19.樹木無双
予期せぬ山賊の登場に、現場は混迷を極めていた。
隠れていた場所に人間が降って来る状況を回避すべく、真打ち社長が露払いに動き出す。
さぁ電撃戦で一気に制圧だ!
社長のチート魔法が炸裂する!
「仕方がない。」
私は悪態をつきながら、領主側に加勢することを決めた。
人 間 シ ャ ワ ー な ん て 御 免 で あ る !
「え?」
「あ?」
領主と山賊のリーダーが、私の思念通話の声に反応していた。
土魔法Lv2グランドアッパー・・連続発動!発動発動発動、発動!
領主を追い詰め、勝利を確信し、崖に突き落とそうとしていた山賊達の腹に、私は強力なボディブローを叩き込んだ。
「あぐぅ!」「ぐっふ。」「うぎゃぅ」「へべっ!」「どふぅ!」
不意を突く先制攻撃で、一気に形勢をこちらへ傾ける。
山賊5人の無防備な腹部にクリーンヒット。
突如として、勢いよく射出される土柱(石多め)に反応するのは困難だ。
不意を突かれた山賊は、くの字に折れて、蹲り、呻き声を上げた。
アバラの1、2本にひびが入ったかもしれない。
「「!?」」
領主と山賊のリーダーが、異変に驚嘆する。
更に間髪入れず追撃。
「光魔法Lv5・・発動、発動!」
私は残り15人の山賊を魔力感知でロックオン。
続いて光魔法Lv5で、大容量の光源を発した。
次の瞬間、彼等は崖下から発する、光の柱を見た事だろう。
そして、眩しさで目が眩んでいる間に、私は更に光魔法Lv5の熱線攻撃を発動。
熱線を連続的に複数連射する魔法である。
「ンギャ―――!」
「熱っ痛ぁぁーーー!」
山賊の両脚を、高温の熱線が焼く!
熱くて痛いだろうが、我慢したまえ。死にはしない。
逃げ出さないよう、動けない程度に痛めつけるだけだ。
両脚に、超高温の光の収束光線を照射。
熱線は光速なので避けられはしない。
熱線が一瞬で服を焼き穿ち、皮膚を焼き焦がし、透過した熱が筋肉細胞を加熱凝固させて機能不全を起こさせる。
照射時間が短いので、貫通などはしないが、脚が燃え上がったように感じたのではないだろうか?
鉄を溶断する際に使用する、高温のアセチレンバーナーを、太腿に1秒間当てたらどうなるか、想像すればその威力が判るだろう。
熱線なので、温度だけではなく、透過性も備えているのがエグい。
私は痛そうで、想像もしたくないがね・・。
尚、この熱線攻撃、肉を焼き焦がすので、血が出ない為、恐らく致死性は低い。
だが、脚へのダメージは深刻で、立とうとすると激痛が走るだろう。
つまり、行動不能になる。
「ぎゃーーー!くそぉ!何だってんだ!」
山賊のリーダーは立っていられず、脚を抱えて痛みに耐えている。
他の山賊は痛みにもがき苦しんでいた。
私は他にも土魔法Lv2で打ち飛ばした石礫を、風魔法Lv3『フラッシュブレス』を使用し急加速させた複合魔法、私命名の石礫砲『ストーンキャノン』で射撃もこなした。
悲鳴なのか、狼狽なのか、ギャーギャーうるさい山賊の輩の頭に命中させ、脳震盪で昏倒させて静かにした。
魔法の凄い所が、私がイメージした通りに発動するところだ。
前世の私が、石を投げたところで、明後日の方向に飛んで行くことだろう。
それが、魔力感知で捉えた対象を狙い、魔法を発動させれば、まるでロックオンしたミサイルのように、正確無比に飛んで行くのだ。
しかも、威力や方向は魔法が自動補正してくる。
なんというお手軽な攻撃手段。
私は魔法のお蔭で、苦も無く人間の集団を無力化することが出来た。
魔法って凄い。
「・・・。」
ふと視線を領主に移す。
領主は何が起きたのか、思考が追い付いていないのか、茫然と固まっていた。
夢か幻か。
謎の声が響いたかと思えば、次々に成す術なく倒れる山賊達。
驚異的な光景が、現実味なく彼の眼前で繰り広げられていたのだ。
あまりに唐突に巻き起きた、一方的な殲滅劇。
異変に気付き、痛む脚で逃げようとする山賊には、石礫と熱線のお替りをあげた。
すると、逃げる意思も失せて、諦念と怯えで座り込んだ。
山賊からすれば悪夢でしかないだろう。
尚、熱線攻撃は光魔法だ。
光魔法は、光が無いと威力が激減する。
今は夜なので、光魔法を光魔法で補助するという、非効率な方法でしか放てない。
つまり、威力は弱い。
だが、人間を黙らせるには、適度な殺傷能力であった。
これが、太陽の下だったら・・亜人族相手には使わないようにしよう。
私は山賊全員の沈黙を確認。
電撃戦ミッションコンプリート。
私・・対人戦では圧倒的に強いのだな。
「・・・。」
領主が崖の上から、私を訝し気に覗き込んでいた。
う~ん、あの鋭い観察眼の持ち主だ。
どうやら、領主には私の存在がバレたようだ。
観念して崖を這い上がる事にした。
「動いた!?」
私が動き始めると、領主は崖から後退りして距離を取る。
驚いた、あの光で目が眩んでいたはずだが、もう暗闇に慣れたのか。
そして、私がゆっくりと崖の上に姿を現すと、山賊も領主側も、皆一様に恐れ慄いた。
さながら恐ろしいボスモンスターが、殺戮の為に、地獄の底から這い出てきたような光景だった。
「う・・動く木!?化け物だ!」
「ひぃぃぃ!」
暗闇の中、崖からゆっくり這い上がって来る、動く木。
想像するだに不気味である。
鍛錬された領主の兵士でも、私の姿は気味が悪いらしい。
上擦った声を上げて、慌てて後退り、尻もちをついていた。
私は悪魔ではないぞ。
「噂の魔物か!?」
「なんて事だ、ここに来て新たな敵が・・。」
領主と兵士が武器を手に身構えた。
しかし、その脚は震えている。
こんなに震撼されても困る。
私はこれ以上危害を加える気はないのだから。
「やれやれ、隠れていたのにバレたようだな。」
私は崖を登りきって、彼等を刺激しない様に、呑気な愚痴を溢した。
私の前には領主と、彼を守ろうと怯えながらも敵意を向ける兵士が2名。
1名は恐怖で戦意を喪失していた。
「喋った!?」
「動く上に、喋る木だと!?」
それは大層珍しい生き物だろう。
「先程の魔法もコイツの仕業か!」
「化け物だ!こんなのに勝てる訳がねぇ!」
「くそぉ、こんなところで。」
私は恐怖の大王にでもなった気分だった。
すると領主が私に問い掛ける。
「お前は何だ?」
哲学的な問いである。
まぁ、見たままを答えておこう。
「通りすがりの木だが?動けて、魔法も使えて、話も出来るので、異色感がやや強いがね。」
私は崖の淵に立って、堂々と答えた。
「答えたぞ!?」
「何だこの木は!?」
「これは夢なのか?」
「信じられん。」
私が答えると周囲が騒然となった。
「これはお前がやったのか?」
酷く警戒しながらも、鋭い眼光を向けて、冷静に状況を確認する領主。
命の危険が迫る前で、恐るべき精神力だ。
「領主様、魔物を刺激しては危険です!」
「良い。下がっていろ。」
領主を庇うように前に出る兵士。
忠誠心が高いな。
「いかにも。あのまま放っていれば、君達が私の上に降って来て、枝を折られそうだった故に自衛した。」
「そ・・そうか。」
分かってくれたかな?
このまま会話を続け、こちらにこれ以上の攻撃意思が無い事も理解して貰いたい。
そうだ。ついでに誤解も解いておこう。
「ちなみに先般、君の部下?知り合いかね?ガイムという者が、私の所有物を奪おうとしたので、その時も自衛した。今も、その時も、私は正当防衛で悪くはないと思うのだが、どう思うかね?」
この世界の法や倫理や価値観が判らないので、私の主張が通るのか確認しておきたい。
「そうだったのか・・・それは申し訳ないことした。」
「うむ、分かってくれればそれで良い。」
良かった。理解は示してくれたようだ。
身も心も恐怖に強張らせ、理屈が通じない相手だったらどうしようかと思っていた。
だが油断は禁物。
いつ斬りかかってくるか分からないので、魔力障壁を常に張っておく。
「お前は敵なのか?」
「敵か味方かの二元論では、君達が私を敵視するのであれば、敵となるだろう。私は私を害す者は排除する。」
自衛はする。故に攻撃してくれば、攻撃し返すが、何もしなければ手は出さない。
つまり、相手の行動の写し鏡だ。
従って敵になる事はあっても、鏡なので中立止まり。味方にはならない。
「害さないと約束すれば?」
「私としても、無益な戦いは避けたい。これ以上の攻撃意思は無いと理解して貰いたい。」
亜人族と敵対したくはない。
この人数であれば圧倒できるが、魔力は無限ではない。
後日討伐部隊を編成され、数の暴力で押し込まれれば、私に待っているのは死である。
使用した魔力は、「吸収」を発動させて、念の為に現在も回復中だ。
魔力は生命線。常に余裕を保ちたい。
また、今後とも余計な体力や魔力は消費したくはない。
願わくば、このまま私の存在は放置して貰いたい。
「・・・よし、カイン、マーズ、武器を収めろ。」
「領主様!魔物の言葉など信用してはなりません!」
領主は意を決したように、握っていた剣を鞘に収めた。
部下は頑なに指示を拒否する。
「落ち着け。先程の恐るべき魔法を見ただろう。この魔物がその気になっていれば、今頃我々も生きてはいない。」
「・・それは・・そうですが・・。」
領主が先に鞘に剣を収めたのを見て、他の兵士も半信半疑で武器を収めた。
山賊は痛みを堪えながら、領主と私のやり取りを茫然と見ている。
領主が再び質問して来た。
「ガイムの報告では、魔物は警告を発しており、それでも籠を持ち去ろうとした時に攻撃を受けたと聞いている。その内容に間違いはないか?」
「その通りだ。何もせずに去ってくれれば、私には無差別に人を攻撃するような凶暴性は無い。」
ほう。あの男達は、正確に起きた事を報告していたのか。
事実を捻じ曲げず、ありのままを話すとは感心だ。
単なる野党ではなかったようだ。
「理解した。では、危ない所を助けて頂き感謝する。私は、このランクシャー領の領主、アイン=ランクシャーだ。」
領主は私を真っ直ぐに見て、居住まいを正し、感謝の言葉と、素性を明らかにした。
「私は自己防衛したに過ぎない。御礼を言われる筋合いはないさ。」
事実、助けたのではない。
私が被害を受けないように振る舞っただけである。
「いや、命の恩人には感謝と礼をしなければ。たとえ相手が魔物でも、礼を欠きたくはない。」
「それは高潔な考え方だね。」
「両親の教えだ。」
よしよし、ちゃんと意思疎通が出来ている。
依然、空気はピリピリと緊張を解いていないが、冷静に話が出来る状態にある事は歓迎だ。
ならば、相手が感謝の念を抱いているこの機会に、私の望みを伝えておこう。
「それでは、私は明日この場を去る、私の旅を邪魔しないで頂くと助かる。」
「分かった。徹底する。」
よし、これで討伐されずに済みそうだ。
難なく希望が通って良かった。
それから、領主という事は、彼等以外にも多くの領民が彼の下にはいる事だろう。
噂が噂を呼び、尾ひれがついて、巡り巡って「やはり危険な存在だから討伐だ!」なんて事にならないように、もう一つ釘を刺しておくべきだ。
人間の集団は一枚板ではないのは、どこの世界も同じだろう。
「それから、私の存在は秘匿して戴きたい。私のような存在は、あまり噂になると良い事が無いように思える。」
「・・・それを約束する前に質問があるが、言っても良いか?」
うぬ、この要望は素直に聞いてくれないのか?
「良いとも。」
質問に答えれば、希望を聞いてくれるのか判らないが、相互理解も必要なステップだろう。
私は答える意志を伝えた。
やはり社長は強かった。
でも、今回の戦闘での消費魔力は20
魔力上限値的に、あと4回しか使えない事を考えると、数で押されると成す術無くなりますね。
つまり、先制で圧倒し、戦意を喪失させ、早期に終結を促すことが、社長の勝利条件。
上手く運んで良かったですね。
次回も事後処理ですが、まさかの展開に・・