86.胃袋キリキリクッコロ晩餐会
するとアイン子爵の挨拶の番になった。
「アイン・ランクシャーです。こちらは妖精族のアリサ殿とリティア殿です。彼女達は、ランクシャーに滞在しておりますが、基本的には流浪の民ですので、領民ではありません。今回は護衛として同行頂いたのですが、この様な豪華な晩餐会に招待を頂き、大変恐縮です。国王陛下には、無礼講を賜っており、大変有り難く存じます。何分礼節には無頓着ですので、失礼な発言も多いと思いますが、どうか御容赦願います。」
妖精が同席する事情を説明した。
するとレイドノール男爵が腕を組んで嫌味を吐いた。
「流浪の民と言えど、もう少し教養を教えて来れなかったのか?王の御前で、それでは余りにも品がないではないか。」
「あ?なによアンタ、文句あんの?」
いや、そういう所を指摘しているのだが・・。
「アリサ・・いや、申し訳ない。」
無礼講を通知しているとは言え指摘は尤もだ。
なので、アリサを嗜めつつ素直に謝るアイン領主。
「おや?現領主は意外に素直なのだな。」
「ああ、私は過去の因縁は捨てて、これからはレイドノールと良好な関係を築きたいと願っているからね。」
相手の挑発もサラリと受け流し、挨拶を続けるアイン子爵。
余裕がある。大人だ。
「今更何を。」
「そう仰ると思っていた。だから今すぐとは言わない。時間をかけて、和解出来ればと考えている。」
大人だ。
「では、ノドム湖周辺地域は、レイドノールに所有権を明け渡すのだな?」
「ああ、構わない。」
「!? 何だと?」
アイン子爵が即答で所有権を破棄した事に驚きを隠せないレイドノール男爵。
レイドノール男爵からすれば、意地の悪い要求を叩き付けたつもりなのだろうが、アイン子爵の方が大人だった。
すんなりと返され、呆気に取られていた。
そして両者の関係を長年危惧していた王族も、その言葉にピクリと反応していた。
「あの地域はランクシャーには過ぎた広さだ。但し、水利権は平等とし、バイルランド対策は、継続して協力する。これでどうか?」
この言葉は真意だろう。
領地だけ広くて管理できなければ、単なる負担にしかならない。
そんな見栄を張る余裕があれば、町の発展に投資した方が建設的で効率的だ。
幸いランクシャー領は、現在空前の好景気。
そんな面倒な土地になど、何の価値もなかった。
そして所有権を放棄すれば、レイドノール領との確執も無くなるのであれば願ってもない話だ。
合理的に考えれば、その結論に行き着く。
「・・そちらがそれでも良いなら異論はない。」
不気味に思いながらも、デメリットは無い話なのでレイドノール男爵は納得した。
「おお、長年いがみ合っておった両者が、まさかこの場で和解するとはな。招待した甲斐があったぞ。」
国王も喜んでいた。
味方同士の対立ほど、無駄で面倒臭いものはない。
今後気を遣わなくて済むのであれば、上に立つ者も肩の荷が下りるというものだ。
「ハッ、有り難き幸せ!」
「くっ!」
そしてこの手柄はアイン子爵が持っていった。
これもランクシャー領が豊かになり、余裕が生まれたからだろう。
小さな事に固執する必要がなくなったからだ。
レイドノール男爵としては悔しいだろうな。
心底悔しげに、歯噛みしていた。
あ、ちなみにフェノン・レイドナール男爵は女性である。
「ところでランクシャーは昨今目覚ましい発展を見せておるが、やはりそこな妖精のお陰なのか?」
「それもありますが、大きな要素は、そこにある御神木様の御利益です。」
お?私かね?
リティア君の席の隣に設置されたサイドテーブルに置かれている、私の苗木に注目が集まる。
「エレンバイドからも聞いていると思いますが、その節は本当に助かりました。その御神木の実がなければ、私は今、この場に居なかったことでしょう。」
王妃が立ち上がり深々と頭を下げた。
「とんでもありません。お直り下さい。お役に立てて光栄です。」
「まさに薬神の木よ。こちらでも種が芽吹き、苗木を育てておるぞ。ほら、あそこに植えておる。」
国王が指差した先に、柵に囲まれた花壇があり、そこに不気味な妖木が1本立っていた。
おお、私の分身体だ。
宮殿の中庭にあるのか。
ただ今の私よりも、まだ小さいな。
これから少しずつ大きくなって行く事だろう。
「モーリスが嬉々として育てておる。そういえばモーリスも世話になったな。褒賞はその分弾んでおくので、褒賞授与式を楽しみしておいてくれ。」
「ハッ、勿体無きお言葉、感謝申し上げます。」
褒賞上乗せか。
アイン領主、心中ウハウハなんだろうな。
胃袋のHPが若干回復したようだ。
「くっ!」
反対にレイドノール男爵が更に悔しがっていた。
せっかく美人なのに、そんなに睨むとシワが増えるぞ?
「うむ、モーリスと共に、薬妖樹の種から発芽、生育方法をよく確立してくれた。そちらの苗木は城のものより大きいな。生育は順調そうでなりよりだ。」
「ハッ、何分大飯喰らいですが。」
「ふふ、さもありなん。」
「??」
レイドノール男爵だけ話が判らず狼狽えていた。
すまんね、内情は教えられないのだ。
何故かランクシャーに国王、王妃、宮廷魔術師等の話題が集まる理由が判らなくて戸惑っているようだ。
すまんね、メンバーにはそこにいる国王軍将軍と第一王子まで加わるぞ。
そしてまた悔しがる。
もはや「くっ、殺せ・・」まであと僅か。
クッコロさんが似合いそうだ。
「ところで、アリサ殿、食事や部屋は満足かな?」
国王はやっと妖精と話が出来る、みたいな顔だ。
一応、両領主を差し置いて妖精と会話する訳にもいかず、優先順位は守ったようだ。
「うん、この蜂蜜凄く美味しい!ありがと!」
「そうかそうか、かわいいなー。」
デレデレだ。
あ、王妃に足を踏まれた。
「そ、そちらのリティア殿は、なんと美しいことか。亜人族であれば、是非王宮に迎えたいところだ。いや、この際種族などどうでもよいな。リティア殿、私と共に居てくれないか?」
そう言えばエレンバイド王子、あの時リティア君に一目惚れしてたな。
今回は場が場なだけに随分と抑えていたようだが、やはり食い付いたか。
歴史は繰り返すのだな・・。
「え?嫌です。」
はい、リティア君、オブラートオブラート!
もう少しやんわり答えてー!
「ふっ、照れているようだね。それなら・・」
「生理的に無理。」
「ぐはぁ!」
またこの流れ・・。
リティア君、腹パンはやめたまえ!腹パン禁止!
また時間を戻さないといけなくなるぞ。
「ワッハッハッハ!見事にフラれたな兄上!」
「黙れエドワード。俺は諦めんぞ。」
「お兄様、脈が全く無い人に詰め寄る癖を治してはいかが?」
弟と妹からも揶揄される王子。
いいぞ、もっと言って嗜めてくれたまえ。
そうしないと、また腹パン炸裂の未来が訪れる。
どうも国王一族、アリサとリティア君を気に入ったようだ。
竹を割ったような性格で、遠慮がないアリサとの会話を心から楽しんでいる様子だった。
「それからゼムノア殿、明日の武闘大会は期待しておるぞ。」
「はい、ご期待に添えるよう全力を尽くします。」
おお!あのゼムノア君が突然話を振られてもキョドってない!
流石はスパイ魔王モード。
不遜な態度も抑えて、無難に接しているではないか。
「なんでも魔法で戦うと聞くではないか。モーリスとどちらが強いか見てみたいな。」
「ほっほっ、恐らくはゼムノア殿ですな。予選の話を聞くに、儂よりも魔力が多い。」
「なんと!」「本当か!?」「そんな!」
晩餐会のテーブルに驚きの声が上がる。
モーリス翁どころか、私より強いと思うよ。
なんたって元神様で魔王で魔神だからね。
多分この世界で一番強いのではないか?
あ、インチキ存在のリティア君を除いてね。
「妖精に、モーリスをも超える魔法の達人がいるとは、ランクシャーは人材豊富だな。」
「勿体無きお言葉、幸運に恵まれただけです。」
国王が少しだけ意地の悪い言い方をする。
それだけでアイン子爵の胃袋がキリキリ痛む。
ああ、せっかく回復した胃袋HPが・・。
そしてレイドノール男爵は「くっ」と悔しがる。
キリキリ「くっ」はセット商品なのか?
「それにしてもゼムノア様は美しいですわ。」
王女が頬に手を当ててうっとりしている。
彼女が王女拉致計画により、拉致される予定の王女エルフィーナである。
申し訳ないが、対処療法でしか助けられないので、取り敢えず軽く拉致されて頂く事になる。
怖い目に遭うことになるが、これも王侯貴族階級の人生勉強だ。
前向きに拉致を楽しんで貰いたい。
その際は憧れのゼムノア君が、正義の味方として颯爽と救出に馳せ参じる事だろう。
マッチポンプみたいだけど、マッチは勝手に拉致計画を練った反王政過激派の連中だからね。
私達はポンプに撤して、火種には一切関わっていないので宜しく。
「いや、本当に美しい。」
第二王子のエドワード王子までゼムノア君に見惚れていた。
その視線を受けたゼムノア君は、何故か空を見上げて呟く
「ふっ、月は陰を纏い、闇の中にこそ真を翳す。」
いや、何言いたいのか意味分かんない。
しかしエルフィーナ王女も頬に手を当ててウットリしている。
「素敵ですわ~」
何が!?
そこにクルティナ君の解説が割り込んで来た。
『解説すると、コミュ障が災いして会話に参加出来ず、良い感じのところで正体を明かすムーブに入れないのが悔しいゼムノアは、暗に「今の姿は仮初で、真の姿は魔王」と真実をほのめかす呟きを、上手いこと言えたので気分良く、自分に酔いながら周囲の反応を見ている所だ。』
『なるほど、全く意図が分からなかった。』
クルティナ君からの解説で、あの意味深な言葉の真意が分かったが内容が情けない。
ちなみにクルティナ君の解説は、しっかりゼムノア君にも聞こえている。
つまり嫌がらせである。
やめてあげて!
ゼムノア君が顔を真っ赤にして涙目になってるじゃないか!
更にリティア君が追い討ちのコメントを入れる
『そして今は、流れを引き寄せるために放った渾身の一言が、誰にも一切通じていない事実に凹んでます。』
『あれは無いぞゼムノア。誰も気付かない。』
この二人、ゼムノア君を追い詰め始めるとイキイキするなー・・
あ、ゼムノア君が硬直しつつ、プルプルしている。
図星だったみたいだ。
「ゼムノア殿?気分でも優れぬか?」
その様子を心配した隣の席に座るグリオン君が尋ねる。
ちなみに、ゼムノア君も鑑定無効にして貰っているので安心である。
そして突然隣の男から話し掛けられ、慌てたゼムノア君は焦る。
「も、問題にゃい。」
案の定、噛んだ。
その事実に益々顔を赤らめる。
「ぷっ、ノアちゃんカワイイー」
アリサに笑われた。
「本人が問題にゃいと言っているので心配いらにゃい。」
空かさずリティア君が物真似で煽る。
微妙に似てる。練習してるのか?
リティア君、こういうお茶目なところあるよね。
「ちょっ、やめっ、クスクスクス」
「これ、笑っては失礼・・ぶふっ」
「くっ、くくく・・」
笑ってはいけない席で、笑いを堪えると余計に可笑しくなるものだ。
そこにリティア君、トドメの物真似。
「笑ってはいけにゃい。」
「ブハハハハ!」「イヤですわアハハハ」
「ハッハッハッハッ」「くっ、ハハハハハハ」
出席者に堪え笑いが伝染していく。
ゼムノア君が更にプルプルしていた。
「ゼムノアは口下手ですから、普段は話し掛けられ難い雰囲気を出してますが、突然話し掛けるとあんな風に大抵噛みます。」
「リティア様、もうやめてー!」
リティア君がある意味本当の正体をバラしてしまった。
あー、せっかくカッコいい暗躍者を気取ってたのに、完全にイメージ瓦解したな。
「そんな可愛らしいゼムノア様も素敵ですわー」
それでも恋する乙女は盲目だった。
◆
その後、場の雰囲気が明るくなったことで会話は弾んだ。
ゼムノア君が自棄酒でいつものようにヘベレケになり、アリサとリティア君の飛行ショーも披露して、あろうことかリティア君が国王に衝突するというドジをやらかし、鼻の下を伸ばした国王の足に、王妃のヒールが食い込むという、トラブルまで引き起こした。
あの自称秘書は、何故一番やってはいけないことをやらかすのだろうか?
そして、エレンバイド王子が、何故俺ではない!と父親に嫉妬して晩餐会は幕を閉じた。
「いや、まことに楽しい晩餐会であった。疲れたであろう、部屋へ案内するので、ゆっくり休むと良い。」
かなり砕けた晩餐会となり、王族一堂笑顔で散会していった。
ふう、大事にならず助かった。
後で知ったのだが、国王に許可の無い者が触れるだけでも投獄ものなのだそうだ。
しかしラッキースケベに気を良くした国王の慈悲により不問となった。
まぁリティア君を牢に入れること自体、無駄なことなので不問で良かった。
手錠だろうと鉄格子だろうと、軽くひん曲げた上で脱獄し、何気ない顔で私の隣に戻って来そうである。
私達はメイドに案内され部屋に戻る。
だが、案内された部屋が、宿泊先の部屋と違った。
「済まないな、もう少し話したい事がある。」
扉を開けた先に座っていたのは、国王とグリオン将軍、モーリス翁、そしてもう一人の人物がいた。
「・・畏まりました。」
神妙な面持ちで礼をするアイン子爵。
もうやめて!
アイン領主の胃袋HPはとっくにゼロよ!




