63.敵国王子、怒りの戦後交渉
バイルランドのヘリオス王子は、それはもう大層お怒りだった。
「ふざけるな!何だあの我が軍の状態は!」
「返せ!精悍だったロックを返せぇー!」
取り敢えず広域精神破壊兵器、クルティナリサイタルへの文句から始まった。
「リティアタマって誰だ!?出てこいリティアタマ!」
残念、今は天界でクルティナ君への生贄になってる所だ。
そろそろ解放されて帰って来るかな?
「あの妖精はなんだ!どうやって手懐けた!」
「どうしてあんな強力な魔法が連発出来る!有り得ないだろ!」
「卑怯だ!卑劣だ!反則だ!」
「ズルい!ズルい!ズルズルズル!」
次に妖精を使った妨害にひとしきり怒りをぶち撒け、
「どんな魔法を使えば城壁が1年で出来る!おかしいだろー!」
「何で弓より投石の方が射程が長い!意味不明だー!」
「降りてきて戦え卑怯者!」
「反則だ!イカサマだ!無効!この戦、無効!」
攻城戦の理不尽なまでの大敗にもクレームをつけてきた。
やだ、何あのクレーマー。メンドクサイ。
とにかく落ち着くまで門は開かず、言いたい事を言わせて放置する事にした。
敵軍の本拠地に、王子自ら一人で乗り込んで来て、閉ざされた城門の前にポツンと一人でクレームを喚き散らかす光景は異様だった。
やっと追い付いてきた騎兵が王子を宥めるのに苦労している。
取り敢えずそこで宥めるのやめて欲しいのだが。作業が進まないのだよ。
今日の復旧作業は無理だろう。
仕方がないので、王子が平静を取り戻すまでの間、私は教会前の広場に戻ることにした。
◆
ヘリオス王子は、取り敢えず領主邸に招かれた。
今はある程度落ち着いて、出されたお茶を飲んでいる。
王子に話を振ると、面倒臭そうなので、護衛の騎士から話を聞くことになった。
話を聞けば、ヘリオス王子は、今回の侵攻の勝利を確信し、後方で高見の見物をする目的で、軍に随行してきたそうだ。
だが、蓋を開けてみれば、前回よりも悲惨な大敗である。
戻って来た自軍のボロボロの状態を見て愕然とし、壊滅的損害を出して撤退を余儀無くされたと知る。
納得できないと怒り狂い、単身で走り出してしまったそうだ。
無謀過ぎる。
「我々の要求は、捕虜の返還だ。」
騎士達は、今は戦闘の意思はなく、戦後の処理にやって来たと主張。
・・という体裁にしたいみたいだ。
実際は無鉄砲な王子の身柄を守る為に、必死に追い駆けて来ただけなのだろうが、上手い言い訳を考えたものだ。
敵陣内に無防備に乗り込む大義名分としては、問題ない理由だ。
この騎士達、苦労してそう・・。
「それは構わない。こちらも捕虜の扱いに困っていたところだ。」
実は捕虜が結構な数いた。
城門に閉じ込めた者、攻城戦の後、負傷して動けずに取り残された者など、その数200名近い。
このままバイルランド軍が見捨てて帰るようなら、かなり困った事になるところだった。
結構な数の捕虜がいた為、最低限の治療や与える食事だけでも、貧乏領地のランクシャーでは痛い出費となる。
口減らしの処刑も考えられていたところだ。
あと、私の姿を見られる訳にはいかないので、捕虜の目も邪魔。
つまり、この王子のご乱心は、ランクシャー領にとっても渡りに船な交渉の場となった。
「翌日、全員の引渡しを要求する。」
「期日は良いが、こちらは侵攻による損害賠償に、身代金を要求する。明日、用意して来るのだな。」
当然の要求だな。
だが、それに対して、また王子が発憤した。
「損害だと!?こっちが要求したいくらいだ!そちらは大した損害など無いではないか!こっちは壊滅状態だぞ!」
攻めてきたクセに、盗っ人猛々しいとはこの事だ。
「では捕虜は全員処刑とする。」
「勝手にしろ!おのれぇ、翌年、絶対に攻め滅ぼしてやる!」
ヘリオス王子は怒りに身を任せ、短慮になっていた。
「やれるものならやってみるがいい。また返り討ちにしてやろう。」
アイン領主の気迫も負けていない。
今回自領の民だけで、倍以上の敵を退けたことが、自信になった模様だ。
「ちなみにだが、捕虜の中に、そちらの貴族が何名かいるが、本当に処刑しても良いのか?」
「何!?」
捕虜に身分を聞いても口を割らないので、鑑定で調べた。
クルティナ君が活躍。
聞いてもない情報まで答えるのが、玉に瑕なのだが、お陰様で全員の名簿が出来た。
「こちらが名簿だ。」
「もう名簿を作ってあるのか!?」
捕虜の名前を書いた木札を渡し、確認させた。
暫くは名簿に目を通すバイルランドの騎士たち。
「こちらの名簿と大方一致する。」
「信じられん、カリノー殿がいるが、あの忠義に厚いお方が、自ら名前や身分を明かすとは思えない。」
「何だと?・・どうやって調べた?」
「教えられないな。」
「チィ・・。」
これで相手は交渉のテーブルに着かざるを得なくなった。
この戦で出た損害を、敗戦国側に精算をして貰おう。
「して、要求額は?」
王子が険しい表情をしながら、その額をアイン領主へ尋ねる。
「金6本」
「何だとぉ!?」
お?アイン領主、ふっ掛けたのか?
「これでも多いくらいだ。」
「うぐぐぐぐ!」
んん?どういう事だ?
「今回の我々の損害は金5本でもお釣りが来る。つまり、バイルランド軍4千の兵力で、我々に与えられた損害は、その程度だということだ。」
どうやら相手は、少な過ぎる事に驚いていたようだ。
貨幣価値や相場が分からないので、困惑した。
「ふざけるな!あの城門の大掛かりな仕掛けだけでも、その程度はするだろう!」
「あれの復旧には、金1本で事足りるよ。」
「そんなバカな・・」
まあ、確かに鉄骨だけ購入して、城門の天井裏でまた作れば良いだけ。
実は余分にストックまである。
セメントの強みは、現地で作れば、設置場所までの搬入や吊り上げ作業等が不要な点だ。
補充は簡単に出来るのである。
「武器と資材の購入で1本半、復旧費用に1本、戦勝祝いの宴で1本だ。」
アイン領主が内訳を伝えた。
宴の費用が高過ぎないかね!?
「・・なんという事だ。」
アイン領主は、バイルランドの心を折りにいった様子だな。
本気で攻め込んできた相手に、軽微な損害しか出ていない事実を突き付け、再度侵攻する気を失せさせる作戦か。
「これで判っただろう。バイルランドにランクシャー領は落とせない。今回我々は王国にも援軍を頼んでいないのだ。」
「くっ!あの大規模な攻撃魔法さえなければ・・あんな魔法をどうやって発動している?」
「それを教えると思うか?だが、教えたところで、絶対に真似は出来ないがな。」
ちなみにアイン領主は、クルティナリサイタルの全容を知らない。
私が何か特別な事をやって、敵軍の半数を戦闘不能にしたという事は報告されている。
その為、私オリジナルの何かだと踏んで、絶対に真似は出来ないと言ったようだ。
尚、現場に居たガイム君達すら、何が起きているのかも理解していない。
クルティナ君の存在を知らない人には、意味が分からないだろう。
知っているのは、木と妖精とモーリス翁だけである。
「・・分かった。金は用意する。明日の引渡しを守られよ。」
「分かった。」
その後、ヘリオス王子はなりを潜め、護衛の騎士との細かな交渉が執り行われて夜になった。
「では、明日の昼、門の外で。」
明かりも持たずにやって来た王子一行に、松明を持たせて自陣に帰らせた。
遅くなったので、軽い食事も提供されたが、彼等は一切口をつけなかった。
◆
翌日、バイルランドの捕虜を城門前に連れて行く折りに、トラブルが発生した。
「ボクは戻らない!」
何だかメンドクサイ捕虜がいた。
一人だけ、本国に帰りたくないと我が儘を言う、困ったヤツがいたのだ。
そして、ソイツの正体がかなりメンドクサかった。
『バイルランド王族のDNAと一致します。』
クルティナ君!それ見なかった事に出来ないかな!?
見た目はみすぼらしい姿だが、鑑定結果は嘘をつかない。
いや、実際は嘘もつくトンデモ鑑定スキルなのだが、嘘をついて欲しい時には、嘘をつかない。
使えない!空気読んで欲しい。
名乗っている名前も偽っているようで、鑑定結果と一致しない。
しかも、種族がこの辺では珍しい狐人族。
目立つ。
こんなの匿ってたら、絶対あとでメンドクサイ事になる。
嫌な予感しかしないよ!
無視して引き渡そうとしたら、抵抗された。
「嫌だ!戻ったら殺される!折角戦で生き残ったのに、死にたくない!」
困ったのが、まだ子供である。
狐人族は背格好かあまり大きくならないので、兵士に紛れさせても判らなかったようだ。
鑑定結果には11歳と出ていた。
そして、最も困ったのが、この子、女の子である。
格好は他の兵士と同じ服装だし、胸が薄く、薄汚れているので判らなかったが、確かに女の子。
どんな事情で戦の歩兵の一人に放り込まれたのか、知りたくもなかった。
絶対メンドクサイ。
なので、ザイン君を召喚。
「あとは頼んだ。」
「丸投げかよ!」
彼は出会った時に私の子分となった。
何故か、私が子分みたいに働かされる事が多いが、たまには子分らしく働きたまえ。
事情を察したザイン君は、彼女は戦闘の傷が深く、治療を施したが死んだ、という事にして孤児院で引き取る事になった。
事実、彼女には深い刺し傷があり、意識を失って捕虜の収容場所から医務室に運ばれていた。
その時、容体を診る為に発動させた鑑定で正体が判明。
このまま見殺しにしたらマズイのでは?という葛藤を経て、私の葉による治療が施され一命を取り留める。
尚、冒頭の戻りたくないという会話は、医務室での話である。
◆
捕虜の受け渡し当日。
どうやら一部の者は、事情に通じている様子だ。
訳アリの女の子の死亡通知は、やはり直ぐには納得しなかった。
バイルランドの代表者は、しきりに王族の血を引く女の子の遺体を確認したいと言ってきた。
ヘリオス王子もチラチラと受け渡し場を見て、何やら落ち着かない様子だ。
だが、こちらの対応は淡々とする。
既に他の兵士の遺体と共に火葬したと告げてお茶を濁す。
こちらは説明対応者に、ザイン君を仕向けた。
こんな場の交渉術に、ザイン君は長けている。
着ていた服と遺髪を渡し、とにかく誤魔化す。
のらりくらりと質問をはぐらかして、知らぬ存ぜぬを貫くザイン君。
あのヘラヘラした顔が、実に腹立たしい。
相手は要領を得ないザイン君に、イライラを募らせることだろう。
そうなればザイン君の思う壺だ。
「悪いが、敵兵の死体を一人一人いちいち安置などしない。放置すれば、魔獣が寄ってくるし、悪臭が酷い。死亡を確認したら、焼いてしまうのが通例だ。」
「しかし・・」
相手は歯切れが悪い。
そこで、相手の不自然なところを突いて、会話のイニシアチブを取るザイン君。
「このような身分の低い歩兵を何故気にするのだ?他にも勾留中に死んだ歩兵は何人かいるが、そちらは良いのか?何か特別な理由があるのか?」
質問を返して一気に畳み掛け、相手を追い詰める。
訊かれたくない事をズバズバ訊いてくる相手は、実に鬱陶しい。
「いや、もういい。」
後ろめたい事を探られるのは嫌なのだろう。
下手なことを言えば、責任を取らされる。
やっと諦めたようだ。
こうして捕虜の受け渡し完了。
取り敢えずはやり過ごせた。
◆
訳ありな少女の事情は、深く詮索しない事にした。
話したくなったら、話して貰えれば良いし、基本的に知りたくない。
知ってしまうと巻き込まれるからだ。
少女も巻き込みたくないのか、話さなかったので、互いに暗黙の了解となった。
だが、もし生存がバイルランド王国にバレたら、素直に引き渡すという事で、少女には了解して貰った。
本国では、男として育てられていたようだが、ここでは女の子で扱う。
仮の名前はコルンにした。
綺麗にすれば、なかなか可愛らしいルックスをしていた。
大きな耳と、フワフワの尻尾がチャームポイントだ。
「匿ってくれて、感謝してる!ランクシャー領の人は、ボクの命の恩人だ!」
元来明るく溌剌な性格をしているようで、元敵国民と言えど、人懐こいコルンは直ぐに馴染んで行った。
教会前の広場では、小さな孤児達の面倒を見るコルンの姿をよく見掛ける。
領主の息子セインと、ザイン君の息子ラインとも仲が良い。
子供に難しいしがらみや事情は要らないな。
彼女の笑顔を見る度に、そう思った。
次回から新章に入ります。
まさか再開した物語が、こんなに続くとは・・。




