第4話 ハル
好きな漫画家は大今良時先生です。素晴らしいです。
あんな物語、作れたらいいなぁ。
《是葉》の村の地主の娘ハルは、奇天烈な科学者田舎橋に、得体のしれない緑のタイツを
着せられてからしばらく、不安になって寝込んでいた。
果たしてあの奇妙なサングラスをかけた男は何者なのか?今だに分からない。
それは1カ月ほど前の事。
新しく来たアパートの入居者の様子を見てきてくれと、両親から頼まれたのだ。
何でも科学者らしい・・・
何日か前に事故で右足を怪我してからどこにも行けず、暇を持て余していたハルは、
心機一転、出掛けてみようと、その両親の依頼を受けた。
話によると、その建物は一階を住居兼店舗として、二階を4部屋に分けたアパートとして
売っていたのだが、ちょっと不便な田舎のせいか借り手も付かず、全室空室で困っていた。
そこに田舎橋が借りたいと申し出て来たのだ。
しかも一番家賃の高い一階をだ!
仲介していた不動産屋のおばちゃんは、変なサングラスを掛けた田舎橋を胡散臭く思ったのか、
警戒した方がいいと言ったが、ハルの両親はようやく現れた借り手に喜んで、貸し出す事を決めた。
建物は古いので、好きに使ってもらって構わない。そう思っていたらすぐにリフォームが
始まった。どんなリフォームをしたかと業者さんを通じて尋ねると、室内プールなどを作ったと
いうではないか。
プール・・・
ハルの両親もいささか不安になり、改築するなら一度内容を相談して欲しいと不動産屋の
おばちゃんを通じて話そうとすると、言わんこっちゃないと悪態を吐かれるばかりで、ひとつも
協力してくれない。
そこで娘のハルに相談したのだ。
栗色の瞳と髪をもつ、ややあどけない顔立ちのこの娘は本来、小柄ながらスポーツ万能で
アウトドアを好み、明朗快活で誰からも好かれる性格なので、任せてみようと思ったらしい。
ハルは松葉杖を載せた原動機付三輪車で田舎橋の所に向かう。
「いやぁ! そりゃ悪かったね! ちょっとやり過ぎたかな!」
ハルは田舎橋と会うと、すんなり話は進み、両親の伝言は容易に受け入れられた。
イキナリ怒鳴り声を上げる、ヘンなポットで茶を淹れてくれたところで「痛そうだね。差し支え
なければ伺ってもよろしいかな?」と、やけに気取った感じで右足の事を聞かれた。
「事故で怪我をしちゃたんですけど、足の骨と神経をやっちゃたみたいで、お医者さんには
治るのに相当時間がかかるって・・・」
それを聞いて、田舎橋はサラッと言ってのけた。「吾輩に任せてみないか?比較的速やかに治すことが可能だけど?」
「はい?」 ハルはその時、自分を気遣っての冗談だと思い、適当な相槌をうって帰ったのだ。
しかしその後の診療で、完治は難しいと医師に言われてしまう。運動好きなハルには我慢出来る
ものではなかった。
耐え切れず、もう一度田舎橋の所に、適当な用事を作って行ってみた。先日の様に、彼は治せるというのだろうか?
「まだ治らないんだね、足・・・」
またまた気取った感じで田舎橋がそう言うので、医師に言われた事をそのまま伝えると、
「田舎の医者だから最初の処置を失敗したのかな?まぁ我輩なら治せるけどねー!」
我輩?何だ我輩って?と思ったが、ハルは藁にもすがる思いで田舎橋を信じた。
「お願いします!」と心から言ってみた。
「任せなさい。お嬢さん」あっさりと了承する田舎橋。
治療費の代わりにデータを取らせることと、実験の手伝いをして欲しいと頼まれたので、
ハルは田舎橋の行っている研究についても、幾つか質問をしてみる。
植物の力を利用して社会の役に立つ事を考えている。そう言う田舎橋を何となく良い人に
感じると、ハルも安心して笑顔を見せた。
「じゃあ準備が整ったら連絡するよ」そう言って田舎橋はハルの一縷の希望となったのだった。
半日ほどで準備が出来たのだろう。田舎橋から連絡が来ると、ハルは心待ちにしていたので、
期待に胸を膨らませて、すぐに研究所を訪問した。
すると脱衣所で、緑の冷たいタイツが出てきて・・・
後はサンタロと同じだった。
「イヤーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!」
マスクメロンになった自分を見た時、気を失いかけた。
田舎橋は大丈夫だと言っていたが、とにかく笑っていた。それが頭にきたのと、怖いのと・・・
その場で田舎橋の制止を無視して、逃げ帰ったのだ。
メロンみたいな外見は、すぐに元には戻ったが、脱いだ覚えはない。では自分が着た緑のアレは
一体何処に?
怪我した足はそのままだ。騙されたのだろうか?1人で考えてもラチがあかない。
どうしていいか分からず、両親にも相談出来ぬまま、いたずらに時間だけが過ぎてゆく。
そしてその日から、おかしな夢も見る。
自分が大自然の空の上にいて、もう1人の自分と見つめ合っているのだ。
伝統的な日本家屋を思わせるハルの実家に、次の日の昼間、田舎橋が訪問してきた。
居留守を使って面会を断ると、メッセージを残して去ったと聞く。
内容は簡潔で、『合言葉、《ハッパヘロヘロヘー》を毎日一度は唱える事』と『なるべく早く
研究所に顔を出す事』だった。
何かあったのかと両親に聞かれたが、何もされた証拠がない。結局何でもないと誤魔化して
しまった。
ある日、またもう1人の自分が出てくる夢を見る。
びっくりする事に話しかけてきた。
怖いと思っていると、悲しげに怖がらないでと言ってくる。
どーして良いか分からないハルだったが、とっさに思い浮かんだのは、かなり馬鹿げた感じの
あの合言葉だった。
「ハッパヘロヘロヘー」と唱えると、不思議とその夢から醒めた。
思えば寝る前の日、合言葉を言い忘れている自分に気付く。
「合言葉、大事!」怖かったのでハルは胸に焼き付ける。
結局それで半月が過ぎたある日・・・巨人を見たのだ。
それは紛れもなく田舎橋研究所の辺りだった。
半裸の男が、なぜか激しい阿波踊りのような動きをすると、10秒立たないで消えた。
呆気に取られたハルはその後、田舎橋について考え直す。
本当にすごい人なのかもと。
次の日も巨人が現れた!熱い?熱いの?・・・悶絶している様に見える。
10秒くらいでまた消えた。
半裸の巨人の顔をよく見ると、田舎橋ではないようだ。
誰だろう?
そう思いながら、時々研究所のある方角を見るようになった。
そんなある日の事、また合言葉を唱えるのを忘れて寝ると、またあの夢を見る。
自分に自分が、話しかけてくる。
どうして欲しいか?問うてくる。
「足が治るといいな」と言うと、自分と一つになればと、近づいてきたのだ。
ゾクッ!と何か悪寒のようなものを感じて、ハルは合言葉を唱える。
手を伸ばしてくる自分が、自分の肩に手をかける前に、夢から醒めた。
飛び起きたハルは、ある疑問を持つ。
(私の中に、誰か居る?)
治らない足。奇怪な夢。ハルは誰にも相談できず、人が変わったように暗く落ち込んでゆく。
両親に心配をかけたくなかったので、夢の話だけ友達に話してみたが、一度精神科医に相談した方がいいと言われ、なおさらブルーになった。
(私がおかしいんじゃなくて・・・)その想いを、 周りは分かってくれない。
「こんにちわ〜!誰か居ませんかー!」
雨模様の天気を無視して、快活そうに響いたその声は、家の隅々まで届いてきた。
もちろん田舎橋の声ではない。
両親は不在だったので、恐る恐る玄関にゆくと、広い玄関だなーと独り言を呟いている青年が
閉じた傘を片手に立っている。
「あー!あなたは!」驚くハルにサンタロも驚く!
何処かで見覚えがある。それは巨人となって激しく悶絶していた男に似ていた。
「ども!サンタロと申しますけど・・・ どこかで会いました?」
玄関先だがお茶を出し、サンタロとハルは話を始めた。
「ハハ!確かに!それは俺ですね」
サンタロはハルに、ウルトラなマンの実験の様子を簡単に話して聞かせた。
「本当に無茶させやがるから!何度も頭を叩いてやったよ!このヤロウ!ってね!」
明るい様子のサンタロに安心したのか、ハルは早速悩みを打ち明ける。
「あの、あの人本当に信用して良いですか?」
「ん?」
「悪人では無いと思うんですけど、あまり説明してくれないんで、もし失敗とかあったら怖いじゃ
ないですか。だからその・・・サンタロさんが今一番、田舎橋さんを知ってると思うんで、あの、
失礼なのは分かっているんですけど、あの人信用しても・・・大丈夫ですか?」と、真っ直ぐ
サンタロを見つめてきた。
「うーん、そうだねー」下手な事は言えないと、少し困ったが、意外とシンプルな問題だと感じた。
「彼の全てを知るわけじゃないけど、信じていい気がするよ。第一、治らないと言ってる
医師を信じるより、治せると言っている人を信じて頼むのは、当然の話だよ」
ハルは小さく頷く。「うん・・・そうですね・・・」
「それにいくつかの実験を通して感じたんたけど、あの緑のタイツは凄いパワーを
秘めているんだ。今君の身体に宿っている力は本当に奇跡を起こせると思うんだ」
サンタロは自分の左手の話をしようか迷った。
信じてもらえそうもないので、やめようかと思っていると、ハルがほろほろと涙を流した。
サンタロは内心たじろぐ。「エッ、イヤ、だから・・・」
「すいません。ようやく分かってくれる人に相談出来て、つい・・・」
「確かにね、なかなか理解しにくいよね。体験者じゃないとね。うん」
「サンタロさんは、自分が出てくる夢は見てないんですか?」
「夢?」
ハルは不安に思っていた夢の事も相談する。
「俺は・・・合言葉を言わなかった日はないから・・・」
「そうなんですか?」
「うん。でも・・・君の抱えている疑問や不安って、未来の俺にも関係あるんだよね」
「そうかもしれませんね・・・」
「ハルちゃん!初対面で信じてもらえるか分からないけど、もう一度だけ研究所に来ないか?
そして先ず、足を治してもらおうよ!」
「でも・・・」
「大丈夫だよ!今度は一人じゃない!俺も同じ物を体内に宿しているんだ!だから君の問題は
俺の問題でもある!足が治った後、そこんところも2人で聞いてみよう」
しばらくの沈黙に、サンタロが言葉を重ねる。
「あのさ・・・足は本当に治ると思うよ。結構簡単に・・・」
「簡単に?本当ですか⁉︎」
「うん!」
「・・・分かりました」
ハルはサンタロについて行く事にした。
サンタロが緑のタイツを着た部屋だ。
「夢は夢だよ!まぁその話は置いといて、まず足を治すことが大切さ!」
ベッドと点滴とその用具。そしてお馴染みのライトだが、今回は勉強机にある卓上型だ。
ベッドの足先の方に置いてある。
「先ず、怪我をした場所を露出してもらおう。何ならコレ履く?」田舎橋が短パンを出した。
「あっ、膝までで大丈夫でしたら無くても平気です。」ハルはベットに座り込む。
その様子をサンタロは頷きながら見ていた。
話は30分ほど前に遡る。
応接室で待ち構えていた田舎橋に、サンタロは扉を開けるなり「お待たせ!ハルちゃんが
今一度だけお前と俺を信用してくれて、わざわざ!来てくれたぞ!」とハルに気を使って、仰々しく言った。
「ごくろー!」田舎橋は気楽に応える。
サンタロは座りもせず、単刀直入な質問を田舎橋にぶつける。
「まずはカッペ!足は本当に治せるんだろーな?」背後にいるハルに、少しでも安心して欲し
かった。
「モチのローーーーーン!」
余裕こき過ぎの田舎橋に、サンタロは一時頭を抱えると、そばにより小さな声で言った。
「あのなーカッペ、こういう場面ではもうちょっと真面目な受け答えが要求されるもんだ。
なんださっきからヘラヘラして。グラサンも変だし!そういうところだぞ!人から信用され
ないのは!」
「グラサンは・・・そうなのか?」
「ああそうさ!唯の気狂いに思われるぞ!」
「この天才のおいらが気狂い扱いか・・・ そいつはいかんな・・・」
「だろう?だからほら!このあいだの事を謝って、改めて速やかに、彼女の足を治してやれ」
「オッケー!」
早速ポケットから数本のライトを出したところで、サンタロが田舎橋に、またストップを
かけた。
「オッケーじゃなくて!分からん奴だなー!雑なんだよ!相手は女の子だぞ!もっと演出を
考えろよ」
「?・・・どんな?」
「例えばだ・・・」サンタロが田舎橋に耳打ちする。
(仲が良いんだな〜)ハルはそんな事を考えながら、2人を見ていた。
そんなこんなで、現在に至る。
田舎橋はハルをベッドに座らせ両足をベッドの上に投げ出させた。
「じゃあ患部を露出してもらってよいかな?」
「はい」ハルは右足の踝と踵を覆っていた厚手のサポーターを外した。
サンタロはその足を見て、思わず自分の左手の平を思い出す。
桃色の薄い皮膚のおかげで血こそ出ていないが、まともに動かないのはよく分かった。
「結構酷いね・・・」
言葉を詰まらすサンタロに「改めて感じるんですけど、普通治んないですよね。ここまで
イっちゃうと・・・」
「いやぁ、 それがさ・・・」今はもう言葉はいらない。サンタロはそれでも治ると知っていた。
だから田舎橋の方を向いて「頼むよ」と一言行動を即した。
「ハルちゃん。念のために飲んでおこうか。」田舎橋は500mlサイズの一本のスポーツドリンクを
手渡した。
「あ!ハイ!」田舎橋以外の二人はちょと?マークだ。それを察すると
「まぁ説明すると、これから植物の力を借りて患部の細胞に再構築をかける」
「再構築?」サンタロ、ハル、の声が揃った。
「駄目になったり能力の落ちた部分を新陳代謝により外部に排出する。そして新しい有能なパーツが生み出される。かなりスピーディーに行われるため患部が熱を持つ。耐えられない程では無いと思うが、万が一辛かったら言ってくれ。中止する。あと、体内の水分を結構使うであろうから、喉が乾くと思うんだ。だからそれ!あらかじめ飲んでおこうか」
「分かりました!」ハルはいささか緊張してきたらしく、勢いよく半分くらいまで飲んだ。
「ないだろうが、脱水症状も考えて点滴も用意してある。まぁ出番は無いと思うけど」
ここまで、全てサンタロの指示通りに田舎橋は話を進めていた。
サンタロの時の様な雑さをなくして、まるで医者のような気配りを見せた。
これに満足したサンタロは「分かりやすい説明だった。大丈夫そうだね」とハルの方を向いて
言う。ハルは小さく頷いた。
「サンタロ!下のカゴに入ってるタオルを持って、1枚は脚の下に敷いて、もう一枚は、何やら色々出で来たら拭き取ってあげてね」
「何か出るのか?」
「エッ、そんなに色々、出てくるんですか?」
「老廃物だよ。元気な方の脚は折り曲げて、じゃ、ライトオーン!」
ハルの片足がライトの白い光に照らされる。10秒もすると熱くなってきた。患部の辺りが見る見る緑色になってゆく。
「結構熱いですね」ハルが固く眼を閉じ、耐える様なしかめっ面になる。
「大丈夫か?」思わずサンタロが近くにしゃがみ込み、ハルの肩に手を掛けた。
「大丈夫です!」そういうハルの両手がベットのシーツを鷲掴みにする。
「頑張れ!出てきたぞ!」田舎橋が励ましながら言った。
みるみるうちに、ハルの脚から赤、緑、白、そして茶色のまだら模様のムースが湧き出てきた。
「サンタロ!代謝が悪くならない様に、素早く拭き取るんだ!」田舎橋の指示が飛ぶ!
「分かった」サンタロがハルの患部を優しくタオルで拭う。
ハル呼吸を整えて、熱いのを我慢している。
「カッペ!どのくらいかかるんだ?」サンタロが尋ねた。
「一・二分の筈だ。この泡みたいのが出なくなったら終わりさ」
サンタロの手にするタオルがベチャベチャになる。
「嗚呼っ!熱っつい!」ハルのキツそうな声が響く。
「頑張れ!もうちょっとだ!」サンタロの声も自然大きくなる。
2分もすると泡は一つも出なくなり、ハルも「あれ?」と急に落ち着いた感じになった。
「オーケー。ライトを消そう」と田舎橋。
「お疲れ!どうだ!」サンタロはハルに聞いた。
「嘘でしょ!サンタロさん!足の傷痕が無くなってる!」
誰が見ても傷痕がないばかりか、普通の足に戻っている。
「スゲー!」サンタロも目を疑う。
「感心してないで、動かしてごらんよ」田舎橋が得意げに言った。
「もういいのか?」サンタロも驚き混じりに田舎橋に尋ねる。
「君の時もそうだっただろう?大丈夫だよ。ほら、そのままサンタロの手に掴まって、立ち上がってごらんよ」
「ハイ!」ハルは差し出されたサンタロの腕を掴んだ。
「じゃあ行くよ・・・ ゆっくりと・・・」
サンタロが腕を上に持ち上げる。自然な流れでハルはベッドから腰を上げた。
「凄い!平気だ!」
「とまぁね!こんな感じさ!」田舎橋は成功を確信した様に頷く。
ハルはその場でピョンピョン跳んで見せた。
「アハハ、動く!何ともない!」
「やったな!ハルちゃん!」
「ウン!最高」ハルは涙ぐみながら、最高の笑顔を見せた。
まだ午前中なのに、日差しが強く暑い日だ。
夏が近づくに連れ海も山も輝いて見える。
サンタロは田舎橋と共に、村のすぐそばのイコイ海岸に来ていた。
そこは小さな入り江になっている。全長100メートル程の砂浜があり、遠浅の海岸線の
真ん中あたりに島とも言えない位の小さな岩礁がヒョッコリ顔を出している。
その岩礁迄の水深は60センチ程と浅く、子供でも比較的安心して海水浴を楽しめる場所だ。
サンタロは砂浜の近く、松の樹が繁る木陰で、小さなバーベキュー台をセットして炭に火を
熾していた。
「では行ってきまーす!」と言って、ウエットスーツに水中メガネ、銛と獲物用の網袋と足ヒレを
持って、田舎橋は瞬く間に海岸の方へ消えていったのが、かれこれ30分ほど前だ。
(のんびりできるっていいね〜)サンタロはアイスキャビンに入っているドリンクにも手を
付けずに、田舎橋の帰りを待っている。
辺りを見回すサンタロ、沖には漁師の船が数隻、ウインドサーフィンの影がチラホラ。
まだ早いのだがビーチベッドを出して寝転んでいる女性?がいる。後は海岸線を散歩する
老夫婦がいる程度・・・のどかな風景だ。
そこに近づいて来る原動機付き三輪車がある。
「サンタロさーん!」ハルだ。
サンタロは聞こえているよとばかりに、大きく手を振る。
ハルは原付を近くで止めると「アレーッ、カッペさんは?」と言いながら、原付の荷台から
段ボールに入った野菜を下ろす。
「海に潜ってるよ」
「また実験ですか?」
「いいや! なんとあいつは泳ぐのが得意らしい! 今魚を採ってるよ」
「うそ!意外ーッ!」
「だろ〜! それはさておき、ハルちゃん免許持ってるんだね」
「ええ。私乗り物運転するの大好きなんです」
「そうなんだ。いい野菜だね〜」
「両親がお礼にって! 朝取りの美味しいところ!」
「ありがとうー!」サンタロが小さなまな板とナイフを出して、手頃な大きさに切り始める。
「サンタロさん、上手ですね〜」ハルはサンタロの側にしゃがみ込んだ。
「まぁね・・・」
「包丁とか得意なんですか?」
「包丁というよりナイフかな・・・」
「ナイフですか?」
「ああ・・・俺の両親は冒険家だったんだ。だから小さい頃からアウトドアライフは
お手のものさ」
「すごい!」
「すごいのかな?ある日遭難して死んじまったよ」
「えっ?すいません」
「いやぁ、言い方が悪かったな。ゴメンね。まぁ俺としては、ごく普通の両親がよかったな
と、思ってね」
サンタロの脳裏を過去の記憶がよぎる。
父がアウトドアライフに欠かせないナイフの使い方を森の中で教えてくれていた。
そんな事を思い出した。のだが・・・
すぐに最近の嫌な思い出にスイッチしてしまう。
それは幾度も戦場で出会った無数の敵との近接戦闘の場面。
記憶に焼き付いている、先祖返り”した犬属達の牙!
サンタロは得意のステップで躱しながらナイフの刃を走らせる。
飛ぶ血しぶき。もう何人倒したろう。キリがない・・・
仲間の叫び声!犬属達の咆哮!気付けば感覚は麻痺して・・・
「サンタロさん?」
「あっ!」我にかえるサンタロ。
「アッハッハー!ごめんごめん!思い出に浸ってたよ!」
ハルの顔には?マークが浮かんでいた。
「まぁ、これ一本で料理でも何でもこなしてきたからね〜」
サンタロが再び手を動かし始めた時だった。
遠くで『早く言ってよ!』と叫ぶ女性の声がする。
二人がそちらに目をやると、ビーチベッドで寝ていた女性と今しがた現れた男性が、何やら話しているところだ。
「あの二人、まだいるんだ」とハル。
「知っているの?」
「外国人です。何でもジャーナリストとか・・・」
「えっ、こんな田舎に?」サンタロは少し驚く。リゾート地でもないこんなラビッツ共和国の片田舎では本当に珍しい客人だ。
「ええ。何でもスクープを探しているんですって」
「スクープ?」
「この村にスクープなんて、あるとしたらカッペさんの存在くらいですよね」
「・・・ああ」
サンタロは何となく、ハルの言葉が当たっている気がした。
まだまだこれからです。頑張ります。
ありがとうございます。