74.邪念が残念な救出作戦
シェルダグラス領、ダン山脈麓の町ディンヴェル。
町の入口は野戦病院のようになっていた。
先日、山脈越えの途中で不運の地震に見舞われた者の多くは、這う這うの体でディンヴェルへ引き返して来ていた。
まだ戻っていない行方不明者や死亡者もいる模様で、泣き咽ぶ家族の姿も目に入る。
峠の街道は、所々崖崩れや雪崩によって寸断されていたが、幸い損害は軽度だった為、私達は魔法やリティア君を駆使して道を拓き、難なく峠を越えて下山する事が出来た。
しかし、一般的な亜人族では、そのような難所を乗り越えるのは大変な事だろう。
憔悴した表情の商隊やハンターが救助隊に引き連れられて辿り着いていた。
無傷の牛馬車で、平然と峠を越えてきた私達を見て、唖然としている者も多かった。
宿を取って食事に行くと、町長が街道の被害状況を聞きにやって来た。
アイン領主は、峠までは牛馬車が通れる事、ハーゲンから峠までの7合目辺りは、通り過ぎていたので把握していない事、峠からディンヴェルの町まですれ違った者は居ない事を説明していた。
翌早朝、昨夜の町長がまた私達を訪ねてきた。
「どうか力を貸して欲しい!」
どうやら貴族のご令嬢が行方不明らしい。
◆
町長の話を要約すると、シェルダグラス領主の娘が、昨日ハーゲンの町へ温泉旅行に旅立っていたが、地震以降帰ってきていないそうだ。
私達がハーゲンの町を出てから、あの地震に見舞われた場所まで、擦れ違った小隊に貴族の馬車は見掛けなかった。
そして、峠からディンヴェルの町まですれ違った者は居ない。
つまり、地震や雪崩が原因で、行方不明となっている可能性が高い。
町長としては一刻も早く救出に向かう必要があるが、雪の残る山を徒歩で捜索するのは危険な上、時間がかかる。
そこで妖精の力を借りて、空から捜索して欲しい。
謝礼は言い値で払う。
という内容だった。
「引き受けましょう!」
アリサの目がお金マークになっていた。
「引き受けましょう。シェルダグラス家の一大事だ。一時的に護衛の任を解く。私はここで待っているのでご令嬢の捜索に向かって欲しい。今は王都登城よりも、公爵令嬢の命を優先すべきだろう。」
格好いい事を言っているが、アイン領主も目がお金マークになっていた。
不純な動機でも、人助けは人助け!
「シャチョー様汁飲み放題権なら・・」
リティア君、そんな褒賞を欲しがる変態は君だけだ。
◆
救助後に使う毛布や医療品等を詰めたバッグをリティア君に吊るす。
リティア君の下には、私とバッグが吊るされていた。
さながら救援物資をぶら下げた救助ヘリのようだ。
「・・・では、行ってくる。」
最後の「謝礼は言い値で払う」という短文しか聞いてなさそうな二人に押し切られ、私を連れたリティア君とアリサは、もう一度ダン山脈の峠へ戻ることになった。
中央の有力貴族である、シェルダグラス公爵家に恩を売る最大のチャンス。
加えて娘の命ならば、謝礼金をケチられる事は皆無。
きっと見たこともない大金が積まれる事だろう。
辺境の貧乏領主と蜂蜜の為ならどこにでも行く残念妖精は、そんな明るい未来に魅了されていた。
「うへへへへ、蜂蜜蜂蜜~♪」
邪悪だ・・。
邪神たるゼムノア君より断然邪悪だ。
期待に胸を膨らませ、アリサは上機嫌で高度を上げていく。
およそ人助けをする者の顔ではない。
救助後の謝礼より、まずは要救助者が存命であることを期待したまえ・・。
「ハチミ・・娘の名前って何だっけ?」
今、貴族の娘の事、蜂蜜って呼ぼうとしただろ?
「フィオーネ・エルトン・シェルダグラスだ。」
「長っ!ハチミツで良いよね!」
良くない。
絶対間違えるなよ。
「まずは峠の周辺を捜索するぞ。」
歩けば長いが、空を飛べる種族にとっては、この程度の高さと距離は大した事はない。
ご令嬢の出発時間と地震発生時刻から、きっと峠周辺か、私達が崖崩れと雪崩に遭った場所に近い所で被災している可能性が高かった。
私達が被災後に通ったルート上に、貴族の馬車は見掛けなかった。
立ち往生していれば気付いたし手助けもしたが、見える範囲にそんな存在は確認出来なかったので、町まで下りてきたのだ。
つまり公爵令嬢の馬車は、崖下に転落してたり、雪崩に飲み込まれて埋まっているか、見付かりにくい場所に転落しているに違いないのだ。
ある程度遭難場所に目星がついているなら、捜索はそんなに難しくはない。
空から探せば、確実に見付かることだろう。
素早く駆け付け、サクッと見付けて連れ帰り、たんまり謝礼を頂こうという魂胆で、悪どい笑いを堪え切れないアリサは、移動中ずっと「ぬふふふふ」と気味の悪い笑いを浮かべていた。
コレって、あとで懲らしめられる三下悪役ムーブだよね?
◆
峠の頂上に到着した。
ここまで注意深く魔力感知で捜索していたが、まだ見付かっていない。
反応はあったが、魔獣だったり、依頼範囲外の商隊だったりして、その度にアリサが目を輝かせ、
「ハチミツ!?」
とか言う。
と こ と ん 不 謹 慎 !
コイツは連れて来ない方が良かったのではないかと、後悔し始めた。
魔力感知も万能ではない。
私の意識外の反応には気付かないし、亜人族は魔力が弱いので、衰弱してると反応が微弱なのだ。
どうも峠よりシェルダグラス側にはいないようだ。
となればハーゲン側か。
「アリサ、二手に別れよう。雪崩が起きているところを入念に捜索したまえ。」
「了解よ!」
恐らく街道から、かなり下方に流されている可能性が高い。
私はリティア君に指示して、一度高度を上げて貰い、上空から眺めて捜索場所を絞り込む。
「あの渓谷が怪しいな。リティア君、向かってくれ。」
一際雪崩の規模が大きな谷があった。
街道はその谷に続いているが、石橋があるので容易に渡る事が出来る。
運悪く橋を渡っている最中に雪崩に遭ったとしたら?
一溜りもなく、崖の下へ転落するだろう。
この予想が当たっている可能性を拭えないので、私は崖の下へと向かう。
私とリティア君は谷に沿ってゆっくりと下りて行く。
魔力感知を展開し、雪の下に埋まった反応を拾い上げ、見逃さないように注意深く探った。
「!・・コレじゃないか?」
微弱ながら、反応があった。
ビンゴだ。
「リティア君、この下を掘り進んで行けるかね?」
「はい、では少しだけ失礼します。」
荷物と私を近くに下ろすと、リティア君はポイントに降り立つ。
そして、早送りのモグラのように、高速で雪の下に潜って行った。
スゴい!何あれ!?
「シャチョー様、亜人族の男です。気を失っていますが、まだ生きてます。」
「令嬢ではないか。取り敢えず救助しよう。リティア君、掘り出せるかね?」
「はい、えい。」
リティア君は何でもないように、数メートルの雪を持ち上げて穴から出てきた。
魔法障壁を展開して、雪を押しのけたようだ。
あ、君、魔法障壁使えるのね・・。
男性は怪我と低体温症で衰弱していた。
毛布に包み横たえる。
執事のような身なりの整った格好。
彼がここに埋まっているなら、令嬢も近くにいる可能性が高い。
「リティア君、次だ。急ごう。」
再びリティア君に運んで貰うようにお願いする。
その間、思念を飛ばしてアリサに指示を出す。
「アリサ、こっちに来てくれ。見付けたぞ。」
「ホント!」
「一人男性を救助した。手当てをしていてくれ。私は引き続きフィオーネ嬢を探す。」
男性の介抱はアリサに任せて、私とリティア君は周辺を捜索する。
どうやら馬車は大破したようで、更に下方に残骸が散らばっていた。
「おかしいな、彼があそこに埋まっていたなら、この辺りにいるはずなんだが・・」
「運良く埋まらずに済んで、どこかに身を寄せているのでは?」
「いや、そんな反応は見当たらないんだよ。」
魔力感知に反応はある。
雪の下に埋まった馬二頭と大人の女性二人の遺体だ。
フィオーネ嬢はまだ子供らしいのでそれとは違う。
雪崩の規模、大破した馬車の状況から、雪崩に巻き込まれて橋から転落したのだろう。
その状況だけでも、生存が危ぶまれる。
加えてこの寒さと時間経過。
子供の体力的に絶望感が高い。
「取り敢えず女性の遺体を掘り出しますか?」
リティア君が方針を確認。
しかし、私はどこか違和感を覚えていた。
「・・!いや、そっちの馬を頼む!」
「え?」
◆
フィオーネ嬢は、重症だが奇跡的に生きていた。
「まさか馬と一緒に埋まってたとは。」
「オジサン、上手いこと言ったつもり?」
フィオーネ嬢は、偶然馬二頭に挟まれた状態で埋まっていた。
お陰で魔力感知では、そこには馬しか居ないと判断してしまっていた。
加えて馬の体温に守られて、低体温症にならずに済んだのだ。
代わりに馬の重みで、足を折っていたが。
折れた足の骨は、リティア君がこっそり元に戻している。
時間を巻き戻すので、体温もかなり戻り、血色が随分良くなった。
さすがはチート存在だ。
「お嬢様を救って下さったこと、本当に!本当に感謝申し上げる!」
意識を取り戻した執事っぽい男性は、深々と頭を下げて感謝を表していた。
彼は私の葉を潰した汁を飲ませると「まずい!」と開口一番素直過ぎる感想と共に覚醒した。
傷付く!
「(蜂蜜のために)当然のことをしたまでよ!」
何故アリサが一番威張っているのか、納得が出来ない。
クルティナ君曰く、執事風の男性は腹部に裂傷、肋骨が数本折れていたが、私の葉の効果で回復に向かっているらしい。
この世界の魔力って万能だね。
フィオーネ嬢は毛布に包んで安静に寝かせてある。
町に待機してくるアイン領主に思念通話を飛ばす。
令嬢救出成功の報告をすると、直ぐに救助隊を向かわせると返答があった。
執事風の男性によれば、地震発生直後に馬が暴れ出して制御不能になり、橋の上で不運にも雪崩の直撃を受けてしまう。
大量の雪と共に橋から落下し、馬車は大破。
侍女二人はお嬢様を抱き抱え守ろうとしたが、大破した瞬間に全員放り出され、その後は強い衝撃に気を失い記憶がない、という顛末だった。
橋から谷に落ちて四人中二人が生きていたのは、確かに奇跡的だったが、侍女二人の命は失われてしまった。
「女性二人は残念でしたね。」
リティア君が掘り出した侍女は、目を背けたくなる無惨な状態だった。
普通は全員あんな風になってもおかしくない状況だ。
「彼女達は最期まで極めて立派でした。彼女達のお陰でお嬢様は助かった。遺族には手厚く補償致します。」
男性は目を瞑り、侍女二人を想う。
そこへリティア君が、地面に毛布を広げて告げる。
「取り敢えず街道まで運びます。毛布に乗って下さい。」
「は?」
「聞こえませんでしたか?そこの毛布に座って下さい。」
リティア君の圧に負けて、意味が分からなかったが、取り敢えず雪の上に敷かれた毛布に座る執事風男性。
「では飛びます。」
リティア君は毛布の四隅を持ち上げて、何気なく飛び上がった。
「な?な、な、な、なんと!?」
まさか小さな妖精が、倍以上ある体格の自分を持ち上げて飛ぶとは思っていなかった様子で、浮かび上がった途端に毛布にひしっと掴まった。
引き続きフィオーネ嬢も同様に運び上げ、最後に侍女の遺体を馬車の残骸の板に乗せて運び上げた。
馬は悪いけど無理。
「他に何か必要な物はありますか?」
「いや、十分です。妖精族は力持ちなのだね・・。」
いいえ、リティア君が特別なだけですよ?




