第3話 実験
各話の長さがまちまちですいません。なるべく努力します。
どういった経緯で自分達が人体を手に入れたかは、未だ彼等は解明出来ていないのだが、
旧人類によりこの星に連れてこられた犬、猫、そして兎達は人の身体を手に入れ、文明を築き、
自分達を新人類と称して旧人類=人と同様の繁栄を築く。
元は獣とは言え、現在の外見は人のそれと殆ど変わらない。ちゃんと服も着ている。
時折見かける外見上の違いは、犬属は犬歯の発達が大きく、猫属は髪の毛の色がまだら模様に
なりがちで、兎属は眼球の虹彩が赤色を帯びてる事がある。
互いにコミュニケーションをとって文明を築くのだが、やはり綺麗事ばかりでは済まない。
種族間の対立。
ことに元は草食の、兎属への差別と迫害は、エスカレートする事がしばしばあった。
しかし肉体的に劣っているとは言い難い。兎属は鍛えれば脚力の向上が目覚ましく、それを
活かした戦い方が古くから言い伝えられていた。
二ヶ月ほど遡る、ある夜の事。
サンタロは、とある発展途上国の、狂人化した犬属の集団を駆逐するため、国連軍の一員として
参戦していた。
最初に説明を受けていた敵の情報に誤りがあり、危険地帯の森の中で、やむなく夜営をする事に
なる。
一団はたまたま見付けた廃屋を中心にバリケードを作り、夜中の襲撃に備えた。
後で分かった事だが、サンタロの所属する部隊30名に対して、集まった狂人達は300を
超えたそうである。事前情報のおよそ十倍の人数で、近隣にいるはずの味方の2部隊は不思議な位
遠方にいた。
銃弾があるうちは良かったが、それも程なくそこを尽きる。
バリケードを破って、狂人の群れがサンタロと、その仲間達に襲い掛かってきた!
阿鼻叫喚の地獄絵図!必死に抵抗する仲間達。
「密集隊形!互いの背中を守れ!」
サンタロはそう叫ぶと、1人狂人の群れの中に飛び出す!
サンタロは兎属の持つ脚力を活かした戦闘術を、仲間の中で唯一身に付けていた!
「くらえ!」
狂人化した犬属の集団は必然、1人飛び出したサンタロに襲いかかる。それを次々と
蹴散らしてゆくサンタロ!
溢れ出すアドレナリン!
死を恐れぬ狂人が迫り来る恐怖との戦い!
四方から飛びかかる狂人達!
サンタロは全知全能を駆使して戦い続ける。
ガチリ!とその時・・・左手に何かが当たった?本能的に左手側に蹴りを出す!
ブッツリ!と血飛沫があがる。熱いに似た痛み?
気にしてる時間は無い!
蹴る!
ただひたすら蹴る!
チラリと見えたのは、小指と薬指が無くなって血潮を飛び散らかす己の左手!
「うわぁああああああ!」
サンタロは昨日購入したばかりのベッドから飛び起きていた!
辺りを警戒した様に見回す。朝の光の中、夢を見ていたと分かって大きく深呼吸をする。
「チッ・・・ またあの夢か・・・ トラウマだよなぁ〜」そう言って左手の平を摩ると、
失ったはずの薬指と小指。
田舎橋という若い変人科学者に出会って、治してもらったのだ。
「普通治せないよな・・・。 でも嬉し〜」
サンタロはいまだに信じられないでいた。バスルームの洗面台の前に立ち、顔を洗い歯を磨く。
そのまま目の前の鏡に左手を写してみる。やはり元どおりだ。
「スッゲー!」何度言ったことか。ひとり言が絶えない。
そう言えば、大自然の中の夢も見た様な気もしたのだが、もう一度左手を見る。
「それはどうでもいいや。スッゲー!」と深く考えなかった。
着替えて田舎橋のいる一階の研究所兼住居に降りてゆく。
「おはよーございまーす」
「おはよー。待ってたぞ!」
引っ越してから3日間、暇さえあると田舎橋はサンタロを掴まえて、実験に限らず色々と世間話を楽しんだ。それには助手として雇われているという事もあり、サンタロも嫌がらずに付き合った。
何よりも、左手の失った指が再生した事に驚きを隠せず(本当はこいつ、凄いやつかも)とサンタロも興味を覚えたからだった。
然し、 実験事態は、なかなかにしんどいもので・・・
「これを見ろ!サンタロ君!」
「ああ。何?」先日のウルトラなマンの実験でちょっと警戒してしまう。
「どうした?気のない返事だなぁ」
「当たり前だろ。ウルトラなマンになると熱々でスケスケなんだぞ」
「そこが気になる?」
「逆の立場になって考えろ!恥ずかしいったらありゃしない」
「うーん、まぁいい。次のこれもな、スペシャルなライトなんだ」
「まぁよくないけど、違うライトか。次はどんな目にあうライトなんだ?」
「このライトを浴びると君の皮膚が硬質化して、どんな衝撃にも耐えられる体となるのだ!」
「何!それは誠か?」
「何だ。ノリはいいな。ああ本当だとも。凄いだろう?」
「でも博士?固くなるイコール動けなくなるんじゃ・・・」その時、サンタロの脳裏を出会った時の思い出が駆け抜けた!
「アッ!ひょっとして身体が動かなくなったあの時の!」
「オッ!察しがいいね!」
「あれかよ。ちゃんと改善出来てるのか?」
「ははぁ。心配なんだね。サンタロ君」
「心配と言うか? なんだその予想どうりの質問が来た時の、勝ち誇った顔は?」
「大丈夫だよ〜サンタロ君。因みに恐竜等の大型の生き物は動きが素早い割に、皮膚が
硬いだろう?」
「そうだったか?まぁ何となくわかるが」
「宿主を動けなくする様な事を植物はしないよ」
「したじゃん!」
「あの時のアレは失敗作だから」
「まぁそおだろよ。でも確かに、動けないんなら動物に宿っている意味が無くなるもんな」
「中にはとり殺す奴もいるけどね」
「なんかこの間もそんなこと言ったろ!おどかしてんのか?」
「ハハハ! 大丈夫大丈夫! こいつは大丈夫だよ」
「頼むぜ本当に・・・」
「では早速」
「ちょっと待てい!」
「ん?」
「服は?このまま?」
「あゝゴメン。巨大化する訳じゃないけど、なんだったらタイツでも用意するかな?」
「タイツじゃ駄目だとは言わないが、透け透けは止めろよ!」
「オッケー!」
そういう事になった。
庭に出た白タイツ姿のサンタロと、いつものサングラスと白衣姿の田舎橋。
田舎橋のその手には、人の皮膚を硬質化させる事により、プロテクターの役割をする効果がある
ライトが握ってあった。
「じゃあ、スイッチオンで、行ってみようか!」と田舎橋。何やら白衣の中が膨れてる。
「オッシャーッ!」身構えるサンタロ。
「ほい」田舎橋はポーカーフェイスでライトのスイッチを入れた。
10秒程だろうか?サンタロはライトの光を浴びたが、何も変化が無かった気がした。
「よしじゃあ、先ずはこのボールを君にぶつけるぞ〜」
ライトを仕舞った田舎橋のポケットから、代わりに軟式野球のボールが出てくる。
「思いっきり投げるけど、顔に当たるのが嫌なら腕でガードしていいぞ」
「痛いかどうか分かれば良いんだろ」
「もちのろんだ!」
「軟式か・・・」ビビる程のものではないか。サンタロは構えを解く。
腕を動かす時、何やら固く感じた。けどまぁ動く。
「動く時、ちょっと硬く感じるぞ」
「えっ!まだ硬いか!」
肩を落とす田舎橋を「残念だったな!」とサンタロがサラリと言う。
「ん、なんか心がこもってなかったぞ」
「そんな事ないよ。それよりもさ」
田舎橋との距離は20メートル位ある。
「当てられるか?」とサンタロはあまり心配してない様に言う。
「なに、この位平気だよ」
「そう。じゃ良いよ」サラリと言ってサンタロは腕を組んで突っ立っている。
「何だ?当たらないと思ってるのか?」田舎橋のサングラスがキラリと光る。
「そんな事ないって。いいぞ」
風が二人の間を吹いてゆく。
「オリャー!」と投げた田舎橋。
気合いばかりで大した事ないスピードのボールが、組んでいるサンタロの腕に当たった。
「どうだ?」と田舎橋
「全然大丈夫」違う意味でな、は心の中だけで付け足すサンタロ。
「大したもんだ!てんで痛くなかったぞ!」視線はあらぬ方に向いている。
「そうか・・・」田舎橋はそんなサンタロに何かを感じていた。
それは子供をあやす父親の様な広い心をもって、今サンタロは自分に接しているのだと。
「もう一球やるか?」
「いーや。じゃ次コレなー!」と田舎橋が、さっきから白衣を押し上げていたそれを取り出した。
「えっ?」
眼を凝らすサンタロ。どう見てもマシンガンだった。
「行くぞー」とマシンガンを構える田舎橋。
「チョット待て!馬鹿!」
「んっ、どうした〜?」
「いきなりそれは無いだろ?」
「あゝ心配するな。実弾じゃないよ!玉はBB弾だ」
「充分あぶねーよ!この実験初めてだろ?」
「殺傷能力は低いよ」
「それでもベニア板位は簡単に貫通するだろが!」
「どうした?さっきまでの余裕は」
サンタロはこの時始めて逃げようと思ったが、皮膚が固い!逃げられない!
「まあまあ待て待て!ボールとのギャップがあり過ぎだ!」
「大丈夫だよ!行くぞーッ!」
「大丈夫じゃないって!馬鹿かお前はー!」
タタタタという炸裂音。サンタロの叫び声。田舎橋の実に気持ち良さそうな笑い声。
初夏の空に溶けてゆく。
午後になると南風の吹く、結構暑い日となった。
雲ひとつない晴天。太陽は燦々と降り注ぎ、近くに来ている夏の足音を感じた。
蒼い海の向こうには漁船の姿がチラホラ見える。
そんな海辺の防波堤にサンタロと田舎橋はたどり着いた。
田舎橋は相変わらず白衣姿だが、サンタロは全身タイツではなく、短いタイプのウェットスーツを
着ている。
近くには釣りをしていた爺さんが、釣れないのだろうか?タバコに火をつけて一休み中だ。
「アッツイな。こんな所に連れて来て、次は何をするんだ?」
「実はなサンタロ」
「お前のヘンテコなサングラスが珍しくマッチするシュチュエーションだな」
「話を聞け!お前さんの体内に吸収されたスーツには、無呼吸でも暫く運動していられる特殊な
機能が備わっているのだ。」
「・・・何で?」
「だって植物は大気中の二酸化炭素を吸収して酸素を排出してるだろ」
「ふむ、要はスーツが必要な酸素を作ってくれるってことかな?」
「君の排出する二酸化炭素を、スーツが吸って、代わりに酸素を供給してくれるんだ」
「すごいじゃーん。でも実感ないけど?」
「そりゃね、普段からそういう状態では肺機能が低下する恐れがある。仕舞いにゃ自力で
呼吸出来ないなんて事にもなるかもね」
「おい、サラッと言ってるけど、随分危険な話だよな?」
「大丈夫だよ。宿主が困る様な事は」
「しないんだろ?まぁたまに取り殺す奴もって続くんだろ?」
「分かっているじゃーん。ハハハ」
「分かってるだろ〜。ハハハ」
2人の乾いた笑いを、タバコを吸いながら、爺さんが見ていた。
「じゃあどうやって機能させるかと言うとだな」
「それで海か?潜るのか?」
「まあまあ、焦らない。実はこの機能には発動条件があってな。」
「条件が?」
「そう! 条件だ! 君が息をしないと死ぬーッという、強い思いが必要なのだよ」
「首を絞められたりとか?」
「その通り!後は君が言った、海で沖に流されるとかね」
「お前が俺の首を死ぬ程締めると、二人の人間関係に支障をきたすので、海か」
「ご明察!殺意がなきゃいけないでしょ。カナリやばいよね」
「一緒に飯は食えなくなるなぁ」
田舎橋が白衣のポケットから見た事ある様なライトを取り出した。
爺さんがそれを見て、何やらブツブツ言っているが、二人は気付かない。
「そのライトか?」
「ああ、水の中でもスーツが酸素を供給してくれる様になる」
「最初から水中でも呼吸出来ないのか?」
取り出したライトのスイッチを入れて、サンタロに照射する。
「ベースが陸上の植物だからね。水中での能力はあくまでオプションさ」
「考えてみればスゴイ話だな。酸素ボンベの要らないスキューバダイビングが可能って事だろ」
「そういう事!必要とする所に売り込めば、我輩達は大金持ちさ!」
「そうか!その時はボーナス弾めよ!」
「ボーナスどころか、我輩が社長で、君は副社長だよ」
「いいねいいね!じゃあ早速行ってみよーかー!」サンタロが準備運動を始めた。
「サンタロ! コレ!」田舎橋が水中メガネを懐から出した。
「おっ!センキュー!」サンタロは早速受け取り、装着した。
「飛び込んだら、少し深くまで潜る感じでな。発動しなければ苦しいだけだぞ!」
「そうか?分かった!」腰に重りになるベルトを締め直す。
隣の爺さんの唇から煙草が落ちた。
「じゃ、行ってきまーす!」サンタロが勢い良く飛び込んだ。結構な水飛沫が上がる。
「あー」とそれを見て、力無く言ったのは爺さんだった。
「ん、どうした?爺さん」田舎橋が振り返る。
「ここの潮の流れは表面おとなしいけんど、実は流れが非常に速いんじゃぞ」
「ああ、そうなのか」
「 そうなのかって、お前えさん」
「爺さん。安心して棺桶に入るがいい。そんな事はもちのろん、知ってたよ」
「か・ 棺桶!し・知ってた!」
「聞いてたか?ある一定の生命の危機を感じなければ、この機能は発動しないんだ」
「じゃ、じゃあ貴様は、この危険な海に、あえて友を飛び込ませたというんか!」立ち上がった
爺さんがつかみ掛かってくる。
「やめろ!クソジジイ!」田舎橋は簡単に爺さんを振り払った。
「全ては必要でやった事だ!」
爺さんの言う通り流されたのだろう。飛び込んだサンタロの姿は何処にも見当たらない。
「若者が!将来ある若者が〜!」
「だからよせジジイ!不安になるだろ!」
「若者よ〜!」爺さんが海に向かって叫ぶ!
「サンタローッ!」田舎橋も海に向かって叫ぶ!
その呼び掛けに、サンタロが応える事はなかった。
思った以上に流れが速い!
サンタロは最初泳ごうとしたが、流れに逆らっても体力を消耗するだけと判断して
そのまま身を任せることとした。
やや冷たい水に、感覚が研ぎ澄まされるサンタロ。
昼間の陽射しを受けて、海の中はターコイズブルーに輝いている。
(オーッ、綺麗だ!)行き交う大小の魚達の下で揺れている海藻は、まるで小さな森の様だ。
現時点で、不思議と苦しくならない。
(血中の二酸化炭素を酸素に変える力があるのかなぁ。それとも肺の中の空気の方かなぁ?)
のんびり考えるサンタロ。
苦しくないせいか、死の恐怖はまるで無かった。
(肺の中に水が入ったら、その水から酸素を取り入れて、つまりは呼吸が出来る様になる。
って事かなぁ)そう思ったからって、止めてる肺の中の空気を全部吐き出すのには、かなりの
勇気がいる。
(まぁ、ココは焦らず)
辺りを見回すと、向こうからサメのような生き物が近づいてくる。
(へん!しゃらくせえ!)ブツブツ言いながら、ステップを踏む様に脚を動かす。
接近して来たところを思い切り蹴飛ばしてやった。サメはビックリして退散して行く。
(何て事はないな!)でもこれではいつまで経っても発動条件は満たされない。
(困ったなぁ)
その時、何やら聴こえる。少し離れた所にある、突き出た岩礁の向こう側からなのか?
(ん?)海の中で、今まで聴いたことのないような旋律が聴こえる。
(嘘だろ!何だよ!)心に広がる不安。
最初は岩礁が膨らんだかに見えた。その後サンタロは黒い雨雲かと思う。そんな筈はない。
海の中だ。
(大きいぞ!)一気に湧き上がる恐怖!
打ち寄せてくる波動。流れの先に、突然現れた黒く巨大なクジラが現れた!
サンタロを吞み込むように、大きな口を開けてこちらに向きを変えて来る。
(ワーーーーーー!!!)
肺に保っていた空気を全部吐き出しながら叫び声をあげる!呑み込まれれば命はない!
自分の無力さを思い知らされる圧倒的な存在に、なす術もなかった。
己の死が一瞬で脳裏を駆け巡る!
空気の代わりに大量に肺に侵入する海水!
その時だった。
サンタロの身体が激しく白く輝き、それに驚いたのだろうか。クジラがギリギリのところで
踵を返した。
苦しくない。サンタロは肺に入った海水から酸素を取り入れていた。
その日は朝から雨が降っていた。
昼になる前にサンタロは近所のスーパーに行き、食料などの買い物を済ますことにした。
傘をさして、いつもの道を歩いてゆく。その道すがら、ボンヤリと考えた。
田舎橋の助手になってから、かれこれ半月は経とうとしている。
改めて思うと、最初かなり無茶な事をやらされている感じがしたが、その結果を田舎橋は
ちゃんと修正していて、サンタロ自身、役にたっている実感があった。
巨人化。硬質化。そして無呼吸化。どれもとんでもない研究で、しかもどんどん完成して
ゆくではないか!
サンタロ自身も、後で映像で見たが、確かに自分が巨人になっていた。
殺傷能力は低いとはいえ、BB弾のマシンガンで蜂の巣にされたが何とも無かった。
海に飛び込んだ直後流されて、呼吸もままならない瞬間、息苦しさが無くなり、漁船に
助けられるまでのほぼ30分間、全く溺れる心配が無かったのには感動し、魚になった気分を
味わえた。
余談だが、実は沖にいた漁船は田舎橋が頼んで、流された自分を助ける為のものだった。
どれも人の領域を超えた能力。サンタロは実験を通して大変な力を手にしていることに気付く。
次は何が?と考えると興奮を押さえられない時もある。自分がスーパーマンになってゆく
気がした。
けれど・・・サンタロは何となくだが知っている。
戦場での戦い方を教えてくれた先生いわく。何かを手に入れるという事は、それなりのリスクを
伴うものだ。
例えば大金を手に入れたとする。どういうふうにかそれが他人に知れ渡り、詐欺師や強盗に
狙われる様になったりする。
そう考えると、気になるセリフがあるのだ。
田舎橋が冗談で言う、取り殺されるという台詞が妙に気になる。
自分の着たこれはなんだったのか?田舎橋に聞いても『まだ秘密だ』と笑って誤魔化す。
スーパーに入りボーっと野菜を眺めながら、そんな事を繰り返し考えていると「おい!そこの
お兄さん!」と後ろから声をかけられた。
振り返るとそこには、先日の不動産屋のオバサンが、一杯になった買い物カゴを押しながら
近づいて来るではないか。
「あー!どうも!」適当に会釈するサンタロ。
「どうもじゃないでしょ!どうなってんだいあれから?」
「ええ、危険人物ではなさそうですよ」
「何言ってんだい!あいつのお陰で大屋さんとこの娘が、ノイローゼみたいになったままなんだよ!何とかしてあげなよ!」
「え?・・・そうなんですか?」
雨の中!田舎橋の研究所まで走って帰って来たサンタロ。
「オイ!カッペ!」
返事はない。構わず応接室に入ると、テーブルの上に書き置きがあった。
《奥のプールに居ます》
買い物の袋をそのまま応接室におき、我が家の様にズカズカ奥に進むサンタロ。
ふと気付くと右手の壁に〔←プール〕と看板があったので、そちらに向かう。
引き戸を二つくぐると3レーン程ある25メートルプールがあり、田舎橋は優雅に背泳ぎを
楽しんでいた。
「おー!一緒にどーだー!気持ちいいぞ〜」
「いやカッペ!聞きたい事がある!こっちへ来い!」
「何だよ〜。怖いな〜」田舎橋はクルリと水の中で向きを変えると、サンタロの足元に泳いできた。
「何かな?」
いつものヘンテコなグラサンが青色の付いた水中メガネに変わっている。
「カッペ!俺も正直に話すから、お前も本当の事を話してくれ!」
「?・・・ああ」
サンタロはしゃがみ込み、ここに来た経緯と、不動産屋のおばちゃんから聞いた大屋さんの
娘さんの話をした。
「へえ〜、それでサンタロは、おいらを悪人だと思って、退治しに来たんだ」
「悪い奴ならな。でもお前は少しおかしいだけで、悪人ではないだろ」
「おかしいって・・・」
「そこで訊きたいんだ。大屋さんの娘さんに何をした?」
「天才なんだけど・・・ まぁいいや。着せたよ」
「俺も着た、あの緑のスーツを?いきなりか?」
「冗談で済むと思ったんだよ」
「女の子にそりゃまずいだろうよ」
「ああ。だから実は気にしてたんだ。サンタロ! 連れて来てくれないか?娘さんを」
「・・・俺が?」
「そう!説得して、ここに連れてきてよ」
「何で?」
「君達いわく、おいらは頭のおかしな人なんだろ?そんな人より、マトモな君の言う事を
聞くんじゃない?」
「なんでそう・・・まぁ確かに」
「じゃあ、頼んだよ!彼女にはしてあげなくちゃいけない事があるんだ」
そういう事になった。
読んでいただけるだけで幸せです。ありがとうございます。