第9話 水の流れの中で
最近知ったのですが、動物って、結構人語を解してますね。
ある犬は、200のワードを聞き分けているって、すごいです。
巨大山クジラ、“主”の猛烈な突進!
サンタロは【流足】というステップ格闘技〈月の兎〉の技で躱してから【独楽蹴り】という
繋ぎ技で蹴り飛ばす!
すると主はムキになって幾度となくアタックを試み、その度に弾き飛ばされた。
巨人になったことで、小型の山クジラに使っていた攻撃スタイルが、そのまま主にも通用して
いるのだが、周りの木の間隔が狭くなり、サンタロは動き難さも感じていた。
あたりの低木は、蹴り飛ばされた主がなぎ倒している。ステップを踏む足場も悪くなっていた。
時々小型の山クジラが加勢で突っ込んでくるが、サンタロはすくい上げる様にして遠くへ
蹴り上げると、山クジラはピーッと情け無い声を上げて飛んで行く。
(死にはしないだろう・・・)とサンタロは思った。
いくら敵とはいえ、殺すことはない・・・サンタロに殺意はなかった。
ただ蹴り飛ばす!蹴り上げる! 懲らしめられればと手加減していた。
そんなことが幾度か繰り返された頃、サンタロが異変に気付く。
小型の山クジラ達が何匹か円を描くように自分の周りを走っている!それもかなりサンタロの
近くだ。
(何か企んでやがるな・・・)
主はこりもせず又突進の構えを見せる。何度も蹴り込まれて傷つき、凄まじい形相だ。
その時ステップする足が何かに当たった。
足元に石や岩が目立つ。それに付け加えて主がなぎ倒した倒木等が、サンタロのステップを
邪魔していた。
サンタロがそれを気にするのと、主の突進がほぼ同時だった。合わせて走り回る小型の山クジラ達も突進してくる。
(そんなやわなステップじゃないけどな)サンタロは軽くジャンプして上空へ回避。
それが読まれていた。
小型の山クジラ達は互いにぶつからない様に地表を駆けぬけるが、主は絶妙なタイミングで
ジャンプして来たのだ!
土手っ腹に主の体当たりを食らって、後方にふっ飛ばされるサンタロ。激しい衝撃に一瞬意識が
飛んだ。ガードライトでダメージを軽減できてなかったら、そのまま敗北していたかもしれない。
ハッとした時には主の顔が目の前にある。
仰向けのサンタロに、主が上から覆いかぶさるようにして上体を押さえつけている。月の兎の
ステップも止まっていた。
(ヤバイ!)ピンチに焦るサンタロ。
主はやっと捕まえたぞ、とばかりに眦を吊り上げ、サンタロの喉笛目掛けて噛み付いてきた。
咄嗟に左腕で首をカバーする。そのまま主は左腕に噛みつき、バリバリと食いちぎりにかかった。
ガードライトの能力を超えてか、激しい痛みと共に腕の骨が悲鳴をあげる。
それでもサンタロは冷静さを取り戻し、自分を見失わなかった。
似たようなシュチュエーションを経験済みだったのだ。
先祖帰りした犬属達との死闘。
「くらえ!」
目の前にある主の鼻先を右手で掴み、鼻の穴に口を付けて思い切り息を吹き込んだ。
ブヒッ!っとビックリして、噛んでいた左腕を離す主。
「弱点なんてみんな似たり寄ったりだ!」
サンタロは両腕で主の身体を押し上げると、両足を使って引き剥がした。
立ち上がり反撃!と思いきや、小型の山クジラが何匹もサンタロに襲いかかる。
「邪魔だっ!向こう行ってろ!」と振り払っているそばから主の突進!
真っ青のサンタロ。
主は又サンタロがジャンプすると予想してたのか、自らジャンプ!
しかし今度はあてが外れた。
サンタロは地に伏してこれを回避。
「あっぶね!」
サンタロが距離を取るため少し前に這い進むと互いの位置が入れ替わる。
振り向き、睨み合った・・・
対峙する二人の息は荒く、疲れも見えてきたが、双方共一歩も引く気配は無い。
避け方が避け方だったので、サンタロは片膝立ちの状態だ。主との距離がそれ程なく、再び
ステップを踏む事は出来そうにない。
主はサンタロの隙を伺っている。
「いいぜ!」サンタロは覚悟を決めた。
左の肘から手首にかけてかなり痛む。骨をやられたかと思ったが、不思議と左腕は普通に動いた。(スーツのお陰かな?大丈夫!いける!)一度心の中で自分を鼓舞すると、主に向かって
「来いよ!」と叫んだ。
突撃して来たところをを受け止めて、ぶん投げてやる気だった。
主が鼻で笑わった。自分の方がパワーは上だと確信しているかの様だ。
しばし睨み合う両雄。
この大事なシーンで・・・
サンタロは少し自分の頭がクラクラしている事に気付く。(ひょっとして、巨人になっている
から、熱っぽいのかな・・・)
一瞬の隙!見逃さなかった。
主の強烈なタックル!
「くッ!」
サンタロはどうにか受け止めたつもりが、主の背に逆さに乗る形で、足が地に着いてない!
主に腹の下から持ち上げられてしまったのだ。
チャンスとばかりに主が吠える。サンタロを持ち上げたまま、凄い勢いで走り出した。
「こいつ!またか〜!」
サンタロは主が何処に向かって走っているのか分かっている。
崖へと一直線に向かっているのだ!
(ハルちゃん達同様、崖で振り落とそうって魂胆か!)
サンタロは振り落とされまいと、主にしっかり掴まった。
が、次の瞬間!
主はそのまま凄い勢いで、自らも崖へダイブする。
「ウッソ〜!」サンタロと主はその下に流れる河に、真っ逆さまに落ちてゆく。
ハルは主に崖へ振り落とされた際、定吉を庇うように抱きかかえた。
ガードライトの能力が身に付いているから、衝撃に耐えられると思ったのだ。それを知らない定吉は、女の子に庇われる理由がわからなかったろう。振り落とされる瞬間、ビックリするような顔を
した。
背中から定吉を抱えたまま、ハルは流れる水面に激突した。強い衝撃を予想してたが、やはり気を失う程ではなかった。
(ヤッタ!)
安心したのも束の間、冷たく荒々しい水の流れを全身に感じる。
足のつかない深さを感じて、ハルを死の不安が襲う。
定吉はハルの腕の中で気絶しているらしい。動きが無かった。
(おじいちゃん!)
水面に顔を出さないと呼吸が出来ない!
ハルが定吉を離れない様に左腕だけに持ち替え、右手で水をかこうとした時、うっかり肺の空気を
吐き出してしまう。
(ヤダ・・・)
溺れ死ぬと思った、その時だった。
身体がキラキラと眩い白い光を放つ!口や鼻から流れ込んでくる川の水!肺に入っているはず
なのに!呼吸が出来た!
全く苦しくない!
ついでにと、田舎橋がライトを照射してくれたのが脳裏をよぎる。
(うわっ!凄い!)
ハルは歓喜した。
チラと魚が泳ぐ姿が見える。
呼吸が出来る。ただそれだけで、自分の中に余裕が生まれたのが分かった。
(サンタロさんの言った通り!だけど!)どうにか水面へと泳ぎながら(このシュチュエーション
じゃ楽しめないよ!)残念でならないハル。
ハルは必死に上へ上へと泳いだ。
自分はともかく、定吉が息が出来ない。
自然の浮力も手伝ってか、ようやく顔を水面から出せた。
もう一度定吉を左腕で持ち直して、右手と両足で立ち泳ぎをした。
「おじいちゃん!起きて!」
反応はない。定吉は気を失ったままだ。
流されながら辺りを見回すと、タイミング良く突き出た木の枝があり、ハルは咄嗟にそれを
掴んだ。だがそれがハルを苦しめる選択となる。
枝に掴まって流されなくはなったが、定吉を抱えたままでは、上手く枝を手繰り寄せて岸に近づく
のはかなり難しい。
さらに流れに逆らっているので身体が冷えるのと、相当な腕力も必要となり、時が経てば経つ程
追い込まれてゆく自分に気付いた。
「おじいちゃん!起きて!」
ハルは繰り返したが、なかなか定吉は意識を取り戻さない。
心細くなり、「誰か〜」と助けを求めてみたものの、川の流れる音が邪魔で、とても聞こえそうにない。
「誰か助けてー!」
それでも叫んでみる。望みをつなぐために。
枝を掴んだ右腕が痺れ始めた。
「サンタロさーん・・・カッペさーん・・・」
自分だけじゃない、諦めたら定吉の命も危険にさらす事となる。
よく見ると、とても岸とは呼べない位、1メートルは切り立った崖・・・
ここを登らなければ川から上がれず、とても定吉を抱えたままでは無理だ。
心をよぎる絶望感・・・ハルは不意に腹が立って来た。
こんなところで死ねない!
「誰でも何でもいいから助けてーッ!」
力一杯言ってみた。
「そこかーっ!」聞き慣れた声で返事があった。
「ウッソ!カッペさーん!」
直ぐ上の雑木林の中から田舎橋が現れた!
「ハルちゃん!無事か?」
「もう限界!助けて・・・」
田舎橋は辺りを見回した。
「うーん状況的に普通にやったら無理だな。その様子だとジジィは意識が無いのか?」
頷くハル。口をきくのも辛くなっていた。
「一瞬で解決する方法はひとつ!ウルトラライトで大きくなれば全てクリアーだ!」
「早くー」
田舎橋はライトの目盛りを調節した。
「3メートルちょいの巨人化だ!コレでどーだ!」
ライトをハルに向けて照射した。
ハルはみるみる大きくなり、川底に足が着いた。
水は胸元あたりまでしか高さがない。
パワーもアップして定吉の身体が軽く感じる。
「やった!スゴーイ!」ハルは喜びを爆発させる。
「おっ!大丈夫みたいだな!」
「よし!じゃカッペさん受け取って!」
流れに負けない様にシッカリと踏ん張ると、掴んでいた枝を離して、定吉を田舎橋に向かって
放り投げた。
「おおっと!」
田舎橋がどうにかキャッチ。そのまま地面に倒れこんだ。
「ふげっ!」
定吉が衝撃で意識を回復したらしく、その後激しく咳き込んだ。
「ジジィ!天国に行きそこなったな!」
「だ・誰がジジィじゃ・・・」
ハルは自らも岸へよじ登る。
近くの木に掴まって、楽々川から上がって来た。
「おじいちゃん!気がついた?」
「ハ、ハルちゃん!無事か?」
定吉はまだ下を向いて苦しそうにしていたが、顔を上げてハルを見ると驚き過ぎなくらい驚く。
「ハ・ハ・ハルちゃんか!何でそんなにデカく?」
「良かった。おじいちゃんなかなか起きなかったから・・・」
ハルは二人の前で両手と両膝をついて荒く息をしている。
2人に向かって笑顔のハルだが、男性陣は複雑な表情だ。
「ハルちゃん。合言葉を言って早く解除した方が良いかと・・・」
「え?」
田舎橋は背負っていたザックから全身タイツを出した。
「こんなもんしかないけど・・・良かったら」
ハルはサンタロと違い巨大化する予定が無かった。ので必然、服は破れてボロボロだ。
ハルは自分の体を見て気づく。今にもはだけそうだ・・・
田舎橋はタイツをハルに投げてよこした。
「お二人さん!ちょっと向こうを見ててくれる?」
ハルの有無を言わさぬ迫力に「分かりました!」と言って明後日の方を向く。
「あ!カッペさん!」
「なにかな?」
「その白衣も、ちょーだい・・・」
絶対に断れない得体の知れない威圧感・・・田舎橋は黙って白衣を脱ぎ、ハルに向かって
放った。
「ありがと・・・」
田舎橋と定吉は並んでハルに背を向けて、木漏れ日を見上げている。
「何かハルちゃん・・・怖いな・・・」田舎橋が呟く。
「何じゃ、お前さん知らんのか?」定吉もヒソヒソと話した。
「知らないって?」
「恥ずかしい思いをさせちゃいかん。させると突然怖くなるんじゃ」
「そうなのか・・・覚えておこう・・・」
そうしてハルが着替え終わるのと、サンタロと主が流されて来たのは、ほぼ同じタイミング
だった。
時は少し遡る。
サンタロは意外な川の大きさに驚いていた。
水深2メートルくらいか、幅も広い。意外と澄んでいて視界は効くが、倒れこんでいると顔が水面に出ない。
本来なら、立ち上がれば巨大化しているサンタロにとっては大した深さではないが、主ともみ合いになって倒れこんでいるので、互いに水中での攻防が続いていた。
必死に主がボディプレスしてサンタロを沈める。
何故か?ひょっとして?
疑問を解明するために、サンタロはちょっと力を抜いてみた。
すると主が上に覆い被さる様にして、サンタロを川底に押しつけて来る。
次にサンタロは、ちょっともがいて見せると、主は全体重で潰しにかかって来た。
予想が確信に変わる。
(ハハァ、水の中で窒息させる気か・・・)
主はサンタロに上に乗っかり、サンタロの両肩を前足の爪でしっかり掴んでいる。そのせいで、
サンタロが両腕で引き剥がして体勢を替えようとするが、なかなか上手くいかない。
(クソ!凄い力だな!)
時折鼻先が水面から出るのだろう、主が荒く呼吸をしているのが分かる。
川底の石がサンタロの頭や背中にぶつかる。
(スーツの力がなかったら、結構なダメージだし、息もヤバかったな)
そんな事を考えながら、どう反撃するかを思案していた。
主はサンタロが水の中でも呼吸出来るのを知らない。
(洒落くせぇ!)
サンタロは演技を始める。
ワザと苦しそうにもがいて見せた。
主の左の前足が肩から離れ、サンタロの顔面を直撃する。
(おっ!)
ガードライトの効果は頭部も問題なくカバーしている。それを知らない主からすれば、顔面に一発
食らわせてやった気でいるだろう。もう窒息寸前と思っておかしくない。
確かに普通なら、痛くて虫の息という所だろうが、なんとダメージゼロだ。
そこでサンタロがちょっと頭をひねると、主は左前足を踏み外した感じになった。
(チャンス!)
サンタロは右手で主の左前足を掴み、無理矢理折り畳んだ。
崩れたところに左腕で主の頭部を抱え込む。左側に倒れ込む体となり、主も全身水の中に沈んだ。
必然呼吸が出来ない。
(確かに、お前は俺が考えていたよりはるかに賢いよ。)
主はサンタロの方が長い時間水に沈んでいるので、息に自分の方が余裕があると考えているのか、強気に我慢比べをする気の様だ。
(しかし、残念だったな!)
サンタロは笑って見せた。主がそれに気づいて、表情が曇る。
(自分の弱点が、そのまま相手の弱点とは限らないんだよ!)
サンタロは両足も主の足に絡めて、さらに動けなくした。
(ましてや目の前で巨大化した奴の事なんか、もっと疑ってみないとな!)
冷たい水のお陰で、巨人化してから5分以上経っている筈だが、体温の上昇が気にならない。お陰でサンタロの頭は冴え渡っていた。
さすがに苦しくなったのか、今度は主がもがき始めた。
サンタロは主に密着しているせいで、水面に顔を出すのは勿論、振りほどく事も出来なければ、
噛みつく事も出来ない。
時々足がサンタロを蹴るが、水の中でバランスも取れてないせいでまるでダメージを与えられなかった。
ついに限界が近いのか、今度は主が激しくもがく。
(まだだ!)
苦しい程度で離す気は毛頭無い。ただ、サンタロには殺意も無かった。
主が肺に水を飲んでしまった気配が伝わる。
主に強い痙攣が走った。
(よし!)
サンタロは主から身体を離す。
左手で主を抱えて、右手と両足を踏ん張り、流れに逆らう向きで立ち上がる。
水飛沫を上げて、上半身が水面から出た。
主も半分出たが、意識がない様だ。
「目ぇ覚ませ!」
右手で主の横っ面をひっぱたく。
意識を取り戻した主の口から、大量の水が吹き上がる。呼吸を取り戻した主は、サンタロと目が
合いギョッとした。
「行くぞ!歯ぁくいしばれ!」
川の流れに少しずつ流されていたが、いいタイミングで足が川の中にある岩にあたり、うまい具合に踏ん張りが効いた。
流れの力も利用して、サンタロが主を頭から逆かさに抱え込んだ。プロレスラーの様に、がっちりと主をホールドする。
「サンタローッ!」
「サンタロさーん!」
「若者ーッ!」
意外な近さで、田舎橋達の声が聞こえる。いつの間にかハル達が流されて来た所まで来ていた。
「お!」チラリと横目で見て、「お前ら無事だったかーっ!」喜びの声をあげる。
「サンタローッ!」
何故かしつこく田舎橋が呼んでいる。
「おっしゃ!見てろよーッ!今ケリつけるからなーッ!」
サンタロが気にもとめず、主を高々と抱え上げた。
「必殺!ブレーンバスター!」
サンタロがそのまま背後に倒れ込む。
「サンタローッ!後ろは滝だぞー!」
田舎橋のアドバイス・・・もお遅い。
サンタロは滝に背中から落ちていった。「アァアアア!」
主と共に・・・。
滝つぼから主を抱えて出て来たサンタロは、合言葉を唱えて元の状態に戻った。
ハードな戦いに疲れ、さすがに身体に力が入らない。
主の側にへたり込んでいると、小さな山クジラ達が駆け寄って来る。その後ろから、田舎橋達も
駆け寄ってきた。
どうやら戦いの終わりが、二人の決着で迎えられている事を、分かっている様だ。
主はまだ気を失っている。それに比べて意識のあるサンタロを見れば、どちらが敗北したのかは
明らかだった。
ピーピー泣きながら、山クジラ達が主に群がる。
「安心しろ。死んじゃいねーよ・・・」サンタロは、うなだれて言った。
「サンタローッ!」
「サンタロさん!」
「若者ーッ!」
サンタロは自分のもとに来た3人にすかさず尋ねた。「誰か水持ってないか?喉が渇いて死にそうだ・・・」
「だろうな!ほら!」
田舎橋が気づいてたように、サッと水の入ったペットボトルを出すと、サンタロに向けて放った。
サンタロは受け取ると、キャップをすぐに開け、勢いよく飲んだ。
「ぷっは~!生き返る~」
「ウルトラの状態が長かったせいかな?少し干からびて見えたぞ」
「川の水でも良かったんだがな。ちょっと濁って見えたから・・・」
「そうか?儂なら飲んじゃうけどな」定吉が川を覗き込む。
「俺はさておき、よくハルちゃん達を助けてくれた!」
「そりゃ吾輩だからなぁ」
「でも何でハルちゃんがカッペの白衣を着ているんだ?」
「ああ、色々あってな・・・」田舎橋が顔を背ける。
「そう。色々あったのよ」ハルもぎこちない笑顔を見せた。
「いろいろな・・・」聞かれていない定吉まで調子を合わせてきた。
「ハハハハハ・・・」
渇いた笑い方をする3人。
「しかし凄いぞ、若者。まさか君が【月の兎】の使い手じゃたとは!」定吉が目を輝かせてサンタロに話しかける。「一体どこで、修行をして来たのだね?」
「別に修行って感じじゃ・・・」
「そんなはず無いじゃろう。ひょっとしてマスタークラスじゃあるまいな?」
「まぁ、それこそ色々あってね・・・」
そんな話をしていた時、主がむくりと上体を起こした。
気が付いたのだ。
夕暮れ時。
山を下りてくると、途中で一行は定吉と別れる。
今サンタロ達は、田舎橋の研究所に帰ってきて理科室の様な実験室にいた。
「では、改めて!今日からおいらの部下として働くこととなった小型山クジラ君だ!」
山クジラはバツが悪そうに頭を下げた。
「本来ならジジィの所で畑の手伝いでもするべきなんだろうが、山クジラは基本的に強者の
言うことしか聞かない性質なので、主に勝ったサンタロと、その上司であり天才の、オイラの下で働く事となった!」
俯いて話を聞いている山クジラ。
「宜しくね、山クジラ君」
ハルが言うと、山クジラは嬉しそうに擦り寄っていった。
「宜しくな、山クジラ君」
サンタロのことは無視している。
「こいつ、強者のいう事きかねぇぞ!」
サンタロはちょっとイラッとする。
「いや、サンタロ君。ハルちゃんは意外と怖いぞ・・・」
「なんだ?そうなのか?」
「そんな事ありません!」
「・・・それよりジジィは、この一件を解決したのは我々だと、今後触れ回ってくれるかが心配だ」
「お前が嫌われているからな・・・」
「いや、年寄りは物忘れが激しいと言いたいのさ」田舎橋はいたってクールだ。
「そんな心配するなら、最初からもっと仲良くすべきだよ!」
ハルがその後ガミガミと田舎橋を叱っている時、サンタロは主との決着後の話し合いを思い出していた。
主が意識を取り戻した後、話し合いが始まった。
主は意外とあっさり負けを認め、出会ったばかりの舐めた態度を改めた。
サンタロに向けて最大の賛辞を贈っていたが、話しがわかるのが田舎橋だけなのでそのうち田舎橋との会話のみとなった。
畑を荒らしていたのが、手下の山クジラの中でも一回り小粒の山クジラと分かると、主は怒りを
剥き出しにして、その小粒の山クジラを山から追放すると言った。
しかし、それが原因でまた人里の畑を荒らしては意味が無いと田舎橋が言うと、ではお前達に
預ける。煮るなり焼くなり好きにすると良いと、主は判断を任せて来た。
「分かった!部下として使うが良いな?」と田舎橋。
主は頷き、小粒の山クジラはサンタロ達と共に山を降りることとなったのだ。
「名前が必要じゃない?」ハルが言う。
「チビだからチビでいいんじゃない?」サンタロが面倒くさそうに言うと、子山クジラがガーッと
怒った。
「なんだ!こいつ?」
「サンタロ、こいつは小さいのを気にしているんだよ」田舎橋がちょっと説明した。
「畑の作物を食い荒らしたのも、早く大きくなりたかったからなんだとさ」
「成る程ね〜。で、本人はどんな名前が良いのかな?」サンタロは相変わらず面倒くさそうだ。
「カッコイイのがいいよねー!」ハルの一言で大きく頷く山クジラ。
「じゃあ田吾作だ!」田舎橋が言う。
「田吾作?」
みんなビックリだった。
「何だ?田畑の作物を護るという意味の、こいつの罪を償わせるにはぴったりな、カッコイイ名前
じゃあないか」
山クジラはちょっと不安そうに皆の顔を見渡した。
「でも、ダサ過ぎじゃないか?」
「タゴチャンだったら可愛いいかも」
「では田吾作で決まりだな!」
「ではって、お前な・・・」
「宜しくね。タゴチャン」
山クジラはそれがカッコイイのか判断がつかず、複雑な表情だ。
「良いんだよ、サンタロ。こいつが自分で立派な山クジラに成長したら、その時はセナでも
シューマッハでも好きな名前に改名すれば良いさ。」
田舎橋はお茶の準備をしながら言った。
「まぁ、確かに・・・そう言う本人もカッペバシだもんな」
「タゴちゃんお風呂入った方が良いよ。獣臭いもん!」
「風呂?山クジラって風呂に入るのか?」サンタロが尋ねる。
田吾作は風呂って何?という感じだ。
「温泉とか、普通に動物達は入るじゃん。だからきっと平気だよ」
「そうか?まぁいいか。じゃ田吾作行くぞ!」
ブヒ?と、田吾作が驚く。
「ん?俺とじゃ不満か?まさかハルちゃんが一緒に入るわけ無いだろ〜」
バシバシとサンタロは田吾作の背を叩いた。
「カッペ!ちょっと風呂場を借りるぞ!」
「ああ・・・でも、今茶が入るぞ」
「後でいいよ。こい、田吾作」
田吾作は渋々サンタロについて行く。
【調子こいてんじゃねーっ!】
瞬間湯沸かし器が怒鳴る。
田吾作がビックリして、湯沸かし器にガーガー吠えかかった。
「気にするな!それはポットだ。行くぞ!」サンタロが田吾作の尻尾を掴んで引きずって行った。
「カッペさん。私も着替えに家に帰るね」ハルはまだ白衣のままだ。
「今お茶が・・・」
「白衣帰しにすぐ戻るから、とっといて。じゃ!」
ハルも風の様に出て行った。
「・・・」
田舎橋は一人、茶を淹れて啜った。
頑張ってます。暫くはドンドン次話掲載します。