17.残念、それは私のおいな・・アダンの実だ。
遂に広大なガンプ大森林を踏破した社長。
そこで見たものは、知的生命体の痕跡たる「道」だった。
この世界での、未知の生命体との遭遇なるか!?
斜面を登り切った場所にあったものを見て、私は熊以上の驚きを受ける事になった。
「これは・・・街道か?」
道。
幅4m程の道である。
その部分だけ森が切り開かれ、2本の車輪が通ったであろう、轍が続いていた。
轍があると云う事は、車輪を有した車両がある。
そして車輪があると云う事は、道具を作り出し、利用している頭脳と技術がある事が判る。
これはつまり、知的生命体がここを通っているという証拠である。
私の好奇心が疼いた。
轍が出来る位なので、そこそこの頻度で往来がある筈である。
ここで待っていれば、必ず通過する者を見る事が出来るだろう。
私は立ち止まった。
見たい。
そう思うと、もう動けなかった。
私は好奇心の虜となり、思念通話を無意識の内にLv3にしていた。
そうしないと、声を聴く事も出来ないからだ。
どのような生物がいるのだろうか?
妖精が実在し、魔法が存在するファンタジーな世界だ。
粘液まみれのヌルヌル触手生命体が、軽快に喋っていたら嫌だな。
実は殺戮と暴力が支配する殺伐とした世界で、全員強力な魔法を操り、目に入った生物を問答無用で殲滅する恐いモヒカン男とかも嫌だな。
アリサが服を着ていたこともあり、文化レベルもある程度高い筈だが、どんな輩なのか判らない。
とにかく警戒は解かず、見付からない様にじっとして観察するだけに留めよう。
幸いにして私は木。
この街道沿いにいくらでもある路傍の木に扮すれば、誰の目にも止まるようなものではない。
茂みに隠れ、森と同化していれば、覗き見放題である。
こうして私は、街道を通る者を待つのだった。
■
2日後。
この街道、使われているのだろうか・・。
全然通らないのだが?
街道なのか?
それすらも怪しい。
人の姿はおろか、動物すら見ないのだが・・。
期待だけさせての放置プレイを続けられると、いくら気の長い植物となっても、ワクワク感が薄れてくる。
徐々にテンションが落ちている私を自覚する。
よく見れば、轍の間・・つまり道の中央部は草が伸びており、木の枝が道に向けて伸び、根も張り出している。
頻繁に人が通る街道なら整備され、こんな植物が伸び放題にはしないはずだ。
もしかして、あまり使われない街道なのか?
これは長丁場になるのではないか・・。
私は時折日向に出て、光合成をしながら待ち続けていた。
すると翌日。
遂に私の魔力感知に反応があった。
来た!
徐々に近付いて来る木製の荷車。
それを曳いているのは馬の様な牛?牛の様な馬?
そして、荷車に乗っているのは・・
猫だった。
正確には、猫顔の人間?
アリサが言った『猫人族』
本当に猫人だった。
猫が牛の様な馬の曳く荷車を操り、沢山の麻袋を積んでやって来た。
前世には有り得ない、なんとも不思議な光景。
”思考して動く木”という私の存在自体が不思議なので今更だが、やはりこの世界は、世界を構成する何か根本的なものが前世とは違う様だ。
妖精が普通にいるだけあるな。
私はその姿を見て呆気に取られ、ポカーンと通り過ぎていくのを見送るだけだった。
「ハッ!?しまった、鑑定するを忘れていた。」
猫人が見えなくなって、私の停止していた思考が元に戻った。
我ながら情けない。
ファンタジーな光景に目を奪われて、思考停止してしまった。
しっかりしろ。
もう一度、誰か通るのを待つぞ。
私は気を引き締めて、次の通過者を待つのだったが、これがマズイ事になった。
■
3日後。
本当にこの街道は焦らしてくれる・・。
人通りが実に少ない。
私が暇を弄んでいた時、やっと次のチャンスが現れた。
魔力感知に反応あり。
今度は荷車ではなく、徒歩でやって来る3つの人影だった。
「お、今度は猫じゃない。」
私は、その姿を見て、無意識に心の声を上げてしまっていた。
これが失敗だった。
「!? 誰かいるのか!?」
しまった。思念通話を発動しているのだった。
思念通話は通信可能範囲であれば、声の大きさに関係なく伝わってしまうのだ。
レベルを3に上げたが、その効果範囲を検証する術がなかったので、どこまで届くのか判っていない事で油断した。
結構遠くまで届くのだな・・。
まだ距離があるので、彼等はその場でキョロキョロと周囲を見渡し、警戒していた。
これはマズい。
ここはやり過ごして、別の者が通った時にしよう。
私は息などしないが、息を潜める感覚で、じっと路傍の木になり澄まして観察だけ続けた。
そして私は、彼等の姿を見てホッとする。
彼等は人間だった。
姿形はほぼ人間。
なんだ、人間も居るではないか。
猫人とか、犬人みたいな亜人族ばかりだったらどうしようと思っていた所だ。
彼等はかなり野趣溢れる姿をしているが、前世で見慣れた人間だった。
来ている服は毛皮、革、麻布、毛織物などの自然素材。
人工的な繊維の製造技術は、まだ無い様だ。
武器を持っている。
ナイフ、鉈、鉄の棒、弓と矢筒。
金属加工は出来るようだ。
銃はまだ開発されていないのだろうか?
まだ鉄の製造までかな?
浸炭技術が発見されて、鋼が製造され始めると、合金鋼なども登場するだろう。
背中に大きな革袋と丸めた毛皮を縛った荷物を背負い、小鍋や水筒のような筒を何個かぶら下げていた。
格好や荷物から推測するに、行商とは思えない。旅の途中か?
全員、成人男性。外見の特徴はやや濃い顔立ち。
日焼けした浅黒い皮膚、毛深く、頭髪はボサボサ。風呂に入る習慣はないようだ。
きっと臭いだろう。
鼻が無くて良かった。
私の声に反応し、警戒心から感情はやや興奮状態。
だが、冷静に注意深く、周辺を観察しており、異変や不慮の事態に慣れているような立ち振る舞いだった。
実は彼等の心の声は、思念通話で丸聞こえだった。
思念通話で飛ばす「声」と「思考」を区別できないのだろう。
だが、3人同時に思考が流れ込んでくるので、聞き取り辛い。
思念通話Lv3は、のべつ幕無しに思念を伝えてたり、拾ったりしてしまうようだ、
聞きたい思考だけ選びたいが出来ない。
ゴチャゴチャ混じって聞き取り辛いので、これは集団に囲まれると使えないな。
幸い声を出すと優先的に拾えるので、思考を読むより声を拾った方が良いと判断。
本格的に人と接触する時までに、もっとレベルは上げておこう。
彼等は警戒しながらも歩みを進め、私が隠れている茂みの前に来たところで立ち止まった。
ん?何で止まるのだ?
私は多少珍しい葉の模様と色をしているが、そこらの路傍の木と何ら変わらないぞ?
茂みに突っ立っている単なる木が、何故気になるのだ?
威嚇も発動はしていないし、怪しい所は何もない筈なのだが・・
「おい、なんだアレ?木に籠がかけてあるぞ?」
だぁーーーー!しまったぁー!
籠背負ってるの忘れてたーー!
背負っている感覚が無いから、籠を隠すのを忘れていた。
「さっきの声の奴の物か?」
「そうだろうな、姿が見えない。」
「何が入ってるんだ?」
「俺が見て来る。周囲に誰も居ないか見ていてくれ。」
「分かった。」
男の一人が茂みに分け入り、私に近付いて来た。
うわわわ、どうすれば良いだろうか。
くそ、こうなれば開き直ってしまおう。
鑑定Lv3発動。
取得情報「ガイム 魔力:8、可食性:可(毒無し)、錬成素材価値:無し、概要:鬼人族、臭い」
おお、生物相手にも使えた。
そして、鬼人族って・・
コ イ ツ 等 鬼 な の か !?
もう訳が分からない。
人間は通称で鬼人族と呼ばれる存在なのだろうか?
って言うか、可食。
食 え る の か !
鑑定さんの雑食具合にドン引きである。
鑑 定 さ ん は 人 間 も 食 う !
本当に何でも食うな鑑定さん。
私は食べないぞ。
そもそも食べる口が無いからな。
魔力は8か。
私の1割にも満たないな。
種の時の私の魔力とどっこいどっこいではないか。
鬼と聞いて驚いたが、意外に弱そうだ。
襲われたら魔法で応戦すれば勝てるのではないか?
それと、最後の「臭い」ってコメント要らないから!
見 れ ば 分 か る ! 臭 い よ コ イ ツ !
何日風呂に入ってないんだ!?って怒鳴りたくなる顔してるよ。
あのボロボロの革の靴の臭いなんて、想像しただけで吐き気がする。
脇の臭いなんて殺人級と予想される。
両腕を上げて街を歩けば、その暴虐的破壊力で大虐殺だ。
脇ジェノサイダーガイム。
きっと彼はそう呼ばれて、恐れられている事だろう。
鑑定さんに言わせれば食えるそうだが、コイツだけは食いたくない!
おっと、また鑑定結果にツッコんで取り乱してしまった。
相変わらずのポンコツ性能を発揮する鑑定スキルさん。
肝心要の情報に乏しい。
こう、所有スキルとか、弱点とか、そんな有用な情報は、いつになったら出してくれるのだろうか?
早くレベルを上げたいスキルである。
しかし、生物に対しても鑑定が出来ると言う事が判ったのは歓迎だ。
それにステータス紛いな情報も入手できるのも判明。
これならレベルさえ上げれば、アリサのステータスも見れる筈である。
そんな風に残念スキル、鑑定さんに愚痴を溢していたら、ガイムという名の臭いオッサンが近寄って来た。
そして、私の籠の中を覗き込む。
「おい!凄いぞ!熟成アダンの実が何個も入ってる!」
「何だって!?」
アダンの実はずっと入れっ放しにしていたら、干し柿みたいになっていた。
確かに美味しそうだが、私は食べられない。
「これは・・・マジか!?干した百年草だ!」
「スゲェ!しばらく遊んで暮らせるぞ!」
百年草にも驚いていた。
鑑定の結果、「珍しい」と出ていたので、レアアイテムなのかと思っていた。
彼はそんな珍しい百年草を、見ただけでよく分かったな。
ところで、遊んで暮らせるとは本当だろうか?
私のお土産は、そんなに価値の高い物だったのか?
道中に生えていたのを引き抜いて持っていただけなのだが・・。
「こいつはラッキーだな。頂いちまおうぜ。」
何だと?これは私の物だ。勝手に奪わないで頂きたい。
「ああ・・ん?これ、どうやってこの枝にかけたんだ?外せないぞ。」
ガイムは私の籠を枝から抜き取ろうと引っ張ったが、私はリュックサックのように、二つの枝を跨いで背負っているので、引き抜けないようになっている。
「切ればいいだろ。」
「それもそうだな。」
ガイムは鉈を構えた。
げっ!
せっかく苦労して作った私の籠に何をする気だ!
もう許さない。
「やめたまえ。それは私の荷物だ。」
私は思念通話で、彼等に注意した。
「ん?トール、お前何か言ったか?」
「いや、俺もどこからか声が聞こえたぞ?」
「この声、さっきの声じゃないか?近くに居やがるんだ!」
彼等は更に警戒態勢をとる。
相手がどこに潜んでいるのか判らないので、周囲を忙しなく窺っていた。
「ガイム、早くその籠を!」
「分かった、ズラかるぞ!」
状況が理解出来ない彼等は、尚、私の籠を狙ってきた。
肩紐を切ろうとしている。
もう許さない。
「やめたまえと言ってる。私の荷物を奪うなら攻撃するぞ。」
私は土魔法Lv2で、ガイムの前に土柱を突き出した。
当ててはいない。牽制である。
まともに当てると、前世の人間では昏倒する威力だ。
この世界の鬼人族の強さが分らないが、見た目は強そうには見えないので、まずは牽制で良いと思った。
「うわぁ!!」
悲鳴にも似た驚きの声を上げて、ガイムは後退り、茂みに倒れ込んだ。
「どうしたガイム!?」
「うわっ、何だあれ!?」
仲間が私が放った土柱を見て驚いている。
「攻撃?・・魔法!?”魔物”がいるぞ!」
ガイムは立ち上がって、鉈を構えた。
土が長細く突き出るなんて、自然には有り得ないからな。
魔法と思うのが、この世界の常識なのだろう。
「魔物が!?こんな街道に?嘘だろ!?」
魔物?動物とは違うのか?
言葉を操り籠を背負った不気味な木は、確かに化け物扱いに相応しいが、それなら魔物ではなく”化け物”で良いのではないか?
魔物という生物上の分類があるのだろうか。
先程、「 魔法 = 魔物 」のような事を言っていた。
魔法を使う生物を魔物と呼んでいるのであれば、紛う事なく私は魔物だな。
それなら妖精のアリサも魔物だ。
では、人間は魔法を使えないのだろうか?
「見ろよコレ!こんな高度な魔法、見た事ないぜ!」
いや高度って・・土魔法Lv2なのだが。照れるな。
使い倒して、かなりの熟練度になっているので、そう見えるのだろうか?
土魔法Lv2だが、初期と比べると比較にならない性能になっていた。
初期のモコモコモコっと伸び出る感じが、今ではズビュッっと鋭く突き出るのだ。
射出速度がえげつない事になっている。
私が「グランドアッパー」と名付けたのも、頷けるはずだ。
また、柱の土質も引き絞って、硬く固めているので、少々重い物でも持ち上げられるようになっていた。
土の上に乗った石を遠くに放り投げる事も出来るので、投石機紛いな真似も可能になった。
そして冬場の焚き火用の薪集めに、土を連続的に盛り上げて、倒木を運んでいたのが練習になったようだ。
連続で射出可能になり、多人数にもほぼ同時に攻撃出来るようになった。
これなら鹿の集団に囲まれても、全員腹パン一発でKOである。
また連続射出が可能になったので、土柱に自分を乗せて、斜め前に連続で押し出すことにより、波乗りのように高速移動する事が出来るようになった。
ただ、1本あたり魔力を2消費するので、保有魔力的に1日40本が限度。
50mほどしか移動できない。
そして、コレをすると、私の通った跡の地面がボコボコの荒れ放題になる事と、魔力残量が残りわずかになってしまうので、緊急時以外は使わないようにしていた。
おっと、ついつい私の土魔法自慢をしてしまっていた。
「幸い精度は悪いようだな。当たらずに済んだ。」
失敬な、恣意的に当てなかっただけである。
「今の内だ、ガイム、早く行くぞ。」
「おう!」
うぬ・・これでも諦めないのか。
鹿どもと変わらない強欲具合だな。
このままでは埒が開きそうにない。
早く立ち去って貰いたいので、私は更に脅かす事にした。
光魔法Lv5を発動させ、身体に帯電させる。
そして、そ~っと、ガイムの背後にある私の根を動かして・・
タッチ♡
「ギャー!」
感電させてやった。
私の荷物を強奪未遂した罰である。
どの程度の電圧があるのか判らないが、少しの時間の感電であれば大丈夫だろう。
鬼だし。
死なないよね?
「ガイム!」
ビリビリして身体が硬直しているガイムを助けようと、仲間が近寄る。
そして引き寄せるように腕を掴んだ瞬間、
「アバババババ!」
貰い感電。
愚かな、電気を知らないのかな?
しかし、仲間を見捨てない勇気ある行動ではあった。
可哀想なので、開放してやった。
電流が消えて、ガクリと膝をつくガイムとその仲間。
かなり効いたようだ。
鬼は電撃に弱いのか?それとも私の魔法が強力過ぎたのか、単に彼等が弱いのか。
「うぐぅ・・何だ今のは!?」
ガイムは全身が痛むのか、頭を押さえて座り込んだ。
「立てるかガイム、ここはヤバいぞ、逃げよう!」
「くそっ、お宝があるってのに!」
仲間がガイムの腕をとり、立たせて肩を貸してやった。
チラリと私の籠を見て、悔し気に撤退を始める。
「どこかで魔物が見てたんだ。あれはきっと罠だ。」
「高価な餌をチラつかせ、寄って来た者を遠方から魔法攻撃ってわけか・・卑怯で狡猾な。」
勝手に私を悪辣テロリストに仕立て上げるんじゃない。
君達の方こそ強盗犯だろう。
私は警告したからな。
「こんな街道の横で待ち伏せなんて、危険度が高いな。」
「もしかしたら、既に何人か犠牲になっているかもしれん。」
「街に着いたら領主様に報告だ。討伐しないと、更に犠牲者が出るぞ!」
「動けるか?」
「全身が痛ぇ・・すまんが、街まで肩を貸して欲しい。」
三人は私の荷物を諦めて、負傷したガイムを担いで退散していった。
え?討伐?
それはマズい!
自慢じゃないが、私の逃走能力は鈍亀だ。
まだ葉が若いから光合成も効率良くないし、慎重に進まないといけないのに、急いで逃げるなんて無理だ。
しかし、ここに居たら間違いなく切り倒される。
可能な限り遠くに逃げるしかない。
私は即断して、街道を横切り、向かいの林に分け入った。
木を隠すには森である。
そんな諺が、まんま当て嵌まる私。
逃げる社長。
亜人族を敵に回してしまった社長は、果たして生き延びる事が出来るのか?
前回でまた評価頂きました。ありがとうございます!
新型コロナウイルス禍、随分収束して来ましたね。
このまま感染ゼロになってくれると有難いんだけど。
ぐぬぬぬ、キャンプに行きたーい!
っていうか、県外に出たーい!行きたいキャンプ場は県外ばかりなんだよね。