54.やはりランクシャー領の常識は間違っている
その後もランクシャー領では色々あった。
だが、私達の事はギリギリのところでバレずに踏み留まっていた。
領民の結束力のお陰で保たれている、薄氷の上の秘密。
これもザイン君が宣教、流布していた「御神木教」が、完全に浸透した結果かもしれない。
私がこの街に根付いた当初は、魔物である事もあって、畏怖と猜疑心を向けて来る者もいた。
だが、バイルランド軍を退けた後は、完全に反感情は融解し、ザイン君が掲げる「御神木教」という新興宗教の、胡散臭い教えに心酔すらするようになったのだ。
お陰で私の秘密は、厳粛に守られる事となり、決して外部の者に核心を掴まれなかった。
その結果は良かったのだが、決して完璧とは言えない。
まさしくギリギリ踏み留まったという表現が正しい。
ザイン君のいい加減な教えのせいで、秘密の誤魔化し方がテキトーなのだ。
だから、ランクシャー領を訪れた者は、総じてこんな感想を抱いて帰る事となる
「あの町は変だ。」
「あそこの連中は、何かおかしい。」
というモヤモヤした疑念と、困惑を抱かせつつ、
「とにかく、ランクシャー領は異常だ。」
という確信だけを持って帰らせる事となった。
・・苦笑いしか出ない。
口が無いので笑えないが。
そして、どうしてそんな疑念と確信を持たれるのか?
私が思念通話で諜報した領内の会話を紹介すれば、その答えが分かると思う。
エピソード1『俊足子供のアレとジル』
「なぁそこのアンタ、アンタも見ただろ?さっき子供が凄い速さで駆けて行かなかったか?」
「ん?いや、普通の速さだったぞ?」
「いや、普通じゃないぞアレ、あ!ホラ、あの子も!」
「普通だよ。その身なり、外から来た商人かい?お前さん疲れてるのさ。だから、速く見えるだけさ。」
「そんなことは・・」
「やぁジル、こっち来てくれ!なあ、あの子の足は速いか?」
「いや、普通だろ?変なこと訊くなよ。」
「だろ?」
「な?普通なんだよ。」
「そ、そうか、俺は疲れてるのか?」
「そうさ。宿で休みな商人さん。」
そうそう、ランクシャーでは普通。
普通なのだよ。
エピソード2『目を疑え常識を貫け』
ある日の街の界隈での話
「大変だ!」
「ん?商人さん、どうしたんだ?」
「木が動いてたぞ!」
「ああ、アンタもかい?」
「は?アンタもって何だ?」
「この街に来たヤツは、皆、白昼夢や幻を見るんだよ。」
「いや、確かに私は見たぞ。」
「いいかい?普通、木は動かない。だろ?」
「そうだよ、だから驚いたんだ!」
「普通じゃない事が見えるって普通かい?」
「い、いや・・」
「だろ?だから幻だって言ってるのさ。もう一度言おうか?普通、木は動かない。」
「いや、確かにそうなんだが・・」
「しっかりしろよ。誰かが動かしてるか、イタズラでもしてたんじゃないか?」
「いやいや、根がウネウネ動いて移動してたぞ!」
「ますます幻だな。こんな辺境まで商売に来たんだ。旅の疲れが出たんだな。」
「いや、途中から快適な街道だったから、他の町に行くより楽で・・」
「じゃあもう目の病気かもしれないぞ?大丈夫か?」
「そんな事は・・」
「大事なことだからもう一度言う。木は動かない。」
「そ、そうだが・・」
「木は?」
「・・動かない。」
「そうそう。お大事に。」
常識を疑っては駄目。絶対。
エピソード3『夢の店』
酒場での会話
「やあ旅人さん、注文かい?」
「すまんが尋ねたい。」
「どうしたんだい?」
「あれは妖精ではないか?」
「ん?どれだい?」
「いや、あそこに居る、小さな飛んでいる女の子だ。」
「そんなの見えないね?」
「は?」
「アンタも白昼夢病かい?」
「白昼夢病?」
「この街に来た人がたまに罹る病気さ。ここの空気は余所の町より魔力が濃いかもしれないって、どっかの偉い人が言ってたって噂になってたみたいなんだよ。知らないけど。」
「そ、そうなのか。」
「だから、あまり変なこと言うと、病気が感染するって思われるかもしれないよ。気を付けな。」
「そうか、済まない。」
「いいって事さ。町を出れば治るらしいから、そんな恥ずかしい夢を見たなんて、言わない方が良いよ。」
「そ、そうするよ。」
ちなみに居たのはアリサだ。
酒場には蜂蜜酒を貰いに頻繁に出没する。
エピソード4『今も貴方は見えている』
とある客が捌けた、静かな酒場での旅人同士の会話
「やあこんばんは、隣の席いいか?」
「ん?ああ。」
「なあ?アンタ商人だろ?何処から来た?」
「私か?スカーゴルトからだよ。」
「俺は王都からなんだが、この街、変じゃないか?」
「!?君もそう思うか?私もだ。」
「子供、速いよな?」
「速い。」
「妖精、見えるよな?」
「ああ、見えた。」
「俺達、病気なのか?」
「分からん。だが、街の住人は皆確信したようにそう言うからな。偉い人の研究結果らしい。」
「その偉い人って誰なんだろうな?」
「私も訊いたが、分からない、知らない、魔法の研究者か何かだ、としか答えてくれなかった。」
「・・あまり口にしない方がいいな、コレ。」
「ああ、時折誰かに見られている気配がするのだ。」
『そうしなさい』
「「!?」」
「アンタ、何か言ったか?」
「いや、私は何も・・」
「・・・・。」
「・・・・。」
「やっぱり病気なんだな。」
「ああ、町を出れば治る。もう、この話はやめておこう。」
クルティナ君、グッジョブ。
エピソード5『怪我するので』
城壁の建設現場での出来事。
「こんにちは、そんな大きな岩を一人で運べるなんて、凄い力持ちですね。」
「ああ、国王軍の騎士様ですか?」
「そうだよ、ねぇ君、私と勝負してみないかい?」
「冗談はよして下せぇ。怪我しちまう。」
「大丈夫だよ、君がそこの木材で打ち下ろすのを、ボクが受け止めるだけだから。君がどれくらい力があるのか、確かめてみたいって、皆で話していたんだ。」
「いや、それは・・」
「本気で打ち込んで欲しい。御礼もする。コレでどうだい?」
「だから、その・・」
「心配いらないよ、ボクが望んだことだから、反逆罪には問われない。皆見てるから証人も多いだろ?」
「・・では、手加減を」
「それは駄目だ。騎士への侮辱罪になる。」
「・・あの、自分が言いたいのは、本気で打ち込むと、騎士様を怪我させてしまうのを心配してるんですが。」
「え?ハハハハ!君、面白いね!いいよ!是非怪我をさせてくれ!」
「怪我の原因を誰にも言わないで下さるなら、本気が出せますが。」
「勿論だとも。万が一ボクが怪我したら、一般の民に負けたなんて、恥ずかしくて言えないさ!」
「じゃあ、一撃だけ。」
「ああ!さあ来い!」
「・・豪雷撃。」
「ぉがっ!」
「・・その硬貨はお返ししますんで、治療代に使って下せぇ。」
彼、身体強化が派生して、「剛力」のスキルに達していた。
ランクシャーの一般人の一撃は、騎士の防御を貫通するから気を付けたまえ。
エピソード6『騎士へロマンは通じない』
駐留中の騎士が、騎士ごっこをしていた子供を見ての話。
「やあ僕達、こんにちは。」
「わー!本物の騎士様だー!」「カッコいい!」
「何してるんだい?」
「騎士様ごっこー!」「ボクが、騎士様!」「俺悪者!」
「へぇ、じゃあ、悪者には負けられないね。」
「うん!」「悪者は僕達がやっつけるんだ!」
「キャー!」
「む、暴漢か!?」
「悪者だ!」「騎士様!」
「ああ、秩序を乱す者は見過ごせない。私が止めて・・」
「騎士様は下がってて!」「本物の悪者だー!」「懲らしめてやる!」
「え?ちょっ、君達?」
「行くぞ悪者ー!セイン流おーぎ、瞬迅剣!」
「え?速っ!」
「こっちもおーぎ、豪雷撃ー!」
「え?倒した?」
「悪者は、教会の牢獄に放り込んでくるー!」
「あ、いや、子供一人では無理・・え?行けるの?」
「悪者は討ち取ったぞー!」
「じゃあ騎士様も、騎士様ごっこーやろー!」
「僕達悪者役ねー!」
「・・遠慮しておくよ。」
アイン領主とザイン君の子供も元気に育っていた。
騎士がドン引きするくらいに・・。
この様に、誤魔化しながら、のらりくらり躱しながら、微妙な線で秘密は守られていた。
ま、いずれ隠し切れなくなるだろうけど。
そして国王軍は、予定日には王都に帰ってくれた。
これ以上、騎士に駐留されると、流石に誤魔化し切れないので、心底有難かった。
グリオン君の配慮だろう。
盛大に訝しがられ、怪しまれ、多くの騎士や兵士が、首を捻りながら、こう呟いき帰って行った。
「ランクシャー領民だけで、バイルランドに勝てるのではないか?」




