第8話 山の主
ようやくバトル場面にたどり着きました。
面白いといいな。
山クジラが驚いて逃げないように、手の平を前に出して田舎橋を制しながら、サンタロは
「カッペ、後ろにいるぞ」と静かに囁く。
田舎橋も脅かさぬ様に、ユックリと後ろを振り返る。
茂みの中にいるそれは、体長は50センチ位の、割と小さな体格だった。
「なんだ?可愛げの無い、生意気そうな面構えをしているな」田舎橋が毒づく。
姿は猪とほぼ変わらないが、頭に短い角が二つあるのと、蹄ではなく、前脚と後ろ脚が熊の掌に
似た形をしている。
田舎橋とサンタロで、その山クジラと目が合っていた。
山クジラは微動だにせず、ジッとこちらを見ている。
「あーっ!お爺さんアレ!」その時二人の様子に気付いたハルが、何ともハルらしく大きな声を
出した。
「何じゃ!」定吉がそちらを向くと同時に、山クジラは茂みに駆け込み姿を消す。
「あちゃ〜!」とサンタロ。
「追うか!」と田舎橋。
「待つんじゃ!」と定吉。
「エッ?」と定吉に視線を移すハル。
「どうしたジジィ!」
「さっきので、ちょっと漏らしそうになって・・・」
「サッサと済ませろ!」
出会った山クジラを、サンタロ達は完全に見失っていた。あっちかこっちかと言いながら、もう
一時間近く山道を彷徨っている。
ジジイのせいでと田舎橋が悪態をついたが、定吉は気にとめる素振りもない。
まぁまぁとなだめながら、時折見かける花や蝶を愛でて、ハルは明るく振る舞い、周囲の男たちを和ませた。
「かなり登ってきたな・・・」サンタロが辺りを見回す。
左手が沢で、少し向こうに結構な水量の渓流があり、水の流れる音が大きく聞こえる。
元が獣だけに、旧人類と比べて新人類の方が体力があるのだが、それでも開けた場所に
差し掛かったころ、疲れが出てきて一休みする事とした。
「フーッ!」サンタロが遠くを眺めながらペットボトルの水を飲んでいると、田舎橋の声がする。
「サンタロ!ハルちゃん!こっち来て!」と二人を呼びながら、田舎橋がいきなりライトを
取り出す。それを近づいてくるハルとサンタロ、そして自分自身に照射した。
「何だいきなり」とサンタロ。
「いつ出くわして、噛みつかれても良いようにな」
「そんな凶暴じゃないよ」ハルが否定するが、それを受け流す田舎橋。
「ガードライトか?まだ少し、動きが硬くなる感じがあったが?」
「修正してある。もう殆ど変わらない筈だけど、どうだ?」
「うん。ハルちゃんも違和感ないでしょ?」
「効果が感じられない位、普通ね・・・」ハルは実感が湧かないらしく、腕を振ってみる。
「そうそう。ついでにハルちゃんには水中呼吸も出来るようになる、ウォーターライトも当てて
おこう!」
「エッ、併用して大丈夫なの?」
「全く問題ない」
「へー、凄いんだー!」
「それでは!みんな周りに注意を払って見てくれ。・・・何かいないか?」
「エッ!何で?」ハルが辺りを見回す。
「そこかしこに、色々と生態反応がある・・・大きいのとか・・・」
「どうしてそんなこと分かるんだ?」とサンタロも言いながら辺りを見回す。
「おいらのサングラスは色んな機能がついているのさ!」
定吉爺さんだけが話しの輪に入らず、手頃に座れそうな場所を探してタバコに火を点けた。
「山クジラは巣穴以外で寝る時、土に身体を埋める習性があるのじゃ」定吉の声に皆が振り返る。
こんもりとした土の上に腰掛けて、知識を自慢するかのように、定吉はたっぷりとタバコの煙を
ふかして見せた。
「外敵に見つからん様にカモフラージュしているんじゃな。じゃから寝てたら辺りを見回しても
見つからんぞ」
「うん。周りには、何もいないよ・・・」キョロキョロするハル。
「草食の大人しい動物じゃが、縄張り意識は高くての。怒らせると厄介じゃ」
「縄張りに勝手に入ると、やっぱり怒るの?」
「鼻が良いだけに、違う動物の匂いを嫌うんじゃ。後は騒いだりするのが駄目じゃな」
「ほう・・・流石に物知りだなジジィ。で!一体何に腰掛けているんだ?」
「なにって、ちくっとこんもりとした場所があったでの。野良仕事で鍛えてるとは言え、儂は若い者と同じ速度で歩いとるんじゃぞ。いささか疲れたわい」
「そこからさ・・・」
「は?」
「強い生態反応が、そこから感じられるんだ!」
「ハハ、何を藪から棒に・・・」定吉がタバコを地面に押し付けて消した。
その時、もぞと定吉の尻の下が動く。
「あっ!」
「今動いた!」
土塊をボロボロ落としながら、それは定吉爺さんを押し退けてユックリと立ち上がった。
「オギョギョ〜〜〜!」転げて変な声を出す定吉を、野性の目が見下ろした。
「デ、デカイぞ!」息を吞むサンタロ。
「あー」田舎橋は見上げながら「3メートルはあるな!体長はその倍位か?」
定吉に駆け寄るハル。「大丈夫?お爺さん」
「ヌヌ、ヌヌ、主じゃ〜!」腰が抜けて立てないのか、ハルにしがみつく定吉。
そんな二人を尻目に、野太い声で、突然主が雄叫びを上げる。大地を揺るがす程の迫力に、
皆が震え上がる。
「こりゃスゲーや!」田舎橋だけは、直ぐに楽しそうな笑みを浮かべた。
地に着いてる前足の爪の先から、天に向かって頭に生えてる角の先までは、3メートルもの高さに達する。
この山の主と思われる山クジラの眼が、サンタロ達を値踏みするようにギロリと睨んでいた。
激しく身震いし、体についた土を落とすと、鼻息を荒くする。
「何か、怒っているみたいだけど・・・」サンタロが誰にとなく言う。
「爺さんがタバコの火で起こしたからかなぁ」と答えながら、田舎橋が定吉を見た。
「馬鹿言うでねぇ!きっと儂らが、勝手に縄張りに入って来たから機嫌が悪いんじゃ!」
「さっきの話だと、煙草の匂いと、あたし達がうるさいからじゃないの?」
定吉はハルに支えられて立ち上がる。「気を付けるんじゃ!主は群れで行動する!部下の山クジラが周りに十数頭は必ずいるぞ!」
「都合の悪い事は聞こえない所が、カッペと似てるな」サンタロが辺りを見回すと、大小様々な山クジラがそこかしこに現れた。
主と同じく、土の中で寝ていたらしい。そいつらが雄叫びを合図に次々と起き上がってきたのだ。
「マズイぞ!囲まれてる。カッペ、どうする?」
「サンタロ、それはちょっと違うぞ。俺たちがこのお昼寝の中に、勝手に入って来たんだ」
「そう言えばさっき!生体反応がどうとか言ってたな?」
「こいつらだと言う、確証は無かったがな」
「出来るだけ早く言おうな、そういう事は。これからでいいから・・・」
「でもこれで、相手も逃げる気はなさそうだぞ?怒っちゃったけど」田舎橋が楽しそうに笑う。
「笑ってる場合?ねぇ、降参とか言ったら通じるかな?」ハルは真面目に言ったが、
「ハルちゃんそりゃ無理じゃろ。相手は獣じゃ」と定吉が返した。
それに首を傾げた田舎橋「おかしいな、ジジィはこいつにお伺いを立てに来たんだろ?つまり、
話が通じるんじゃなかったのか?それが話せない?なら何しに来たんだ?」
「確かにそうじゃが・・・」
苦笑いの定吉を見て、失笑すると「オイ!デカイの!」と、田舎橋が主に向かって大声で
話しかける。
それに応える様に、主が田舎橋をジロリと睨み付ける。部下と思われる山クジラ達は主の指示を
待つかの様に、その様子をジッと見守る。
「ここにいる爺さんの畑を荒らした奴が、お前達の中にいるんだ!どいつか分からんか?」
田舎橋の問いに、何やら主は笑った様に見える。
「何だ?本当に言葉が分かるのか?」とサンタロ。
「やはり主じゃからのう」と頷く定吉。
「お爺さんさっき無理って言ってたくせに!」ハルが突っ込む。
「カッペ!なんか返事がない様に見えるが?」
サンタロの問い掛けを手で制して、田舎橋は山の主をジッと見つめる。すると「みんな!こいつの言いたい事は大体分かったぞ!」
「何て言っているの?」ハルが周りの山クジラに怯えながら訊く。
「チビどもが生意気な口叩くな!だと。完全に舐められてるな」
「チビッて何よ!かんじ悪!ねぇーサンタロ!」それにカチンときたのか、怒り出すハル。
「あ、ああ、そうだね・・・」
「畑の野菜を荒らさないでくんろ〜」拝む定吉。
「定吉さん!悪いのはあっちだから!」プンプンのハル。
「そうだね。そうだけど、まずは落ち着いて・・・」サンタロがオロオロしていると、田舎橋は
そんなの御構い無しに主を挑発し始める。
「お前の手下の不始末はお前の不始末でもあるんだぞ!責任取らないで開き直るたぁいい度胸だ!」
「そーだ!そーだ!」
けしかけるハルを睨む主。
「な、何よ!脅かしたってダメよ!無駄なんだから!」
「そうだ!デカイの!舐めてっとここにいるサンタロが!」
「オイ、カッペ!」
「そーよ!そこに居るサンタロさんが!」
「ハルちゃん・・・」
「未来ある若者が!」
「爺さんノリで言ってるだろ!」
「ぶっ飛ばすぞーッ!!!」
それを聞いた主が、再び野太い雄叫びを上げる。
「も~!うっさい!」
「上等だとよ!やってやれ!サンタロ!」
「勝手に始めるな!」
されど戦いの始まりだった。
田舎橋の白衣の中からマシンガンが姿を表す。突撃して来た部下の山クジラ達目掛けて乱射した。
山クジラ達が一瞬怯む。
「ハルちゃん!ジジィ!木に登ってろ!」この隙にと、田舎橋が叫ぶ!
「えっ?うん!」
突進攻撃は木に登ってしまえば届かないと考え、田舎橋は指示したのだ。
「正解じゃ!山クジラは木登りは下手くそじゃ!」
「お爺さん。感心してないで、早く!」定吉を急かしてハルは側にある登れそうな木に飛びついた。
「サンタロ!お前はこれだ。」田舎橋がライトを出すと、山クジラ達は動きをジグザグに変化させ
ながら二人に襲いかかって来た!
「カッペ!俺達も一旦木に!」と、喋る暇はもう無い。
あっという間にサンタロと田舎橋は、山クジラをかわすので精一杯になる。
「ワッ!」
「トッ!ト!」
そこへ主が突撃して来た。
主の巨体はかわしきれず、ダンプカーにでも跳ねられた様に二人共跳ね飛ばされた。
「キャーッ!」
「若者ーッ!」
木の上のハルと定吉が悲痛な叫びを上げる。
「大丈夫!大丈夫!」
「なっ!何てこと無いだろ!」
二人共ダメージを感じさせない軽い身のこなしで、素早く立ち上がった。それを見た山クジラ達は不思議そうにその場に立ち尽くす。
「おお!無事か・・・」
ガードライトを良く知らない定吉だけがかなりホッとしていた。
「畜生、調子に乗りやがって!」サンタロが山クジラ達を睨みつけた。
「落とさないで良かった。サンタロ!ウルトラライトで行くぞ!」
「ちょっと待て!ちゃんと修正してあるのか?」
「ああ。この前とは段違いだ」
「二人共!また来るわ!」ハルが叫ぶ!
小型の山クジラ達が、再び動きを変化させながら突っ込んで来る。
「コンニャロ!」田舎橋は自分に向かって来る山クジラの軌道を読んで、マシンガンを打つ。
弾が当たった数頭の山クジラは短い悲鳴をあげて木の陰に隠れた。
「実弾じゃ無いBB弾だがな!当たれば十分痛ぇだろ」
だが仕留めるには至らない。二人の苦戦は明らかに思えた。
その時、「タラッタラッタラッタ兎のダンス」と呟いて、何やらサンタロはトントンとステップを踏み始める。するとみるみる、脚が見えなくなって行く。そして、突進して来る山クジラがぶつかりそうになると、流れる様な不思議な動きでそれをかわした。
「?」山クジラだけでなく、誰もが不思議に思ってその動きに注目する。
何頭突進してもサンタロに当たらない。ならばと咬みつこうとした小型の山クジラが、躱された後、腹部を蹴られたかの様に吹っ飛んだ。
山クジラ達に衝撃が走る。
「月の兎じゃ・・・」定吉が感心してつい口走った。
「月の兎?」ハルが繰り返す。
「兎族ならではのステップ戦闘術じゃ!名前がカッコ悪いので人気は無いが、兎属の軍部に伝わる
伝説の格闘技じゃ!見ろ!」
とにかく両足がまるで見えない程の高速ステップを踏んでいるサンタロ。その証拠に時折足元に
土煙が舞い上がる。
「じゃあサンタロさんって、本当に強いの?」
「間違いないわ!【無足】と言う技は月の兎の使い手の証しじゃ。そして流れる様な動きは【流足】サンタロと言うたか?あの若さでかなりの使い手じゃぞ!」
主が体当たりを試みた時は、サンタロが瞬間居なくなった様にすら見えた。
「凄い!【瞬足】まで使えるんか!」興奮する定吉。
「えっ?そのままこっち来るんじゃない?」
案の定、ハル達が居る木の方に主が突っ込んで来た。
「ぎゃ〜〜〜!」抱き合う定吉とハル!
「サンタロ!まずい!」
「しまった!ハルちゃん!」
主が木に激突すると、強い衝撃で二人は落ちた。
何処へ?主の背中にだ。
「ひえ〜〜〜っ!」
主は二人を乗せたまま、崖の方へ走って行く。
「マズイぞ!あっちで二人を崖に落とす気か?」言った田舎橋のマシンガンが弾切れをおこすと、
隙ありとばかりに突進して来た小さな山クジラに足元をすくわれる。
「くらえ!【独楽蹴り】」サンタロが倒れ込む田舎橋を助けるため、襲い掛かる山クジラ達を
次々に蹴り飛ばした。
5匹ほどそれをやると、向こうもビビったのか、突進を躊躇う様になる。
「カッぺ!大丈夫か?」
「ああ。サンキュー!それより二人が・・・」
サンタロの手を掴むと、ずれたサングラスを直して立ち上がる田舎橋。
「後を追おう!」
二人は遠くに見えなくなった主の背中を追ったが、間に合うはずもない。
崖の側で主は二人を振り落としたのか、聞き間違えるはずもない、ハルと定吉の叫び声が
聞こえてくる。
「ハルちゃーん!」
「ジジィーッ!」
主の巨軀を見つけるのと同時に、サンタロ達の方に向きを変える主。 次はお前らだと目が
言っていた。
「サンタロ!」田舎橋がライトをサンタロに向けた。
「おう!」
「俺はハルちゃん達を助けに行く!お前1人だが大丈夫か?」
「当然だ!」サンタロは見るからに怒っていた。
サンタロの変化に目を丸くした田舎橋だが、すぐにサングラスをギラつかせて笑みを浮かべる。
「オッケー!5メートル巨人のウルトラライトだ。じゃ頼んだぞ」
破れぬ様に上着を脱ぎ捨てるサンタロに、ライトの光が照射された。
大きさというものは、優劣に大きく左右するものだ。
大は小を兼ねるという諺は成り立っていても、小よく大を制すにはいささか無茶があろう。
自分より大きな相手には、誰もが苦手意識を隠せない。ましてや、野生の動物なら、尚更である。
山の主は眼を疑った。まさに今、自分より大きな男が突然現れたのだ。主は驚きを隠せずに少し
後退りして相手を見上げる。
「なるほど、そんなに熱くないな・・・と、それはさておき・・・」サンタロはブツブツ言いながら点検する様に自らの身体を撫で回すと、自分を見上げている主と目があう。
「てめぇは許さねぇ・・・」サンタロが今まで見上げていた主を思い切り見下した。
劣等感と優越感が逆転する両雄!
「分かっているのか?非戦闘員に手を出しやがって、この野郎・・・」
主が吼える。自分を奮い立たせる全身全霊の雄叫びだ!
「うるせぇーーー!」
それに応えてサンタロも吼えた!
「主だか何だか知らねーが!締めてやるから掛かってきやがれ!」
地球から、未処理のプラゴミが、早く無くなって欲しいのだけど、
悪くなるばかり?トホホ