2.社長、満喫態勢に突入
「私、木になります」と宣言して転生した過労死会社社長。
木は木でも、植物人間になったのではないかと疑って余念がない。
時間の感覚が無い、暗黒の世界で、ずっと物思いに耽ることしか出来ない社長は、ある日、奇妙な声を耳にする。
耳は無いんだけど!
ある時、変化の無い私の思考生活に、変化が現れた。
『レベルアップしました。ステータスを確認出来ます。』
「は?」
いつだったか、聞き覚えのある優しい女性の声だった。
会った瞬間に背中を蹴りたい女性の声でもある。
「・・・????」
突然の変化。
聴こえる筈の無い声、音を、久し振りに聞いた。
幻聴ではない。幻聴すら、もう久しく聞いていないからだ。
「音だ。音を聴いたぞ?」
まさか音を聴く事が出来るとは。
音・・何という甘美な響きだ。
音を聴いた、それだけの事が堪らない幸福感を私に齎した。
しばらくその余韻に浸っていて、ハッとする。
「そうだ・・レベルアップ?ステータス?何の事だ?先程の意味は?」
声は『レベルアップしました。ステータスを確認出来ます。』と言った。
言葉の意味をそのまま素直に捉えるなら、”ステータスが見れる”のだ。
果たしてステータスとは何だろうか?
どうすれば?見れるのだ?
説明が全くないのは、極めて不親切である。
私はそれから「ステータス」を見る方法を必死で考えた。
考えたが、全く見れなかった。
「見れないではないか!」
私は悪態をつく。
これはまた、私を嵌める罠ではないのか?
そんな疑念も浮かんでくる。
思い出したのだ。
転生と称して、暗闇静寂地獄に私を突き落とした、あの悪魔女の声と同じだった。
なるほど、もしかするとこれは悪魔の悪戯か?
テキトーな意味も無い事を吹聴し、その言葉に狼狽し、困惑し、慌てふためく私の様子を見て、どこかでコソコソとせせら笑っているのではないか?
ならば得心も行く。悪魔のやりそうなことである。
そんな仮定さえ有り得るから嫌になる。
だが、慌てふためく道化になる事は、今の私にはリスクでも何でもない。
いくらでも笑えば良い。
逆に笑って貰える事、認識して貰える事すら、この虚無の世界では幸福なのだから。
事実、私は久し振りに気分が高揚していた。
この虚無の世界に変化があったからだ。
ゼロが、1になったのだ。
虚無の世界に、音が響いた。
虚無の世界に、ステータスというものが現れたらしい。
これは僥倖だ。紛う事なき僥倖だ。
「ここは虚無の世界ではないと判明した。」
全く何も無かった世界に、僅かな光が差し込んだのだ。
その光に全てを投げ打ち、全力を懸けることに、誰が躊躇うだろうか。
この蜘蛛の糸、絶対に離さない!
■
私は全力で考えた。「ステータス」を見る方法をがむしゃらに。
どれだけ考え続けただろう?
かなりの時間考えた筈だ。
考えたが、何がトリガーなのか、鍵なのか、全く分からなかった。
諦めきれない。
何としても見たい。
どんな些細な事でもいい。
情報が欲しいのだ。
考える事しか出来ない暗黒の静寂世界では、考える「お題」があるだけで幸せ一杯。
ご飯3杯食える。
ご飯か・・既に懐かしいな。
食事さえしていないが、私は死なない様だ。
呼吸もしていないように思える。
私は一体何なのだ?
何故こんなところに意識だけ閉じ込められているのだ?
思う成果が得られず、段々虚しくなり、思考が投げやりになって来た。
「あ~・・ご飯食べたいな・・。」
その為、無意識に”思考の中で声を出して”呟いていた。
「ステータス・・開いて欲しいな。」
次の瞬間、私の思考の先に、突然懐かしきパソコン画面のようなウインドウが現れた。
「うおおおおおおおお!」
驚いて雄叫びを上げた。
画像だ!色だ!スゴイ!
前世の記憶がある私は、ぼんやりと前世の記憶の映像を思い浮かべる事は出来た。
しかし、こうも明瞭に、鮮明に、暗闇の黒以外の色や映像が見えたのは、本当に嬉しかった。
目を閉じて、思い浮かべる景色と、実際に目で見た景色。
その感動の違いである。
私は色めき立って、現れたステータスを凝視するのだった。
■■ 第一章 種期 ■■
懐かしい前世の国の言葉で、そこにはこう書かれていた。
レベル1
種族:植物の種
耐力:1
魔力:0
体力:0
腕力:0
脚力:0
知力:100
精力:0
財力:0
プレイタイム:8760時間
スキルポイント:2
獲得スキル:ステータス閲覧
種族:植物の種?
「 木 に な っ て た !? 」
このステータスの記述を手放しに信じれば、私は本当に転生していたようだ。
そしてこの記述内容は、長い間私が思考を重ねた、仮定と推論の答えの一つと一致していた。
その仮定と推論とは、
・転生は → 実は本当にしている。
・希望は → 実は叶っていて、木になっている。
と仮定した場合、この暗闇静寂状態は、木であるなら当然だった。
目も無く、鼻も無く、耳も無く、手足も無い。木であるなら当然だった。
だが、私は上述の仮定を破棄していた。
「それは無い」と。
私は木ではない。そう結論付けられていた。
その根拠は、たった一つの決定的な違和感を生む事実。
「思考が出来るという状況」
これが木ではないという決定的証拠なのだ。
木には脳味噌も神経も無いではないか?
木が思考できるのはおかしい。
その事実が、「上述の仮定は、現実的ではない。」と、私を戒めたのだ。
だが、「不思議パワーで思考だけできる状態にある」のであれば、上述の仮説は成立するのである。
原理不明で、非科学的で、非現実的で、非常識で、何の確証もないが、今手元に揃った事実が、その”不思議パワー”の存在を立証していた。
突然のレベルアップという意味不明の現象。
ステータスに書かれた種族。
魔力という不思議ワード。
それらから、木なのに思考が出来るという違和感を払拭するに足る、不思議世界に居るという実感が湧いた。
また、先程の腹立たしい女の・・柔らかな女性の声が聞こえた事で、転生先の選択時から、現在は地繋ぎにあるという事実もある。
あの女は、この世界にもいるようだ。
これらの要素から導かれる結論。
それが「不思議な力で、木でありながら思考が出来る存在に、私はなっていた。」である。
私は納得した。
「私は、木になっていたのか・・。」
植物の種なら今の状況も納得だ。
見えない、聞こえない、臭わない、何も出来ない、感じないのは当然だ。
「しかも・・考える木とは・・考える葦ではなく?・・ははは、ハハハハハ!」
久々に笑いたくなった。
思考の中で笑うだけだが、何だか気分はスッキリした。
ひとしきり笑った後で、私は再びステータスを見た。
気になるワードから、推察する。
「プレイ時間:8760時間・・つまり1年経過したって事なのか?」
私が考え事をしていた時間が、延べ1年間に達した様だ。
よくもそんなに考える事があったなと、自分に感心する。
そして、これは勘ではあるが、確信を持って言える事。
レベル1になったのは、1年経過したからだ。
つまり、17520時間(2年)経過すれば、私はレベル2になるのだろう。
いやはや、何とも樹木らしい気の長い話であるが、実に良い。
じっくり、まったり、ゆっくり緩慢に成長していく様子は、まさに木だ。
そうだ、不安はもうない。
私は念願の木になった。(今は種だけれど)
今日は記念すべき日だ。
あとはゆっくりと時間をかけて、心穏やかに過ごそう。
ステータスが見れるようになった事で、時間の経過が判る様になった。
他にも気になるのは、スキルポイントというもの。
ポイントというのであれば、何かに使えるのだろうか。
とにかく焦る必要はないのだ。
私は木だ。
念願の木になっていた。
大樹の様にゆったりと、どっしり構えて考えよう。
時間は幾らでもあるのだから。
■
ダラダラと気ままに過ごしていると、私は「思考しながら眠り、夢を見る」という、高等技術を身に付けていた。
ステータスのスキル欄に表示が無いので、これは私個人の特技のようだ。
例えるなら、心の中で、心の中の自分が、知らないはずの映画を観ているような感じ。
無意識が生み出す幻影・・夢を見る事が出来るようになっていた。
便利な暇潰しが出来たものだ。
それをしていると、更に時間の感覚が失われ、あっという間に2年、3年と経過した。
今の私は昼寝し放題。
眠っているだけで、勝手に強くなるとは有難い。
何もしない無為な時間が延々と続く・・幸せだ。
苛烈で多忙な前世では、考えられないリッチな時間の使い方である。
前世の平均睡眠時間は4時間だった。
それが嘘の様だ。
もう夢の中で見積書を書いたり、仕入先の請求書に怯えたり、突然の退職願に戸惑う事はない。
銀行の担当に、米つきバッタのように頭を下げ続ける悪夢にうなされる事も無い。
前世の私が見る夢と言えば、そんな碌でもないものだった。
突然契約を破棄されて、絶望して目が覚めるなんて、ザラにあった。
最近の夢は、私の心の中を映すように、ハッピーな内容なのだ。
いくらでも見続けていたいものだ。
そして、2年目のレベルアップで「スキルツリー閲覧」を獲得したことで、更に色々と判った。
スキルには、様々なものが用意されていた。
まだ見れない項目も結構あるが、判る物だけでも数多くある。
どうやらスキルを使用する為には、スキルポイントを割り振って、そのスキルを獲得する必要があるようだ。
取り敢えず、今は慎重を期して、積極的にスキルは獲得しない。
必要になるときの為に、ポイントは温存しておくことにした。
スキルポイントは、レベルアップ時に1~4ポイントが加算される。
スキルによっては所要ポイントが違うが、概ね基本的なスキルは、1Pで獲得できる。
意外に割安である。
なので、貯めて貯めて、必要に応じて一気に使うのが得策と考えたのである。
昼寝していれば強くなるので、思う存分昼寝する。
こうして私は怠惰に過ごすことに決めた。
ああ、木って最高だ。
物思いと昼寝は飽きないなぁ。
前作の小説はジャンルが「コメディ」でしたが、ジワジワ人気が出て、削除前は1日1000PVが出るようになってました。
ですが、初期は1日数10PVの暗黒時代が続いてました。
多分、この作品も前作と同じように、じわじわ来る小説になると思います。
よく噛んで味わえば、なかなか良い味が出る作品。
私が描く物語は、そんなマニアックな世界です。
気を長くして、木のように、ゆったりまったりと続けられたら良いですね。