが反動を受け続け、身体には生傷が絶えない。


「随分優れた防具だな、そのお陰で簡単には死ねずに俺にゆっくりと痛ぶられる……ハハハハハハハ!いつまでそうやって澄ましていられる!?アーハハハハハハハ!!!」


誠人は顔色を変えることなく、淡々とオルクスの攻撃を防戦一方で受け続ける。


「貴様どういうつもりだ?一切攻撃するつもりがないのか……」


オルクスは何か思い付いたのかハッとする。


「ハァハハハハハハハ!そうか!そういう事か!そうやって防御し続けて俺の魔法力切れを待っているのか!」


オルクスは誠人の戦略を見抜いたと優越感に浸る。


「そうか!オルクスに勝つには魔法力を使い切らして、疲弊しているところをつくことが勝機になる」

「しかし、ヤツの魔法力が尽きるまで誠人殿は攻撃を受け続けなければならない、身体がそれまでもつのか」

「誠人ならば出来ます!誠人なら」


オルクスは不敵な笑みを浮かべる。


「昔そんな戦略をするヤツもいたが、耐える事は出来なかったな、お前に耐えれるかな?俺の魔法力が尽きる半日という時間を!ハァハハハハハハハ!!!」


そこにいた誰もがオルクスの途方もない魔法力量を知り、絶望した。


「そ…そんな」

「無理だ、いくら誠人殿が強くてもそんな時間は……」


落胆する一同を尻目に誠人は軽くため息をつく。


「そうか、ではそんな戦略無駄だな」


そう言うと誠人は鎖帷子を脱ぎ捨て、盾を外した。


「誠人!何を!?」

「お前が持ってろ」


誠人はソフィアに盾を渡した。


「フッフフ、フハハハハハハハハハ!血迷ったか人間!呆気なく死ぬつもりか?」


誠人はオルクスの罵倒を気にする事なく、肩や首を回し身体をほぐした。


「そうだな、もう必要なくなったんでな」


誠人は深く深呼吸し、持っていたショートソードを逆手に持ち変え、構えた。


「何処までも愚かなヤツだ、俺の怒りを噴気させるとは!望み通りに呆気なく殺してやる!!!」


オルクスは単独魔法を施し続けたまま、誠人を仕留めようと切り掛る。

誠人はオルクスの斬撃をショートソードで受け、斬撃の力を刃の先端に受け流し、誠人は後方に弾き飛ばされるも体制は崩されなかった。


「所詮は防戦一方に変わりわないな」

「そうだな」

「殺してやる!死ねー!」


オルクスは必要に斬撃を続けてぶつけてくるが、誠人はバックステップと受け流しを駆使しながらオルクスの猛攻を防いでいる。


「誠人……」

「誠人殿は一体何者なのだ?しかし、オルクス相手ではやはり防戦一方だ」

「いや、そうという訳でもないようですな、誠人殿はオルクスの桁違いな攻撃を完璧と言える程に受け流していらっしゃいます」

「受け流す…」

「どういう原理で行っているかは分かりませんが、まるでオルクスの攻撃を読んでいるような……」


オルクスは誠人への斬撃を止めどなく続けるが、攻撃は徐々に誠人を捉えられなくなっていく。


(なんなのだ、一体どうなっている?ヤツに斬撃は当たっている…だがなんなのだこの手応えのなさは、何故ヤツは吹き飛ばない!?)


遂にオルクスの攻撃は誠人に当たらなくなった。


(どうなっている、どうなっている?俺の方がスピードもパワーもヤツを圧倒しているというのに!何故だ!何故ヤツに目が追いつかない!)

「クソがー!!!」


オルクスは誠人を捉えるべく、渾身の力で剣を振り下ろす。


「ズガーン!!!」と辺りはオルクスの会心の斬撃により砂煙が舞っていて視界がハッキリとしない。


「フフ、これでヤツもただの肉片に」


オルクスが余裕の笑みを浮かべ、誠人の死骸を確認しようとすると、砂煙が晴れるとそこには何もなかった。


「なっ!?」


その時、オルクスは背中から心臓に目掛け冷たく鋭い刃が貫いてくる感覚を感じ取ったと同時に背後から誠人の声が耳に入った。


「魔族も心臓を刺されれば死ぬのだろ?」


視界から姿を消したはずの誠人がオルクスの背後からショートソードで心臓に目掛けて突き刺していた。


「ぐはっ!クソがー!!!」


オルクスは誠人を振り払う、誠人はすかさずバックステップで攻撃を避ける。


「ぐがっ!ぐぐぐ……ぐっハハハハハハハ!」


オルクスは苦しむような姿を見せていたが、突然大きく笑い始めた。


「惜しかったな、確かに魔族とて心臓を刺されれば死ぬだろうな、だが!俺をそこら辺の雑魚と一緒にするな!!!」


誠人は顔色を変える事なく、オルクスを見ている。


「そんな……急所を突いてもヤツを倒せないのか?」

「心臓を逸れたのでしょうか……」

「いえ、心臓は捉えておるでしょな、誠人殿は優れた聴覚を持っていらっしゃる、心臓の場所は熟知しているでしょう、恐らく背後からの攻撃ですな、いくら場所が分かっていても強化された身体にはいくらミスリルといえど魔法のこもっていない状態では骨までは断つことは困難でしょうな、ですから誠人殿は骨の隙間を狙って突き刺した、そのお陰で心臓への傷が浅い、しかし、誠人殿ならオルクスを倒せますぞ!」


一同は勝利への希望を確実の物と感じ始めていたが、突如その希望は揺らぐこととなった。


「ぐがーーーーーーーー!!!」


オルクスが地鳴りのような大きな叫び声を上げ出した。

ソフィアたちはその大きな叫び声に思わず耳を塞いだ。


「な……何なのだ」


その叫び声と共にオルクスからは膨大な魔法力が溢れ出てくることを感じた。それは絶望的な威圧感と力の差をまざまざと分からせるものだった。


「もう、構わない!俺の野望には必要な土地であったが、皆殺しだ!全て破壊尽くす!グガーーーーーー!!!」


オルクスはみるみるうちに姿を変貌させていく。

凄まじい魔法力の威圧が一同を襲う、オルクスは倍の大きさの白銀の人狼へと姿を変えた。その姿は禍々しく絶望的な恐怖を与えるものだった。


「そんな……ここまで来て」

「何という魔法力だ…こんな力を隠していたとは、もはやここまでか……」


ソフィアたちは圧倒的な力に絶望し、落胆するが誠人は静かに魔法の詠唱を始めた。


「誠人、何を?」

「ガーハァハハハハハハハ!そんな下級魔法でこの俺と渡り会おうというのか!魔法というものを教えてやる!貴様らの消滅と共にな!!!」


オルクスは強大な魔法力を天にかざした手に溜め始めた。


「あれは特級魔法!ヤツは城ごと消し去る気です!」

「誠人!」


誠人は詠唱を終えた。


「ポップ」


誠人はオルクスを指さした。


「ガハハハハハハハ!無駄な……な、何だこれは?」


オルクスの胸元に魔法陣が現われた。


「化け物も、心臓が破裂すれば死ぬのだろ」


オルクスの脳裏には誠人に背後から刺された時の情景が浮かんだ。


「あの時すでに仕込んでいたのか!貴様のようなヤツに!!!」


オルクスの心臓で誠人の爆裂魔法が発動し、心臓は破裂した。


「ぐがががが!!!この俺が……れ……劣等種如き…にぃ……ベオ……ウルフ…貴様を……こ……」


オルクスの穴という穴から血が吹き出てきて、オルクスの巨体はその場に崩れ落ち、絶命した。


「オルクスを……倒した…」

「誠人殿がやりおった」


ソフィアは誠人に歩み寄った。


「誠人、お前の勝ちだ……ありがとう……」


ソフィアは涙を堪えている。


「まだ、終わってない、これは始まりだ」

「そう……そうだな」

「勝どきだろ」

「ああ!」


ソフィアは誠人に微笑み掛けた。


「ロベルトさん、これをあんたに」


誠人はグエンの剣をロベルトに手渡した。


「誠人殿……」

「この剣はあんたの物だ、あんたにはまだまだ戦って貰う、魔王を倒すまで」

「あい分かりました、ありがとうございます……ぐっ」


ロベルトはグエンの剣を両手で握りしめ、大粒の涙を流した。










オルクスを倒した事実が伝わり響き、城内は歓喜の渦に湧いき、魔王軍残党はオルクスの敗北を知るや否や火の粉が散るようにオルスタットを撤退して行った。



朝日が昇る頃、歓喜に湧くオルスタットの民達を見つめるリリアナは勝利の事実に静かに涙を流した。


「勇者様が敗北して10年……奪われるだけの人間が1度も勝つ事のなかったわたくしたちが、初めて故郷を取り戻しました……うっ……」


リリアナの涙を見て、周りにいた騎士たちも声を上げて涙した。


「姫様!我々はやりましたぞ!」

「そうですね、今日くらいは……皆様でこの勝利を歓びましょう…これから……いえ、わたくしたちは勝利しました!」


リリアナの周りではオルスタットの民、騎士たちが勝利を歓び歓喜した。

オルスタット城から騎士たちを連れて誠人たちがリリアナの元に向かって歩む姿を民達は声を上げ祝福した。


リリアナは馬から降りて誠人たちに歩み寄った。


「本当にお疲れ様です……オルスタットをわたくしたちの故郷をありがとうございます」

「ああ」


朝日が登り勝利に湧くオルスタットを太陽は美しく照らした。













アスタルト公国首都セラフェリア、アスタルト王城内大広間で豪勢な料理を前に1人の男が食事をしている。


「ベオウルフ様!あっ!!お食事中申し訳ありません!」


大広間の大きな扉が勢いよく開き南方軍兵長ダリル駆け込んできたが、南方軍将軍ベオウルフは食事の手を止める事なかった。


「なんだ?」

「あいえ、オルスタット地方侵攻中のオルクス様の部隊が敗走、オルクス様も討ち死にしたという報告がはいりまして」


 ダリルは跪いて緊張しながらゆっくりと報告した。


「ふぅん、オルクスが死んだか、女にでも寝首を欠かれたか、で、貴様はそんな事で俺の食事に水を差したのか?」

「も…申し訳ございません」


 ダリルは恐怖し、油汗を流しながら震えた。


「ベオウルフ様、お食事中に失礼をお許しください、オルクスは一騎打ちで敗北したようです」


 恐怖に震えるダリルの後方から、南方軍幹部プルートーが大広間に冷静かつゆっくりと入ってきた。


「ほぉ」

「オルクスは人間の男一人によって殺されたそうです」

「そうか、オルクスは俺が殺すはずだったんだが、人間に先を越されるとはな」

「勝手な行動の多く、天津まではベオウルフ様に牙をむくような、オルクスなどどうでもよいのですが、我が軍の部隊が敗北などあってはならないこと、どうかこのプルートーにオルスッタト攻略の許可を」

「勝手にしろ、だが、オルクスを殺した男は生け捕りにして俺の元まで連れて来い」

「はあ」

「オルクスは曲がりなりにも俺に牙をむくだけの力はある、そんなヤツを倒したのだ、退屈を少しは楽しませてくれるだろう、ハッハハハハハハハッハ」

「御意に」

 

 プルートーとダリルは大広間を後にした。


「プルートー様、すぐに出立されるので?」

「明日中にはね」

「明日に!?」

「うん、本来ならオルクスの討伐の予定だったんだけど、準備は整っているんだよ」

「そっそうなのですか」

「オルクスを倒すようなヤツだしっかり準備をしておかないとね、フフ、僕も楽しみだよ」

「あはぁ…」

 

 プルートーの笑顔の奥の狂気を感じ取ったダリルは悪寒が走った。


(プルートー様、オルクス様と同様にベオウルフ様と本国からの盟友…笑顔を絶やさない穏やかな人柄だが、何を考えているのやら、本当に怖いお方だ)














 オルスタット城内、誠人の寝室、前日の勝利の祝賀も終わり静まり返った夜の中、誠人は明かりを灯さず自室で椅子に座り、休息をとっている。


「誰だ?」

「さすがだね、僕の存在に気付くなんてね」


 室内の影から何者かの存在を感じ取った誠人はその何者かに問いかけると、影から何者かが姿を現した。


「僕は人間達からはこう呼ばれているよ」

「……」

「大精霊とね、佐山誠人」

 





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― 新着の感想 ―
[気になる点] 1話の総文章量が多すぎる。 キリのいいところで次のページにすればいい [一言] Twitterで作品の紹介いただきありがとうございます。
2021/09/12 06:57 退会済み
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