205.スノーエール討伐戦リザルト
魔風真空投げ。
動く相手に滅法強い、アリサの得意技だ。
相手が動いた勢いを利用し、その運動エネルギーを増幅して擬似的に投げ飛ばす技。
相手の動きを利用するので、相手の大きさや重さは関係なく投げ飛ばせる。
逆に相手が大きければ大きい程、元のエネルギーが大きい為、増幅されるエネルギー総量が増す。
つまり、デカい相手ほどアリサは天敵と化すのだ。
フラッシュブレスは基本的にバフ魔法なので、効果範囲に入ると必中となる。
強制的に身体の一部を加速させられ、気が付いたら地面に叩き付けられている。
投げられた方は意味不明の状況に、大抵は事態が呑み込めない。
見ている周囲も意味不明の状況に、大抵は事態が呑み込めない。
小さな兎人族が一人で、事も無げに巨大なクジラを投げ飛ばしたように見えるのだ。
「ボエエエエ!?」
「「「ほああああ!?」」」
スノーエールと組合員達が同じ様な驚愕の声を上げた。
グルンと縦に一回転して、空中に大きな弧を描き、流氷の上に背中から叩き付けられたスノーエール。
流氷が割れ、海面が波打ち、グラグラと足場が揺れる。
問題は打ち込まれた銛のロープが絡まってしまった。
スノーエールとしては巨体であるが故に、初めての経験だろう。
まさか自分が放り投げられるとは思ってもみなかったのではないか。
「ボエエエエーー!!」
背中に刺さっていた銛が、流氷に叩き付けられた衝撃で全て深く刺さった。
これはもう抜けないだろう。
「・・・やべぇ、流氷が割れて海に潜られたぞ!巻き上げろ!」
有り得ない光景に呆然としていた組合長も、やっと自我を取り戻して、状況を把握。
真空投げの影響で流氷が割れて、海中にスノーエールが逃げられた。
しかし銛は五本が深く刺さっており、あとは巻き上げ機を使って陸上に引き揚げるだけである。
本来は巻き上げ機をロックして放置し、スノーエールが逃げようと暴れて体力が落ち、弱ったところを巻き上げる方が安全だ。
しかし、巻き上げ機の固定が、杭を地面に打ち込んだだけなので、スノーエールの馬鹿力で引っ張られると、杭ごと持って行かれる可能性があった。
以前は杭が抜けて、巻き上げ機が海に引摺り込まれそうになり、ロープを切断して巻き上げ機を守ったらしい。
巻き上げ機は高価なので、壊したら大損害なのだ。
だから、早めにスノーエールを陸上へ引き揚げ、弱らせる必要があった。
「組長ヤバい!一番機の杭が曲がってやがる!」
「三番機は地面の岩盤が割れて抜けそうだ!」
折角全弾、銛が突き刺さったのに、このままではロープの緊急切断となりそうだ。
昨年までは、銛が抜けたり、ロープが切れたりで、途中で逃げられていたが、今回は巻き上げ機の固定が機能していない。
『リティア君、三番機の再設置を手伝ってくれるかね?』
「分かりました。」
リティア君がハーネスを外して私を地面に降ろす。
『ゼムノア君、私と君でスノーエールを弱らせよう。』
「拝命しました魔王様。」
代わりにゼムノア君がハーネスを提げる。
いつの間にか四天王モードだった。
どこでスイッチ入ったの君・・?
『クルティナ君、一番機の杭を打ち直し出来るかね?』
「アイツらを手伝えば良いんだな。」
クルティナ君が陸に戻って来る。
「アタシは~?」
『アリサはリティア君が何かやらかさないか見張りだ。』
「りょーかい!」
「何故わたしだけ監視対象!?」
それぞれに役割を与えて散開。
私とゼムノア君は、少しだけスノーエールと間合いを詰める。
魔法の射程範囲に捉える為だ。
『ワースゲイントリプルキャスト』
「ワースゲインダブルキャスト」
闇魔法Lv1ワースゲイン
レベル1の魔法で、これ程使える魔法も少ない。
デバフ魔法だが、必中というぶっ壊れ要素を持っている点で既にバグってる。
要するに射程に捉えて発動さえすれば、回避もガードも不能。
しかも魔力を込めれば射程がそこそこ長くなり、中距離戦でも使用できる。
これ、射程長くしたらダメだろう・・。
更にこの魔法のヤバみな点は「悪いところ」なら、なんでも助長対象になる。
効果範囲判定が大雑把なのだ。
なので傷や化膿部、内出血中の痣、捻挫の炎症部等を悪化させたり、疲労や吐き気なんかも割増に出来る。
更には機能不全の臓器に余計な負担をかけたり、眩暈や耳鳴りという神経性の不調も拡張可能。
身体に害のある細菌を増やしたり、アレルギー症状すら割増だ。
つまり、魔法をかけられた本人が痛みや不調を感じている部分が全て対象!
えげつない。
しかもその「悪いところ」の指定は不要。
指定はワースゲインを掛けられた本人が、悪化したら嫌なところが対象になる。
つまり、悪化したら嫌な部分が、的確に悪化するので質が悪い。
魔法を仕掛ける方は、ただ漫然とワースゲインの効果範囲に対象を捉えて発動するだけで、相手が一番嫌がる事を実現出来るのだ。
最悪の嫌がらせである。
まあ流石にLv1だけあって、割増率は3~5%程度と低い。
疼く傷が、少しだけ痛みが強くなる程度である。
だが、ここにも抜け道がある。
魔力を込めれば割増率は8~10%まで出力が増強される。
そしてそれが重ね掛け出来るのだ。
はい、先程トリプルキャストとダブルキャストで重ね掛けしました。
勿論魔力マシマシです。
何が言いたいかと言えば、古傷だらけの歴戦の勇士なんかに使うと・・
「ボエエーー!ボエッ!ボエェ!?ボエエエェー!」
「何だ!?急に苦しみ始めたぞ!?」
約5割増の激痛と苦しみと不調に苛まれる事になる訳です。
追い討ちで与えたダメージの5割が削られるって悪夢だよ。
運営に見付かったら、即刻弱体化の修正が入りそうだけど、その運営さんが私を抱えて嗤っているのが救えない。
「フハハハハハ!哭け!叫べ!そして息絶えるが良い!」
えげつない魔法だ。
そしてスノーエールが苦しみ踠き苦しんでいる間、リティア君達が巻き取り機の保全に助勢していた。
「わたしがロープを引いておきますので、その間に巻き取り機を移動させて杭を打つのです!」
リティア君がスノーエールに繋がったピンと張ったロープを握って、後方の巻き取り機の再設置を促す。
「いや、アンタなんかが一人でロープを持っても!」
「アレ?何でロープが緩んでるんだ?」
「は?」
「本当だ・・緩んでる。」
「良く分からんが、今の内なら動かせるぞ!急げ!」
流石はゴリティア君だ。
彼女一人で巻き取り機同様のパワーが出せる。
ウインチホイストクレーンティア君だ。
「急いで下さい。崇高なるシャ・・モザイク様の運び役をゼムノアなんかに取って代わられるなんて屈辱です!もしあのままゼムノアがシャチ・・モザイク様を持ち去って駆け落ちなんて始めたら・・ハッ!?これが寝取られ!?いけません!」
しれっと「ゼムノアなんか」とか言ってる・・。
『オジサン、リティアが既に変だけど?』
『彼女はいつも変だから、いつもに増して変になったら報告で良いよ。』
「辛辣!」
リティア君の妄言に付き合っていたら疲れるだけだよアリサ。
「あっ、ちょっと暴れないで下さい。」
スノーエールが暴れているのか、リティア君が持ってる先のロープがビュンビュン揺れている。
それを犬のリードを引くかのごとき、事も無げに引っ張って制止する。
そして1m位引き寄せていた。
「あーちょいちょい、リティア、引き寄せたらダメだってば!」
「あら、うふふ。」
うふふではない。周囲がドン引きしてるではないか。
「なんであの巨体を一人で引き寄せられるんだ・・。」
「これ、巻き取り機要るのか?」
いや、再設置を急ぎたまえ。
リティア君は放置すると余計なことを始めるので、不安でならない。
それにロープが強度的に耐えられないだろう。
彼女は私の輸送ヘリとして働かせているのが、最も無難な運用法なのだ。
一方クルティナ君が手伝いに向かった巻き取り機の方を確認する。
「早くその曲がった杭を抜け!」
クルティナ君も手伝っているようだ。
スノーエールに引っ張られ、巻き取り機の脚を固定している鉄の杭が曲がり、このままでは下手をするとすっぽ抜ける懸念がある。
その為交換が必要だが、深く打ち込まれ曲がった杭はなかなか抜けなかった。
「そうしたいが、固くて抜けないんだよ!フヌヌ!」
屈強そうな漁師二人が杭抜き治具を用いて抜いているが、ビクともしていない。
「貸せ!」
「アンタがやっても同じだ!」
クルティナ君が漁師を押し退け、杭抜きに手を掛けた。
「フン!」
ボゴッ
「動いた!?」
「もう抜けるだろ、次だ!」
「あの華奢な身体のどこにあんな力が・・。」
なんかクルティナ君が脳筋キャラになっていく。
このままリティア君みたいになったら・・女神のイメージが・・。
クルティナ君が次々杭を抜いていく順に、交換された新しい鉄杭が打ち込まれる。
そして再固定を完了した。
これで全機固定完了である。
「よぉーし、全機巻き上げろぉ!」
そして固定が万全となった巻き取り機六機を全員で手分けして巻き上げ開始。
少しずつスノーエールが引き揚げられてくる。
「ボエエエエ!」
最後の抵抗を見せ、暴れるスノーエールだが、
「スタンヴォルト!」
「スタンヴォルトォ!」
流石はゼムノークス。
トドメのスタンヴォルトを叩き込んでスノーエールを沈黙させ・・てない。
しぶといなスノーエール!
『スタンヴォルトトリプルキャスト』
コッソリ私も最大出力のスタンヴォルトを重ねた。
「うおっ!?何だ!?」
「なんか異様に魔法の威力が上がった気がする!」
私の助勢も入って、遂にスノーエールがグッタリとした。
◆
「やった!遂にスノーエールを討伐したぞ!」
「コイツに何度網を破られた事か!」
「これで湾内に魚が戻ってくるぞ!」
「もう死の内海じゃなくなるんだな。」
陸に打ち上げられ、トドメの袋叩きに遭って、遂に息絶えたスノーエール。
長年漁港を悩ませていた漁師の天敵は打ち倒された。
漁師達は歓喜していた。
本当に嬉しそうだ。
良かった良かった。
これで暫くは、このフィヨルド湾内にも平和が訪れる事だろう。
ちなみにスノーエールは一体ではなかった。
私の魔力感知には、もう一体のスノーエールの影を捉えていた。
しかもそっちの方がデカかった。
アレが相手では、巻き取り機六機では足りない。
つまり、今の漁港の装備では討伐が出来ない。
あんなのを野放しにしていたら、この湾内の魚介類は食らい尽くされてしまうだろう。
未来に待っていたのは束の間の喜びから、どん底に突き落とされる絶望だった。
だが、ソイツは今はもう姿を消している。
息継ぎに海面に上がってきたところを、私が遠隔ヴォルドアークで狙撃しておいた。
雷鳴がフィヨルドに轟いたが、この時期は雪崩も起きるので、雪崩の音と勘違いしてくれたようだ。
何故コッソリ撃退したのかと言えば、もう一体、更にヤバいのがいると判明して、絶望に暮れる彼等を見たくなかったのだ。
手加減したので、死んではいない。
気絶から立ち直ったら湾から逃げていった。
これで正真正銘の平和が訪れる。
◆
その夜、港町はお祭り騒ぎだった。
アンゴラトードに、スノーエール。
冬の二大仕事が負傷者や死者を出さず、完璧に達成された事を祝うお祭りだ。
特に長年悩みの種となっていたスノーエール討伐の知らせは、大勢の漁港の民を歓喜に湧かせた。
私達「モザイクおじさん」は、その活躍が大きく評価されて、皆から感謝された。
酒場や町の中にいると酔っ払いが押し寄せて絡んでくるので、ゆっくり呑めない。
私達は喧騒を避けるように、アビスゲートで別の場所に移った。
今はアンゴラトード狩りの際に使った漁業組合の拠点で酒盛りしている。
無人なのでお邪魔して、勝手に使わせて貰っているのだ。
薪ストーブを囲うように座って、アンゴラトード肉を片手に、リティア君が出したワインを傾けていた。
「やはり皆で力を合わせて達成した方が気分が良いな!」
クルティナ君が上機嫌にワインを飲んでいた。
まあ今夜は少しくらいハメを外しても良いだろう。
「アンゴラトードの時は、ちょっと目立ち過ぎたよね。特にリティア。」
「あの肉は外せなかったので仕方ありません。」
『反省の色無しと・・。』
あの時のリティア君は修羅だった。
「て、手柄を独占すると、喜びを分かち合えない。」
そう、私達だけでも達成できる内容だが、全て片付けてしまうと手柄を独り占めしてしまう。
そうすると終わった時に微妙な空気になるのだ。
「あれ?コイツらだけで良くね?」
「俺達、何を気張ってたんだ?」
「これじゃ俺達が馬鹿みてぇじゃねえか」
みたいな雰囲気になるのだ。
だから、互いに素直に喜べない空気が流れる。
アレは良くない。
『今回のスノーエール討伐は各自絶妙なアシストだった。あれくらいの助勢なら、皆で成し遂げたって感じられる。』
「全力が出せないとウズウズするが、一体感があって、あれはあれで良いものだな。」
クルティナ君も暴走せず、少し目立つ程度の活躍で抑えていた。
「ア、アリサが、スススノーエール投げ飛ばしたのはドン引きされてましたけど。」
あー、あれは派手だったな・・。
「えー?クルティナが銛投げたのも驚かれてたよ。」
「リティア様も、色んな意味で引かれてた気が・・」
「え?」
「え?」
「アヒャヒャヒャヒャ!さすが天然!」
「何ですかそれ!」
その後も談笑は続き、アリサとゼムノア君が気持ち良さそうに眠りにつくとお開きになった。
うん、良い1日だったな。
◆
翌日、私達はゼムノークスへ戻り、依頼の達成をキーフェル君に報告する。
キーフェル君が「もう終わったのですか!?」と早過ぎる達成に驚いていた。
心の声は「もう帰ってきたの!?」と言っていた。
今回は肖像画に何もしてないだろうね?
その後はレールモンドへ飛ぶと伝えると、
「いってらっしゃいませ。」と恭しく送り出してくれたが、心の声は「ラッキー!もう少し休める!」と言っていた。
この土下座耳長族・・。
◆
そしてレールモンドのハンター協会に向かい、依頼の達成実績を提出。
依頼の完了証明さえあれば、実績として認められ、ハンターランクの査定が上がる。
アビスゲートで移動しているので、一般的な移動時間と照らし合わせると時間的に辻褄合わないが、ゼムノークスのキーフェル君に一筆貰った完了証明だ。
あんな土下座衛門でも世界的に著名な権威者である。
その完了証明は絶対に無視が出来ない。
サクッとハンター証の永久保証が付く、Eランクにして貰い、深奥の摩天郷に引き籠りたい。
Eランクになれば、この怪し過ぎるモザイク姿ともおさらばである。
『ゼムノークスでの依頼をこなしてきたよ。Fランク、いやEランクにしてくれたまえ。』
ヘイ受付嬢、早よ、早よ、カマーン!
「・・・・た、確かに正式な完了証明ですが、この短期間にどうやってゼムノークスまで行って戻ってきたのでしょうか?」
何だこの受付嬢、偽物と疑っているのかね?
それともモザイク姿が信用ならないと?
そこにキーフェル君のサインがあるだろう。
ゼムノークスを敵に回す気かね?
ここに居るのはゼムノークスを代表する魔王だよ魔王。んん~?
『企業秘密だ。特殊な移動方法がある、とだけ言っておこう。』
「有り得ないのですが・・。」
いいから早よEランク!
「こ、この依頼って、Cランク以上推奨の危険な依頼なのですが?」
『そうだね。確かBランクの「雷光」とCランクの「疾風」というパーティーも一緒だったよ。』
疑ってるなら彼等から話を聞きなさい。
今は王都に戻っている途中だろうが。
「具体性がある上に、裏取りも可能・・何よりこのサイン・・・・だが怪しい。」
おのれ受付嬢、煮え切らないな。
『ゼムノークスの大学長のサインだぞ。ハンター協会はゼムノークスを疑うのかね?』
更に圧をかける。
「し、支部長に確認させて下さい。」




