93.ファンとメディア包囲網から脱出せよ!
1日目の試合が終わった頃には、思念通話実況放送のお陰でランクシャー領の妖精人気は絶頂に達していた。
ゼムノア君と会場を出ようとした私達を待っていたのは、民衆の壁だった。
「うおおお!出てきたぞ!」「キャーー!」
「ありがとう!今回すげぇ楽しいぞ!」
「会場入れなくても試合見てるみたいだったよ!」
「ランクシャーの妖精に祝福を!」
「取材させて下さい!思念通話とはどんな能力なのですか!?」
「痛い!おい押すな!」
概ね感謝の言葉を伝えたいという善意の人々が大半だったのだが、やはり中には勧誘や取材等の煩わしい連中も紛れており、会場の出口は混沌としていた。
抑えている警備の兵士達が憐れに思える。
「分かった!分かったからアンタ達、落ち着きなさい!」
アリサが民衆の手の届かない安全な上空から宥める。
だが、全く収まる気配はない。
このままでは帰れないぞ。
『アリサ、思念通話でガツンと言って良いぞ。』
『りょーかい!』
私は再度思念通話領域を広げた。
『うるさーーーーい!一回静まれーー!』
うーわ、痛烈だ。
脳内に響くアリサの怒声・・脳はないけど。
お陰で皆耳を塞ぐ仕草をして、瞬間的に静かになった。
だが、思念通話なので耳を塞ぐ意味はない。
『今から一言でも喋ったヤツは、二度と思念通話繋げないからね!』
「「「!!」」」
そんな真似は実際には難しいのでハッタリだ。
でもクルティナ君に頼み込めば特定の人に思念を飛ばさないという事も出来る・・かな?
少なくともアリサには無理だろう。
だが、ハッタリでも十分な効果があった。
どんな原理で思念通話が成立しているのか判らない民衆には、この言葉は恐怖でしかなかっただろう。
「「「・・・・。」」」
効果は抜群だ。
先程までの喧騒が嘘のように静まり返っていた。
「OK、皆アタシに感謝してくれてるのは分かったから、取り敢えず感謝してるって人は、片手を高く挙げて!」
「「「??」」」
ん?何をするつもりだアリサ。
私を含めて、多くの人が訳が分からないといった顔。
しかし素直に無言で手を挙げていた。
「じゃあ、手を挙げた皆にタッチして回るよ!もう喋っていいよ!イエーーイ!」
アリサは急下降すると、民衆が挙げた手のスレスレを飛び、次々にハイタッチして行った。
「それそれそれー!また明日も宜しくねー!」
なるほど、感謝の気持ちを受け取ったという意味のハイタッチか。
「おおお!」
「やった!妖精さんとタッチしたよ!」
「こっち!こっちに来てー!」
「これ嬉しいな!」
このアリサの機転は大好評だった。
いや、本当に凄い。皆彼女に釘付けだ。
彼女の天真爛漫な性格は、本当にアイドル向きなのかもしれない。
『タッチした人は今日は帰ってね!また明日会場で会いましょ!』
上手いことを考えるものだ。
アイドルの握手会みたいだな。
飛行できるので、かなり効率良くタッチ出来ている。
それならばと私はアリサにアドバイスを送る。
『それなら後列の人達から優先的にタッチした方がスムーズに捌けるぞ。』
手前の人は、帰りたくても後ろが詰まってて出られないからだ。
「リティア様ともタッチしたい!」
「リティア様ー!」
あら、やっぱりリティア君ファンもいるっぽいね。
美人だからねー。
見た目だけは良いので、どうしても目を引くのだ。
「え?リティアにもタッチして欲しいの?リティアー!ご指名よー!」
「はぁ!?またアナタ勝手に!」
素知らぬ振りをしていたリティア君だが、民衆からの羨望の眼差しは尽きない。
「いいじゃん、皆喜んでるしぃ。」
「わたしはこの鉢をお守りしてますので無理です。」
確かに私の植木鉢を吊り下げたままではタッチ会は無理だ。
「えー?ケチぃ、じゃあノアちゃん鉢持っててよ。」
「わ、我は・・無理だ・・人に酔った。」
「使えないわね!」
「ハハハハハハハハハ!」
コミュ障にこの人の多さは地獄だろう。
今のゼムノア君に試合中の覇気は全然無い。
伸ばされる民衆の手に怯えてビクビクしていた。
その手はホラー映画の悪霊の手じゃないぞ!
せっかくアリサが盛り上げているので、ここは空気を読んでおこう。
『リティア君、ファンサービスも必要だよ。私をあそこの屋根の上に置いて行ってきなさい。心配は要らない。魔法障壁を張っておくのでね。』
『・・分かりました。シャチョー様に寝取られ趣味があるとは知りませんでした。わたしが素性も知らない亜人族にメチャクチャにされるのを見て愉しむのですね。』
『単にタッチしてくるだけなのだが!?』
どうしてそうなる!?
『秘書であるわたしに、不特定多数に触られて来いという命令ですよね?』
『ハイタッチするだけが、どうしてそんな背徳的な行為に置き換わるのだね!?』
どうして普通に捉えてくれないのだろうか。
渋々といった表情でアリサと一緒にタッチ会に飛んでいった。
あの娘、絶対まだ勘違いしてるよ!
そして熱狂する民衆を腕を組んで睥睨し、とんでもない事を言い出した。
『わたしに踏まれたい者はこっちに来なさい!』
『踏むんじゃない!ハイタッチ!』
どう曲解したらファンを踏みつける方向になるのだ?
「はい!はい!踏まれたいです!」
特殊な趣味の人いた!
「何だ何だ!?面白そうだな!」
「ママー?妖精さんに踏まれると何か良い事あるの?」
「しっ!もう帰りますよ!」
そして嬉しそうに集まる民衆。
流石に全員ではないが、意外に踏まれたい人多い!?
何故そんなに需要が多いの!?
この王国、もう駄目かもしれない。
って、あそこに居るの、先程ゼムノア君と戦ったディノス選手ではないか?
君も踏まれたい派なのか!?
『うわあああ!ワタシも踏まれたいぃーー!』
『クルティナ君は大人しくしててくれ!』
もう嫌だこの世界!終わってる!
この場に国王が居なくて本当に良かった!
あの人も絶対踏まれたい派だろうから!
『国王なら居るぞ?リティア様の一番前に並んでいるではないか。クソ、羨ましい!』
『何やってんだあの人!!』
変装スキルで見事に民衆に溶け込んでいて気付かなかった。
城から脱走してきたのか、会場からの帰り際にバックレて来たのか、とにかくクルティナ君の識別で国王が群衆に紛れ込んでるのが判明した。
アンタ、暗殺計画があるのに無用心だな!
「行きますよ!うらぁ!」
リティア君が国王の顔面を勢いよく踏みつけた!
リティアくーーーん!
それ国王!
この国の王様だから!君なら判ってるよね?
判った上で蹴り込むように踏んだよね!?
「目がぁ!目がぁー!だがおかわりをくれ!」
国王ぉーーー!
満足度高そうだな!
隣の女性がドン引きしてるよ!
そんなんだから痔になるんだ!
「次々行きますよ。それっそれっそれ!」
リティア君は集まった民衆の頭の上を走るようにして踏みつけて行った。
頭から頭へ、飛び石渡りのように、軽やかに人の頭の草原を駆け回る美妖精。
満足げに人の頭を踏みつけて歩く女神っていいのか?
しかし、なんかこの光景どこかで見た気がするなー。
そうだ、前世の有名なアニメ映画だ。
「風邪の担任の直島」だっけ?
蟲の触覚が作り出す金色の草原を駆ける少女。
物悲しい響きの挿入歌が感動を誘ったものだ。
あれに比べてコチラは酷い。
いや、比較することすら烏滸がましい酷い比較対象だ。
歩いている主人公の美しさはアニメに負けていない。
そこだけ見れば、幻想的だ。
だが、歩き踏みしめる地面が欲望まみれで汚い!
美人妖精に踏まれるというレア体験目的の愉快な連中も多いが、踏まれる瞬間チラ見えするリティア君のスカート内部目的の下衆も多く、一部に特殊な性癖でただただ踏まれたい変態もいた。
表現するなれば、亡者やゾンビで埋め尽くされた草原を軽快にスキップで歩く美人妖精。
ある意味のホラー
酷過ぎる絵面に絶句する他無い。
「ランラン♪ランララランランラン♪」
その歌を唄うな!歌が汚れる!
ガッ
あ、何かに躓いてリティア君が人の隙間に落ちた。
あー、やっぱり亡者の海に引き摺り込まれててる。
あー、素性も知らない不特定多数の人にメチャクチャにされてる。
あー、逃げてきた。
「ひーん!もうしません!」
髪も服もグチャグチャになって帰ってきた。
亡者に襲われたようだ。
済まないリティア君。君のドジっ子体質を忘れていたよ。
◆
「じゃあねー!」
「ありがとー!」
ハイタッチと踏みつけが全員に行き渡って、集まった民衆は満足して帰って行った。
すると残ったのは取材や勧誘目的の連中だけだ。
彼等は感謝の為に居たのではないから、タッチしても帰らなかった。
「ランクシャーの妖精について取材させて欲しい!」
「ゼムノア選手に一言貰えませんか!?」
彼等も生活がかかっているので必死なのだろう。
しかし、アリサもゼムノア君も、早く帰って休みたいのだ。
その前を彼等が立ち塞ぐのでイライラする。
空を飛んで逃げても良かったのだが、報道陣に心象を悪くするのは良くない。
その為義理で応対しているのだが、ただただしつこい。
ここをアリサに任せると、爆弾発言を盛大に連発しそうなのでリティア君に対応をお願いした。
「わたし達を取材したいなら、ランクシャー領に来なさい。」
「行きたいがランクシャーは遠いのです!どうかこの機会に取材を!」
まぁ彼等の言い分も分かる。
私達が王都に滞在している間なら、労せず今話題のネタを仕入れられる。
この機会を逃したら、本当にランクシャーまで来ないと仕入れられないネタだ。
「では王城に泊まってるランクシャー領主アイン子爵を通して申請して下さい。彼の許可がないと話せない事が多くありますので。」
「それでは申請に時間が掛かり武闘大会が終わってしまう!」
食い下がる取材陣。
「分かりました。どうしてもと言うのであれば、一組だけ受けても良いです。ですが、取材権は競札とします。」
お?リティア君、冴えてるな。
取材権利をオークションにして、取材相手を限定すると共に、お金も儲けてしまおうという算段か。
「そんな!」
「今は持ち合わせが!」
困惑する記者達。
しかしリティア君は強気だ。
「私達は早く帰りたいのです。ランクシャー領にも来れない、正規の手続きも踏めないのであれば、本来あなた方の取材に応じるメリットはありません。ですが、なんらかのメリットを提示出来るのであれば、その限りではないと言ってます。どうしますか?」
ビシッと正論を突きつけた。
おお、別人のようだ。本当に有能な秘書のようだよリティア君!
「そ、それでいい!」
「分かった、競札でいい!」
渋々了承する記者達。
そして財布の中身を確認していた。
想定外のオークションだ。
持ち金だけが頼りなので、持っていなければ参加すら出来ない。
「後払いでは駄目なのか?」
「先払いです。それが嫌ならもう帰りますよ。」
「分かった、ちょっと待ってくれ!」
記者達は慌てて金策を講じ始めた。
仲間同士で幾らあるか数えたり、親しい人に借りたり、記者同士手を組んだりして、資金調達に余念がない。
「では、銀貨50枚から始めます。」
「うげっ!」「終わった!」「足りねぇよ!」
開始と同時に終了した者もいた。
早く済ませたくて、いきなり吹っ掛けたなリティア君。
銀貨50枚は、前世の5万円くらいの感覚だ。
「銀貨60枚!」「70枚!」「80枚!」「銀貨90!」
「金貨1枚!」
お、金貨の大台に乗った。
路銀の足しになるなぁ。アイン子爵が喜びそうだ。
流石にその場で金貨を用意できる者は少ないようで、入札に挙がる声が極端に少なくなった。
「金貨1と銀貨10!」
「金貨1と銀貨20!」
それでも続けるグループが2つあった。
他の記者はさすがに付いていけない様子だ。
「・・金貨1と銀貨50枚!」
「くっ!」
トドメとばかりに上乗せが入った。
クルティナ君曰く、最後に入札したのはエレングレイド日報の記者達らしい。
「・・・・。」
沈黙。勝負はついたかな?
「・・もう出ませんか?」
リティア君が終了の確認をした。
「待ってくれ!・・来た!金貨1枚と銀貨60!」
王都新聞の記者が待ったをかけ、別の仲間が来たのを確認し、直後最後の一押しを入れた。
どうやらの援軍の合流を待っていた様子だ。
「なんだと!?」「やられた!」
エレングレイド日報の記者達が天を仰ぐ。
どうやら決着のようだ。
「・・ではこれで決着ですね。そこのあなた方の質問にだけ答えます。」
「やった!」「よし、よくやった!」
歓喜する王都新聞の記者達。
彼等は事務所がこの会場の近くにあるようで、一人が商会まで走り、現金を持ってくるようにしたようだ。
その間一人が残って、値段を吊り上げ時間を稼ぎ、仲間がお金を持って戻ってくるのを待った。
「わたし達はここから宿泊先まで歩いて帰りますので、質問はその間にお願いします。回答は思念通話であなたにだけ聞こえますから心配なく。」
リティア君、上手いこと丸め込んだな。
こんな所は秘書っぽいぞ。
ちなみにこの世界にも紙はあるが高価だ。
その為、前世のような新聞は売っていない。
新聞社は自社の建屋内に大きな掲示板を設置し、そこに情報を掲載。
市民は入場料を払って新聞社に入り、情報を閲覧するのである。
こうした新聞社の拠点は王都に多くあり、主要な広場の前や門の近くなど、要所を押さえており、有益な情報を得る手段として市民に人気のスポットになっている。
広告収入も財源だ。
面白い商売があるものだと感心した。
さて、やっと帰れるな。




